TV turnoff weekというキャンペーンがあることをご存知だろうか?

毎年4月の第4週ごろの1週間、一切テレビを見ないでみようという

アドバスターズという団体の奨める活動で、

1994年から始まり、今年も2000万人の参加が見込まれているらしい。


『テレビなどのマスメディアによって、視聴者である私たちは、

いかに大量消費社会に引き込まれているか』とか、

『私たちが自分の主義主張と信じているところの大部分は、

幼少期からマスメディアから浴び続けた価値観の集積である』とか、

テレビの社会に与える副作用を彼らは危惧しており、

『だったらテレビ見るのをせめて1週間止めちゃいましょう』と

いう活動らしい。・・・たぶん。

詳細ははこちらをどうぞ→http://adbusters.org/metas/psycho/tvturnoff/

(テレビだけじゃなく、パソコンも、i-podもダメだって。マジでぇ?(゜д゜;))


さらに、このHPで

どんなテレビの電源も切っちゃうリモコン(25ドル)も販売している。

『このリモコンで公共の場(空港とかオフィスとか)のテレビを消して

馬鹿げ空間を矯正しましょう。』って、ことらしいです。

・・・実際、そんな使い方したら、日本だって、

「見てたのに、オイ!!何で急に消すんだよ。」って

ちょっとした揉め事になりそうだなぁ。そしたら、このリモコンで消した人は

『あなたたちを仮想現実から解き放って、本来の現実世界に戻したまで』

って言うのかな。なんか映画『マトリックス』を思いだした。(懐かし)


「趣味はテレビを見ること」「テレビを見るのを止める気はさらさらない」

っていうのも、私はありだと思っている。

そういう人を否定したり、説得する気はさらさら無い。


私がテレビ中毒をなんとかしなくちゃっと考えた理由と、

だいぶアドバスターズのTV turnoff weekの趣旨は違いますが、

いかにテレビを無意識に見ているかということに気がつくには、

TV turnoff weekは、いいきっかけになると思います。


自分は本当はもっと別のことをやるべきだと感じているのに

なんとなくテレビを見ちゃってて、まずいなぁと感じている人にとっては

テレビを見ている行為は”マトリックス”につながれているようなものかも。


その中にいる時はそれなりに満たされた感覚を味わえるが、

自分のミッションに気が付き、そのための世界が外側に存在することを

知ってしまったならば、それ以降、多少なりとも

(中毒の度合いに合わせ)、

その”マトリックス”を構築するテレビとあなたは戦わなくてはならない。


2007年のTV turnoff weekは4/23~4/29がだそうです。

そう、今日が今年のTV turnoff week の初日でした。


今日、あなたは何分間すでにテレビをつけていましたか?

今、あたがいる部屋のテレビがついていたとして、

それがなんとついているだけだったなら、

とっさにテレビを消せますか?




先週、出身大学の教養部に行く機会がありまして、

その時に、サークル活動の勧誘をされました。

『ぼくたちと一緒にテニスしませんか?』だそうです。

その他、複数の後輩諸君からサークル勧誘のビラを渡されました。


えっ?!冷やかしじゃなくて、ホントに新入生と思ってんのかな?


取り合えず、通行人全員に配りまくっているっている感じでもないし、

女性の学生さんにも、ビラを渡されましたから、

ホントに新入生と間違えられたってことみたいです。

あのー、新入生どころか、君たちより相当先輩なんだよー私は。


それにしても、

フレッシュな若者に間違えられたと素直に喜んでいいのやら、

年齢相応の貫禄って言うか、

オーラみたいなもんが全然無いのかよって、

悲しむべきなのだろうか?















年が明けてからこの3ヶ月間で、ざっとカコモンを一折り解いてきた。

まずば、一週間のノルマ分のカコモンを消化することが大変で、

さらに正解できなかった問題の量にへこみまくり・・・。(´д`lll)


それをどうしたら正解できたのか分析し、

必要な作業を考えてみたところ・・・


正解できなかった理由としては、

①学習済みにもかかわらず、記憶としてあやふやであった。

②学習済みのつもりでいたが、もう少し突っ込んだ知識が必要だった。

③未学習分野で、当然正解できるわけがなかった。


それぞれに必要な作業としては

①学習したことをしっかりと記憶・暗唱する。

②突っ込まれた知識を、『そういうこともきかれるのね。了解。』といって加える。

③そもそも、苦手意識から倦厭し続けている分野を学習する。


3月までの間も、①~③の作業にぼちぼち取り掛かってはいたが、

まずは、とりあえずカコモンをざっと目を通すことを優先にしていた。

さて、次のステップへというわけで

今週からの6週間は、以下のように勉強に取り組むつもりでいる。


*カコモンの2巡目を1巡目の2倍のペースで解き進める。

*暗記を作業を軽んじることなく、時間を確保して(就寝前)意識的にやる。

*まだ学習していない領域を潰してゆく。

*だからといって、あれもこれもと深追いせず、出題傾向から逸脱しない。


それにしても

未学習分野が結構残ってんのぉヽ(;´Д`)ノ。はぁ。

こんな時期まで引きずるとは思わなかったよぉ。

『やりたくない』のより選りすぐりばかり。


合格圏には突入するには必要ということは分かっている。

やらずに済ませるわけにはいかない。

自分のために、やんなきゃしゃーない。

追い詰められてからやる羽目になって苦しいのは、今までサボった分のつけ。

自分のせいだから、しゃーない。


やるべきこと明確化することで、モチベーションアップ!!

よし、あしたもがんばるぞ!


新年度がスタートしましたね。

私の勉強生活も2年目に突入です。


このままの延長ではいつまでたっても

夢は夢のままで、そのうち消えてしまいそうで、

一念発起し、仕事を辞め、昨年の四月、勉強生活がスタート。


そのときは、

何より勉強を最優先にできる生活が始まったことがうれしかったので

出発時点の自分があまりにレベルが低いことなんて気にしてなかった。

『とにかくがんばれば何とかなるべ』

という程度しか、考えていなかったのかもしれない。

・・・っていうか、求められているレベルや

実際の自分の力がどんなか分かっていなかったのだと思う。


いざ、勉強を始めると、分からないことだらけで

さっぱり計画通り勉強が進まないし、

そもそも、ずーっと机に向かうってこと自体が苦痛だった。

苦しいことは予想していたけど、ホントしんどい。

『投げ出してしまえば楽になれるのに』なんて

何度となく思った。


だいぶ、勉強スタイルが確立して、

勉強の中に喜びを見出せることがあっても、

やっぱり、辛いことのほうが多い。


それでも、ギブアップすることなく、

この一年間の勉強生活を送ることができた。

今の自分に全然満足はいかないが、

去年の今頃から比べれば、はるかに成長したとも思う。


今年度はいよいよ、勝負の年・・・。

苦しみや、辛さからはまだまだ逃れられそうにないけど、

その先にきっと何かが待っていると信じて

続けていこう。


私は本気です。

今日がエイプリルフールであっても、私は本気です。


昨日、2月3日は節分でしたね。


毎年、自宅で落花生を蒔く程度の節分はしていたけど、


今年は、運気アップにと思って、


実家の最寄り神社の節分祭に参加しました。



蒔かれた豆を拾う方ではなくて、豆を蒔く方を体験!



裃を着て、まずは節分祈祷を受けてから、


境内に集まった人たちに豆を蒔きました。



みんな一心に腕を伸ばしたり、持参した袋を広げたり、


できるだけいっぱい豆をゲットしようとしている人たちのたくさんの顔・・・。



『福は内、鬼は外』といいながら、


力一杯遠くに投げてみたり、


なかなか器用に拾えないでいるような人にねらって投げてみたり、


みんなに豆が届け!と思って、豆を蒔きました。



あっという間に豆まきは終わったのですが、


なんだか終了したときはとても爽快でした。



去年や一昨年の節分は『福は内、鬼は外』と唱える言葉は同じでも、


邪悪な何かに怯えるように、漠然と闇に向かって豆を蒔いた気がするけど、



今年の節分は、見ず知らずの人にも、


ちょこっとでもハッピーが届けばいいなぁというポジティブな気持ちでいたからか、


結局、私の方もハッピーをいただけた気がしました。



日頃から、そういう気持ちを忘れないでいたいです。



今日は、立春。


むしろようやく寒くなったってかんじで、ほんとの春はまだ先ですね。






記録的な暖冬です。


気合入れて寒さ対策を考えたわりには、肩透かしってくらい寒くない。


過ごしやすいのはいいけど、


1月にぜんぜん雪が降らないなかったなんて、


やっぱり、何かがちょっとずつ地球は変になってきてんのか?



しかし、あたしの状況は相変わらず、きびしーなぁ、はぁ・・・(ノ_-。)




さて、今日から2月スタートです。


2月は28日しかないから、『2月、逃げる』なんていうけど、


逃すものか!!



一日一日、噛み締めるように大事に過ごすぞぉ、オーッ!



Yahoo!の動画で、83年からNHKで放映されていたアニメ、


スプーンおばさんが無料で視聴できます。



民放で『なつかしアニメ100!!』なんてのには、


てんで出てこないから、すっかり忘れていたけど、


こどものころ、めちゃめちゃ見てよなぁ。すごく懐かしいわぁ (´∀`)。



普通のおばさんが、何が原因だったかはまるで覚えてないのだが、


ある日突然小さくなってしまう。


小さくなってしまっている時には、動物たちと話をすることが出来る。


そしてまた、もとの大きさに突如として戻る、そんなアニメだったはず。



ところで、そもそもおばさんが、ティースプーン並に小さくなっちゃうのは、


生まれながらの能力だっけ?それとも何かの呪いだっけ?・・・


という疑問のもとに第一回から何本か見てみました。


しかし、さっぱり小さくなっちゃう理由は分かりませんでした。




それより、何より大人になった私が妙に感心したことがある。



それは初めてスプーンおばさんが小さくなったときの反応だ。



『何でこんなことになっちゃたの?!なんでこんな仕打ちに遭うの?!』


『一生このまま元に戻れなかったら、どうしよう?!ああ、おしまいだ』


とか、普通なら(少なくとも私なら)、混乱し、嘆くばかりだと思うのだが、



スプーンおばさんは全然違った。



『おやまぁ、小さくなったら、飼い猫と話ができるなんて』


と少々驚きながらも即座に


『こうしちゃいられない。洗濯をするところだったんだ』


と小さくなるハプニング以前に自分がやろうと思っていたことを思い出し、


小さいながらも、なんとか洗濯できないかと知恵をしぼり、


落ち込む間もなく、さくさく行動していました。


そして、苦労しつつも結果として奇跡的に洗濯をやりきっちゃうのです。



すばらしい!!


こんな人生最大のハプニングに遭遇しても、


こんな風に行動できるなんて!



その後も、おばさんは突如、小さくなったり、


突如、元に戻ったりを繰り返すのですが、


それは全く自分でコントロール出来ないのに、


『ここ一番の大事な時にでも小さくなったらどうしよう。』とか、


取り越し苦労することもなく、


それどころか、小さくなったらなったで、その状況を楽しんじゃうのです。



正直、私は時々、自分の存在や能力や可能性だったりが


どうしようもなく小さいものに思われて、


ただただ落ち込み、何もかも投げだしたくなることがある。



そのうち大抵は、自分の捕らえようであって、


客観的に見たら、そんなに悲観しなくてもいいことだったりするけど、


人生の中には、ほんとにほんとの逆境の時っていうものに、


遭遇することは実際あること。



誰からどう見たって不運と言うべき状況に巻き込まれても、


少々の戸惑いの後に、さっと本来の自分を見失わず、


けして歩みを止めない・・・。



スプーンおばさんのそんなところ、


こどもの時に見ていたときにはちっとも気がつかなかったけど


リスペクトですわっ。