恋 という字は
変 という字に似ている! と

あの頃
賑やかな女友達と
バカ騒ぎしていた呑み会

そんな
40年も前を
時折 振り返っては
ひとりニヤニヤと微笑んでみる


やっぱりさ
恋は 変なのかもしれないね!
なんて
いつか 酔って話しながら
恋の駆け引きは
確かにそこにあったようだ

恋 変


そんなことを
なぜか今頃 思い出し
検索してみれば

なるほど
そういうことかと笑ってみるが

そんな話題を
真正面から受けて
意気投合し
笑っていた彼女は
今 地球の裏側で
あの頃のように微笑んでいる

彼女は
料理屋の娘で
ちょいと ポッチャリしていて

あたし
結婚 諦めた! と笑って
青年海外協力隊へと参加し
南米へと出掛けて行った

そこで2年ほど過ごし
帰国すると
また南米へと出掛け

次に帰国した時には
ボリビア人の旦那さまを
連れて来た

その後
子供も出来て
日本で暮らしていたけれど

10年ほど前
旦那の国 ボリビアへと家族で戻り
ポッチャリ体型も相まって
もうすっかり ボリビア人

時折 
こちらへ戻っては
あの頃のように
僕らと呑んで笑っている姿は

相変わらず
おおらかで
心優しい女性

もしかすると
あの頃
1つ 言葉を掛け間違えたならば
僕のカミさんだったかも? 
なんて
ふと思うこともあるが

まだまだ
見掛けから入っていた
バカな若さでは
やっぱり
それは難しかったかな?

なんて失礼を思いながらも
今ならばきっと
心に重荷を置くからと
あの頃を振り返り
正してみるが戻らない


こうして
過去を振り返ることが増えて
あの時
あの場面で! と

選んで来た分かれ道を
右だったか
左だったかと

戻れるはずのない現実の中で
時には 笑い
時には 泣き

それでも
恋は 変だと
微笑んでみる




昨年末に受けた
健康診断の結果が届いて

また引っ掛かったかと

苦笑い…

昨年は
大腸ポリープで引っ掛かり
再検査し除去

今年は
肺のレントゲンで引っ掛かって
これまた 要再検査とある

長年
引っ掛かることもなく
健康に過ごして来たけれど
いよいよ
そんな時分なようで
改めて
健康は努力せねば
掴めないようだと心する



多少のことは
すべて身体の持つ
解毒作用の力で跳ね返して来れた

それがこの年齢となり
いよいよ落ち始めたようで
これからは
解毒の必要のないものをと選んで
生活をせねばならない

まずは
やはり
食生活を見直すこと
そして
規則正しい生活と
それなりの運動に睡眠に…

セミリタイアし
せっかく
仕事のストレスを減らせたのに
身体は変わらず老いてしまう

無理しての
アンチエイジングというよりも
まずは
現状維持でと…



さて
明日は来月に予定している
例の手術への事前検査

朝から
あれこれと
その手術に向けての検査で
缶詰になるようだ

この 病院嫌い
それだけでも憂鬱で
逃げたくもなるが
こればかりは仕方ない

前向きで生きねば…


昨今
携帯電話は
ひとり1台の時代

すれば
大抵がどこにいても
連絡が取れるわけで

それが
家だと
留守なばかり

しかも
携帯の電話代も安くなり
ネットならば
ほぼ無料

更に
家電には
厄介な勧誘や
オレオレのような詐欺ばかり

ならば
そろそろ要らないかと
閉じた事務所のそれと
使わなくなったFAXまでもを
一気に3台
すべてを解約することにした

すると
それらを纏めてお願いしていた
jcomさんは
解約の手数料が掛かるという

そこそこ掛かるけれども
まあ
それで良いかとお願いした

ならば
いっそネットもと思ったけれども
それでは
メールアドレスが変わるので
今回は見送った


ところで
この3台の電話
あの頃
NTTに数万円の加入金を
支払ってたはず

当時は
その権利の売買もあったはずで


それって
自然消滅してしまったのか?

それとも
まだ
申請すれば戻るのか

分からない

昨今の
熊出没情報

そして
更に厄介な規制ばかり

なるほど
安易な連中が
急に増えたが為

何か起こると
そこへと規制を掛ける自治体


セミリタイアし
やっとこさ
時間が取れそうになったのに
これではもう
そこまでしてかと
なんとなく思ってしまう

ならば
熊の出ない
近くの低山辺りへと
日帰りで
軽装でが楽かと
残る体力と相談すれば

いやいや
今が1番若いんだぞ!
あの山は
今しか行けないかもだぞ!
なんて
耳元で悪魔が囁くけれど

直後に
反対の耳元では
そうだ
そうだ
山なんてやめちまえ!
それが安全だと
天使が強く肯定する

さて
今シーズンはいかに…


それよりも
これできっと
登山者は
かなり減るのだろう

残念…

神様は
どうして今
ここに
試練を与えるのか?


やっと
出て来た
本物の政治家

彼の代わりは
まだ いないではないか!




昨今
一部の高速道路では
最高速度が120キロとなり
そんなにしなくても良いのでは?
なんて思ってみる

車の性能が上がり
道路状況も改善されたからだそうで

でも
それを操る人間の性能が
上がったとは思えない

若い頃は
咄嗟の判断も出来ようが
経験を積む必要があり
その判断が正しいとは限らない

その経験を積んだ頃には
正しい判断が出来ても
咄嗟に身体が間に合わない

車は
スポーツカーに乗ることなく
バンやワゴンを好んで来た

すれば
安定して
スピードを出すことは出来ず
100キロ前後が
快適なスピードとなり

追い越し車線を走ることなく
マイペースでと
身体は動く

その横を
するりと抜き去る連中は
高価で
高性能な車で
誇らしげに通り越して行く

もちろんそれは
スピード違反となり
それを知りつつも
スピードが出るから
仕方ないのだろう

それが特に
欧州車に多いのは
アウトバーンなる
スピード無制限なんて
道があるからで

そこを走れるように
性能を上げた
車作りなのかもしれない

ただし
そこは事故率が高く
そろそろ考えねばならないようだ


さて
そんな僕ですら
大型のバイクに跨っていた頃は

その逆輸入車は
この国の
180キロなる
スピードリミッターがなく
スピードメーターは
320キロまで刻まれていて

これって
本当にそこまで出るのか? 
なんて
試したことがある

1100ccのエンジンは
軽く吹き上がり
大型のカウルで
身体は大して風を受けない

すれば
アクセルを回すだけで
誰でも簡単に
200キロを越える

それも
片手運転出来るくらい
軽々と出てしまう

それでも
スロットルはまだまだ残っており
ちょいとアクセルを回せば
その先
250キロにはあっという間に
到達する

そこで氣付くのは
前方に点で見えた車に
次の瞬間
追い付いてしまうこと

更には
風の影響を受け
車線変更が出来ないということ

慌ててアクセルを戻し
ギアを落とし
スピードダウン

それでも
どれだけ出るのかと
早朝の高速道路を
北へ北へと走り

誰もいないと確認し
全開にしてみれば
確かにそのスピードメーターは
310キロまで振って

なるほど
そういうことかと
思ってみるが

280キロあたりから先は
根性次第となり
やはり
命懸けとなる

そんな一瞬を
確認したくなることすら
この国では罪で

もう
30年も前のこと
時効だろうから書いてみた

昨今では
その高速道路すら億劫となり
急ぐことなく
下道をてくてくと
あちらこちらに寄り込みながら
出掛ける車旅が良いと思ってみる

この国では
120キロが最高速度なわけだから

まあ
せいぜい150キロまでしか
出せないように
スピードリミッターをと
制限したら良い

軽自動車ですら
軽二輪ですら
そのくらい出てしまう今

そろそろ
車は
空を飛ぶのだろうか…


さて
その大好きだったバイクは
カワサキの ZZ-R1100で

C1 C3
D1 D7 と
4台も乗り継いだ

その後
更に高性能なバイクは
現れたけれども

今でも
時折 すれ違うそれに
なんだか嬉しくなって
氣を付けてねと
呟いてみる…

前編


中編


後編


時折
イライラして
悪い言葉を吐くと

それは ダメ! と
カミさんが正す

言葉には
力があり

言霊として
自分へと戻ると

だから
その言葉を吐く前に
言葉選びをと

同じことを伝えるにも
この国には
違う言葉があるはずと
正されることばかり



他人を救う言葉もあれば
他人を殺す言葉もある

もう1度
言葉を見直さねば…



言葉にも

細部にも

神は宿るようです


ささやか という意味は
定かではないけれど

きっと
激しく生きた頃があったから
ささやかだったとは
多分言えないようだ

それでも
昨今では
その ささやかななように
生きているのかもしれない


改めて振り返ると
この人生
最大の幸運は

やはり
親父とお袋との間に
生まれたということ

働き者の親父と
優しいお袋とに恵まれ
好き勝手やらせて貰えたから
今の僕がある

それと同等なのは
カミさんが僕を選んでくれたこと

そして
家族が出来て
彼らもまた
同じように巣立ってくれて
孫たちもこちらを向いて
微笑んでいる

更には
良い仲間たちと出会えて
多くのことを体験し
同じ目線で喜怒哀楽 出来たこと

ご近所にも恵まれ
犬くんたちにも恵まれ
遥か海の向こうの家族たちにも
恵まれた

ひとりでは
成し得なかったことばかりに
今更ながら感謝すれば

彼らは元氣だろうかと
行方を追いながら
もう届かないそこへ
また感謝する

すべては心で
相手を想うことが出来れば
相手もまた
想ってくれるのだろう


時間は容赦なく過ぎて
数えなきゃ良いのに
数えてみる齢となり

さよなら ばかりの中で
もがいてみるが
何も変わらない

あとは
出来るだけ長くこの世にいて
出来るだけ多く微笑んでいたい

欲は減り
足りるだけあれば
それで良い

少しづつ集めた物を
また少しづつ
世の中に戻し始めた昨今

欲張ったところで
いつか手放さねばならないのなら
自らの手で
必要などなたかへと
長年 世の中から独占し
お借りしていただけと
ちょいと詫びながら…

暦を見れば
大寒となり

今夜はもう
冷え込んで来た

すべては
この身体あってのこと

暖かくして
寝てしまおう


先日の片付けで
中学の卒業アルバムが出て来まして
真っ先に確認したのは
隣りのクラス 3組の友子さん

僕は2組で
クラス替えがないかなあと
期待していたのに

3年間
その憧れは隣りのクラスのまま

ライバルたちは
あちらこちらに潜んでいて

すでに宣戦布告したかのように
彼女のことが好きだ! と
あいつもこいつも
言葉に出してましたが

僕は
それに参戦出来ず
ひとり燻ったまま
卒業となりました

高校へと入れば
遠く離れてしまい

なんとかしたいが
なんとも出来ない

そんな若さのジレンマの中
別の彼女が出来て
諦めたというよりも
熱かった気持ちも冷めて
すっかり忘れておりました



そんな日から
もう半世紀

きっとどこかで
イカしたババアに
なっているだろうと
微笑んで見つめていた時間でした

そうそう
あれから数年の内に
宣戦布告してた彼らは
全員 フラれたと
風の噂に聞きまして

彼女はいったい
どんな男を選んだのかと
それだけが
知りたいような気持ちだけ
残っておりますが
もう届かないようです

特に
中学から高校へと掛けての
手も足も出せずにいた
プラトニックな関係は
生涯 心に残りますね


結局
モテないくんの僕は
中学の学ランも
高校の学ランも
例の第2ボタンは残ったまま
ゴミとなりました

アメリカ人に生まれたかったと
そう思った若さは
もうここにはなく

日本人で良かったと
思うことばかりの昨今

それでも
あの頃憧れたアメリカは
今まだここにあって

特に
NFLを観る度に
それは
一瞬で連れ戻される



今朝もまた
早朝からひとり
テレビの前

昨日に続き
あと2試合の
ディビジョナルプレイオフを観ている

これで4チームとなり
来週には
それぞれのカンファレンスでの
チャンピオンが決まる

そうだ!
スーパーボウルへの
チームが決まる

今シーズンは
下馬評を裏切って
予想外のチームばかりの
プレイオフとなった

おかげで
面白さは増して
一瞬も目が離せない

選手たちの年齢をと見れば
皆 20代前半ばかりとなり
なるほど
毎年毎年 
ドラフトにより
260人もが加入して来る
若さの裏には

それと同等の引退があるのかと
わずか3年という
選手寿命を切なくも思う

ということは
それだけ
ドラフトが重要で

スーパーボウルの次に
面白いのが
ドラフト会議なのだ

そのドラフトも
名ばかりでインチキな
この国のそれとは違い

あくまでもフェアにと
その生中継される視聴率は
なんとも高く
ドキドキしながら観ることが出来る



さて
そのカンファレンスの
チャンピオンシップへと進む
最後の試合は
先ほどの
ニューイングランドでの試合のように
シカゴでのマイナス7℃の雪の中

放送では
風もあり
体感では
軽くマイナス20℃だろうと
アナウンサーは言葉にする

膨大な予算を持つNFLならば
全球場をドームにしたら? とも
思ってみるが

寒さに慣れない敵チームを迎えた時
それがきっと
加勢してくれるのだろう

これもまた
温暖なロサンゼルスのチームが
極寒なシカゴへ乗り込んでの試合

さあ
どうなることか
それもまた
楽しみなわけだ


さて
それよりも何よりも
今年はセミリタイアしたが為
平日のそれらを

生中継で観れることに
嬉しく思いながら…

そして
有料ながら
地球の裏側のそれを
こんなファーイーストな島国にまで
生中継してくれる
テレビ局に感謝…