空白の百四十七年
―専門家探偵団、謎の四世紀を征く―
【まえがき】
歴史の教科書を開くと、そこには時折、ぽっかりと不自然な「穴」があいています。
その中でも最大のものが、三世紀後半から五世紀初頭にかけての日本列島を襲った「空白の四世紀」です。
邪馬台国の記憶が冷めやらぬ西暦二六六年。中国の史書から「倭国」の記述が消えました。そして再び歴史の表舞台に現れた西暦四一三年には、すでに巨大な前方後円墳を築き上げる強力なヤマト政権が誕生していたのです。
この百四十七年の間に、一体何があったのか?
誰が国をまとめ、どのようなドラマがあったのか?
「分からないなら、見に行けばいい」
そんな極めてシンプルで、極めて無謀な発想からこの物語は始まりました。
片道切符のタイムマシンに乗り込んだ奇人変人七人の専門家たちと一緒に、どうぞ太古の日本列島へ、歴史の穴を埋める旅に出かけてみてください。
【登場人物(専門家探偵団の七人)】
一ノ瀬 環(いちのせ たまき):23歳。院試・就活に連敗し、なぜか「記録係」として選ばれた元大学院生。
榊原 岳(さかきばら がく):隊長。土器を前にすると周囲が見えなくなる偏執的考古学者。
東雲 文乃(しののめ ふみの):上代日本語学者。古代人の生の発音に狂喜乱舞する。
郷田 銃太郎(ごうだ じゅうたろう):古代兵器史研究家。知識は豊富だが実戦経験ゼロ。
納谷 徹(ナット):機械技師。壊れかけのタイムマシンを冷静に扱う現実主義者。
猿渡 メイ(さわたり めい):随行医師。変人だらけの隊における唯一の常識人。
白鳥 うらら(しらとり うらら):神話学者。「視える」と嘘をついて生きてきたが、古代で異変が起きる。
序章
片道切符の旅立ち
西暦四四四四年。
地球はまだ、なんとか存在していた。
「なんとか」というのがポイントで、大陸の形はだいぶ様変わりし、海面は思った以上に上がり、人類の数は最盛期の三分の一まで減っていたが、それでも人はしぶとく生きていた。しぶとく生きて、しぶとく役所を作り、しぶとく予算会議をしていた。
そんな時代に、ついにタイムマシンが発明された。
「発明された」というのもポイントで、正確には「発明されてしまった」に近い。なぜなら、このタイムマシン、過去には行けるが、未来には戻れないという、片道切符の恐ろしい仕様だったからだ。
しかもさらに悪いことに、過去へ送り込んだ人間のうち、九割以上が「行ったきり戻ってこない」。
戻ってこないというのは、正確には「戻る手段がないので当然戻ってこない」だけなのだが、国家プロジェクトとしてこれを予算委員会にどう説明するかで、担当官僚は毎年胃を壊していた。
それでも学者たちは、タイムマシンを使いたがった。なぜなら、この時代に至ってもなお解けていない歴史の謎が、山のように積まれていたからだ。
その中でも、日本列島の歴史学者たちが束になっても解けない、巨大な穴がひとつあった。
――空白の四世紀。
西暦二六六年、邪馬台国の女王・壱与(いよ)が中国・晋に使者を送ったのを最後に、倭国に関する記録は中国の史書からぱたりと消える。次に倭国の名が現れるのは、西暦四一三年、倭王讃(さん)が中国・東晋に使者を送ったときだ。
その間、実に百四十七年。
この百四十七年の間に、日本列島では邪馬台国的な小国乱立の時代から、巨大な前方後円墳を作る強大な王権(のちのヤマト政権)の時代へと、劇的な変化が起きている。にもかかわらず、その過程を記した文献は、国内にも国外にも一切残っていない。
「もしかしたら、そこには織田信長のような、傑物の将軍がいたのかもしれない」
ある夜、酒の席で誰かがそう言い出したのが始まりだった。
「いたとしても、何も分からないんだから仕方ないだろう」
「いや待て。何も分からないなら――」
「――見に行けばいいのでは?」
その場にいた全員が、同時にタイムマシンの方を見た。
かくして、国家的な(そして半分やけくその)プロジェクトが始動する。
選ばれたのは、この分野に人生を捧げてきた、あるいは捧げすぎてしまった専門家たち、七名。
考古学者、上代日本語学者、古代兵器史研究家、神話学者、随行医師、機械技師、そして――なぜか選ばれた記録係の若手アシスタントが一人。
「危なそうだが、面白そうだ」
それが、選考理由のほぼすべてだった。
「武器を、飛び道具を持って行けば、きっと大丈夫だろう」
それが、装備方針のほぼすべてだった。
こうして七人は、西暦二六六年から四一三年のどこかを目指し、片道切符のタイムマシンに乗り込んだ。
歴史の空白を、埋めに行くために。
一章
うっかり弥生(あやうく古墳)
「――で、ここはいつですか」
一ノ瀬環(いちのせ たまき)、二十三歳。院試に落ち、就活にも落ち、最後に拾われるように「記録係」としてこのプロジェクトに滑り込んだ元大学院生は、目の前に広がる竪穴住居の集落を眺めながら、誰へともなく尋ねた。
答えたのは、機械技師のナットこと納谷徹だった。
「タイムマシンの表示だと、西暦三〇二年、プラスマイナス十五年」
「プラスマイナス十五年って、けっこう広くないですか」
「機械が壊れかけなんでね」
ナットはあっさりと言った。あっさりと言いすぎて、環は一瞬、聞かなかったことにしようかと思った。
「壊れかけって……戻れないんですか、私達」
「戻れないのは最初からの仕様だよ」
「そこは仕様の話じゃなくて!」
環の悲鳴じみたツッコミに構わず、隊長の榊原岳(さかきばら がく)は、すでに地面に膝をついて土器のかけらを拾い上げていた。
「見ろ……これは……!」
「隊長、まず状況把握が先です」
「これは庄内式土器から布留式へと移行する過渡期の特徴を持つ甕(かめ)の破片だ……布留式(いよいよ古墳時代っぽくなる土器)」ということは、我々は弥生時代の終わりというより、初期古墳時代のまさに黎明期に降り立った可能性が……」
「隊長ってば!」
環の声は完全に無視されていた。考古学者というのは土器を前にすると人格が変わる生き物なのだと、環はこの十分間で学習しつつあった。
一方、少し離れた場所では、上代日本語学者の東雲文乃(しののめ ふみの)が、遠くの集落から聞こえてくる人々の話し声に耳をすませていた。
「聞いて聞いて環さん、あの発音、すごい。上代特殊仮名遣いの甲類乙類の区別が、教科書で読むのとぜんぜん――」
「文乃さん、それより先に、隠れた方がよくないですか。あの人たち、めちゃくちゃこっち見てますけど」
「あ」
七人は、崖の上から集落を見下ろす格好で、まるっきり丸見えの状態で立っていたことに、ここでようやく気がついた。
集落の方では、木鍬や木杵を手にした男たちが数人、こちらを指さして何やら騒いでいる。
「郷田さん、武器の準備を」
隊長の指示に、古代兵器史研究家の郷田銃太郎(ごうだ じゅうたろう)は、待ってましたとばかりに背負っていたケースを開いた。
「まかせてください。今回持ってきたのは、現代の護身用として最強と名高い――」
ケースから出てきたのは、やたらと装飾の凝った、しかし明らかに実戦向きではない一振りの模造刀だった。
「……それ、居合道の演武用じゃないですか」
医師の猿渡メイ(さわたり めい)が、冷静にツッコミを入れる。
「刃は潰してあるが、見た目の迫力で相手をひるませる戦法です」
「見た目で選んだんですね」
「否定はしません」
「ほかには?」
郷田は胸を張って、もう一つのケースを開けた。中に入っていたのは、空気でプラスチック弾を飛ばすタイプの、子供のおもちゃに近いモデルガンだった。
「これは飛び道具です」
「本当に『飛び道具』って言葉だけ聞いて用意しませんでした?」
メイの追及に、郷田は答えなかった。答えられなかった。
「みなさん、静かに」
そう言ったのは、神話学者の白鳥うらら(しらとり うらら)だった。彼女は先ほどから、崖の下の集落ではなく、なぜか反対側――誰もいないはずの林の奥を、じっと見つめていた。
「うらら先生?」
「……いえ。何か、視えた気がしただけです」
うららは普段から「視える」を売りにしている人物だったが、その本人が言うには、実際に何かが視えたことは今まで一度もなかった。だから今の発言は、彼女自身にとっても意外なものだった。
「気のせいですよ、きっと」
うららは自分に言い聞かせるように、そう付け加えた。
環だけが、その一瞬の、うららの声のわずかな震えに気づいていた。
そうこうしているうちに、崖下の男たちは、農具や棒を手にこちらへ向かって歩き始めていた。
「隊長、来ます!」
「落ち着いてください。ここで暴力に訴えるのは最悪手です。対話を試みましょう」
「言葉が通じません!」文乃が横から口を挟んだ。「上代日本語は今の日本語とかなり違います。いきなり『我々は未来から来た調査団です』は絶対に通じません」
「では何が通じる」
「身振り手振りと、あとは……贈り物です」
一同の視線が、環の持っていたリュックに集まった。中に入っていたのは、非常食のカロリーメイトと、記録用のノートと、なぜか隊長が趣味で持ち込んだ高級チョコレートだった。
「チョコレートで古代人を懐柔する気ですか」メイが呆れた声を出す。
「試す価値はある」
こうして七人は、武器を構えるどころか、両手を挙げてチョコレートを差し出すという、なんとも締まらない格好で古代の男たちと対峙することになった。
意外にも、これが劇的な効果を生んだ。
カカオと砂糖の甘味など知る由もない男たちは、恐る恐る口にしたチョコレートの衝撃的な美味さに目を丸くし、武器を下ろした。敵意は一瞬にして強い好奇心と敬意へと変わったのだ。
「よし、うまくいったぞ」
「隊長のおかげじゃなくてチョコのおかげですけどね」
男たちに案内され、七人は集落へと足を踏み入れた。竪穴住居が十数軒並び、中央には広場がある。田畑を耕し、機を織り、魚を干す人々。そこには想像以上に平和な暮らしがあった。
そんな中、集落の奥からひときわ立派な衣をまとった初老の女性が現れた。巫女のような雰囲気を持つその女性は、七人を順に見つめ、最後に環のところで視線をぴたりと止めた。
長い沈黙の後、女性がぽつりと口を開いた。
文乃が慌てて耳をすませる。
「なんて言ってるんですか?」環が尋ねる。
文乃の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……『この子は、あの方の血を引いている』って」
「あの方って、誰のことですか」
文乃は、答えることができなかった。
二章
大王(おおきみ)の城郭
その夜、集落の小屋で焚き火を囲みながら、七人は情報を整理した。
文乃の聞き取りによれば、「あの方」とはここから十日ほど歩いた先にある巨大な邑(むら)を統治する人物であり、「海の向こうにも知られたお方」「何十年も前からこの地を治めている」という。
「まさに、我々が探していた『信長のような将軍』そのものですね」
郷田が興奮気味に言った。
「初期のヤマト政権の萌芽か、あるいは……」
隊長の声が震えていた。学者としての求道心と、歴史改変への恐れが交錯している。
十日間の徒歩移動は凄惨を極めた。
考古学者の隊長が道端の土器片や配石遺構を見つけるたびに足を止めるため、進行速度は予定の半分以下。
「隊長、また止まってます!」
「これは……須恵器の前段階、技法の過渡期が……」
「後で見てください、後で!」
言語学者の文乃は道中出会う村人ごとに方言を記録してノートを三冊潰し、医師のメイは全員の胃腸の管理に追われ、神話学者のうららは「この時代に来てから、本当に『嫌な予感』が視える」と青ざめていた。
そうして十日後、七人はついに目的地へと辿り着いた。
「これは……!」隊長が絶句する。
そこに広がっていたのは、深い環濠(掘)と高い柵、物見櫓を備えた巨大な城郭都市だった。纏向(まきむく)遺跡をも凌ぐ圧倒的なスケール。それ以上に異常だったのは、田畑の条里制のような区画整理、見たこともない効率的な水路、そして整然と並ぶ高床式倉庫群だった。
「何かがおかしい」隊長がつぶやく。「まるで、未来の技術体系を知る者が設計したかのような構造だ」
邑の中心にある巨大な館へ通された七人。
奥の高座に座っていたのは、五十代後半と思われる、気品と威厳を纏った男性だった。装束は古代のものであったが、その座り方、眼光の鋭さには、決定的な「異質感」があった。
「よく来たな」
その人物は、あまりにも明瞭な、現代の日本語で言った。
一同の身体が凍りつく。
「……あなたは」隊長が、震える声で尋ねる。
「私も、お前たちと同じところから来た」
男は静かに、しかし確信に満ちた声で続けた。
「私の名は、ここでは『大王(おおきみ)』と呼ばれている。もともとは――西暦二一五〇年代の、農業技術研究者だった」
「二一五〇年代……!」ナットが低く唸る。「我々四四四四年世代から見れば二二世紀……教科書で読んだ、“第一次漂着民”か!」
「その通りだ」大王は頷いた。「私より前にも、そして後にも、何人ものタイムトラベラーがこの時代に漂着した。そして戻れぬ者たちは、生きるために自らの知識を使った。農作物を改良し、治水を行い、鉄器の鍛造を教え、国家の骨組みを作った」
環は胸が締め付けられる思いだった。
「それじゃあ……この百四十七年の『歴史の空白』は……」
大王は静かに首を振った。
「そうだ。我々未来人が関わりすぎた結果、この国の技術と社会構造は、本来の歴史勾配を無視して急激に発達してしまった。このまま中国(晋)に使者を送ればどうなる? 『倭国の進歩が不自然すぎる、異質だ』と勘づかれ、世界の均衡が崩れる。だから私は遣使を止めさせた。この国を、外の目から隠したのだ」
「歴史を隠すために……空白を作ったというのですか」文乃が声を絞り出す。
大王の視線が、ふと環へと注がれた。
「ところで……そこの娘。名は何という」
「一ノ瀬、環です」
その名を聞いた瞬間、大王の目が見開かれた。
「一ノ瀬……。私はこの地で娶った妻との間に子をなした。その子に与えた苗字の原型が、一ノ瀬……。お前は、私の血を引く遠い未来の子孫か」
「私の実家は……代々、奈良の山奥で『遠くから来た方をお守りする』神社でした……」
環の言葉に、大王は目を閉じ、深く息を吐いた。
「千七百年を超えて、我が血脈が自分自身に会いに来たか……。タイムマシンが引き寄せた、皮肉な因果だな」
三章
無限の因果(ループ)
その夜、七人はあてがわれた館で激しい議論を戦わせた。
「上層部は最初から知っていたんだ」環はナットに詰め寄った。「私が選ばれたのは、現地に残る『未来人の血統』と照合するための鍵だったからなんですね!」
ナットは静かにメーターを見つめたまま答えた。「否定はしない。だが、君自身がまさか大王直系だったとは、上層部も予測していなかったはずだ」
「問題はこれからです」医師のメイが腕を組む。「大王が歴史を隠すために空白を作った。なら、私たちがこの真相を持ち帰ったらどうなるの? 未来人がまた押し寄せて、歴史がさらにぐちゃぐちゃになるんじゃない?」
「いや」ナットがボソッと言った。「そもそも我々のタイムマシンは片道切符だ。持ち帰る手段がない。さらに言えば……我々が『空白の真相を確かめに来た』という行動自体が、大王と出会い、この歴史の一部になることで完結している。典型的なブートストラップ・パラドックス(靴紐のパラドックス)だ。原因と結果が輪になっている」
「つまり……私たちが空白を埋めに来たこと自体が、空白を構成する要素だったってこと!?」環は頭を抱えた。
その時、外から突如として螺貝の音が響き渡った。
「大変だ! 隣国の軍勢が、この邑の技術を奪おうと押し寄せてきた!」
報せを受けた七人に、緊張が走る。
大王の治める邑は平和的だったが、周縁の未開発な豪族たちにとっては羨望と略奪の対象でもあったのだ。
「隊長、ここは私に任せてください」
郷田が、例の模造刀とおもちゃの空気銃を抱えて立ち上がった。
「郷田さん、正気!? 刃のない刀とプラスチック弾よ!?」メイが叫ぶ。
「古代の戦闘は、心理戦です!」郷田の目が鋭く光る。「彼らは火薬も、近代的な金属の打撃音も知らない!」
郷田は物見櫓に駆け上がると、モデルガンを高らかに連射した。圧縮空気のはぜる「バツン! バツン!」という鋭い破砕音が夜の静寂に響き渡る。さらに模造刀の鞘を金属の手すりに叩きつけ、カンカンと甲高い音を鳴らした。
「なんだあの音は!? 雷神の呪具か!?」
敵の兵たちは突如響いた未知の怪音と、郷田が叫ぶ威風堂々とした漢文の兵法フレーズにパニックを起こした。
さらに郷田は、兵法史で学んだ「鶴翼の陣」の隙を突くよう、地元の防衛隊に的確な指示を出した。実戦経験ゼロの兵器マニアが、圧倒的な知識と演出力で敵軍を退散させてしまったのだ。
「郷田さん……すごいです!」環が目を輝かせる。
「ふっ……理論武装だけは完璧でしたからね」
郷田は模造刀をカチリと納刀し、生まれて初めてドヤ顔を決めた。
四章
短距離ジャンプの賭け
戦いが終わり、静けさが戻った邑で、ナットが深刻な顔で全員を集めた。
「重大な事実が分かった。タイムマシンのエネルギー残量だ。未来へ戻る(長距離ジャンプ)パワーは皆無だが……ごく短い時間、数十年の『短距離ジャンプ』なら、あと一度だけ起動できる」
「数十年……?」隊長が身を乗り出す。
「ああ。例えば、ここから三十年〜四十年後の未来へ飛ぶことができる」
「西暦四一三年……!」隊長の声が震える。「倭王讃が中国・東晋に使者を送り、歴史の『空白』が明けるまさにその年だ!」
「でも、飛んでどうするんですか?」メイが冷静に尋ねる。「戻れないことに変わりはないんですよ?」
環が一歩前に出た。
「大王様は『国を隠した』と言いました。でも、歴史では四一三年に外交が再開されます。大王様の作った時間が、その後どうやって次の時代へ繋がったのか……それを『見届ける』ことが、記録係としての私の、ううん、私たちの役割なんじゃないでしょうか!」
うららも静かに頷いた。
「私も、視えました。その先に……私たちが生きるべき場所があることが」
七人は大王のもとへ別れを告げに行った。
大王は一ノ瀬環をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「そうか。お前たちは先へ行くのだな。誇りに思うぞ、未来から来た我が血族よ。この国が自立し、世界の前に再び立つ日を……どうかその目で見届けてくれ」
「はい。大王様が守ったこの国を、絶対に見失いません」
光が七人を包み込む。
壊れかけたタイムマシンが最後の咆哮を上げ、彼らは三十数年後の未来へと跳躍した。
五章
空白の終わり
着地したのは、以前よりもさらに目覚ましい発展を遂げた巨大な港湾都市だった。
巨大な木造船が並び、大陸の衣装を着た役人たちが行き交っている。
「タイムマシンの表示は……西暦四一三年」ナットが呟いた。「ジャンプ成功だ」
七人は港で、老いた船奉行の男に出会った。かつて大王の側近だったというその老人は、かつての面影を残す七人を見て目を丸くした。
「おお……あの時の賢者様がた! 大王様が予言されていた通りだ……!」
「大王様は……?」隊長が尋ねる。
「十年前に、安らかに亡くなられました。大王様は今際に、我々にこう言い残されたのです。『この国はもう、外の技術に頼らずとも自立できる強さを得た。もはや隠す必要はない。世界へ打って出よ』と……!」
文乃の目に涙が溢れた。
「そうだったんだ……大王様はただ歴史を隠したんじゃない。この国が自力で立てるようになるまでの『猶予』を、あの百四十七年で作っていたんだ……」
「空白の四世紀は、空白なんかじゃなかった」環はノートを強く抱きしめた。「国を育てるための、愛おしい時間だったんだ」
そして小さく、でもはっきりと言った。
「私たちが来たから空白ができたんじゃなくて、私たちが来ることが決まっていたから、空白は“優しい時間”になれたんだ」
ナットが静かに機械のメーターを閉じた。
「エネルギーゼロ。これにて、我々のタイムマシンは完全にただの鉄くずだ。……もうどこへも行けない」
「いいじゃないですか」郷田が笑った。「ここでなら、私の兵法も防衛技術も役に立ちます」
「私も、生の古代日本語を一生かけて研究します!」(文乃)
「医療技術だって、いくらでも伝えることがあるわ」(メイ)
「私は……もう嘘の占いをしなくて済みます」(うらら)
隊長も満足そうに頷いた。
「歴史を観察する側から、歴史を作る側へ。……最高のフィールドワークだな」
環は青空を見上げた。
「私、書きます。この国がどうやって立ち上がったのか。文字として残らなくても、歌や、伝承や、物語として……未来へ届くように」
終章
空白を埋めた者たち
西暦四四四四年――研究室。
一人の若き歴史学者が、古文書のデータベースと格闘していた。
四世紀の日本列島、伝承の形でしか残っていない謎の記述。そこには「七人の異能の賢者」が国を助け、言葉を整え、病を治し、未来から来た大王の志を継いだという伝説が刻まれていた。
さらに、奈良の古い神社の奥から発見されたとされる、特殊な記号で記された粘土板の断片。
解読されたその文字は、現代の日本語でこう書かれていた。
『私たちはここで、元気に生きています。――記録係・一ノ瀬環』
「まさか……本当にいたのか……!?」
研究者は興奮で手を震わせながら、新しいプロジェクト申請書を立ち上げた。
画面のタイトル欄に、彼は迷わずこう打ち込んだ。
【第二次・空白調査団派遣計画書】
――歴史の空白は、また新たな旅人を待っている。
だが、かつてそこを駆け抜けた七人の笑顔は、千七百年の時を超えて、今も確かに歴史の底で輝いているのだ。
――完――
Amazon KindleAmazon Kindle
【あとがき】
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
日本史最大のミステリーと言われる「空白の四世紀」。もしもその真相が、恐ろしい陰謀や途絶ではなく、「未来人たちがこの国を慈しみ、育てるために作った優しい時間だったとしたら」というイマジネーションからこの物語は生まれました。
タイムトラベルもの特有のパラドックスや、専門家たちのちょっとズレたポンコツぶりを楽しんでいただけたなら幸いです。
歴史の文献に名前が残っていなくても、その時代を懸命に生き、バトンを繋いだ名もなき人々がいたからこそ、今の私たちが存在しています。そんな過去の人々への愛おしさを込めて。













