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青空Music♪

自由に思いを綴る場所。
放置グセが強くなってきてますが数ヶ月に一度くらいはきっと更新します(^^;)

冷たーーーーい麺類照れ



別の記事でも書いたけど、私は麺類が全般的に大好きですラーメン

暑い日はやっぱり、冷たく冷やした麺が食べたくなります。




夏といえば、私はそうめんが大好きです爆笑


そうめんって製造過程で油を使用しているようなので、油っこい感じがしてあまり好きじゃないという人が私の周りには多いのですが😅


私はそうめんはしっかりと手を使って洗うので、そこまで油臭さは気になりませんニコニコ


夏の晩ご飯はそうめん率が高いですニヤリ




そして、私が今何よりもハマっているのが、


冷やし味噌ラーメン🍜




元々はインスタント麺で作るアレンジレシピを見て知りました。


お湯で熱々のを作るだけじゃなく、冷やしもできるなんて…!と、

その作り方や、実際に食べてみてその美味しさにも感動しました✨




最近、サッポロ一番みそらーめんの、焙煎ごまだれ味というやつがおいしくて。

ハマって常備しています笑い泣き



温でも冷でも、とパッケージにも書かれていて、

私は断然冷やし派なので、いつも冷やしで食べています。

そういえば、まだ温で食べた事ないや😅



ごまだれの風味がよく効いていてとってもおいしいので、まだ食べた事のない方は是非爆笑





あと、私が最近よく作るのが、スープをコンソメにして冷やしで食べる、冷たいコンソメラーメンです(そのままですな真顔



コンソメで作るラーメンって、実はかなり昔から自作しています。

何かでレシピを見たとかではなく、完全に思いつきだったのですが。



とても簡単で、好きな野菜などを煮込んでごく普通のコンソメスープを作って、それを麺にかけるだけです。

本当にそのまま、コンソメスープのラーメン。



コンソメの味はラーメンに大変合う、と私は昔から思っています照れ

好みはもしかすると分かれるのかもしれませんが…



今年の夏は冷やしコンソメラーメンをよく作っています。

野菜もとれるし…普通のラーメンを食べるよりもおそらくですが塩分も控えめ??かなぁと勝手に思っています😅


おろしにんにくをちょっと入れてもおいしい😋




こんな時間にする話ではないですね汗(23:38)



また明日のお昼に作ろうかなニヤリ





暑い日に食べたい一品

 

 

 

 

 

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高校時代に吹奏楽部だった時の事を書いていくシリーズの、その4を書いていきます😁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に、前までの記事について自分でフォローを入れたい部分があるのですが…

私が入った頃の吹奏楽部を私は弱小と言い続けていましたが、勿論の事とてもうまい先輩達はたくさんいらっしゃいました。

 

元々経験者の方もいらっしゃったし、個々のレベルで見ると本当にずば抜けてうまい方とかもいて…

ただそこに初心者で始めた人もたくさんいたり、私達のようなまだ何もわからない後輩達も入ってきたりで、それぞれのレベルに差があり過ぎて全体的にはまとまっていなかった、というのが正しいかもしれません。

 

あまりにも当時の先輩達に失礼だったかなぁと思って書き直させて頂きました😅

 

 

 

 

 

 

今回は、「ビッグバンド部」のお話を書いていこうと思います。

 

 

 

私が高2の時、秋の高文連が終わって3年生の先輩達が引退されると、部員数が一気に激減してしまいました。

 

その当時の吹奏楽部員の半数以上が、実は私の一つ上の学年の先輩達でした😅

一気に半分以下の人数になってしまい、その後の活動が難しくなってしまう程のレベルでした汗

 

 

 

私は1年生からずっとホルンを吹いていましたが、この時に顧問の先生から

 

 

「パッチ、お前もうホルン吹いてる場合じゃない…驚き

トランペットに移ってほしい!!」

 

 

…と言われて笑

 

1人しかいなかったトランペットの先輩が引退してしまったので、パートに穴が空いてしまった状態になっていました。

 

 

トランペットは吹奏楽の「花形」と言われ、曲の中でもメインのメロディを担当する事が多く、欠かせない楽器です。

そこで、トランペットと同じ金管楽器を吹いていた私が急遽そこを埋めるという形になりました。

 

 

 

そしてさらに顧問は、部員数が安定するまでの間、吹奏楽部を「ビッグバンド部」とする事を提案しました。

 

簡単に言うとジャズバンドといった感じで、パート数が吹奏楽よりも遥かに少ないです。

 

それに伴って私の他にも、

 

クラリネット→ドラム

クラリネット→サックス

フルート→ピアノ

 

等、パートを移籍したメンバーが何人かいました。

 

移籍した人は新たに触れる楽器の演奏法や運指を1から覚え直さなければならなかったのですが、自分も含めて、そこまで苦労していた記憶はありません。 

 

 

クラリネットからドラムへ移籍した部員なんかは私と同学年の友人だったのですが、元々ドラムへの強い憧れがあり普段から部室のドラムで遊んでいたので(笑)、特に何の苦労もしている様子もなく渡された楽譜のとおりにすぐに叩く事が出来ていました…スゴイ…😅

 

 

 

私も元々ホルンで肺活量が無意識に鍛え上げられていたので、初めてトランペットを吹いた時、想像を遥かに越える軽さと音量で音が飛び出したのでとてもビックリしたのを覚えています笑い泣き

 

 

え゛ぇーーーーーー!!??

トランペットってこんなに簡単に音が出るの!!??

 

 

…というのがこの時の素直な感想でした😅

自惚れでも何でもないです。本当に率直な気持ちで…

 


ホルンと同じ感覚で吹くと、普通に吹いているつもりなのに常にフォルティッシモみたいな状態になってしまうので、トランペットはいつも少し優しめに吹くように気を付けていた記憶がありますあせる

 

楽譜の読み方と運指も新たに覚えたのですが、自分でも驚く程すんなりとマスターしてしまいました。

1年生の時に独学でホルンを覚えろと言われた時の、想像を絶するあの苦労はなんだったのかと思うくらい……😅

というか、その経験があったからすぐに適応できたのだろうと思います。

 

 

 

 

そうして吹奏楽部は、期間限定で「ビッグバンド部」としての活動をスタートさせました。

 

 

忘れもしない、ビッグバンド部になって最初に吹いた曲は、

「ルパン三世」「Mission Impossible」のジャズバージョンでした。

市民吹奏楽祭か何かで披露したんだったかな…?

あとは、市内の中学3年生を対象にした学校説明会でも吹いたような記憶があります。

 

 

主に伴奏を支える事の多い優しい音色のホルンから一気に主役級のトランペットに変わり、メインメロディが私のソロなんて事も多々あって、本当に緊張の連続でしたあせる


 

トランペットを吹く事自体に関しては特に何の問題もなかったのですが、私の大きな弱点として、極度のアガリ症というのがあって…

 

 

ホルンの時も曲によってはソロがあったりして、そういう時は本番でもよく音が上ずったりズレたりと、緊張し過ぎて失敗してしまう事もありましたあせる

 

そもそもホルンはとても音のズレやすい楽器です。

そこもギネスに登録されている理由の一つになると思うんですが、狙った音を正確なピッチで出す事、保ち続ける事が結構難しかったりします。

 

トランペットはそういうのはないので(ないよね??😅)運指さえ間違えなければ狙った音は出しやすい…というか、嫌でも出ます笑

ホルン出身の私の感覚ですがあせる

もしおかしな事を言っていたらごめんなさいなのですが🙇‍♀️

 


ピストンも3つしかないし運指を間違うって基本的には限りなくゼロに近いくらい無い事なので、そこまで不安にならなくても良いと思うのですが、


 

私が間違ったら曲が台無しになる!

絶っっっ対に間違えられない!どうしよう……

 

 

というプレッシャーが常にありましたあせる

 

自分で自分に余計なプレッシャーをかけてしまう癖があって、本当に本番の舞台上では毎回必ずガチガチになっていました汗

ちなみに、この極度のアガリ症だけはいまだに治っていません叫び

 

トランペットは個人的にはホルンよりも楽しかったのだけれど、「目立つ」という部分についてだけはどうしても慣れませんでしたあせる

 

 

 

壮行会や学校祭、コンクールや高文連などが立て続けに行われる春夏と違って冬はシーズンオフでしたが、春の新入生歓迎会に向けての練習なんかはしていました。

歓迎会ではもう何の曲を吹いたのか忘れてしまいましたが…ビッグバンド部は春まで続いていたと記憶しています。

 

 

4月になると、新1年生の新入部員もたくさん入ってくれました。

前年の秋の中3対象の学校説明会で私達のビッグバンドを聴いて、憧れて入ってきたと言っている子がいた事を思い出しました。

本当に嬉しかったです照れ

 

 

春以降はまた吹奏楽部として元の編成に戻し、移籍した人達も元のパートに戻ったのですが、私だけそのままトランペットを継続する事に。

当時私の一つ下の子にホルンの経験者がいたので、ホルンパートは彼女に任せて私はトランペットに留まって…という流れだったと思います。

そうすれば、それぞれのパートに新入部員が来ても教えられるので。

 

 

 

そうして私はそのまま、その年の秋の定期演奏会を終えて引退するまで、ずっとトランペットを吹いていました。

 

 

トランペットパートの中でも私は「1st」という、主に主旋律を担当する楽譜を1人で吹いていたので、どの曲でも自分の音が目立ってしまうというプレッシャーが常に付き纏いましたが…滝汗

いつも緊張でガチガチではあったけれど、ホルンの時よりはなんだかんだうまくやれていたなぁと思いますニコニコ

2年間のホルンの経験という土台があったおかげで、単純に音が出しやすかったというのは大きかったです。

 

 

 

人よりも目立つ事をする、という事をそれまでの私は全然した事がなく、トランペットに移籍した事でそういう立場を経験して、そこでまたさらに一つ大人になれた気がします。

 


高校生の私にとっては、目の前の事に集中してその時その時を必死で乗り越えてきたまででしかないのだけれど、

今振り返ればこの吹奏楽部では、本当にたくさんの様々な経験をさせて頂く事ができていたんだなぁと…


書きながら、色々な事を思い出しながら、改めて実感しています照れ

様々な機会を与えてくれた顧問への感謝の気持ちがとても大きいです。

 

 




次は、部員の人達とのコミュニケーションについてを書いてみようと思っています。

とある男子部員との関わりの事も書いてみようと思います…私にとってはあまりにもビックリな出来事があったので😅


 

「髪の毛を切ってから、出直してこい」というヤジも…今夏甲子園の“非坊主”校、慶應高監督が明かす“高校野球の嫌いなところ”「皆、甲子園中毒になっている」




↑この記事がとても興味深いと思いました。




甲子園を見始めてから私も、坊主じゃない髪型の選手がいるチームがいくつかあるなぁと思っていました。


決して否定的な意味ではなく、むしろ良い意味で受け止めていたんですがニコニコ




私も、慶應高の監督さんの意見には賛成派です。



時代の流れ…なんて言うけれど、誰かが誰かのやり方を支配するような、型にはめるやり方そのものが、私はそもそもおかしいって思っています。




勿論のこと競技によって、様々決まりはあるでしょう。

公平に戦うために必要なものは勿論あるとして…

それは大前提として。




私は野球の事は詳しくはないので、高校球児が坊主にしなきゃならないのかどうかも知らなかったけれど、監督さんが上記記事のようなお話をされているという事は、決まりというわけでもないのかなと受け取れます。




想像でしかないので、本当かどうかわかりませんが…

球児が坊主にするのって、関係のない考えを混じらせず野球に集中する為の意思表示とか誓い、のようなものなのかなと私は思っています。

あくまで勝手な想像で、もしかすると違う理由があるのかもしれませんが。


もしそうだとしたら素晴らしい事だと私は思います。

何かの為に、それまでに当たり前にあったものを取り除くという事は、それだけの強い意志や覚悟があるという事だと思うので。



きっと高校野球の世界では、それをする事が昔の時代から当たり前という流れになっているのでしょう。




ただ、野球にかける思いというのは、坊主にしたから本物で、坊主にしてなかったら偽物だなんて事は絶対にないと思います。




ヤジを飛ばしてる人達が多数いらっしゃるようですが……


何を持って「髪を切ってこい」と強要するのか…

全ての人が納得出来るように説明してほしいなぁって私は思います。





私個人としては、

「どっちもあり」。


野球にかける強い誓いの一つで坊主にする事、

元々の自分らしさを大切に、坊主にはせず、それでも真剣な思いを持って戦う事、

そのどちらも。




これまでの伝統にとらわれてるのか何なのか…

髪型の事でヤジを飛ばす、ってどうしても人としての器が小さいように感じてしまう……

高校野球の、球児の何を見ているの?と思ってしまいます。

坊主にしてなかったら野球やる資格がないのでしょうか…


そんな事よりももっと大切な事がある。




長年当たり前だった事が突然変わってしまっているような場面を見たら確かに、お?となるかもしれないけれど、そこで批判に繋げる必要はないのではないかと…






私は高校時代は吹奏楽部で、運動部と文化部というそもそもの違いはあるけれど、人によってはしっかりと短髪にしている女子部員なんかもいました。


他の女子達がしているようなメイクやおしゃれにも見向きもせず、髪も染めず、ひたすら楽器と向き合う日々。

文化部ですけど、そういう子も何人かいました。


でも別にそういう子ばかりではなかったし、普通にギャルと言われるような見た目の子なんかもいたけれど、部活では真面目に音楽に取り組んでいて。


どちらも吹奏楽にかける情熱に差はありませんでしたし、同じ目標に向かって力を合わせて練習に取り組んでいました。


そういう事かな、と。



ヤジを飛ばしていたという人達からは、野球と一緒にするなと言われるのかもしれませんがあせる


言われる前に、是非とも慶應の監督さんの記事を読んで頂きたいなぁと思います。






勿論学校それぞれのやり方があると思うから、あれがダメだこれが良くないと、全てをひとまとめにしては言えないのですが。

何にしても、それぞれの「らしさ」を否定するやり方は、野球でも吹奏楽でも何でもですが、何かに真っ直ぐに向き合う意思に対して、全く不必要なものかなと…


それが、私の意見でした。





あくまでも全て個人の意見です。


もしも、気分を害された方がいらっしゃったら申し訳ありません🙇‍♀️





北海道民がこんな投稿ネタに参加しては怒られてしまうかもしれませんが…あせる


本当に、内地にお住まいの方々は毎日のように酷暑な状態で、大変な思いをされている事と思います…



おそらく、こっちとそちらでは暑さの感覚には5度前後くらいの差があるのではないかと私は思っています。

北海道で30℃になったら、きっとそちらの35℃くらいの感覚なのではないかな?と…



こちらもここ最近は…というか何年かは、昔と比べて暑さレベルもだいぶ変化してきています。

北海道では家にエアコンがないのがそもそも標準というか、それが普通なのですが、最近ではエアコンをつけている家がかなり増えてきたという印象です。



私も今から3年ちょっと前までは、生まれてからずっと家にエアコンがないという状況で暮らしてきました。

なんだかんだ、窓を開けて風を通すという事をすれば夏は乗り切れていましたので。夜なんかはむしろ寒いし😅

妊娠を機にエアコンを設置してもらいましたが、ここ最近の暑さを考えると本当に良かったと思っていますあせる






先日、今住んでいる町の夏祭りがありました。


それこそここに住み始めたのが3年前の1月の事で、当時はコロナ禍に入り引っ越し早々自粛生活を余儀なくされてしまった為、町のイベントなんてものも全然見た事がなく。


今年コロナ禍以来に再開されるという事で、娘の社会見学も兼ねて(笑)お祭りに行ってみようという事になっていたのですが…



お祭り当日に限って、娘は朝から水分補給を全然してくれず😓


2歳のイヤイヤ期真っ只中で、ご飯も食べてみたり食べなくなってみたり、飲み物も飲んでみたり飲まなかったり、その日の気分により本当にバラバラ。



外は日差しが照り付け、余裕で30℃越えをしていて、さらに湿度も半端なく高い状態でした。


朝からどんなに勧めても水分をなかなかとってくれなかったので、こんな状態でこの暑い外に連れ出して数時間…と考えると、さすがに危険だなと判断して。


お祭りの参加は見送る事にしました。

まさか、「水分をとってくれないから」という理由で諦めるとは全く思ってませんでした😅



せめて外がそんなに暑くなければ、まだ連れて行けたかもしれませんが…


体を壊してしまってからでは遅いですからね

ましてまだこんな小さな子なので、熱中症とかになって、重症化したりしても嫌ですしあせる


まさに、暑すぎて諦めた出来事でした😅





先月にはここの町の花火大会もあって、娘を連れて行く予定だったのですが…

その時は夏風邪で高熱を出してしまったので、行けませんでした汗



この町の夏のイベントというイベントに悉く参加できない娘笑い泣き笑い泣き



まぁ、お祭りはまた来年以降もやると思うけど、命は一つしかないので…😅

娘の人生はまだまだ始まったばかりで、これからたくさん楽しい経験が待っていると思うので、今は焦らなくても良いのかなとあせる





何にしても、必要以上に暑くならないでほしいですね…

地球沸騰化なんて言葉も今はありますね🔥

そのうち海も熱湯になって全部蒸発しちゃうんじゃ…驚き驚き驚き




最近は高校野球を見ていますが、

暑い中、球児も応援団も本当によく頑張っているなと思っています。

いくらかはマシであろう北海道の土地でやらせてあげたいなぁなんて思ってしまいますあせる


しっかりと水分補給をして、暑さに負けずに頑張ってほしいですね爆笑




暑すぎて諦めたこと

 

 

 

 

 

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ちょうど今日の投稿ネタが「#学生時代の部活動」だったので、吹奏楽部だった時のエピソードを不定期で書いていくあのシリーズの続きをこのテーマで書いていきます笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が在籍していた当時の吹奏楽部は、実は再建間もない発展途上の部活でした。

 

 

昔々は部員数も多く定期演奏会なんかも開催していたそうですが、どんどん部員が減っていき、私が入部する3年程前までは廃部同然の状態だったそうです。

 

 

私の3学年上の先輩達が顧問の先生と一緒に部を再建して下さったそうで、私が高1で入部した時で約20人弱程の部員がいました。

 

数だけ聞くとそれなりにいるじゃんと思われるかもしれませんが、吹奏楽の編成としては一番少ない部類になります。もっと少ない人数でやっている吹奏楽部も勿論あるのですが…

うちは市内の高校の吹奏楽部の中でも、当時は2番目、3番目くらいに少なく小さい方でした。

 

全体の技術もそこまでではなく、どこかで披露できるようなレベルではなかったというのが当時の正直な事実です😅(まぁ主に私が一番下手だったのですがorz)

再建間もない事を考えると無理はないのかもしれません。

 

それこそ前回の記事に書いたような、野球部の応援演奏なんてものも夢のまた夢で。

うちの高校の野球部は当時それなりに強かったようですが、吹奏楽部は貧弱だったので、試合にお呼ばれした経験なんてありません😅

 

 

 

 

そんな弱小チームだったのですが、

私が3年生になる頃

 

「定期演奏会を復活させたい!!」

 

という話が部員の中で持ち上がりました。

 

 

その昔は人数も多く、毎年定期演奏会を開催する等栄えていたという私の母校の吹奏楽部。

その時の華やかさを取り戻したいと、当時の部員達は強く希望を持ち始めていました。

 

 

その声に顧問はとても前向きに応えてくれました。

私は当時副部長だったので、部長と共に顧問と相談を重ね、練習の合間をぬって定演開催実現に向けた準備の為に奔走していた記憶があります。

 

その頃には一応部も再建から7年くらいは経っていたわけで、経験者の後輩達も入ってきたりと、全体の技術的にもだいぶレベルアップしてきていたように思います。

顧問も今のレベルならば…と、定演開催を前向きに検討する事が出来たのだと思います。

 

 

顧問の力と、OB・OGの先輩方のご協力と、家族の協力、そして地域の方々の手厚いご支援のお陰で、私達はその年の秋に初めての定期演奏会を開催する事に成功しましたニコニコ

初めて、という印象ですが実際には過去の開催記録があるので、その続きからの回数を表記したタイトルとなっていました。何回目だったかは忘れちゃいましたが😅

実質、何年も休止していた定期演奏会を「復活」させる事に成功した瞬間で、達成感がハンパありませんでした✨

 

 

復活初回の定演で、なんと私は部長と2人で司会をやりました(やらされましたの方が正しい笑い泣き

人前に出て何かを、なんて考えられないくらい当時は超シャイで…隣に部長がいなかったら絶対に司会なんて出来ていませんでした汗

グダグダだったと思うけど、今思うとそれも本当に貴重な素晴らしい経験をさせてもらえていたんだなぁと…

 

 

当時は、それまで全く音沙汰のなかった高校の吹奏楽部が突然定演をやるという事で話題になったのか、客席は見事に満席だったと記憶しています。

まぁ小さな会場ではあったのですが😅

新聞社の人も来ていて、記事になっていたような記憶があります。

 

 

 

ついちょっと前まで弱小だったチームが、定演を開き、客席を満員にするまでに成長できたこの経験は、私の中で今でもとても大きな出来事として心の中に残っています。

 

 

世界一難しい金管楽器ホルンを楽譜も読めない中独学で身に着けろと言われた所からスタートし、楽譜が読めるようになり、ホルンの吹き方を本当に独学でマスターし、様々な曲と出会い、トランペットに移籍し、副部長になり、学生指揮をやり、後輩にトランペットを教え…

 

私という一人の人間もこのチームの中で数々の事を経験し、音楽面だけではなく人としての成長をさせてもらう事が出来た、吹奏楽部は本当にとても大きな存在だったと今でも思っていますニコニコ

 

 

 

私達が再建後初の定演を成功させた翌年の夏に、

うちの吹奏楽部はコンクールで念願の金賞を受賞し、全道大会出場を果たす事も出来ました。

高校卒業後も私は吹奏楽部のサポートをちょいちょいやらせてもらっていて、全道大会には私も朝から部員達と同じバスに乗って同行させてもらいました。

結果は銀賞。この時私は、自分が在籍していた時代のコンクールですら一度も流したことのなかった涙を流したのを覚えています。

 

でも、まさか一つ下の代が3年生の時に全道に行ってくれるなんて思っていなくて…

確実に、母校の吹奏楽部は急成長を始めていました。

 

 

そうしてさらに年月が経ち…

母校の吹奏楽部は、当時の私達が夢に見ていたような大きくて華やかな立派な部に成長してくれた事を知りました。

部員数は一気に増え、毎年の定演は勿論、それまで出た事のなかったコンクールに出場できるようになったり、お呼ばれしてコンサートを開いたりするまでになったとの事で…

それこそ、野球部の応援演奏にも勿論行くようになったそうです。

 

 

 

私達が復活させた定期演奏会は、今現在でもずっと続いているようです。

コロナ禍で休止していた期間を除けば、あの復活の年から途絶える事無く。

OGとしては喜びと感謝しかありません。

娘がもう少し大きくなったら、母校の定期演奏会をまた見に行ってみたいなぁと思いますニコニコ

 

 

 

 

 

それまでにしていなかった事をゼロから作り上げる

 

という経験は当時17歳くらいの私の中では未知で、定演はやってみたいけれど何をどうしていいかなんてサッパリで。

顧問の先生の力が本当に大きかったと思っています。

 

顧問は私が高1の時の担任で、当時30代後半の男性の先生でした。

音楽への情熱は誰よりも大きく、吹奏楽部の為にマイカーをワゴン車にしているような人でした(楽器を運ぶ為)

 

レベルの低かった私達にはきっともどかしい思いをしていた事と思いますが、決して見放さず根気よく熱心に指導をし続けて下さったから、弱小だった部員達が「定演やりたい」なんて事を話題にできるまでに成長出来たのだと私は思っています。

 

弱かった私達が定演を復活させる事が出来たのも、今現在の母校吹奏楽部が定演を毎年出来ているのも、本当にあの当時の顧問の力のおかげだって、私は心から思います。

結構長い事母校で顧問をしていたようですが、今はどこで何をしているやら……

もしも機会があるなら、是非お会いして感謝を伝えたいですね。

 

 

 

ちょうどタイムリーにこのテーマだったので参加してみましたが。

 

不定期で、もしかしたらまた吹奏楽部時代の事を書くかもしれませんニコニコ

 

 

学生時代の部活動

 

 

 

 

 

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