​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -27ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。





【ドラマトゥルギー dramaturgy】

人々はコミュニケーションにおいて、その場にふさわしい「役割」を認知し、その「役割」を演じることによってコミュニケーションを成立させ、社会を成り立たせているとする考え方のこと




☆☆☆☆★




自分のドラマツルギーは

他者の模倣からは生み出すことができない

自身の体験や人間観察から得たヒントを、考えて、考えて、考え抜いた時、僕の作る物語が形づくられ始める

(本文より引用)




Bunkamuraル・シネマで「ベルリン・天使の詩」特別上映を観ました




(画像は下記よりお借りしましたm(_ _)m


Bunkamuraル・シネマHP

http://www.bunkamura.co.jp/s/cinema/lineup/19_berlin.html






劇場で観たのは

いつぞや仙台でリバイバル上映以来


今日は満席!素晴らしい。

何年経っても、またこうして観ることができるのが映画のいいところ。

仕合わせな夜でした♪




途中、どこからか短くいびきが聞こえ

やっぱ寝れるよね〜とニヤリ。

(睡眠鑑賞もアリだw


確かに寝れるくらいにw

よく分かんなかったり

暗かったりする作品ですよね^_^






人間の、心の声を聴く

世界の歴史の

証人のような天使たち




かつての“天使”ピーター・フォークが

街角のコーヒースタンドで

天使ダミエルに向かって語りかける

『見えないが、いるな? 感じてる』




ダミエルは

本当に見えているのか?

と辺りを伺いキョロキョロ




コーヒースタンドの主は

もっとキョロキョロ

見てはいけないものを見た!ともう、ガン見ですw

コロンボが なんだかわからないが

空中に向かって話しかけてるぞ!w


コロンボはもちろん

そんなことはお構いなし




『君の顔が見たい

 こっちがどんなにいいか教えてやりたい


 すてきなことが山ほどある 


 でも君はいない 僕はいる

 こっちに来たらいいのに

 話が出来たらいいのに』 




友だちだからさ。『兄弟!』と

ダミエルに握手の右手を差し出す




ダミエルは、それに応える

流れの中に降りるから

瀬があるのだと

“死んで”人間になります






初めて観た時は

天使たちが、人間の声を聴く図書館と


人間になったダミエルの

“初めてのコーヒー”シーンにやられてた



今回はね

詩を求める“語り部”ホメロスと


人間となった天使ダミエルに

逢えたブランコ乗りマリオンの

堰を切ったような独白にやられてました




『私たちの決断は

この街の すべての世界の決断なの


私たち二人は

二人以上の何か』




流れに降りることに、

生きることに、

二人で決めることに

力強く踏み出した彼女の、彼の姿に

あたたかさを感じた夜でした。





人間ダミエルが

両の手を擦り合わせて

冷たさと温かさを知ったようにね。





『乗船完了!』











それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆



《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook





過去記事

流れの中に降りる ー「ベルリン・天使の詩」

https://ameblo.jp/parallel13/entry-12380885252.html




---

好きなシーン



戦勝記念塔の上に佇む天使ダミエルを

足早に歩く大人たちの中で立ち止まり見上げる子ども



救急車の中 妊婦と付き添う夫

あれこれ不安げな脳内つぶやきの中

ダミエルがお腹に手を当てると

楽しみだわと笑みを浮かべる妊婦



ビルの屋上

飛び降りる男と

思わず声を上げるカシエル




サーカスの仲間と別れたマリオン

コロンボと出会う

「探偵さん 人を探すのがお上手なんでしょ」

この方、数字で見ると

3-1-1


私は3-11-1

思考回路とソウルが同じか!と興味津々で見ました





一度見て、気になって。

もう一度見て。


ドキュメンタリー映画は

二度目からが面白いね^_^




☆☆☆☆★




彼の名前はヨーゼフ・ボイス。初期フルクサスにも参加し、“脂”や“フェルト”を使った彫刻やパフォーマンス、観客との対話を作品とするボイスの創造(アート)は美術館を飛び出し、誰もが社会の形成のプロセスに加わるべきだと私たちに訴える。既存の芸術が持つ概念を拡張するその思想は、世界中に大きな議論とセンセーションを巻き起こし、「社会を彫刻する」という、貨幣経済や権力に管理された社会を創造性によってつくり直そうという試みは、バンクシーを始めとする現在のアーティストにも脈々と受け継がれている。

本作は膨大な数の資料映像と、新たに撮影された関係者へのインタビュー映像で創られた、ボイスの芸術と知られざる”傷”を見つめるドキュメンタリー映画である。

(公式サイトより)

https://www.uplink.co.jp/beuys/




★★★★☆





大きく捉えられるタイプの人なら、この映画はくるものがあると思う

分かりやすさはないけれど。


ただ、私が気になったのは傷でした。





傷は、人によっては

病気

障害

コンプレックス

…等の言葉でも語られるもの。




つまり「生きてる証」

実はとても大切なものなのだと教えてくれる




それがあるから

その傷をも抱える生命力で人は

芸術を現わせるのだと

彼は言い

身を以て体現した人なのだなぁ




彼の「挑発」は

まさしくLP3の生命力だ

ブッ壊しにいってますね〜

ニヤニヤするわ^_^




彼の言う「社会彫刻」それは

今ここからの私たちがしていくことなのね

それぞれの傷をもって。ね^_^






それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆



《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook

令和れいわと賑やかな今日

お祝い代わりに?

髪の禊師 関本 愛子さんのエネルギー調整カットを♪

 

 

 

床屋女子 idoya

https://aitarou39.wixsite.com/tokoyajoshi

 

 

 

きっかけは、Facebook投稿を見て「私のつむじ、ドコだっけ?」と感じたのが最初。

ヘアスタイルのオーダーを聞かないのも新鮮で、私のつむじと毛流れが、一番自然な髪型って、どんなだろ?と俄然興味が湧いた^_^

 

 

 

毎度ながら、蝶に見送られて出かけ、仙台四郎さんを目印にidoyaさんへ。

・・・思えば、床屋さんで切ってもらうの初めてだなぁ。

 

 

 

まず、切られたくない長さと

どんな風に生きていきたいか?を聞かれ。

 

長さは、左耳の上にあるイボが隠れてほしいので「耳の高さまでOK」と伝え

 

「どんな風に生きていきたいか?」は

・・・止まった。

 

 

 

あ、やっぱないんよね。

と内心ひとりごちる私。

「最期まで自由でいたい」と言ったものの、すぐに“自由ってなんよ?”と自己ツッコミ入る私。

(何を言っても、言ったそばから違う気がしてしまうのよ〜D11の非言語)

 

 

 

 

そういうハッキリしたもんがない自分に、またダメ出し開始しそうなところで

「もう、今も自由ですよね。」と一言。

 

 

 

そう。そうなんよ。

じゃ、これから先が自由でいっか。お得意の楽観w

 

 

 

 

 

私の数字

LP3 D11 S1 P1 M5

IT1  LL2,3,4,6,7

を見るなり

「エッジ効かさないとね」

 

何度も何度も「エッジ」という言葉が出てくる。

フィリップ・プティの言葉

「人生はエッジを歩いてこそ価値がある」

がグルグル回る〜

 

 

 

つむじを見てもらうと

良いトコにありますね〜真ん中だ、この流れは初めてだと

めいっぱい頭触られる

・・・触診?

 

誰かが「ムチウチになりそうなくらい頭触る」と喩えたそうで

へぇ〜と思ったけど、確かに触られっぱなしwそれも結構ハードにww

 

その間も、沢山話をしてくれる。

曰く「11は筒だから。降りたこと言ってる(出してる)だけ」

 

 

 

美人さんだよね

瞳に、吸い込まれそうな魅力がある

少女漫画に出てくる妖精みたい

…漫画に出てくる綺麗なお姉さんとか

モデルさんみたいよ

 

「知ってた?」

 

 

 

ごめん、知らんかったw

「ごめんねぇ」と声に出して謝ったわwww

 

 

 

 

 

 

私の髪は、みんな前に来たがっていて、顔を囲みたいんだとな。

たーしかに!洗った時とか、みんな揃って前に来るのよ!そういうこと?

(それを私は一生懸命、後ろにやってたわけね。そりゃ決まらんはずだわ)

 

 

 

触診の後、いらんとこ切って(これだけでもやたら軽い!短くなる軽さとは全然違う!何だこれ!)洗髪、そしてもう一度カット。

眉周りのうぶ毛もカットしてもらう。

…毛も、穴も、色々詰めちゃってるのねぇ。今まで、何をそんな重たく背負っていたんだろうか???

 

 

 

「宇宙人が、ズラ被って地球に来てる」

との言葉も飛び出したが

↑地球に落ちてきた男?いや女?

…それくらい(毛流れは)違和感あるよ?と言われれば納得だわ。

 

 

 

「毎日、洗わなくても地肌触って(耕して)あげてくださいね」

…頭ポリポリ掻くのは、昔からある自然な行為、どんどんやっていいと。

 

(じゃ、宮本浩次くんとかめっちゃナチュラルだったのか!アレが狙ってたらウケるけどな)

 

 

 

はーい、ポリポリシャカシャカしまーす。

エッジを歩きまーす(綱渡りはしないけど)

え?写真?そのうち出しまーす。

 

番犬いくらさんの、綺麗な毛並みと同じく自然な流れでいきますよ^_^

 

 

 

喋らないLP3だってエッジのひとつ、で良いよね。

 

 

 

 

それも、数の仕合わせ。

 

 

 

★★★☆☆

 

 

 

 

|★|高橋 早苗Facebook

 

 

 

 

 

↓フィリップ・プティのエッジはこちらから

 

 
 

 

 

 

☆過去記事

 

理由はない ー「マン・オン・ワイヤー MAN ON WIRE

https://ameblo.jp/parallel13/entry-11838905705.html

 

 

 

☆2019.5.5 追記

 

…寝起き一発、何も手をつけてない状態でここまでキマってるのってすごくない?笑

 

 

 

毎朝、ヘアブラシとドライヤー

ヘアオイルやクリームやヘアアイロンやら、時にはシャワーやシャンプーまで

ありとあらゆるものを使い、いわゆる“スタイリング”というヤツをしてきたわけだけど、それがなくなった。

 

代わりにしてることといえば

わしゃわしゃシャカシャカ頭を触っているw 頭皮をね^_^

両の手で目一杯わしゃわしゃ。髪がどっち向こうが関係なく、目一杯シャカシャカ。

今までの感覚で言うなら

「もう!救いようのないこの寝グセ!」…みたいな状態までわしゃわしゃシャカシャカしてから、毛先が落ち着く場所へ、流してく。

と、スタイリングは突然終わる。

(毛先にワックス、とか少しアイロン当てたいとかはあるけど、ほんのちょっと^_^

 

 

 

idoyaさんで、いくらさんが黙って撫でさせてくれて。とても嬉しく「ああ私も、この自然で綺麗な毛流れで行こう」と思った。

それを毎朝やってる感じ^_^

 

スタイリングとは

 

モフることだったのか!笑

ジャズを知り始めた時に聴いて

それ以来大好きな「Waltz for Debby

今思えば、ちょうど平成の始まった頃によく聴いていた。


ウンチクなんかとても語れないけれど

ただ大人に憧れる子どもみたいに

ピアノとベース、ドラムの音に聴き惚れてたの^_^




☆☆☆☆★




圧倒的な影響と人気を誇るジャズ・ピアニスト ビル・エヴァンス。

その出自、キャリアのスタートから人間模様、死の間際までを8年に渡り追った、貴重な証言・映像・写真の記録!

その美しい音楽の源は?

その裏の悲劇に満ちた人生の真実とは?

(公式サイトより)

http://evans.movie.onlyhearts.co.jp/





★★★★☆




つくる人、生み出す人は総じて繊細

その繊細さがあってこその、作品だったりもするから

観てるこっちもさ、不用意に

もうちっと何とかさぁ。とか

強くなれよ!みたいなことは言えない。




ただ、彼の生んだ音と

ピアノに向かう姿が

もう、なんつーかつまりそれ

「至福」ってヤツなのかな。という

佇まいで

ただ只ずっと、聴いていたくなる♪






ピアノを離れたところで

思うにまかせないことが沢山あって

当時を語る人たちの

話は深刻だったりするんだけど

それでも、ね。


音にやられるわ〜

ハイ降参m(_ _)m




84分、最後まで彼のピアノをたっぷりと堪能いたしました。





エンドロールは

ごちそうさま。って箸でも置いたように

どの旋律も和音も何もなく

文字だけ。


劇中に流れた曲と

登場した人と

スコアと

ライブと




まるっきり無音のエンドロールも

初めてかも。

聴いてくれ!という強い意思も感じる。


(写真はイメージです)




惚れたらすぐ曲を作っちゃうあたりが

器用なんだか不器用なんだかw





映画の冒頭で語られる通り

「知るべきすべては すべて音楽にある」んだね。




彼の破壊志向を指して

「時間をかけた自殺」と称した言葉があったけど




彼の数字は

9-7-4

LL2、7

目の前の誰かを相手にするのは、下手くそだったのかな。

「兄がいなかったらどんな人間になっていたか」の言葉に、幼い頃から感じていたのだろうか?己の終末感。


身体に対して、一切のケアをしなかったというのがとても“らしく”

「音楽と心中」と言われた方が、しっくりくるような気がするのは気のせいかしら。






それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆



《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook










サントラはこちら♪もち聴いてる^_^




…とことん情けない男というのはいるもので。ここにも一人^_^


☆過去記事

映画という名のトリビュート ー「ブルーに生まれついて」

https://ameblo.jp/parallel13/entry-12243480887.html