​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -25ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。

映画のこと書いてますが

私の記事は、映画レビューではないなぁと日々感じています。


おススメ。だから観て!

ではない。

観てよかった。だからあなたも観なよ。

でもない。




あなたにとってのおススメは

あなた自身が一番ピンときたもの

グッと引き込まれたもの

気になって仕方ないもの


放っといてもあなたが観ちゃうもので

つまりあなたにしかわからない


私の、あなたの、それぞれヒットするポイントが違うのだから

私のヒットをおススメする気もない。




昔はね、友だちが見るから私も、なんてパターンで観たりしましたよ、ええ。


なんなら一緒に観ない?と誘ったこともあった

けどお互いどちらか寝落ちw(睡眠鑑賞?)

またはどちらかが付き合った風になってるのが分かる

一番いらねー笑



そんな調子で同じスクリーン眺めても

付き合ってる一方の心には、響かないよね。




ま、とにかく

どんなスクリーンも

ひとりでしか観得ないものだから

一緒に盛り上がっても

心に残るのものはその人の中だし

わたしには、あなたの心の中は分からない。




じゃ、何で書いてんの?ってハナシですが、まず

いつ、どんな作品を観て、何を感じていたかの記録。

書いてから、私の頭ん中が分かるタチなんで笑




一度観て

すごいね

よかった

面白いね

笑った

泣いた

感動した


すべて一度きりなら

その場で消化

OK!終了^_^




その後、もう一度観たいものが残る

書いてくと、これが分かる。

(観たけど書いてないの、意外とあるのよ。下書きとか^_^





もうひとつは、私自身が

一番ピンときたもの

グッと引き込まれたもの

気になって仕方ないもの

を、観ることで書くことで




何を感じたかったか、を知り

何を観たかったか、を知る

それは、私がわたしを生きる時の目印になり

心に留めておきたい栄養にもなる




感じたかったことをその場で感じきり

観たかったことは、書き留め、心に留める

もう一度観たいなら

観て、噛んで含んで味わい切る


つまり

映画は二度目からだと

思っているわけです。



もう一度観たいものを、もう一度観るために

書いてるようなもんね。




☆☆☆☆★






映画「パターソン」は

月曜から始まり

日曜日に終わる

ある男の話


パターソンという町に住む

パターソンという男の話




彼はノートを持ち

毎日同じ道を歩きながら

同じバスを走らせながら

同じ犬と散歩しながら

毎日、違う毎日を生きてる

言葉を書き留めてく




彼のノートが失われた時

彼の詩を読むことを楽しみにしていた妻は

悲しみ、憤慨する


彼は言う

「ただの言葉だ」




★★★★☆




そう、ただの言葉。

その言葉が

彼の書き留める言葉が




彼の毎日を

一日一日を

毎日、違う毎日にしていた




ただの言葉なのだけど

私を、次へ

連れていってくれるものなのですよ


もう一度、その映画を観るという「次」へ

だから、

これからも書き続けます。




ノートを失った彼に

新しいノートを贈る

詩人の言葉

「白いページに広がる可能性もある」





あのノート、いいんだよね。

私も欲しい♪





それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

Φ|高橋 早苗プロフィール

https://profile.ameba.jp/ameba/parallel13




|♫|高橋 早苗Facebook





過去記事はこちらから

毎日、違う毎日 ー「パターソン」

https://ameblo.jp/parallel13/entry-12306993665.html


ミッシェル・オスロ監督の

2004年の作品

6篇の短編が収められています




今回は表題作「プリンス&プリンセス」を。




これ、一番意外な結末。

考えさせられる、とも言える

なんやら普遍だな〜と感じるのね^_^




☆☆☆☆★




登場人物は二人

王女と王子




甘い言葉を囁き合う二人

王子は

「あなたの口づけが私を生まれ変わらせてくれる」とキスをねだる


王女は恥ずかしがりながらも

求めに応じる




すると、王子はなんと

ヒキガエルの姿に。




「ひどい!何をしたんだ!」と王子大慌て

「元の姿に戻してくれ!」と もう一度キスをねだる




王女は「私がヒキガエルに口づけ?ごめんだわ」と全拒否。

「さっきは何でもするっていったじゃないか!」と詰め寄られても 変わるわけもなし




ヒキガエルは見てろ とばかりに王女の唇めがけてジャンプ!

・・・王女は叫び声と共に ナメクジの姿に。


「ひどい人ね!何とかしてよ!」と

今度は王女もといナメクジが ヒキガエル王子にキスを迫る




「昔からナメクジは大嫌いでね」と王子も全拒否。

「あなただってヒキガエルのくせに!」と詰め寄られ 仕方なく応じると

今度はヒキガエルが 蝶に変身します





★★★★☆





王女と王子といったら

イケメンで、美人さんで、非の打ち所のなさそうな

もしくは悪いヤツ酷いヤツ設定

・・・この作品はそんな前提全くなし。




口づけが「愛」の象徴なら、愛を与えた者は

その姿をどんどん変えていきます。

まるでそれが本性?かのように。

キスをした者が、どんどん変身していく。


魚になったり亀になったり

見えなくなって、殺してしまったのか?と思いきや、ノミに変身していたり





王女、王子という呼称からも、おとぎ話の体だけど

この二人のやりとりはまるで、その辺歩いてそうな恋人同士。

キスをした方が変わってく、というのが

与えた通りのものに、己がなるという喩えみたいでなんやら皮肉たっぷりw





で、ネタバレになりますが、最後

王子は王女に

王女は王子に変わります




お互いに

「何これ?最悪!」と叫ぶ二人

そしてお互いに、相手の反応に

「何よ失礼ね!」と憤慨するw




王女の姿になって落ち込む王子に

王子の姿になった王女は

こう告げる

「ウシとブタじゃお城に住めない

これなら、二人でお城へ戻れるし

結婚したっておかしくない


私は狩りへ行くから

あなたは刺繍でもして待ってて」




そんなの出来ないよ!と更に落ち込む王子に

王女は、覚えればいいの、すぐに慣れるからと慰め


さぁこっちへおいで

私が口づけをしてあげる

と招き寄せる




王女の口づけが

王女の、また王子の姿を

変えたのかどうかは

スクリーンでは明かされません





恋もね

言い寄り

求めて

与えた方から


覚めて

変わり

終わりを見ていくなぁ。

とね^_^

(終わりを見ても、終わらない二人もいる)




恋愛に限らずとも

与えた者が、一番受け取り

変わっていくよね


ちょうだい。と貰った方は

貰っただけで終わり。




与えた者が、変わらないわけがない。

という、もう殆ど自然の摂理

狙った通りには変わらないのがミソだけどw^_^






変わるも変わらないも

どっちにもOK!出せるのが愛なのね





ミッシェル・オスロ監督の数字は

9-3-4

感覚派で、美しいものが好きで、楽しさがなくちゃイヤで、大切なものを大切にする、ホームの規模感を持ち合わせてる。

知る人ぞ知る作品、てのも頷ける。





それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

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今夏、新作も公開されますね。楽しみ♪

「ディリリとパリの時間旅行」


誰かのオススメは、それについてもれなく

「いいよー」と教えてくれるが

時々、そんなのを飛び越えてくる本がある







…休館する図書館の、放出本の山から

これだけが目に飛び込んできた








一見ハウツー本みたいなタイトル。

パラパラめくり、全然違うこと書いてあるんだな。と気になって持ち帰り。

すぐ読むわけでもなく放置





「本はともだち」というが

服が付き合いなら

本も付き合い


今だ!という“読みどき”が

来ましたかそうですか。というタイミングで今ごろw読んでる一冊です




☆☆☆☆★




一番、気になったのは

「わたし」と違う「あたし」の話





「わたし」と考えられている「わたし」を、冷静に見ている「あたし」





ひとりの人間の中の

複数の「I」

(多重人格とは違います)


「わたし」を助けるために書く

「あたし」が突如現る





自分の行為に、触発されること

見て、読んで、書いてから

また見たくなる読みたくなる


「あたし」が「わたし」を触発する





映画を観て、連鎖反応的に

違う作品観たくなることってよくある。

続きモノではなく、同じ監督の別作品、でもなく、その作品の中に、映像や本や引用されて登場しているわけでもなくね^_^




あれは「あたし」からのお知らせか!

と思うと

よく分かんなくても何やら納得できるから不思議w

映画でも本でも、日々同じことしてるわ。って^_^



書くことに、文章に長けた人なら

読んで、「こんなことが書いてある」とまとめて書けるのだろうけど




書き記してから

「あれ読んで(観て)こんなこと感じてましたか〜」

と、自分で気づくwくらいなんで




「あたし」が「わたし」を触発する




・・・って、チョー分かる!^_^





それと、初回の講義で引用された文章が

何故それなのか、が

読み進めるにつれ見えてくる。


私も“遺書”書きたい!

と素直にそう思わせてくれた。

それだけ残せたら幸せ♪とね^_^






生きているその間こそ、長いと感じ

残せるものなど何もない、と思い込み

逝く時には短いと感じてしまう
そんな私たちだから。



気付いてく
まさにやってますわw
これからも、書き記し
続けます^_^



それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

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ニューヨーク公共図書館は、私にとってはやはり

BANANA FISH」で知ったNYPL




・・・いい夢みたいね、と見過ごす司書らしき女性と、走り出す子どもを諭す母の声が聞こえるすぐ横で、英二からの手紙を握りしめ微笑むアッシュ・リンクス

ものすごく平和な景色の中で、彼が息絶える、という強烈過ぎるラストシーン




☆☆☆☆★




世界中の図書館員の憧れの的であり、ニューヨーク有数の観光スポット。本作の主役は、荘厳な19世紀初頭のボザール様式の建築で知られる本館と92の分館からなる世界最大級の〈知の殿堂〉ニューヨーク公共図書館だ。この図書館は、作家サマセット・モーム、ノーマン・メイラー、トム・ウルフ、画家アンディ・ウォーホルなど文学、芸術などの分野でも多くの人材を育ててきた。またここは世界有数のコレクションを誇りながら“敷居の低さも”世界一と言えるほど、ニューヨーク市民の生活に密着した存在でもある。その活動は、「これが、図書館の仕事!?」と、私たちの固定観念を打ち壊し、驚かす。

(公式サイトより)

http://moviola.jp/nypl/






2009「パリ・オペラ座のすべて」

2014「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」


どちらも、フレデリック・ワイズマン作品なのよね。

なんつーかこの方、余計なモン入れずに記録してくのが上手すぎて、すんなり観れちゃうところがとても好き。

(音楽もつけないから余計にね)






「BANANA  FISH」ではNYPLはニューヨーク市立図書館と呼ばれていて

ごくフツーの図書館ぐらいに捉えてたけど図書館、なのに観光名所って時点でフツーのじゃないよねw

ストリートキッズでも日本から来た若者でも受け入れちゃう受け皿の広さ。





途中、ホームレスに対しての議論があり。

どう対応するか、の前に


NYPLにやって来る彼らと

共に、どうするか?


・・・を見てるんだ!と感じて

思わず唸った。

誰一人、切り捨てもしなきゃ見放しもしないのか!とね^_^





それはもちろんホームレスだけに関わらず

ネット難民へも

就職難民へも


偏見と差別と戦う人へも

子育てに迷う人へも

スタンスは同じ。




一緒に、共に

何ができるか?





・・・カーネギーの精神、ここに極まれり。といったところだけど

事はそう簡単には運ばない

考え、議論し、決めていかなきゃならない事は、山のようにある。

その過程に、まるで透明人間か幽霊スタッフかのようにカメラが入り込んでいるのだから、面白くないわけがない!






…これが、ホントの世界だからね。

と、無言のうちに念を押されてるかのようだよ。

それが、目指す世界への道のり、道半ばだとしても。





「アメリカの良心」とはジェームズ・スチュアートだけど

NYPLは「ニューヨークの良心」と呼んでもいい場所なのではないかしら。





後半、スタッフミーティングの中での話

“点を線に変える”が印象的。

「また次の企画か、と考えないで。

全部つながっているの」




これも、それも、次も、その次も

ぜんぶ、全部。





点を線に変える

「図書館は民主主義の柱」次の一手は必ず、つながっている。


この場所が

Public(公共:誰にでも開かれた)場所である限り。


誰一人、見放さない場所というヴィジョンを持ち続ける限りね^_^






(ニューヨークの街を走り続けた“奇跡のような生”が、安堵の眠りにつくには、おあつらえ向き過ぎる場所なのねT^T)





それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




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↓奇跡の生はこちらから






↓アメリカの良心はこちらでどうぞ





(2015年5月、2016年8月投稿のリライトです)




このドキュメンタリー

ラストは思わず涙ぐむほど

惹き込まれました( ´`)









私の母は、かつて東京に店を構え

(本人は「今どきで言えばデザイナーよ♪」と

 嬉しそうに話してた^ω^)

地元に帰ってからは、自宅で洋裁教室を開いていました。


白木の床とテーブル、ミシン。

母の仕事中、針や糸がたくさん落ちてる中をハイハイしていた(らしい)、そんな子ども時代を過ごした私は



 

自分でドレスを作ったりこそしないけれど、ファッションを扱うドキュメンタリー映画が大好きです。




・・・オートクチュールに初挑戦するデザイナー、ラフ・シモンズの抱えるものも興味深いけど、100名を超えるお針子たちの、仕事っぷりがまた凄まじい。

ミシンはヒール履いて踏むものよ♬




(写真はイメージです)





劇場でも、お家DVDも同じ

エンドロールが終わった途端にまた、観たくなる映画。それだけ心が動いたってこと。

・・・フィクションの「ハマる」感覚とはまた違う。そこが、ドキュメンタリーの面白いところ。





ファッションなど興味ない、オートクチュールなんて関係ないわ。という方でも

「モノをつくる」方は、一度は観て損はないと思う。

形あるものだけじゃなく、形のないものを提供してる人こそ、観てほしい。




「ディオールと私」予告編





畑違いのプレタポルテから迎えられたデザイナー

彼が生まれる前からメゾンを支えてきたお針子たち


新体制で初めてのパリ・コレクション発表まで

猶予はたった8週間

(通常の準備期間の半分以下!)





お針子たちがあっけらかんと笑う

「いるのよ」「出るのよ」と信じている

ディオール氏の幽霊^_^


彼女たちの、彼への尊敬の眼差しに応えるかのような

故・ディオール氏のモノローグは

自伝からの引用なのだろうと分かっていても、惹きつけられる。

監督の、氏へ捧げるオマージュだね。




着ることは、突き詰めれば

選ぶこと

つくることも、突き詰めれば

選ぶことの連続で




選び抜くことは、格好つけた言い方をすれば

「魂の仕事」

その“究極の選択”が

最後に作品として結実する。


だからラストに泣けるのよ(´∀`)





The Orbの

音のループに乗るショーのラスト

束の間の暗転が良いの。


エンドロールはThe xx

ハヤン・キムの音楽も素敵です

私は、音でも十分にしてやられたわ(´∀`)



☆☆☆☆★




好き。愛する。

愛情溢れるしごとは

一見苦労に見えることすら、楽しみに変わる

人生を、しかと味わう人たち。





私がファッション系のドキュメンタリーが好きなのは

何かをつくる人たちの、リアルな声や産みの苦しみ

譲れない想い、拘り

形となったものが放つ力




そこに惹かれる

間違いなく、自身の人生を生きているのだろう証が、見えるからなのでしょう。




・・・素敵だな、と感じるの

そこに、LP3ならではの「生きる喜び」を観ちゃうのですね( ͡° ͜ʖ ͡°)

あなたが、世界に見つめちゃうものは

何でしょう?





ディオール氏は1-3-7

ラフ・シモンズは1-6-7

共にLP1

S7LL7ってトコが

また興味深く。

(マックイーンもS7。してLL7

デザイナーに7持ち多し?)




マックイーンが感情の昇華なら

このお二人は

まさに走りきる!リアルタイムの喜びで

唯一無二の現わす世界に

突き詰めたい己の世界に

服を作ることが、ピッタリ合ったのでしょうね。


何を現わすか、より

何をもって、胸に抱いて

それを現わすか。







それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆




《かずの葉の庭》主宰

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