今日ちょっと時間があったので、阪急ingsで
ヨガマットを購入。
suriaというブランドの落ち着いたオレンジ色のマットにしました。
(散々迷ったけど色がAUSの大地を思わせる乾いたオレンジなので
 採用決定)

これで、冷たいフローリングに足つけて飛び跳ねなくて
済むぞ。
なので今から早速やってみようっと。

今日のお茶:お休み
今日のお花:桃・イリス・マーガレット
      直立系・丸水盤  
      桃の花が細いのでまたまた悪戦苦闘。 
      出来はなかなかよろしい(自我自賛)


おまけ;今月号のCoyote NO.4
    ジェリー・ロペスのヨガ姿に惹かれて買っちゃった。
    いつかハワイの自然の中でヨガをやるのが夢。
   
    
このブログの入り口が少し広がった。
へそ仲間の一人が素敵な紹介のページをHP内に
作ってくれた。
紹介ページのイラストの感じがついこの前まで読んでいた本の
イメージとどんぴしゃ重なったのでご紹介。
鴨居羊子「カモイクッキング」

この本の最初から最後まで楽しさ、おいしさてんこもりの
テンポのよいエッセイでまとめられている。

鴨居ワールドは、あったかくて、出てくる料理は豪快で、どれも
おいしそうで、何よりも作者自身が一食一食を慈しんで、楽しんでいる
様子がいきいき伝わってくる。
食事をする場所も、薔薇に囲まれた庭であったり
大阪の地下のダンサーの汗飛び散るスペイン料理食堂であったり
想像するだけわくわくする所ばかり。
そして、エッセイに華を添えているのが鴨井さんを取り巻く人達。
ありとあらゆる職業・年齢の人々が混ざって、明るく、おいしく、
時には濃く、ゴージャスな鴨居ワールドを彩っている。









著者: 鴨居 羊子
タイトル: カモイクッキング―くらしと料理を10倍たのしむ
「いった~!!」
今朝頭が割れそうな痛みで目が覚め、そのまま会社お休み。
痛む頭を抱え、ぼんやりと庭を眺める。
「こんなに天気がいいのに」と恨めしげに外に目をやると
「あらら、いつの間に」とびっくりする。
木の根元に濃い黄色の福寿草が5つも花開いてる。
そしてそして遂に白梅の花が一輪だけ咲いてるのを見つけた。

我が家の白梅さんは、家の主に性格、体質(木質かな?)
が似たのか寒がりで、他の梅が満開になってるのに
一向に花開かない。
嵐のような春一番が吹き、4月の陽気を思わせるような
温かい日となった今日とうとう一輪花を咲かせてくれた。

2階の窓からは、ひょろっとしたライラックの枝先の蕾が
ふくらんでいるのが見えた。

頭痛がましになったので、図書館へ行くことにした。
道の途中で、銀色の猫のようなぽやぽやっとした毛をまとった
木蓮の蕾もはちきれんばかりに大きくなっているのを発見する。

東大寺ではお水取りの間、二月堂の本尊の周りを飾る
椿の造花作り「花ごしらえ」の前行が今日から始まった。

固かった花の蕾が大きくなったり、ほころんだり
小さな春の息吹を今日はあちこちで見つけた。
お水取りも来週から始まる。
春はきっとすぐ近くまで来ているんだね。

そういえば、1100年前の道真さんも春一番の
風を感じてあの有名な歌を読んだんだろうね。

「こち吹かばにおひ起こせよ梅の花主(あるじ)なしとて
 春な忘れそ」

こち…東風
日曜日真冬の寒さを思わせる京都の東山付近を
朝早くから友達とひたすら歩いていた。
今日は、京都市立美術館で開催されている「フィレンツェ 芸術都市の誕生展」
を見に行くのが目的。

フィレンツェ展は、京都市とフィレンツェの交流40周年を記念して
開催されている。
都市、絵画、彫刻、金工、織物、住居、医学・科学などの分野から
14~16世紀に花開いたフィレンツェの文化の源泉を探り、
当時の生活様式の再検証されている。

華やかで、きらびやかな絵画に酔いながら一つずつ
じっくり時間をかけて見て回る。
印象に残ったのは、展覧会の案内にも載っていた
アントニオ・デル・ポッライオーロ「若い女性の肖像」。
衣装の美しさ豪華さ、フィレンツェの抜けるような青空を
思わせる鮮やかな空色の背景、そして女性の端麗な横顔。
全てが華やかで美しく、それぞれの要素がしっかりと絡み合って
見る物の心に訴えてくる。
この事は展覧会全体の雰囲気と同じである。

展覧会の作品のほとんど全てが1つずつ強烈に自己主張をしている。
だから始めから終わりまであます所なく存分にフィレンツェの
文化を堪能できる。
言い替えれば、これこそが、フィレンツェの文化の豊かさであり
強さが証明されている事に他ならない。


京都とフィレンツェの共通点と言えば、その歴史と豊かな文化
そしてその文化の担い手である職人の多さだろう。
京都もまた底知れない、豊かな文化を抱えている。
そして今もなお昔の伝統は形を変えながらも、脈々と受け継がれている。

お昼にふと立ち寄ったイタリア料理店での事。
お店がまず京都の昔ながらの町屋の内部を少しだけアレンジした構造で
落ち着いた町屋の雰囲気がそのまま漂っていた。

使われている食材のうち、野菜がほとんど全て京野菜。
甘い金時人参、しゃきしゃき種菜、熱々の聖護院かぶら等。
そのおいしさにずぶずぶとはまる。
底冷えの寒さの中飲んだ、野菜たっぷりの
ミネストローネスープのおいしかった事!

そしてあちこちに飾られている花が全て茶花。
例えば貝母百合と都忘れ、連翹と椿etc
「なんでイタリア料理店なのに茶花が?」

謎はすぐに解けた。
お店の横がお花屋さんだったのだ。
創業は元号が使われていた年、おそらく江戸時代あたりであった。
お店の中には、和花のみ。
酒屋の店先にある杉玉も天井から下がっていた。
店の真中に鳥かごが掛けられ、目の回りの白いメジロが止まっていた。
その光景は、まるで映画のセットを見ているような気がした。

江戸時代、はてはそれよりもずーっと昔からあるお店がごく当たり前のように
日常生活に溶け込んでいる。
これが京都なのである。

感心しながら、お店を覗きこむ私達2人の背後では、白い粉雪
が舞っていた。


おまけ:  おやつに食べたアップルパイがほっぺが落ちるぐらいおいしかった。
      今まで食べたおいしかったアップルパイのBEST3に入るぐらい・・・
      サクサクのバターの香りのするパイ生地に旬のりんごが
      ふんだんに使われていた。
      ほどよい甘さで、幸せだった。
      食べてみたい、知りたければ京都におこしやす。
      
土曜日朝早く起きて、大阪国立国際美術館へ中国国宝展を見に行きました。
国立国際美術館は吹田から昨年10月に大阪の中ノ島に移転してきたばかり。
全面ガラス張りの開放感のあるピカピカの美術館になっていた。

エスカレーターで下に降りていくと、常設のブロンズが3体ばかり見える。
その中の1体がピンと来るものがあったので近寄って見てみる。
ジャコモ・マンズー作「枢機卿」
ローマ国教会の枢機卿がモチーフで、その顔は穏やかだけれど
威厳に満ちていて、静かな存在感がずしんと伝わってくる。


その後今日の目玉である国宝展の会場へ。
考古学の新発見」と「仏教美術」の2点にテーマを絞った展示となっている。

考古学の発見のコーナーでは、玉(ぎょく)の作品の見事さに息を呑む。
秦の始皇帝陵で発見された傭(よう)も剥き出しのまま飾っていて
数千年前の物と今一緒の同じ時間の流れにいて同じ空気・空間を共有している事が不思議に思えた。

仏教美術のコーナーでは時代と場所によって少しずつ、衣や仏様の髪型、
体格、顔立ち、装飾品、背後の装飾が変わっていくのがわかり、
仏像ばかりなのに見てても全く飽きなかった。

この仏様達は、幾星霜世の中を見守り続けてきたのだろう。
目の前にはどんな風景が広がっていたのだろう。
どんな風が吹き抜けたのだろう。
ほっそりとした、優雅に投げ出された仏様の足の先を見ていると
何だか長い歴史がその足先に見えるような気がした。


本日のお茶のお手前:御濃茶
本日の御菓子   :梅林(鶴屋八幡特製)          
           紅梅色の牛皮にあんが包まれていた。
本日のお花(床の間: 辛夷と椿(西王母)           
            お花の御稽古はお休み

※ ジャコモ・マンズー  イタリアの超有名な彫刻家でした。                    あぁ、勉強不足なり             

訪れたジュエリーのブースのテーブルの上に花瓶がおかれていた。
小さな葉をてっぺんにちょこんとくっつけた
ガクあじさいと、葡萄酒色のチューリップと
名前の知らない細いクルクルとした緑色の草があしらわれていた。

ガクあじさいの萌黄色の葉とうす茶色の枝
チューリップのベルベットのようなつややかな紫
とちょっと濃い細い緑色の草の取り合わせが
今まで見た事がなく、モダンで新鮮。
ガクあじさいは、お花でよく使う花材なのだが
ほっそりした枝とてっぺんにしかない葉の
お陰でごまかしが効かない、私はいつも悪戦苦闘していた。
「いったい誰がいけたのだろう?」
会場内のほかの場所には、花瓶は全く置かれていない。


傍で話をしていたデザイナーに思いきって尋ねた。
「この取り合わせ、すごくいいと思うのだけれど
どなたがいけられたんですか?」
「いけたのは一階の花屋さんです。何だかお客様
をお迎えするのにあまりにも殺風景で、落ち着かなくて。
2日しかいないのにもったいないとは思ったのですけれど
何だか植物があるとほっとするので、飾ってもらったの。」
花の取り合わせも彼女が店の人と相談しながら決めたそうだ。
やっぱり、と思った。
毎回楽しみにしている商品のカタログには、必ず花が登場するし
その色、取り合わせにいつも私はため息をつき、感心していたからである。
彼女の作るジュエリーの雰囲気をそのまま受け継いだような
シックで美しい、どこか退廃的、繊細で微妙な花が写っていた。

人のもてなし方には色々ある。
たった2日間限りだけれど、言葉に表せない様々な気持ちを
彼女は花に託したのだろう。
私は多く訪れる客の一人にすぎないけれど、彼女の心意気はうれしかった。

お茶とお花を習っている先生の家でも、玄関先に必ず
週ごとに違う出迎えの花が飾ってある。
そして、その取り合わせ、いけかたは期待を裏切らない。
今週はどんな花に出会えるのだろうと、いつも楽しみにしていた。
ある日思いきって先生に尋ねてみた。
すると、静かに笑って「一期一会なんですよ。」と答えられた。
例えお稽古で毎週来ることになっていても、実際翌週来る事が
出来るとは限らない、人生とは何が起こるかわからないから。
だから今週もよくいらっしゃいました、という気持ちでいけるんですよ、と。

私はこの2人には、まだまだ及ばないけれど
人をもてなす心・姿勢だけは忘れないでいたい。
人をもてなすのは、豪華な花を飾ったり、料理を作ったりすることではなく
例えありふれた材料であっても心をこめて作る事。
心をこめて花を飾る事。
心をこめて掃除をする事。
一期一会と思い、心をこめて準備をする事。
その心意気は必ず相手に届くから。
今日読み終わった本↓

これでまた美術館行きたくなりました。
都市だけではなく、地方にもいい美術館がいっぱいある事を知ったから。
内館牧子さんの文章は視点は厳しく、切り口も潔い。
けれど、ほんわかしたやさしさが文章からにじみ出ている。




著者: 内館 牧子
タイトル: 失恋美術館
昨日夕方、雨があがった後のなんだかちょっともやっと
するような中私は急ぎ足で阪急へと向かった。

一刻も早く着きたいというはやる気持ちを押さえて
食料品を買う人でごったがえす売り場をぬうようにして
エレベーターへと向かう。

6階に着くと、そこは先程のざわめきがうそのような
落ち着きに包まれていた。
扱う商品が家具や、美術品なので平日のこの時間帯は
ひっそりとしていた。

奥にあるホールに入ると、色々な形や色の宝石が
洪水のように、辺り一面にきらきらと輝いていた。

ホール内は、阪急の特選のちょっとこじんまりとした
アクセサリーフェアが開催されていた。
アクセサリーと言っても、何百万、何千万円という高価なものではなく
むしろ日常に気軽に使ったり、ちょっとした晴れの舞台にでも
つけられるような宝石がほとんど。

周囲を見渡し、お目当ての売り場へ。
「お久しぶりです、お元気でしたか。」と聞き覚えのある声が後ろから
聞こえてきた。
後ろを振り返ると、見慣れた笑顔の女性がにこにこしながら立っていた。
「あぁ、懐かしい。去年の秋以来ですよね。」
一通りの挨拶を済ませ、近況を語り合いながら
商品を見せてもらう。

彼女はジュエリーデザイナーで、お店は東京にあるのだけれど
年に2、3回関西へ展示会の為に出張する。
私がこの店のジュエリーと出会ったのは、2年前。
雑誌でいつも惹かれるジュエリーがあり、商品クレジットを見ると
いつもこのお店の名前が出ていたのだ。

一般のお店と違い、雑誌などにお店の紹介などはなく、わかるのは
巻末に載っている電話番号だけ。
2年前の夏東京へ行く事があったので,思いきって電話をし
場所を訪ねた。
渋谷の喧騒から抜け出し公会堂へと向かう。
ちょっと奥まった路地の入り口にお店はあった。

ちょっと重たい木の扉をそっと開けると、「うわぁぁ」
と思わず声が出てしまった。
お店の中は、デザイナーの作るジュエリーのように
どこかフランス的で、シック、コケットリー。
でも、一筋縄ではいかないちょっとスノップな、そして、商品の半分
以上を占める翡翠と珊瑚が醸し出すオリエンタルな香りがした。
「いらっしゃいませ、こんにちは。」と低い落ち着いた声がした。
お店のオーナーであり、デザイナーその人だった。

人の持つイメージとモノ、空間から醸し出される雰囲気が
これほどぴたりと重なるのを目にしたのは初めてだった。

彼女が扱う商品の大半は翡翠、珊瑚、真珠を主とする天然石から出来ている。
でもそれはかしこまったものではなく、日常でも気軽に付けられて、
同じに改まった場面でも使う事が出来る品格をもっている。

勿論天然石なので、価格はそれなりにするし
きらきら輝く石をつけこなすには、相当年季がいる事は一目でわかった。
私より母がすると、珊瑚や翡翠やけし粒パールはちょっとしわの入った
皮膚に思いのほか映え、華やかで、まろやかな光を放っていた。
その時は母に羨望すら覚えてしまった事を覚えている。

なので、ジュエリーを買うよりも、“見る”ことが目的で彼女を訪ねる。
私も彼女も無類のジュエリー好きなので、話始めると
あっという間に時間がたってしまう。
彼女がジュエリーを扱うその手つき、眼差しは、我が子をいとおしむ
ようにいつも温かく、やさしい。
「あぁ、この人は本当に自分の作ったモノを愛しているのだなぁ」
とちょっぴり羨ましくなってしまう。

家に帰ると、友達お勧めの和歌山の梅干が届いていた。
箱を開けるとこの上もなく,丁寧に梱包されたケースに
入った梅干達がきちんと並んでいた。
その包装は過剰なものではなく、運送中に梅が痛まないように
そしてお客様の手元には作ったときのままの状態で届くように
細心の注意を払った旨の一筆が添えられていた。
ほんのり甘酸っぱい梅干しを味わいながら、商品紹介のパンフレットを読むと、
この梅を作った人達もまた梅を我が子のように慈しんで、作っている事が伝わってきた。

自分達が心をこめて作った商品を大切に扱う姿にふれると
その心意気、気持ちが自然に伝わってくる。
モノを通じてパワー、元気が伝わってくるのだ。
「なんかこういうのって、いいなぁ」としみじみ感じた夜だった.。

読み終わった本: 小川洋子「博士の愛した数式」
           ふわふわしていて、数字の魅力に思わず惹きこまれた本
           この本を読んでいたら数学嫌いにならなかったかも。
ちょっぴり気分が落ち込み、もやもやしてた
 ので、落ち込み解消法①・②を実行。

①美容院で髪をバッサリ切った。
 肩から7~8cmの長さ→ちょいと長めのあごまでの
 ショートヘアに。
 頭も軽くなり、身も軽くなった。
 美容師のお兄さんと久しぶりにしゃべり倒し、とても上手に
 髪を洗ってくれるので夢見心地。
 
 しかぁし、切ったタイミングが悪かった。
 バレンタイン直前という微妙な時期で周囲は
 失恋でもしたので、敢えて触れまいとと、なんにもコメントなかった。

 何か変えた時、変わった時に気付いてもらえないのは
 すごく悲しいし、寂しい。
 無関心って、ある意味一番冷たい。
 失恋でもしたかぁーって突っ込まれる方がマシ。
 だから私も周囲の人がちょこっと変わったり、変えたり
 したら出来るだけ気付いて口に出す事にしている。
 
 その点、担当の美容師さんは、驚くぐらい人のたわいない話とか
 ふと聞いた事を覚えてくれている。
 商売柄かもしれないけれど、やっぱりうれしいよね。
 
 
②更に更に落ち込みから浮上すべく、お買い物ハンティングへ。
 こんな時はやっぱり、東の伊勢丹と並ぶ西の阪急へ。
 店内は春のお洋服が百花繚乱。あまりの色の多さと
 素材の薄さに眩暈をおこし退散(いつ着れるのさ、こんな薄いの。)
 
 と、私の足を止めたのは、1階の特設会場で行われていた
 香水のプロモーション。
 初めて嗅ぐ香りにぴんときた。久々に感じるこの感覚。
 
 今使っているのはかれこれ6,7年近く使っているので
 他の香りもつけたくなってた矢先の事だった。
 
 その香りの名前は、「ナイルの庭」
 再生と豊穣のシンボルである大河ナイルを称えて作られた。
 その香りは、グリーンマンゴー、ロータス(蓮)の花と芳香を放つ
 イグサの香りなどなどが溶け合っている。
 
 最初はフルーティでフレッシュ、次第にグリーン系のさわやかな香り
 ラストノートはちょっとウッド系もまじった落ち着いた香り。
 香りの調子はどこかクラッシック。
 
 で、買っちゃいました。
 これでお気に入りの香水が2つに。
 気分によって使いわけようっと。
 今まで使ってた、フローラル系の華やかだけど、ちょっと重厚さがある
 香りと、フレッシュだけれどどこかしっとりとした落ち着きのある
 軽やかな香り。
 何だか自分の新しい一面を発見したみたい。
 
 
 この2つで、プチリニューアル完了。
 気分もすっきり♪
  



アトリエに入ると、ぱっと目に飛び込んできたのは
明るいこっくりとしたオレンジ色のチューリップだった。
取り合わせが白のコデマリだったので、その濃いオレンジ色
は一層際立ち、明るく燃える炎のようだった。

名前はバレリーナチューリップ。

バレリーナのすらりとした身体を思わせるほっそりとした
チューリップだった。
その色は、舞台の上の踊り子の優美な微笑みの
中に秘められた熱い情熱を思わせた。

2月の厳しい寒さの、何もかもが停滞しているような
グレイッシュな雰囲気の中、ぴりっとしたちょっと辛口の
オレンジ色は冬から春へと向かう一押しのように力強い。
真冬のオレンジは、静かな力を内に秘めている
舞台の袖で出番を待つ踊り子達が胸の内で静かに燃やす
情熱のように。

今日のお茶: 手前 お薄2杯
   主菓子  バレンタイン用特製じょうよ饅頭(仙太郎)

お花:  今日は見学のみ 


お茶菓子補足: ハート形をしたつるっとしたもちもちの
        皮のじょうよ饅頭の上に、薄紅色の
        飴を細かくくだいたものがのっている。
        飴があるので餡の甘さは心持控えめ
        そのバランスが絶妙。