謎の4世紀・外伝
――ミハトの木簡、あるいは三十七代の記――
(完結編)
まえがき
本編『謎の4世紀』の一章、生化学者・柊蘭が遺した記録の最後に、こう記されている。
「娘の名を『ミハト』と付けた。イハトの、水のように澄んだ子、という意味である」
そして終章には、こう続く。
「柊蘭の片仮名を刻んだ木の板は、彼女の娘ミハトの子孫によって代々家の守りとして伝えられた。三十七代後、その一族は大きな戦乱の中で滅んだ」
三十七代。おおよそ千年に及ぶ歳月である。
本編にも前日譚にも書かれなかったこの千年を、ここに綴る。
これは、遠い未来から来た母を五歳で失った女の子が、母の言葉も、母の顔の記憶さえもおぼろげなまま、それでも母が遺した木の板を抱えて生きた一生の記録であり、そしてその木の板が、意味を失いながらも千年近く「守られ続けた」ことの記録である。
歴史というものは、埋まっていく。文字が薄れ、名が忘れられ、意味が変わり、しかし物そのものはしぶとく残ることがある。
ミハトの物語は、その「意味を失ってなお残るもの」についての物語である。

一章 ――五歳の冬――
ミハトが母を亡くしたのは、五歳の冬だった。
正確な年は誰も覚えていない。ただ、その冬はひどく雪が少なく、その代わりに乾いた風が続いた年だったと、のちに村の古老が語り継いだ。
母は熱を出し、七日目に死んだ。
ミハトは母の死に顔をよく覚えていなかった。覚えていたのは、母が死ぬ前日、震える手でミハトの両手を取り、湯で洗ってくれたことだった。
「傷ができたら、必ず熱い湯で洗いなさい」
母はそう言った。ミハトはその言葉の意味を、まだ理解していなかった。
母を亡くしたあと、ミハトを引き取ったのは、母を最初に湿地で拾った女――村では「アネ」と呼ばれていた年長の女だった。アネにはすでに孫がいたが、彼女はミハトを実の孫のように育てた。
村の子供たちは、ミハトを時々「北のおかしな女の子」と呼んだ。母が「北から来た、頭のおかしい、しかし薬草に詳しい女」として村に受け入れられていたことの、そのまま延長だった。ミハト自身は、母がどこから来たのか、本当のところは知らなかった。母は生前、娘にそれを詳しくは語らなかった。
ただ、家の隅に、母が大切にしていた木の板が何枚も積まれていた。
板には、ミハトの知らない文字がびっしりと刻まれていた。
二章 ――読めない文字――
ミハトが十歳になったころ、アネはミハトにこう言った。
「お前の母は、あの板に何かを書き残した。お前が読めるようになったら、読んでやってほしい」
ミハトは板を手に取った。文字は硬い木に金属の針で刻まれていた。片仮名という、この時代の列島のどの言葉とも違う文字だった。
ミハトは最初、それを絵だと思っていた。波のような線、鹿の角のような線、人の顔のような線。だが、よく見ると同じ形が何度も繰り返されている。ミハトはそれが「音」を表すものらしいと、次第に気づいていった。
母の使っていた道具――四千年後の技術で作られた小さな板(タブレット)は、母が死ぬはるか前に光を失い、いまや冷たく重い黒い石のようになっていた。ミハトはそれを母の形見として、木の板と共に大切にしまっていたが、その黒い石はやがて歳月のなかでどこへともなく失われていった。けれど、母の手で直に刻まれた木の板だけは、確かに手元に残り続けた。
ミハトは十五歳のとき、村の老いた巫女に頼み、母が生前まれに口にしていた言葉の断片――「てをあらう」「ねつをだす」「みらいから」――を思い出せる限り書き留めてもらった。巫女は文字を持たなかったので、ミハトが覚えている音を、母の板の文字と照らし合わせながら、少しずつ「読み方」を組み立てていった。
完全には読めなかった。
それでも、ミハトは板の中のいくつかの文字列が、繰り返し現れることに気づいた。
「て」「を」「あらう」
母が生前、口を酸っぱくして繰り返した言葉と、同じ形だった。
ミハトはそこで初めて、母が板に「手を洗うこと」について書き残していたのだと、確信を持った。
三章 ――澄んだ子――
ミハトは十八歳で、村の若い漁師と結婚した。
夫はミハトの出自を気にしなかった。「澄んだ子」という名の通り、ミハトは村で評判の、静かで芯の強い女だった。
ミハトは母から受け継いだ習慣を、家族に伝えた。
食事の前に手を洗うこと。傷を負ったら熱い湯で洗うこと。乳飲み子には、必ず一度火を通した水を飲ませること。
村の女たちは、これを「イハトのアネの家のしきたり」と呼んだ。母が誰であったか、多くの村人はもう覚えていなかった。ただ「北から来た女の家は、昔から手を洗う」という、緩やかな評判だけが残った。
ミハトは三人の子を産んだ。
長女には「ミナ」、次女には「サヨ」、長男には「タケル」と名付けた。いずれも、母の言葉――遠い未来の言葉――とは関係のない、この時代の名だった。ミハトは母の遺した木の板を、長女ミナに託すことに決めた。
「これは、お前のおばあさまが遺したものだ。読めなくてもいい。ただ、大事にしまっておいてほしい」
ミナは頷いた。ミナもまた、板の文字をほとんど読めなかった。
ミハトは四十二歳で死んだ。この時代としては、決して短くはない生涯だった。
死の間際、ミハトは娘たちにこう言い残したと、のちの家伝には記されている。
「文字の意味が解らなくなってもよい。ただ、この板は母様が私達に残してくれた温もりなのだから。燃やさず、捨てず、失わずに、次の子へ渡しておくれ。それだけでいい」
四章 ――三十七代の記(概観)――
ここから先は、家伝と考古学的な推定によって再構成された、駆け足の年代記である。
ミハトの死後、木の板は「イハトの家の宝」として、長女ミナの家系に代々受け継がれた。三代目、四代目のころには、板の文字を読める者は既に一人もいなくなっていた。文字は「先祖が神から授かった、清めのまじない」として扱われるようになった。
七代目のころ、家は村を離れ、より大きな首長のもとへ移った。移住の際、板は焼失を恐れて土器の甕に入れられ、床下に埋められた。以後、板は「開けてはならない、家の守り神」として、代々の当主だけがその存在を知る秘物になった。
十四代目のころ、家は「手洗いの家」として近隣に知られるようになっていた。彼らの家系では、他の家に比べて幼児の死亡率がわずかに低かったと、のちの研究者は推定している。理由を知る者は、既に誰もいなかった。ただ、その習慣だけが儀式として生き残った。
二十二代目のころ、板の存在は一部の当主にしか伝わらない秘密になっていた。この代の当主は、板の文字を「異国の呪符」と誤解し、村の巫女に解読を依頼したが、巫女は解読できず、「これは触れてはならぬ、恐ろしい神の文字である」と告げた。以後、板への畏れはいっそう強まった。
三十代目のころ、家は既にかなりの勢力を持つ豪族の一部となっていた。板は当主の館の奥、代々の家宝と共に保管される「開かずの箱」の中に収められていた。この代のある女性が、箱を開けて板を見たという記録が、断片的に家伝に残っている。彼女はこう記したという。
「先祖の遺したもの、読めねど尊し。読めぬままに、次へ渡す」
五章 ――終わりと、その後――
三十七代目、家は大きな戦乱に巻き込まれた。
相手方の勢力に館を焼かれ、当主とその一族の多くが討たれた。家は事実上、断絶した。
館が焼け落ちたあと、床下に埋められていた甕は焼け跡の土の中に残った。未来の調査隊が探していた四四四四年の世界からはほど遠い、いまは誰も名を覚えていないある時代――焼け跡から甕を掘り出したのは、まったく別の一族の男だった。
彼は甕の中から、古い木の板の束を見つけた。
彼はそれを読めなかった。文字はあまりに古く、あまりに異質だった。彼はそれを不吉なものとも、貴いものともつかず、しかしぞんざいに扱うことも憚られ、近くの寺に寄進した。
寺はそれを、他の古い奉納品と共に蔵の奥にしまった。
蔵は時を経て朽ち、板は他の古文書と混じり合い、やがて誰にも顧みられなくなった。
終章 ――澄んだ水のように――
ミハトが母から受け継いだのは、文字ではなかった。
文字は、三代も経たぬうちに読めなくなった。
ミハトが受け継ぎ、そして子孫たちが千年近くにわたって――ときに意味を失いながらも――受け継ぎ続けたのは、「大事にしまっておく」という、ただそれだけの行為だった。
意味は失われた。しかし、行為は残った。
手を洗うという習慣は、儀式になり、まじないになり、やがて家の評判になった。板の文字は、まじないになり、恐れになり、やがて寺の蔵の奥で静かに眠った。
四四四四年、瀬戸内海の小島から掘り出された壺には、ミハトの家系の記録は含まれていない。柊蘭の木の板は、遠い未来の学会に届くことなく、名も無き寺の蔵の奥で、いまもなお眠っているだろう。あるいは、既にとうに朽ちているかもしれない。
それでも、と本書は記しておきたい。
三十七代、千年近くにわたって、ある家系は「わけも分からぬまま、大事なものを大事にし続けた」。
それはたぶん、歴史書には決して載らない。
しかし、それこそが、名も無き人々が歴史を運ぶやり方なのだと、筆者は思う。
ミハトは、母の名の通り生きた。
澄んだ水は、自分がどこから来たのかを知らない。
ただ、人から人へ、器から器へと姿を変えながら流れ続ける。
歴史もまた、そういうものなのだろう。
完
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あとがき
『謎の4世紀』本編、そして前日譚を経て、この『謎の4世紀・外伝――ミハトの木簡、あるいは三十七代の記――』をもって、本シリーズは完結となる。
生化学者・柊蘭という一人の女性が未来から古代へ足を踏み入れ、そこで何を残したのか。本編では彼女の科学的知見や未来へのメッセージという「大文字の歴史」に焦点を当てたが、この完結編で描きたかったのは、もっとささやかで、しかし確かな「小文字の歴史」である。
5歳で母を失ったミハトという少女の物語は、文字や科学といった高度な情報が途絶えていく物語でもある。しかし、どれほど文字が読めなくなり、意味が失われようとも、親から子へ渡された「愛の記憶」や「手を洗うというささやかな所作」は、千年の時を生き延びた。歴史をかたち作るのは、教科書に載る英雄や大事件ばかりではない。意味も分からぬまま、ただ「大切なものを大切にし続けた」名も無き人々の無数のバトンリレーこそが、時の流れを支えている。
水のように澄んだミハトの生涯と、その子孫たちの千年に及ぶ静かな歩みに思いを馳せつつ、長きにわたるシリーズにお付き合いいただいた読者の皆様に、心からの感謝を申し上げたい。