新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景 -10ページ目

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
ほなお暇なお方はどうぞお入りやす。
某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-こわれもの  スティーヴ・ハウ爪弾くクラシカルなギターの調べはいつもと違う空気がもたらす期待と不安の交叉に胸高鳴る。やがてタイトなリズムへと急進する。改めて聴くと思いの外ゴリゴリとしたファンクネス・ベースのクリス・スクワイアと、案外控え目だったのねと言わざるを得ないビル・ブラッフォードのドラム、意表をつくジョン・アンダーソンのお上手な歌(アメリカン・ロックに比べブリティッシュ・ロックのヴォーカルはヘタウマが多い)とが一致団結勇気凛々たるアトモスフィアを構築し、あとはリック・ウェイクマンのラジカルなサウンド・ウエイブを迎え撃つのみが名曲<ラウンドアバウト>。

 この曲の真骨頂は残すところラスト3分強にある。慈愛に満ちささやくかのようなジョンの歌声、5人で繰り広げられる怒涛のサウンド・クリエーションに、クイーンも影響を受けたのではないかと思われる重厚なコーラスは圧巻。そしてしめやかにそっとギターを置くようにハウがあのメロディを爪弾いて終える。

 随分も前のこと、今回のアップが584回目、前というのは137回目のアップに“シンフォニック・ロック”なるタイトルでこのイエスの『フラジャイル』を取り上げた。シンフォニックという印象はプログレッシヴ・ロックにはつきものだったのか、どうもそれらのイメージがまとわりついてしょうがない。まあともあれリック・ウェイクマンの<キャンズ・アンド・ブラームス>はその名の通りブラームスの“交響曲第4番ホ短調第3楽章”そのもので、ストリングスや木管楽器などの全パートをウェイクマン孤軍奮闘、鍵盤楽器のみで挑戦した作品だ。この手法はEL&Pのキース・エマーソンやディープ・パープルのジョン・ロードを始めとした多くのブリティッシュ系キーボーディストで流行っていた。違う観点からするともっともっと聴いてみたい気がする1分半の小品。

 恐ろしいのはラストに控えた<燃える朝やけ>。プログレッシヴに往々に出てくる大仰な邦題には困ったものだ。それこそ原題は<Heart Of The Sunrise>。この曲がお気に入りかと言えば嫌いな部類としてイの一番に入るものだろう。何故取り上げたかというと、最初と最後にロバート・フィリップ率いるキング・クリムゾン・スタイルのおぞましき前衛的サウンドが現われるからだ。何をしてあのサウンドを入れなきゃいけないのか。この曲はジョンが純真な愛を綴る曲なのにね。

 だからお口直しに、否お聴き直しにひとつ前の<ムード・フォー・ア・デイ>は、スティーヴ・ハウのガッド・ギター・ソロを堪能していただけるスパニッシュ風ナンバー。艶麗な音にしばしごゆるりと。CDプレイヤーならプログラム操作でこの曲をラストに置き換えることができるハズ。さらにこのアルバムを進化させるため是非ともそのようにしていただきたいのです。

 そして最もこのアルバムより強力な助っ人現るといってよいのがジャケット画のロジャー・ディーン。イエスにロジャー・ディーンありと言わしめた才知ある人物で、長年秀逸なるイエスのジャケットを描き続けることとなる。

-NO.584-


【大阪・日本銀行前ポスト】

 このポストには「郵便は世界を結ぶ」と書いてある。実際ポストの上部には地球を多くの人達が支えている装飾が、このレコード・ジャケットと同じように施されている。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-sting つい先日船橋へ向かうときのこと。がら空きの電車に座っていたら目の前の座席に京唄子、岸田今日子、浜田幸一の三人が居並んで座ってきた。もちろんソックリさんなのだが、一駅二駅と過ぎて行くうち段々と御本人ではないのかと思えてきたのだ。実のところ私自身それら御本人に会ったことがないのだからそう見紛ってもしょうがないのであり、三駅目あたりに差しかかる頃ついに本物にしか見えなくなってきた。超のつく有名人だろうと、オフともなれば多少の化粧格好は崩すであろうし、其れが故に人間らしさも現れその場に溶け込んで来ちゃう。そのお三方御自身もソックリだと自覚もしているだろうし、間違いなく周りからもそう云われているに違いがない。だからそれがどうしたと云われても、貴方にとって気にもならないことも私にとっては充分気になることとなるのです。

 それと同じようなことに本の栞(しおり)問題がある。問題といっても私のささやかなる脳ミソで起こる些細な問題でしかないが、気になってしょうがない。貴方は読んでいる本を一旦閉じる際、必ず栞を挟むはずだが、新潮文庫のように紐状になったものと角川文庫のように紙片の短冊ものとがある。特に紐状のものの場合、そのまま引掛けて読み出すのか、読むと同時にたらりと前方へ垂らすのか、それが些細な問題として渦巻くのである。さらに紐を垂らすお方は短冊の場合はどうするのだろうか。これも前方へひらりと、というわけにはいかないよなぁなどと、普通に気にもならないことが気になってしまう私です。

 さて気にしなきゃいけないことに元ポリスのスティングの存在があります。ポリスを事実上解散に追い遣ったスティングは、自虐的孤独感を銃剣に喩えソロ活動をスタートさせました。セカンド・ソロでは早くもライヴ盤『ブリング・オン・ザ・ナイト』をリリースし、何かにつけ豪奢なライヴ・バンドとしての片鱗を見せつけます。レコーディングやツアーには並み居る凄腕ミュージシャンに圧倒されることなく、そのくせ彼らのロック・スピリッツを喚起させるのであった。サックスにはブランフォード・マルサリス、キーボードにはケニー・カークランド、ドラムスには元ウェザー・リポートのオマー・ハキムとベースのダリル・ジョーンズとほぼブランフォード・ニュー・クァルテットの面々といっていい。こう名前を挙げただけでも当時のこと思えばスティングってスゲ~なぁと感嘆の叫びを発したものだ。

 スティングのソロといえどもあれだけポリス・サウンドに洗脳され、“解散”の二文字に今生の別れ涙を零した我が身は何時しかポリスとして聴き入ってしまっていた。皮肉にもポリス時代何でもなかったこの<ブリング・オン・ザ・ナイト>、大仰といえども何百倍となって現われた。スティングとブランフォードの掛け合いのあと世紀のピアノ・ソロが今は亡きケニー・カークランドの10指で弾かれる。そして実験されたし。そのソロを三分の一に速さを落として聴いていただければ名バラードとしての品格がそこかしこに潜んでいたのが分かるであろう。原始的で簡単に実現するにはレコードを手に入れ33回転のスピードを頭に叩き込み、あとは素手で三分の一のスピードに例え回すのみ。 

 しかしだ。まさに夜に導きたもうイントロのギター、息を呑んで聞き惚れるスティングの1小節のくだり、もうどう足掻こうとポリスであって相違ない。でもそのあとの凄まじさは筆舌しがたいほどスティングがスウィングしている。ネ、ネ。

-NO.583-


【適塾】

 緒方洪庵が開いた塾で、蘭学や西洋医学を教えた学校のようなもの。後の大阪大学や慶応義塾大学の基となる。 塾生には大村益次郎や福沢諭吉などがおり、この窓から新たなる日本の夜明けを感じ取っていたのでは。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-highway rider  ブームというといつかは捨てられ忘れ去られ、幾ばくか時を経れば懐かしさとなりまた現れる。一人のミュージシャンなり一人の著述家なり毎年のようにマイ・ブームが訪れ一気呵成蒐集に奔走しまくるのだ。そういったなかマイ・フェイバリット・ミュージシャンはいっぱい居るわけだが、新譜が発表されるのを心待ちにしているとなるとホント僅か。その僅かな一人がブラッド・メルドーだ。

 もう若手と言っては失礼か。とは言いつつもまだまだ未来有望視されつづける若きピアニストと称しておこう。そこまで言い切ったからには実際の歳が気になるでしょう、1970年生まれだから、おう今年でもう40か。スタジオ盤としては4年ぶりとなる新作『ハイウェイ・ライダー(Highway Rider )』 は、古きフランス映画におけるフィルムの匂いが立ち込めているようなサウンドだ。30代の彼は普通に作品を創ることはせず、常に捨て身の覚悟を伴っていたような気がする。この新作の場合、此処だ。

 <John Boy>は彼お得意のトリオ演奏をことごとく逸脱し、フィルム・ノアール的オーケストレイションをなびかせる。最後ジョシュア・レッドマンのソプラノがするりと脳裏を過ぎって欺き笑ってらぁな。<At The Tollbooth>から<Highway Rider>へと続くくだりにおいて、神の子すなわち神童と呼ばれたデューイの子、ジョシュア・レッドマンとは旧知の仲といえどここでは丁々発止の様相を呈した。しかし、危うく落涙しそうになるほどの軽やかな矛盾が生じる。綺羅を張っただろうと決めつけていたナンバー、自分が彼に対する常識がいかに独りよがりのものだったのかを知らされる。

 アルバムは2枚組とあって半神半鬼となって容赦なく襲い掛かってくる。広大無辺の時空を彷徨う<Sky Turning Grey For Elliott Smith>はどこか牧歌的であるジョシュアのテナーに心温まろう。本作品一番の出来とみた。あのキース・ジャレット率いるヨーロピアン・カルテットを髣髴とさせる身のこなしは、僕のココロの急所を衝いてきた。ただ漠然と過ごした今日、彼らの果敢な挑戦と僕の勇気ある敗北が最高にスウィートな一日に変えてくれたのだ。

-NO.582-


★中之島公園の戦橋とマスト★

 中之島公園の東端に帝国海軍通報艦「最上」の艦橋とマストがひっそりと保存されている。上空(地図上)から見ると中之島公園自体大きな戦艦に見える。その船首と目されるところにマストが立てられており、まさにあの映画【タイタニック】を体現できる秘密の場所らしい。NO.580で紹介した天神橋からループ状階段を降りたところに位置する。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-バレリー・ルメルシェ  今回ご紹介するバレリー・ルメルシェの『Valerie Lemercier Chante』は、これぞジャケ買い、ジャケ漁りの真髄を見る思いと我が家へ持ち帰るまでの密かなる妄想を愉しむに打って付けの一枚であった。しかし彼女について何も知らないし、私の推測とはかけ離れたものだった。実をいうと女性ヴォーカル物だとはこれっぽっちも思っていなかったのである。故に書くこともあまりないので私の知人の話でもちょいと。

 もう歳のころは80も近い取引先社長夫婦からの随分も前の出処話である。東京に居る一人息子は念願の医者になり結婚話も順調に進みいざ結納と相成った。結納は東京のホテル・オークラで行うという。しかし当の息子は当日忙しくどうしても外せない学会が入り、仕方なく実家先の名古屋からご両親と息子に代わってお婆ちゃんの登場となった。今は亡くなってしまったが、ハイカラで可愛いお婆ちゃんだった。

 さて結納当日の約束の時間ホテルに着いて悲鳴とともに思い出したのである。息子のマンションの下駄箱の上に結納金(かなりの額と思われる)の包を忘れてきたのだ。もちろん慌ててへ取りに帰ったのは言うまでもない。当然約束の時間に間に合う訳がなく、そこでお婆ちゃんが社長夫婦(息子)に言ったのだ。「ええか、結納金を忘れたで取りに戻っとったなんて言うだにゃあで。今朝予定通り名古屋からお婆ちゃんが向かったのですが、途中トラブルで新幹線が遅れましてね」と言うだでと。

 まあ遅れはしたものの滞りなく儀は進んで会食となった。嬉しい孫の結納の席、酒もすすんでお婆ちゃんが言い放ったのだ。「ワシはよう、明日が孫の結納だと思ったら夜もよう眠れんで昨日のうちから皆と一緒に東京へ来とったですわ」だと。社長夫婦はホントに顔から火が出たらしい。

 もう一つ、そのお婆ちゃんのお姉さんの話。そのお姉さんは90歳も越えてなおも元気だったころの話。その社長夫婦の息子が名古屋へ帰って開業することとなり、場所を探していたところそのお姉さんが今住んでいる土地を譲ってあげるのでそこに医院を建てろと言ってくれたのだ。お姉さんは身寄りと言っても実妹の息子夫婦とその孫だけだ。歳も考えればこれから多少は世話になると思えば当然のこと。

 名古屋の一等地ゆえ相続税も馬鹿にならない。そこで社長はお姉さんに「これから公証役場へ行くけど、あの土地は私でなく●●ちゃんに譲ると言ってくるんだよ」と何度も何度も念を押したのだ。三人の公証人を前にしお姉さんは一人。しかし公証人の問いにも歯切れ悪く中々はっきりと喋らない。ようやく聞き取った●●ちゃんの名前を記述しかけたときに公証人の一人がお姉さんに問うたのだ。「本当に●●ちゃんでいいのだね」と。その問いにモゴモゴとした口から囁くようにお姉さんは言い放った。「ホントはよ、甥っ子の■■ちゃんに譲ってやりたかったんだけど、■■ちゃんが直接●●ちゃんに譲ったほうが相続税も助かるちゅうもんで」とそこまで正直に話したという。ホント、日本国はこういう正直で真面目な人々に支えられ成り立っているのだと。ままならぬが浮世だ。

 おっとこんな話で終わっちゃいけないね。このバレリー・ルメルシェさんはこのジャケットに写る方で、映画【おかしなおかしな訪問者】に出ていたフランスの女優さんです。ジャケットから思い浮かべた1960年代のフレンチ・サウンドも1996年の作品だということでした。このプロデューサーこそジャケットに見られる1960年代のフレンチ・ポップを再生させようと試みたのでは。最近こういった気の利いたジャケットにお目にかかれないのが残念で仕方ありません。フレンチ・ポップ好きのお方であればお気に召すこと間違いありません。中身は本物志向ですぞ。

-NO.581-


★大阪府立中之島図書館★

 中之島公園界隈には古い建造物がいたるところにある。その中でも中之島図書館は好きだ。ネオ・バロック様式の建物は大正ロマン漂い、本館には蒼き光を集めし天蓋ドームが聳え立つ。螺旋階段も重厚な造りでそこが図書館であることすら忘れさせてくれる。ここは本当に図書館なのか?!と疑ってしまう。是非、中へお進みください。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-police live  あのロック・バンド、ポリスのライヴ。解散後に公式のライヴ盤として世に送られるまでは不思議なことにライヴ盤は存在しなかった。くどいようだが不思議だ。何たってポリスは根っからのライヴ・バンドとしての生業が生命線だったのだから。

 遅まきながら発表された2枚組『ザ・ポリス・ライヴ』は、1979年のボストン公演がディスク1に収められ、もう一枚には1983年のアトランタ公演、俗にシンクロニシティー・ツアーなるものだ。前者1979年時点ではデビュー・アルバムとセカンドの2枚からの構成となっており、後者1983年時点では事実上ラスト作となった5作目までの全アルバムからの選曲となっている。デビュー間もないころの過激で荒々しくもどこか腫れ物を触るような繊細なサウンドと、俗世を離れエンターテイメントなバンドへと変容した後期サウンドとは天地雲壊の差を感じる。みんなにはただ1979年の素晴らしさだけを私は伝えたくてね。

 さてその差を歴然と知ら示してくれるのが両ディスクに納まっている<アイ・キャント・スタンド・ルージング・ユー>(デビュー・アルバムに収録)だ。ライヴではこうでなくっちゃというように<レガッタ・デ・ブランク>(セカンド・アルバムに収録)を間に挟みこむ仕組みに仕立てたのだ。この2つのナンバーが如何にしてということだが、それはそれは見事に新たな<アイ・キャント・・・>ととして命を受ける。最初から同じ曲として存在し合っていたのだろうとまで思わせる隙のなさ、その交わりは易経でいう「金襴の契り」のようなもの。

 まさにそこで展開される様はエクスタシーそのもの、あまつさえ処々方々3人が繰り出す芸当、彼らが繰り出すドライヴ感に酔ってみるしかないね。強いてもう一曲挙げるなら<ザ・ベッズ・トゥ・ビッグ・ウィズアウト・ユー>の幅と奥行きのある仕掛けは名演奏というほかない。

-NO.580-


★天神橋(大阪)★

 お江戸は八百八町なら上方は八百八橋というくらい橋が張り巡らされており、云わば水の都とでもいいましょうか。大阪のド真ん中に中之島があり、そこを縦断させるべく多くの橋が架けてある。その一つ天神橋。中之島公園東端にあり、下から見上げるとこんな風にトラスが張られてある。橋は渡るだけでなく、その下を難なく船や人が通るために存在するのだ。