​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -26ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

ドキュメンタリー映画は二つ

被写体を追ってくいわゆる「実録」ものと


もう亡くなられた方の業績を追い

近しい人たちの証言や、存命だった頃のアーカイブなどから構成してくものがある





平成最後に滑り込んで見たビル・エヴァンスも

この「マックイーン モードの反逆児」も後者の作品


存命なうちにそれが作られるには

あまりに生き急ぎな人生、とも言えるけど

一瞬一瞬にものすごく正直で

嘘つけないタイプだったのかなと捉えると

頷けるところが沢山。





そして、ファッション系のドキュメンタリーは

その人の仕事っぷりを見ちゃうね。やっぱり。




☆☆☆☆★




ロンドンの労働者階級の街イーストエンドに生まれ育ち、日々の食費にも困っていた青年が、失業保険を資金に23歳にしてファッションデザイナーとしてデビュー。次々と開いたセンセーショナルなショーは、大絶賛とバッシングの真っ二つに分かれ、彼の名前〈アレキサンダー・マックイーン〉は、たちまち世に広まった。そして1996年、弱冠27歳で、エレガントで名高いパリのグランメゾン〈ジバンシィ〉のデザイナーに抜擢されて世間を驚かせる。一方で、自身のブランドのショーはますます過激になり、〈モードの反逆児〉と名付けられるが名声は高まるばかり。34歳だった2003年には英国女王から大英帝国勲章(CBE)を授与されるまで上りつめる。ところが、富と名声の絶頂期にいた40歳で突然、自ら命を絶ってしまう。いったい彼はどんな人物で、いかにして現代のおとぎ話のような成功を果たし、なぜ燃え尽きてしまったのか?

(公式サイトより)

http://mcqueen-movie.jp/




★★★★☆ 2019.4.30




花柄、シフォン最悪のショーだと言った、そのジバンシイに引き抜かれるあたりが、仕合わせてるとしか思えないw^_^





「閃くのは最後の最後 いつも何かが降りてくる

兆しを いつも探してる」





スクリーンに響くのがマイケル・ナイマンなのは、ショーと同じでまぁ当然としても

使われる曲が曲なんで「マン・オン・ワイヤー」と被りすぎ!プティの顔がチラチラするわ!…と内心ツッコミ入れてたw




それでも“リー”の強烈さは、もちろん変わらないけれど。

いや、表に出すものが、放出されるものが強烈であればあるほど


彼自身の内面の

孤独さ加減に泣ける(T ^ T)





彼の数字は9-9-7

(ビル・エヴァンスと同じくLP9)

そしてLLが二人とも27

(それぞれD7S7と被り)




人付き合いベタよね〜そして

流され方向が、二人とも破滅方向なのが切ない

彼の場合、流され方向というより

振り切れ具合といった方がいいのかも。

その振り切れ方が、あの表現になるのだから、もちろん素晴らしいのだけど


「兆しをいつも探してる」って

そんな兆しにまで乗るんじゃねぇと

こっちは言いたくなるわけで


自死に至るヒトは

やっぱしどこか“お役目”を終えた方なのだと

でなければあんな強烈な表現など

表せるものでは無かったろうと

そう感じるのです。




…彼のスカルイメージは

朽ちるものの美しさの象徴みたいね。




★★★★☆ 2019.5.22

二度目。

終映間近のレイトショーは、程よく空いてて落ち着く。

スクリーン上は、落ち着くどころじゃないけど^_^




『耳をふさぎ 服を美しいと思う人に

現実を伝えたい』

という彼のショーは

奇をてらうなんていう甘っちょろさは皆無で

マイケル・ナイマンの音楽と相まって

どこか深いところで、煽ってくるようだ




そしてスクリーンを離れても

マイケル・ナイマンウイークの如く

サントラが脳内でリアルで再生中♪


一度目はプティの顔がチラチラするとボヤいたが

二度目もチラチラはするものの

もっと深いところへ入ってく

(やっぱり私は音から受け取るものが多い^_^




『日曜日のランチのような気分で帰って欲しくない

最悪の気分か、浮かれた気分か

どっちかで帰って欲しい』





どっちでもいい、ただ

どっちでもない、はノーサンキュー

賛否両論もちろんウェルカムいらっしゃい




酷評されても、賛美されても

両方あっての世界だろ?

とでも言いたげ。




さすが9-9-7の美意識!

つくる人は、生み出す人は、振り切れてなんぼ

9の表現が本気出すとこんなもんよ(ドヤ顔)みたいだw^_^





「感情の整理」という言葉に、常々違和感を感じていて。

常にデフォルトで感情を爆発させちゃうような、それで周りが云々という方には「整理」なのかもしれないけど


エモーショナルって、そんな四角四面じゃないよね。と感じていた




彼の表現は

抱え続けた闇をライトの下へ引っ張り出す

感情の昇華みたいに見える

ショーが終わった後の、彼のハンパない落ちようが、晴れない闇なんだなとわかる




『ショーが終わっても 翌朝にはミルクがいる』という言葉の通り

彼がショーを離れたところで、不器用に持ち続けた『見せたい現実』は

ただストレートに出せなかった沢山の感情たち




それが姿を変えてランウェイを歩く時には

彼の中では終わってる(完結してる)から

こちらは(思考は)ただ只、見守るしかないのね。





彼の言う「兆し」は

振り切れるためのものなのか。





それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆



《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook





チラチラするwプティのサントラはこちら



本日はリブログ。
ジョーを演じたドリス・デイさんに
哀悼の意をこめて。





異国マラケシュで
パジャマ姿の息子と歌う「ケ・セラ・セラ」

小さなナイトとダンスを踊る
ママの姿が素敵でした




そして
某国大使館へ招かれ
(招かれるように仕組むのよね♪)、
命を救った大使の前で歌う「ケ・セラ・セラ」




周りが若干
(なんでそんな声張り上げてんの?)
と不思議がるほどで
それはそのはず、歌手の顔じゃない

捕らわれの息子に届くようにと歌う、母の顔。





まったく、ヒッチコックは
危機迫る、鬼気迫る感じを表すのが上手すぎる♪




息子をさらわれ必死な夫婦と

ジョーが歌う「ケ・セラ・セラ」の歌詞のギャップ。




とことん、とことんどこまでも

スクリーンを眺める私たち観客を

恐怖に陥れ振り回す天才だわ。







ヒッチコックの数字は

3-9-3


俳優のアドリブより

自身のコンテが最優先なのは

観た人がどんな反応をするか(させたいか)まで

キッチリ出来上がっていたから。




さすが、と言うまでもなく

“サスペンス映画の神様”です^_^







それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

Φ|高橋 早苗プロフィール

https://profile.ameba.jp/ameba/parallel13




↓お会いしたことのある方

↓どうぞよしなにm(_ _)m

|♫|高橋 早苗Facebook


現実のスクリーンは

映画のスクリーンと同じく

ただ只、“わたし自身”になる物語


何も分からず 突っ走り

惑い、悩み、学び、何度でも

「オレ(わたし)はこうだ」と現わし続けてく




I love being me.

「ジブンでいることが大好きだ」

そう肚の底から 思えた分だけ

そう感じられる出来事が 目の前にやってくる




☆☆☆☆★

|| 言葉で居る・私の中のD11 ||「ベルリン・天使の詩」




ロングコート姿の天使が二人

ショールームに


目の前では人間が 車を眺めああでもないこうでもないと 話してる

人間には オープンカーの運転席と助手席に座る天使の姿は見えない



天使ダミエルは

「霊でいることに うんざりすることもある」と嘆き

天使カシエルは

「霊でいよう 距離を保ち 言葉でいよう」と言う




霊でいよう  距離を保ち  言葉でいよう




その天使たちの「言葉」は 人間には届かない

だけど それでも

天使(霊)の姿に 気づく者たちがいる


じっと見上げる子どもが

盲目の老女が そして

「兄弟!」と 手を差し出す男が

天使を、霊を、言葉を 知っている




私の中のD11

この、霊で在り、距離を保ち、言葉で居る天使たち


私から あなたに届ける言葉は

いつもタイムラグがある

だけど、あなたが気づくタイミングで私と会うなら

その時は間違いなくあなたへの言葉を言うから

どうぞ、時を間違えないで。




★★★★☆


そしてD11の行動原理は

それぞれ違う個《1》が二つ

本能と感情が乗り込む 宇宙船ミレニアム・ファルコン号




思考の入らない 真性“オレ様”だけが渡れる 互い違い二本線の懸け橋


本能と感情の“相棒”がお揃いで

初めてロックオン! 未来へ橋を渡す




☆☆☆☆★

|| 自在に生きる。私の中のS1 ||「マン・オン・ワイヤー」

 




1974 NY

今はなきワールドトレードセンター

地上411mの綱渡り


幅わずか2cmの綱の上は

見下ろせば 人は砂粒にしか見えず

空飛ぶカモメが すぐそばにいる場所




綱渡り師フィリップ・プティの言葉

『どう考えても不可能 じゃあやろう』


…タワーの間は最短42m

釣糸を括り付けた矢を飛ばし そこから糸を手繰り寄せ 鋼鉄のワイヤーを渡す

『人生は、エッジを歩いてこそ価値がある』




1の放つ 矢のエネルギーは

後ろも向かなきゃ 終わりも見ない

前しかない


『どう考えても不可能 じゃあやろう』

考えてできることになど はなから興味はない




自在に生きる。




格好良さなどなく

どちらかといえば無様で

なぜそんなことをする?と 咎められるようなこと


だけどそこに自身が在るなら

砂粒ほどのカケラでも そう感じられるなら

そこは間違いなく 私の矢の向かう先




私の前に よその誰かなど いるわけがない

矢は鋭く尖ってこそ、刺さる

私の中の、S1の矢が向かう処。





☆☆☆☆★

|| LP3はおもちゃ箱 ||数の仕合わせ




私が観てきたすべての映画が

LP3のアタマん中… おもちゃ箱にある


中は ひとつひとつが 愛すべきガラクタ

すべてが愛おしく 遊び方は無限にある




そのピースが目に入らない時の スルーっぷりは 凄まじいけれど(笑)

突然、ガラクタたちを組み合わせて

新しい遊びを始めたりもする

それも今ココ 目の前の遊びに真剣だから




人生は 真剣勝負の遊び

一時の快楽でなく 一度きりの大真面目な遊び。




私は

本を読むように

映画を読む

映画を観るように

数字を観る


数を詠むように

心を数える。




あなたの 私の

​《数の仕合わせ》を詠んでいきます。






私の、あなたの

数の仕合わせ。






★★★★☆

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過去記事

わたしが数字を味方につけるまで

https://ameblo.jp/parallel13/theme-10108111965.html


【ロードムービー: road movie

映画ジャンルの一つ。

いずこかへの旅の途中で起こるさまざまな出来事が、映画の物語となっている。歌舞伎でいう「道行(みちゆき)」


 





こんにちは!


ここまでたどり着いたあなたに

決して戻らないあなたの時間を このページを読むことに費やすあなたに


心から感謝します。ありがとうございますm(_ _)m

その好奇心に 私は応えようと思いますます♫




あらためまして 高橋 早苗と申します。


私は映画が好きです

あなたが映画を観る時 あなたには感じたい気分や感情がある



格好いいキャラクターに 見惚れたり

望みを成し遂げていく英雄に 心奪われたり

悲しみにくれるヒロインと 一緒に泣いたり

ダメダメな主人公が 変わっていくさまにワクワクしたり


・・・一つの映画を観ることは あなたにしか感じ得ない世界を 旅したことと同じ

感動し 深く共感できた時 その物語は

あなたにとってただの作り話ではなくなる

あなたの人生を 支えてくれる力になります





誰も彼もが スクリーンの中でも外でも「ある状況」に居る

状況は、まだ変わらなくとも 今そこにいる「あなた自身」は

変わることができます


過去を見つめて いまを捉えられたら

あなた自身が 人生のシナリオを描くように

確実に 過去と未来も変わっていく。


あなた自身が変わるなら

人生もどんどん変化し 拡がっていくのです




もし あなたが

「自分を変えたい!」

「より良い人生を送りたい」と感じているなら 最高の情報をお伝えしましょう


その前に、私が「ある状況」に居た時のこと 少しだけお話しますね。




|◐| 小さく生まれ変わる エンドロールの秘密




私にとって映画は

長い間、現実逃避の手段でした。

目の前の現実が辛すぎて 逃げるために

スクリーンばかり見つめていた


場内が暗い間は

主人公が 絶望のどん底に突き落とされたら 共に涙し

主人公が 何かを手に入れたら 一緒になって手に入れた気になって


自身の 見たくない現実を

映画の中の きらびやかな成功ストーリーで埋めていました



エンドロールが終わればすぐに

色褪せた現実に戻ることは 見ないふりで。




見たくない現実というのは 子ども時代に始まる 両親との不仲

特に 父親との関係は 私を長い間苦しめ続けました

実際にに どうすればこの人を殺せるだろうか?とまで思い詰め

私の中の ドス黒い思いに 何度も何度も 囚われていた


そして父の暴力を受けていた母に対しては 

救えなかった 力になれなかったという罪悪感を ずっと持ち続けていました



DVが直接の原因ではないものの

たった一人 誰にも看取られず 小さく冷たくなっていた母を見つけた時

その罪悪感は最高潮に達しました


傷口に、塩を塗り込まれたかのような 赤く膨れ上がり熱を持った ヒリヒリした痛みに

全身を焼かれるような想いで 母を見送りました




父にも 母にも

ぶつけることすらできなかった想い

それを持て余しながら このままじゃいけないという気持ちで

本を読んだり セミナーに足を運ぶようになると やがて

同じ映画でも 見え方が変わってきた



スクリーンの中の主人公が 悲しみにうちひしがれる時

何かを掴み 立ち上がろうとする時

生まれ変わったかと思うほど 見違えた姿で 前を向く時



なぜ 絶望しても幸せに辿り着くのか

なぜ ハッピーエンドで終われるのか

少しずつだけど 判ってきた




すると 映画は

私がしがみついている過去を リバイバル上映し始めました

何を見ても 私自身の未消化な想いが

繰り返し現れた


叶わなかった願い 怖れ コンプレックス 自己価値の低さ 愛されない

認めて欲しい でも だって どうせ・・・


私の中で ヘドロのように黒く くすぶっていた想いに

トドメを刺したのも また映画でした


それは、私の中の 小さな「死」。





繰り返した“リバイバル”で観えた「死」のイメージ

自らの過去のパターンを 孤独を 怖れを

「死」して ゆく。

小さく生まれ変わる エンドロールの秘密。






|◐| 望みを うつし出す 『あなたの物語』を知る



 映画 娯楽



自己啓発の世界では 名言という形で語られるもの


ネットビジネス業界では

結果を求める為に語られる ストーリーのためのネタ


どれも映画の中の ほんの一部を切り取ったもの

つまらないと言いたい時だけ 言葉数の多い レビューという名の感想文は Web上に腐るほど溢れてる





私は映画を観ることで 観続けることで

私自身の中の たくさんの想いと向き合い 過去を見つめ

いま(現在)を疑い 未來から考えて行動を起こし

心のスクリーンに 私だけの望みを うつし出してきました




だから私は、映画が好きです

映画 アート 音楽 ファッション 建築 写真 料理・・・

人がつくるものが 好きなのです

その想いに惹かれ 作ったものに

人がそれぞれに感じる想いにも惹かれる


そこに 生きてる!という実感と喜びを見いだすから。

私だけが仕合わせてきた現実のスクリーン、それを私は「数の仕合わせ」と名付けました。





いま私は

潜在数秘術セッションを提供しています


あなたの経験や 学んできたことの中には

あなたが あなただけの人生を生きる種が たくさんある




私はあなたに 全力で伝えます

『あなたは 生まれながらに沢山のものを持っている』と


あなたの生きてきた時間には

どれだけの苦しみや悲しみがあったとしても 

必ず『感動と 笑えるオチがある』と



難しくはありません

ただ あなた自身を知ること。



皆「誰かの物語」を観に 映画館へ行くけれど

あなたは既に 『あなたの物語』を生きています 映画のように。

あなただけの《数の仕合わせ》がある




そして これまでのあなたの物語は変えられなくとも

人生の眺めは変えられる

眺めが変わると

いま ここにいる「あなた自身」も変わっていく

あなたが変われば 過去も、未来も

変わったあなたに いま(現在)に還っていくから





人生の眺めを変える・・・

私が あなたと観たいのは

あなたが主役の ロードムービー。







Φ|高橋 早苗の【数の仕合わせ・潜在数秘術セッション】はこちらから



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令和に入ってすぐ

髪を禊、写真を撮ってもらいました

 

髪はidoyaさんで

関本愛子さんにお願いしました

 

床屋女子 idoya

https://aitarou39.wixsite.com/tokoyajoshi

 
 
 
 

 

写真は舎人公園で

加藤由季子さんにお願いしました

 

ブログはこちら^_^

 
 

 
 
 

切ってもらうも

撮ってもらうも

 

同じだなー。って。

 

 

 

 

え?違う?笑

 

 

 

 

「切り取ってもらう」ところは

どちらも同じじゃないですか。

 

 

 

いらん髪を切って

私を、切り取ってもらう

 

今の私を撮ることで

私を、切り取ってもらう。

 

 

そこに、私の意図は入っても

いらん思考は入らない

だから、どちらも面白かったのです

(ま、御二方から観ればまだまだ、自然体じゃないとか隠れた私とか、いるのかもしれないけれど^_^

 

 

 

 

写真は、後から見返すことができる分

見たくない顔もある

だから自撮りは、なんとかいい顔しようとする

自分が気にいるような顔

けどいい顔ってそもそも何よ?

どうしたって気に入らないからいい顔をって頑張るわけよね。

 

 

そのくせ、もっとああだったら、こうだったら

ここがあそこが何がどうしたと

アタマだけがうるさいw

 

 

 

でもね、何を言ってもそれ、私なんよね^_^

いつもいつもドヤ顔キメポーズじゃ飽きるわw

いつもいつも、毎日毎日おんなじご飯じゃ違うモン食べたくなるでしょ?

それと同じ

 

 

 

嫌いなトコを無理矢理好きになるのでなく

見ないふりするでもなく

笑って諦めたフリするのでもなく。

 

 

 

 

切るも、撮るも、

こちらからオーダーをしない。

…この長さで

…こんな形で

…こんな色で

…こんなスタイルで

…こんな雰囲気で

…こんなポーズで

一切言わない。

 

 

それは、清濁併せ呑む(善も悪も分け隔てなく来るがまま受け入れるの意)ような体験でした。

 

 

 

 

 

今まで何度か

写真を撮って頂く機会に恵まれましたが

今回が一番、自然体かな。力抜けてる感じ。

多分もっともっと抜けますよ

軟体動物くらいにw

 

 

 

 

 

それも、数の仕合わせ。

 

 

 

★★★☆☆

 

 

 

 

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