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青空Music♪

自由に思いを綴る場所。
放置グセが強くなってきてますが数ヶ月に一度くらいはきっと更新します(^^;)

ちょうど今日の投稿ネタが「#学生時代の部活動」だったので、吹奏楽部だった時のエピソードを不定期で書いていくあのシリーズの続きをこのテーマで書いていきます笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が在籍していた当時の吹奏楽部は、実は再建間もない発展途上の部活でした。

 

 

昔々は部員数も多く定期演奏会なんかも開催していたそうですが、どんどん部員が減っていき、私が入部する3年程前までは廃部同然の状態だったそうです。

 

 

私の3学年上の先輩達が顧問の先生と一緒に部を再建して下さったそうで、私が高1で入部した時で約20人弱程の部員がいました。

 

数だけ聞くとそれなりにいるじゃんと思われるかもしれませんが、吹奏楽の編成としては一番少ない部類になります。もっと少ない人数でやっている吹奏楽部も勿論あるのですが…

うちは市内の高校の吹奏楽部の中でも、当時は2番目、3番目くらいに少なく小さい方でした。

 

全体の技術もそこまでではなく、どこかで披露できるようなレベルではなかったというのが当時の正直な事実です😅(まぁ主に私が一番下手だったのですがorz)

再建間もない事を考えると無理はないのかもしれません。

 

それこそ前回の記事に書いたような、野球部の応援演奏なんてものも夢のまた夢で。

うちの高校の野球部は当時それなりに強かったようですが、吹奏楽部は貧弱だったので、試合にお呼ばれした経験なんてありません😅

 

 

 

 

そんな弱小チームだったのですが、

私が3年生になる頃

 

「定期演奏会を復活させたい!!」

 

という話が部員の中で持ち上がりました。

 

 

その昔は人数も多く、毎年定期演奏会を開催する等栄えていたという私の母校の吹奏楽部。

その時の華やかさを取り戻したいと、当時の部員達は強く希望を持ち始めていました。

 

 

その声に顧問はとても前向きに応えてくれました。

私は当時副部長だったので、部長と共に顧問と相談を重ね、練習の合間をぬって定演開催実現に向けた準備の為に奔走していた記憶があります。

 

その頃には一応部も再建から7年くらいは経っていたわけで、経験者の後輩達も入ってきたりと、全体の技術的にもだいぶレベルアップしてきていたように思います。

顧問も今のレベルならば…と、定演開催を前向きに検討する事が出来たのだと思います。

 

 

顧問の力と、OB・OGの先輩方のご協力と、家族の協力、そして地域の方々の手厚いご支援のお陰で、私達はその年の秋に初めての定期演奏会を開催する事に成功しましたニコニコ

初めて、という印象ですが実際には過去の開催記録があるので、その続きからの回数を表記したタイトルとなっていました。何回目だったかは忘れちゃいましたが😅

実質、何年も休止していた定期演奏会を「復活」させる事に成功した瞬間で、達成感がハンパありませんでした✨

 

 

復活初回の定演で、なんと私は部長と2人で司会をやりました(やらされましたの方が正しい笑い泣き

人前に出て何かを、なんて考えられないくらい当時は超シャイで…隣に部長がいなかったら絶対に司会なんて出来ていませんでした汗

グダグダだったと思うけど、今思うとそれも本当に貴重な素晴らしい経験をさせてもらえていたんだなぁと…

 

 

当時は、それまで全く音沙汰のなかった高校の吹奏楽部が突然定演をやるという事で話題になったのか、客席は見事に満席だったと記憶しています。

まぁ小さな会場ではあったのですが😅

新聞社の人も来ていて、記事になっていたような記憶があります。

 

 

 

ついちょっと前まで弱小だったチームが、定演を開き、客席を満員にするまでに成長できたこの経験は、私の中で今でもとても大きな出来事として心の中に残っています。

 

 

世界一難しい金管楽器ホルンを楽譜も読めない中独学で身に着けろと言われた所からスタートし、楽譜が読めるようになり、ホルンの吹き方を本当に独学でマスターし、様々な曲と出会い、トランペットに移籍し、副部長になり、学生指揮をやり、後輩にトランペットを教え…

 

私という一人の人間もこのチームの中で数々の事を経験し、音楽面だけではなく人としての成長をさせてもらう事が出来た、吹奏楽部は本当にとても大きな存在だったと今でも思っていますニコニコ

 

 

 

私達が再建後初の定演を成功させた翌年の夏に、

うちの吹奏楽部はコンクールで念願の金賞を受賞し、全道大会出場を果たす事も出来ました。

高校卒業後も私は吹奏楽部のサポートをちょいちょいやらせてもらっていて、全道大会には私も朝から部員達と同じバスに乗って同行させてもらいました。

結果は銀賞。この時私は、自分が在籍していた時代のコンクールですら一度も流したことのなかった涙を流したのを覚えています。

 

でも、まさか一つ下の代が3年生の時に全道に行ってくれるなんて思っていなくて…

確実に、母校の吹奏楽部は急成長を始めていました。

 

 

そうしてさらに年月が経ち…

母校の吹奏楽部は、当時の私達が夢に見ていたような大きくて華やかな立派な部に成長してくれた事を知りました。

部員数は一気に増え、毎年の定演は勿論、それまで出た事のなかったコンクールに出場できるようになったり、お呼ばれしてコンサートを開いたりするまでになったとの事で…

それこそ、野球部の応援演奏にも勿論行くようになったそうです。

 

 

 

私達が復活させた定期演奏会は、今現在でもずっと続いているようです。

コロナ禍で休止していた期間を除けば、あの復活の年から途絶える事無く。

OGとしては喜びと感謝しかありません。

娘がもう少し大きくなったら、母校の定期演奏会をまた見に行ってみたいなぁと思いますニコニコ

 

 

 

 

 

それまでにしていなかった事をゼロから作り上げる

 

という経験は当時17歳くらいの私の中では未知で、定演はやってみたいけれど何をどうしていいかなんてサッパリで。

顧問の先生の力が本当に大きかったと思っています。

 

顧問は私が高1の時の担任で、当時30代後半の男性の先生でした。

音楽への情熱は誰よりも大きく、吹奏楽部の為にマイカーをワゴン車にしているような人でした(楽器を運ぶ為)

 

レベルの低かった私達にはきっともどかしい思いをしていた事と思いますが、決して見放さず根気よく熱心に指導をし続けて下さったから、弱小だった部員達が「定演やりたい」なんて事を話題にできるまでに成長出来たのだと私は思っています。

 

弱かった私達が定演を復活させる事が出来たのも、今現在の母校吹奏楽部が定演を毎年出来ているのも、本当にあの当時の顧問の力のおかげだって、私は心から思います。

結構長い事母校で顧問をしていたようですが、今はどこで何をしているやら……

もしも機会があるなら、是非お会いして感謝を伝えたいですね。

 

 

 

ちょうどタイムリーにこのテーマだったので参加してみましたが。

 

不定期で、もしかしたらまた吹奏楽部時代の事を書くかもしれませんニコニコ

 

 

学生時代の部活動

 

 

 

 

 

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ちょっと大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、

目覚めた時に、今日も無事に朝を迎えて1日を生きられるんだなぁという事に対して、とても有り難く感じます。


別に何かあったわけではないんですが😅



夜寝て次の朝起きるって、別に普通の事なんだけど、そういう「当たり前」にこそ感謝する気持ちを…というのは自分が年取ってきてから本当に強く思う事で。



目覚ましが鳴って目を開けて、隣には娘と旦那がまだ寝ていて、私は布団を抜け出して、旦那が職場に持っていく水筒やらご飯やらの用意を始める…


それが毎朝の事で、



今、子育て中の専業主婦という道を歩んでいる自分には、起きた瞬間からが勤務時間みたいなもんなんだけど、それが出来てるってとても幸せな事なのだろうと思いますニコニコ




こんな事を考えるなんて自分本当に老けたなぁと思いますけど😅



完全に余談ですが、ここ最近は見た目も急激に老けてきてしまって魂が抜ける

長年童顔と言われ続け、背が低い事もあってかついこの前まで実年齢より遥かに幼く見られていたはずなのに(若くていいなってレベル超えてたので本当に何も良い事はなかった)

今ではもう段々と悲惨な事になってきています…

刻み込まれ行く年輪チーン



それはどうでも良いとして…




あと別の記事でも書いたけど、私は朝早い時間の外の空気を感じる事がとても好きですクローバー


今は娘もいるから自分だけで外に出る事はしないんですが、

窓を開けて、朝の空気の匂いを嗅ぐだけでもとても気分が晴れやかになります太陽

あの朝特有の匂いってどこから来るんだろう…一日中吸い続けていたい匂いです👃






今日もいつもどおりの朝を迎えられた事に感謝して過ごしていますニコニコ

もうお昼ですけどね😅



朝に思うこと

 

 

 

 

 

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今年も、甲子園の季節がやってきましたね野球

 

私はスポーツはあまり詳しい訳ではないのですが、観るなら断然野球が一番好きで、高校野球なんかはどの試合を見ても必ずと言っていいほど涙腺が緩みます笑い泣き

野球に限らずですが、若い人達が目標に向かって全力で取り組む姿というものに滅法弱いです汗

 

 

 

 

先日、私が所属する音楽ユニット「Sky Blue」(以下SB)の長年の未発表曲だった

「遠い夏、大地蹴って」が公開されました。

こちらは、過去に野球をしていた人が描写された曲となっています。

 

 

そして、この曲のアナザー版を私のチャンネルの方で公開させて頂きました。

こちらは、私が二次創作的な位置付けで完全に個人で制作したものです。

 

 

 

 

 

動画の説明欄にも書きましたが、SBコンポーザーの龍徹さんは元球児、そして私は元吹奏楽部員です。

このバージョンは、私達2人がまだ知り合う前、10代の頃にそれぞれの場所で打ち込んでいた分野を融合させた音源・動画に仕上げています。

 

試合+応援演奏と、密接な(?)関係のある2部活の出身である事をうまく生かして、簡単かつありきたりではありますがちょっとしたストーリー仕立ての内容にしています。


甲子園まであと一歩という大事な試合、

吹奏楽部も同行で応援


というような想定かな。



 

 

曲はもちろん、吹奏楽アレンジにしました。

私が現役だったのはもう遥か遠い遠い昔の事で、錆びついた記憶の中から知識を引きずり出してそれらしいアレンジにしていく作業は、楽しくもありましたが難しさの方が勝っていました😅

しかも原曲が龍徹さん作のハイクオリティなものなので、尚更…あせる

 

もし吹奏楽経験者の方がこれを聴いたらどう思うんだろう…

と、ちょっとドキドキします😅

 

 

 

 

これは私の勝手な想像でしかありませんが…

 

この曲の歌詞のように、

「泥だらけになってボールを追いかけていた頃の自分の方が、今よりもずっと生き生きとしていた」

と、過去と現在の自分を比べて悔しく思った経験が、もしかすると龍徹さんにもあったのかな、と。

 

明確に全面に出している訳ではないのでわかりづらいかもしれませんが、この動画はそんな龍徹さんを主人公にしているイメージで作りました。

あくまでも想像なのですがあせる

 

 

 

ちなみに私は、野球部の応援演奏というものは経験した事がありません😅

経験者であるかのような動画の内容になっていますが…まあMVというのは空想・妄想が大半だったりしますので笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

先日の記事なんかでも私はホルンを担当していたと書きましたが、1学年上の先輩達が引退したタイミングでトランペットに移籍となりました。

そのままラストまでトランペットを吹いていたので、どちらかというと自分はトランペット奏者というイメージの方が強いです。

一瞬しか出てきませんが、白シャツに赤ネクタイという制服も、当時私がトランペットを吹いていた頃の実際の部の正装だったりします。

 

 

 

 

 

 

 

↑の記事でも色々と書いてきた内容に繋がりますが、

 

「遠い夏~」に関しては、私の中には本当に様々な、複雑な思いがあるのが現実です。

 

 

 

 

今回私がこのアナザー版の動画を制作したのは、

 

まだ「遠い夏~」が未発表だった頃に、

私のYouTubeチャンネルでこの曲のご紹介もお願いしたいと、龍徹さんご本人からお話があった事が大きなきっかけとなっています。

 

そう言ってもらえる事それ自体は本当に有難く、快く承諾したかったのですが、

過去の事もあったり色々な意味で、私が先陣切って堂々とこの曲をご紹介する訳にはいかないので、

 

「もしもいつか公式版が作られ公開されるような日が来たなら、その後に…」

 

と考えていました。

そして、その「いつか」がいつ来ても良いように水面下で作業を進めていた、という感じでした。

 

お話があった以上はその言葉に応えたいし、これがまたSBを誰かに知って頂ける機会作りの1つになるのなら…という思いがありましたニコニコ

 

そしてこの曲に関しては、私自身には9年間の空白を取り戻さなければならないとても大きな責任があると思っています。

ちょっとオーバーに聞こえてしまうとは思うのですが、9年前の私がこの曲の制作を打ち切りに追いやり、ユニットとしての活動を阻止してしまった事実がある以上は、公式が発表された今のん気に過ごしている訳にはいきませんので…

 

私にやれる事は、持てる知識を最大限生かした音作りをする事と、やはりイラストを使用して自由に世界を展開できる動画を作る事でした。

クオリティは低いかもしれないけれど、ラストソングの動画を3か月以上かけて作った時のように、これまでを取り戻したいと言う心からの思いを込めて制作に取り組んできました。

誰かに望まれるわけでもありませんが、これが「遠い夏~」に対する今の自分の最大の誠実かなと思っています。

 

 

 

 

 

SBは今年3月に活動を終了しています。

その時に私は、

 

 

SBとしての活動を終わらせる事が、

よりお互いがお互いらしく、SBがSBらしくこれからも居られる最善の道だと思う

 

という事をここのブログで書きました。

 

 

その判断は、たぶん正しかったかもしれない、と今の私は思う事ができていますニコニコ

 

 

龍徹さんがどのように思うかはわからないけれど、

 

ここからがまた新しいSBの形なのかもしれないな

と私は思い始めています。勝手に思っているだけなんですがあせる

 

 

2009年に結成したSBは、これまで明確なテーマやコンセプトのある特別な曲作りを目指し、時には特定の人々を対象とした曲、また時には個人に向けた曲、世にすら出していない誰かの為の曲等…そこにしかない心を込めた音楽を複数制作して来ました。

 

 

そういったこれまでの作品達を、これからの私達がそれぞれのタイミング、それぞれの場所で改めて伝えていくというのは、また新たな一つの方法だなぁと思うのです。

 

 

SBとしての新曲はもしかしたらもう生まれる事はないのかもしれないけれど、これまでに2人で作り上げてきた曲達は決して消える事はなく、

 

どんなに私のボーカルがヘタクソでも、龍徹さんのMIXが今のようなレベルになる前のものだとしても、

それらは確かにその時の私達が全力をかけて作り上げた特別なものだと思っています。

 

 

だから、過去の私達が作ってきた音楽を、私はこれからもそのままの形でご紹介していこうと考えています。

今回のように、二次創作的な位置付けとしてリアレンジをして公開するものも曲によってはあるかもしれませんが。

その時その時に思う事や取り巻く状況のタイミングによって考えていきたいと思いますが、基本的にはありのままの形を出していこうと思っていますニコニコ

 

 

 

 

 

今回公開した動画についてではない部分の話が長くなってきてしまいましたが😅

 

 

今回の曲はたまたま、ちょうど実際の甲子園のタイミングに重なってくれました。

(元々、公式の発表後1週間以内での公開を考えていたので)

 

私が作った動画では、ストーリー上ちょっと負けてしまってる描写ではあるのですが…😅

曲それ自体は応援歌ですから、これからの夏を戦う球児の皆さんへのエールに是非なってもらえたら…と思います。

そして、球児を応援する周りの人達へのエールにもなってくれたら、とても幸いです

 

球児の皆さんも応援の皆さんも、くれぐれも熱中症には気を付けて、素晴らしい夏を過ごして頂けますようにお祈りしています照れ

 

 

 

 

 

 

 

…という記事で書いたとおり、高校時代に吹奏楽部だった時の事をもう少し書いてみたいと思います。

 

 

完全未経験で楽譜も全く読めない、教えてくれる人もいないという最悪な状態で、ギネス認定の一番難しい金管楽器「ホルン」からやり始める事となったわけですが…😅

 

 

 

 

 

少しずつ音も出せるようになり、辛うじて楽譜どおりの事を出来るようになったくらいから私は、

 

「一つの曲がどのように構成されているのか」

という事についてとても興味を持ち始めるようになりました。

おそらくこの感覚がなかったら、今の私には繋がっていなかったと思います。

 

 

 

 

自分が吹いているホルンは、この曲の中でどういう位置付け?

この音符を吹いてても、ちゃんと聞こえてるの?

一音しかないけどこれって吹く意味ある?

 

…という感じで、

 

楽譜どおりの事をしてはいるけれどホルンってなんかイマイチパッとしないなぁ、という印象と疑問から始まりました(ディスってないです!爆笑

 

 

 

ホルン等の中低音域で優しい音の楽器だと、そんな音符を吹いても聞こえないんじゃないの?と正直思ってしまうような楽譜は、実際多いです😅

 

 

勿論の事、意味ないんじゃないかと思うような音符にも全てに大きな意味があるんですよね。

 

 

 

 

合奏で先生が演奏を止めて直しを入れる為に、パートごとや、同じフレーズを吹いているグループのみで演奏をしてもらったりする場面があるのですが、

 

最初は全てが謎でポカーンと聴いていた私でしたが、ある程度ホルンを吹けるようになってきた頃から、私はその時間がとても好きになっていました。

どの楽器がどういう音域でどんな動きをしているのかを聴くのが、楽しくてしょうがなくて。

 

 

こういう音が背景にある事で、実はこんな奥行きが出ていた!とか、

低音パートが実は主旋律並みに動いていて密かにカッコ良かった事に気づいた!とか…

 

 

曲を分解する楽しさ、と言ったらいいのかな?

自分の知らない、気づいていない所で、全てのパートがしっかりと「主役」であり、どれ一つとして脇役である楽器はないという事、

どれ一つ欠けても完成形の音にはならないのだという事が、とても魅力的に感じました。

 

 

この感覚って、大人になってから始めたアカペラや作曲活動に大きく深く繋がっていったと思っています。

 

 

吹奏楽で数々の楽器の音を聴き、構成を学ぶ事が出来ていたから、アカペラのアレンジをしたりDTMで様々な音を組み合わせ曲を作る事が出来たのだと思います。

私は元々何をやるにも大変不器用な性質の人間なので、部活での経験をしていなかったら、絶対にこんな事は出来ていなかっただろうなと…

 

 

 

ホルンだけではなく色々な楽器に触れてみたい気持ちが強くあって、私はよく練習そっちのけで(ダメだそれは笑い泣き笑い泣き笑い泣き)他のパートの人に楽器を借りては吹かせてもらっていました。

と言っても楽器により楽譜の読み方も運指も違うので、演奏ではなく音を出すだけですが。

 

 

当時のうちの部に存在していたパートの楽器はおそらく全て吹かせてもらった記憶があります。

弱小チームでしたのでそんなにパート数も多くはありません。

 

 

そんな中で私が一番音を出すのが難しいと感じた楽器は、ダントツでクラリネットでした。

クラリネットは、黒い縦笛型のような楽器です。

 

どんなに吹いても吹いても息が全然入っていかず、やっと音が出た!と思った時、

「クラってこんーーーな思いっきり吹かないと音出ないの!?」

と衝撃でした😅

 

ギネスレベルの楽器を吹いていて、それなりに肺活量もあった当時の私ですが、クラリネットの息の入りづらさは想像を超えていました。

あの息の出し方を継続するなんて私には絶対に無理だと思いましたあせる

 

口をマウスピースに押し当て息を入れる金管に慣れている私には、マウスピースを口で大きく包み込んで吹くリード楽器(木管)は難しすぎでした😅

 

私の母も元吹奏楽部員で、クラリネットを吹いていたそうなんですが…

母スゴ😅

 

 

 

 

いるだけで様々な楽器と触れ合う事が出来る吹奏楽部。

この時の経験で、私は一気に音楽にのめり込んで行きました。

 

それまではつまらないと思っていたクラシック音楽も、自分が実際に演奏した事で、心から素敵なものなんだと思えるようになりました。

クラシックだけではなく流行りのJ-POPなんかも演奏できてしまうし、どんな音楽でも表現できる所が吹奏楽の魅力の1つだと思いました。

 

 

 

吹奏楽部員だった頃の話「③」も、いずれ書こうかと思っています。

その時は、私が所属していた吹奏楽部そのものについての事を書いていきます。

予定は未定ですが😅

 

 

 

今年3月に活動を終了した、私の所属ユニット「Sky Blue」(以下SB)ですが、

 

かなり昔に制作していた未発表曲が公開されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠い夏、大地蹴って」

作詞、作曲、編曲は全て龍徹さんです。

 

 

 

誰にもある青春時代を思い出すような曲で、SBの隠れた…というか、隠されていた名曲だと私は思っています爆笑

 

詞はもしかすると私はSBの曲の中で一番好きかもしれません。

よくこんな素晴らしい詞を考えられるなぁと…

毎曲そうなんですが、龍徹さんの詞作りの才能って本当に素晴らしくて、彼の詞を私の声で表現させてもらえる事は、SBをやっていた中での私の誇りの一つとなっています。

 

 

 

そんな素敵な曲が長い間未発表のままだったのは何故かというと、

今年3月、ラストソングを発表した際に書いた記事の内容に繋がっていきます。

この時に書いた事と「遠い夏、大地蹴って」は、実はとても深い関わりがあります。

 

 

 

 

 

 

 

今書いているこの記事は「後悔している事」という投稿ネタで書かせてもらっています。

「遠い夏〜」に纏わるエピソードは、まさに私が後悔を背負ったまま9年もの時間を過ごしここまで来ることとなった、大きな出来事となります。

 

 

 

 

上記記事を読んでいなくてもある程度わかるようには書きますあせる

 

 

 

この「遠い夏〜」が未発表となってしまっていた原因が、上記記事の中に書かれている過去の私の卑劣な行動でした。

 

あの出来事がなかったら、「遠い夏〜」はおそらく2014年にSBの新曲として発表されていたはずでした。

 

 

 

 

私は当時この曲の制作中に、作曲者の龍徹さんを傷つける醜い行為をしてしまいました。

それは単なる私のつまらない拘りで、何の意味も持たない上に人として最低な行動でした。

ざっくり言うと、音作りに対する意見の不一致から、私が一方的に暴走していった形です。

 

 

 

曲を出せなかった事ではなくて、龍徹さんが心を込めて作った曲を、そして音作りに対する真摯な思いを踏みにじり壊してしまった事が私の中で一番大きな後悔となっていて、実は何年もの間ずっと悩んでいた事でした。

 

誰かに話して解決するような事でもないし、もう本当に自分の中だけで、ひたすら悩み続け自分を責め続けて、ここまで来ました。

龍徹さんに謝罪をし和解した後でさえ、私はずっと自分を許す事は出来ず、後悔に苦しんでいました。

 

 

龍徹さんの思いを台無しにしてしまった事、

私自身も大好きなこの素晴らしい曲を、自らのせいでお蔵入りにさせてしまった事、

そしてその出来事がきっかけとなり、最終的にSBそのものを壊してしまった事。

 

反省してもしてもしきれないし、あの時の自分を一生許す事はできないと、正直今でも思っています。心の奥底では…汗

 

 

 

 

今回公開された「遠い夏〜」の音源の制作には、実は私は一切携わっていません。

通常なら互いに意見を出し合って少しずつ形にしていきますが、今回私はボーカルを提出したのみです。

 

それは、私自身の希望でした。

 

 

もしまたこの曲を制作するなら、その時は私は一切の口出しをしない事、そして龍徹さんが過去にできなかった理想形の「遠い夏〜」を彼の手で是非作り上げてもらいたい、という事を伝えていました。

 

 

それはもしかすると龍徹さんへのお願いというよりは、どちらかというと、

「自分との約束」

だったのかもしれません。

 

SBのメンバーとしては本来なら制作に関わるべきなのですが、この曲に関しては、ボーカル提供以外の部分に関わる事を自分自身に厳しく禁じた、という感じでした。

 

逆に精一杯関わる事で償いとする道もあったかもしれませんが、今の私にその資格はないと強く思っていたし、龍徹さんが過去にやりたくてもやれなかった事を実現してもらう事が何よりの私の願いでした。

 

 

 

そうして完成したこの曲を聴かせてもらって、

私は自分自身を、これでようやく許してあげても良いのかな…と、少しずつですが考え始めています。

 

 

私が自分を許せるのは、

龍徹さんがあの時にできなかった、理想の「遠い夏〜」をいつか完成させた時

 

何年もそう思い続けてここまで来ましたので…

 

 

 

 

複雑な思いがないと言ったら嘘にはなりますが、そもそもが本当に大好きな曲なので、長い時を越えてこうしてついに世に出た事それ自体については、素直に心から嬉しく思っています。

 

 

 

2人で作り上げたもの

 

とは完全には言えないのかもしれません。

というか、言ってはいけないと自分では思っています。

そんなふうに私が思う事を、龍徹さんは望まないって事も理解はしているのですが。

 

 

 

ブランクや年のせいにするのはただの言い訳になってしまいますが、ボーカルの技術も正直酷すぎるものだと思います…

今回のボーカルは、昨年ラストソングの制作をしていた時期に録ったものでした。

今より若く、音楽活動を積極的にやっていたあの当時にちゃんと歌えていたらどんなによかったかと…

そこも龍徹さんには申し訳ない点となってしまいましたあせる

 

 

 

ですが、私はこれがこの曲のSBとしての正式な完成形であると思っていますニコニコ

過去にも何テイクか作ってはいるし、そっちの方がボーカルの質も全然マシではあるのですが……そうだとしても。

 

馬鹿な私が踏みにじり壊してしまったあの時の思いを、もう一度復活させて、手間をかけて、彼がまた再構築してくれたものですから。

 

 

 

 

 

龍徹さんはとても優しく、当時の事については何も思っていないと話してくれます。

例え本当にそうだとしても、私がしてしまった事は人として許せる行為ではありません。

何故あんな事をしてしまったのかと9年間本当にずっと、誰に話すわけでもなく心の中で後悔して悩み続けて…

この曲の事を、好きだと言う資格すら私にはもうないと、ずっと思い続けてきました。

 

 

そんな自分とも、いよいよお別れが出来るのかな…

お別れをしても良いのかな。

 

と、今は思い始めている所です。

 

 

 

 

思いやりを持って

 

なんて事をいつかの記事で書いたような記憶がありますが、そんな事を言える立場ではなかったなと思います。

自分なりに誠意を持って真面目に生きているつもりでも、全然できていない未熟者です。

完璧な人間なんていないので、仕方ないのかもしれませんが…

仕方ないで済ませられるレベルを越える出来事だったから9年間も悩んでいたんですけどあせる

 

 

 

 

私みたいにならないで、

って世の中の人に言いたいです😅

 

自分の意見を言う事は大切だけれど、相手の思いを聞き受け止める心がなければ、ただの自己主張になってしまいます。

当たり前の事なんですけどね…

 

これだけは譲れない!とするものについても、少しだけ見方や角度を変えてみる事も時には大切かもしれないです。

 

自分の信念を貫く事は、とても素晴らしい事だし大切だと私も思うのですが、大前提として、何をするにも相手の言葉を傾聴する姿勢は何より一番大事。

どちらか一方ではなく、お互いにその心を持つ事が出来たなら、きっと良い方向に進んでいく事と思います。

 

この記事を読んで下さっている方への言葉というよりは、自戒の方が強いかな…😅

 

 

 

 

私にとって色々な思いが渦巻く「遠い夏〜」ではありますが、SBの1、2を争う名曲である事には間違いありません(※個人の意見です) 

9年という長い時間を越えて発表される事となった大切なこの曲を、1人でも多くの方にお聴き頂けたらとても嬉しいですニコニコ

 

 

後悔していること

 

 

 

 

 

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