さて
いよいよ明日は退院となり
その旨の
ご挨拶をと思っても
その相手がいない

そう
結局
ひとりも知り合いが出来ず
終えた 入院生活

それは
閉ざされたそれぞれの
空間へと入ることを
カーテン1枚で仕切られた
結界があり

また
そこへと入ることを
遮られ
拒まれてもいるかのような
独特の空氣感が鎮座しており

それを
突破してまでも
伝えるだけの要件は
ひとつもなかったって こと

それでも
優しく接してくれた看護師さん
数名とは
仲良しにもなれたけれど

きっとそれも
ここでだけのことで
街ですれ違っても
分からないのだろう

なんせ皆
マスク姿だったから
本当の顔を知らない…


多分

痛みに耐えることが
最優先な
この外科という空間は

他人のことに
関心を持つほど
余裕がないのだろう

僕もまた
来週には
ここの外来へとは来るが

もうこの病棟に
戻ることはないようだ

午後になると
お向かいの厄介なオヤジさんが
引越して行った

カーテン越しに
聞こえて来たのは
5階とのこと

今日 1時30分に
部屋を移りますが
聞いてますよね? と
看護師さんが確認にやって来た

ところが
そのオヤジは
聞いてない! と答えた

えっ? と
慌てて
ではと確認に戻り
昨日 その対応をした
看護師さんと来ると

ああ
思い出した
聞いてた と…

そんなだから
好かれないんだよな と
思ったけれど口には出さない

わずか
カーテン2枚と
1mほどの通路を挟んだだけの
別世界

わずかながら
そこからの
迷惑を受け続けた
この8日間

厄介な言葉と
大きな音
それに
看護師さんへの迷惑行為が
音となって飛んで来ていた

1時30分になると
時間通りに
看護師さんたちはやって来て

さほど
大きな音を立てることもなく
手際良く
そのオヤジと
荷物とを
さらりと風のように連れ去った



直後
掃除担当の方々が来て
これまた
手際良く ささっと…

すると
ここでは
何事も無かったかのような
綺麗な空間に変わり
まっさらに戻して行った

そこへ
面会時間となった
カミさんが来て

あら!
空いたの? って問われ

カクカクシカジカでと
言葉少なめに
小声で伝えた

カミさんは
自宅での
僕の迎い入れの準備を
済まして来たと微笑んで

明日の手続きは? と
急いで話し

規定の15分を越した頃
慌てて帰ろうとすると

もう
向かい側のそこには
新たな方が入ったようで

わずか1時間前と変わらず
カーテンが引かれ
何もなかったかのように
佇んでいる

さてこれで
もうお会いすることもないと
苦笑いしてみるが

はてさて
最後まで
こちらへの言葉はなかった


体調が悪いのは
もちろん 分かる

だってここは
入院病棟だから
全員の具合がよろしくない

それでもダ
やはり
他人への気遣いは必要だと
思ってみるが
いかがなものか…

失礼

明日は
退院かと思っていたら
今日は
3月3日
ひな祭りだと氣付いて

今頃
孫たちの家のリビングには
雛人形が飾られてるはずかと
微笑んでみる



振り返れば
5年前

転勤族は
山口で妊娠し
倉敷での出産となり

その初節句にと
遠隔でのやり取りをしながら
浅草橋の人形店で
選んだ雛人形

あれから
毎年 
飾っているようだけれど

孫たちに
壊されなようにと
手の届かない
高い場所でのそれは

果たして
どうなのかとも
思いながら…


雛人形


その後
男の子が2人出来て
そちらへの五月人形は

娘夫婦が
国宝級の作家のがと
直接 伺って
決めて来たけれど


こういうものは

娘側の親持ちだそうで

嫁に出しても

まだまだ掛かるらしい  笑



それよりも
あの頃 
カミさんの親から頂いて
物置に詰め込んだままの
娘たちの七段飾り
どうしよう?

月食


さて
今夜は
皆既月食だそうでけれど

どうやら
この雨天では
観れそうもない


昨日
ナースステーションを
取り囲むように
回遊する廊下を歩かねばと
ひとり
何周もしていると

面会の時間外だというのに
多くの家族らしき方々が
例のガラス張りの
重症患者用の部屋へと
入っていった

覗いてみれば
すでにカーテンで覆われ
中は見えずとも
慌ただしさだけは伝わって来て
今を察した

氣になって
何周も歩いてみても
中の様子は掴めず

願うだけしか
お手伝いは出来ない

今朝
主治医たちの廻診にて
明日の退院の許可が出て

ではまた
少し歩いて置かねばと
一周わずか100mほどのそこを
歩き出した

すると
昨日 
慌ただしかったその部屋は
カラになっており

またしても
ここで何度目かの
切ない現実を見た



人間
生まれながらに
平等というものは ない

ならばせめて
命の時間くらい
平等には ならないものか

生きた時間ではないことくらい
とうに分かっちゃいるが
今は
生きた時間であっても欲しい



さて

今日もまた

ここ4階には

2人ほどが 入院して来た


早い内に

無事

ここから退院されることを

祈りながら…


手術により
おちんちんには
尿を摂るが為の管が挿してあり

分かっちゃいたが
邪魔でもあり
違和感でもあり

それよりも
それを抜く時と
その後の排尿時の
染みる痛みが大変で
覚悟してみれば

若い看護師さんが
2人で対応してくれて
そのひとりが
おちんちんを摘み
管を握って
さあ
準備が出来た

すると
もうひとりが
大きく息を吸って
大きく吐いてー! って
瞬間

ぐぐぐいーっと 抜き去った

それが
痛いの
痛くないの って
どっちだと思う?

そりゃあ
激痛でね

それよりも
その後
1発目のオシッコの方が
不安で不安でならず

それでも
時は来て

蛇口をゆっくり緩めながら
チョロチョロ っと出すと

おおーっ! ってな
いつかの痛さ

そう
こんな場面は
遥か昔の手術以来

そんなことが
3度目まで続き

これって
麻酔がないから
手術よりも痛いよなんて

看護師さんに
訴えてみれば

そうよね
男だからね だってさ

カテーテル


しかしまあ
この小銃

それ以来
ダランとしていたけれど
今朝にはやっと
元気を取り戻し

ちょいと
膨らんでも
くれましたとさ… 笑





しかしね
若い女性2人でなんて

こんなことは
ここだから体験するわけだけれど

シャバでは
ダメ ダメ 
ダメ だよなあ

失礼

カテーテル


ちなみにね
管を抜くのが大変ならば
管を挿すのは
こうして
全身麻酔だから
出来ること だよなあ

しかしね
これ
宇宙飛行士たちは
自分でなんて聞いたことがあるが

ホントかなあ?


痛みが引けば
時間が出来て
こうして
目の前の
さまざまなことに
引っ掛かるかのように
氣付き

多くを思い
深くも感じ

それらを
言葉に変えてみれば
長い文字が並び出す

それを
今の覚え書きとして
ここに残して置けば

いつかまた
振り返った時に
心を戻す場所にもなると
余すことなく
書き添えてもみる

さてまた
新たな朝が来て
外をと見れば
どうやら今日は 雨らしい

窓側のベッドだから
こうして確認出来るけれど
廊下側だったら
それすらも分からない



さて
先ほど
主治医の先生が見えて
明日 退院の許可が出た

それでも
今月いっぱいは
余計なことを
しないようにとの指示で

力んだり
力仕事でもすれば
せっかく頑張ったことが
フリダシに戻るかもと

分かっているが
まだまだ
発進は出来ないようだ

今週末の
叔父の法事にだけは
行かねば ならなそうだけれど…


当初
病棟で過ごすのは
パジャマを持参しようかと
思っていた

でも
ここでのレンタルがあると聞き
ならば
それの方が楽だと言われ従った



そう
これは毎日 着替えるもので
それを
いくつか溜め込むよりも

お願いしてしまった方が良いし
また
お揃いの姿ならば
患者だと
すぐに分かるはずと…

サイズは
当初 Lサイズでと
お願いしたら

羽織ってみれば
ツンツルテン

それではと
LLサイズへと変更して頂き
それは
毎日 新たなものへと
変えに来てくれる

何度もの
洗濯と
乾燥とのせいか

それとも
そんなサイズ感なのか

LLもしくは
その上でも良いようだ

さてすれば
これにはそこそこ
別のものも付いて来る

タオルに
洗面用具に
シャワー用具までも

すると
多くの方がこれをお願いし
一般の
パジャマや
スウェット姿の方は
ほとんどいない

ならばいっそ
これでと決めてくれた方が
良いのだろうが

そこは
この世の中
違う意見の方もおろう

ようするに
ここでの制服なわけで
悪く言えば
隔離された囚人服か…



それはまた
スタッフたちも
それぞれが
それぞれに違う服を纏い

医師
麻酔医師

放射線技師
理学療法士

日勤看護師
夜勤看護師
オペ看護師

薬剤師
管理栄養士
リハビリ担当

食事担当
掃除担当
事務局
会計

それからそれから… と

その制服が違うから
分かりやすい

それもまた
こうした
大きな医療センターだから
出来ることなのだろう

今回
ここに書き込む以外
ほぼ ナイショでの入院となり

また
そうしたのは
ここの面会規定がそこそこ
キツかったからで

更には
わずか1週間と聞き

それならば
誰にも
話す必要もないかと
そっと

でも
ちょいと
ジタバタしながら… 笑



そう
せっかく来て頂いても
わずか15分なんて規定では
返って申し訳ないと思ってみれば

入ってみて
やはりここは
外科病棟としての
それなりの戦場であり

やたらと
言葉を吐けないかのような
そんな空氣感に包まれいる

それでも先日
うっかり
インスタに載せてしまえば

どしたん?
どしたん? と
仲間たちに
問われてしまい

それは
もう終えたことと
言い訳をして削除した

スマホがある現代
これからの面会とやらは
こうして
最低限の必要時間を
身内たちだけに許可すれば
良いのだろうとも思う



今回

ここに思うがまま

書き込んでみたのは

どなたかに知らせることではなく


あくまでも

自分への

覚え書きだったわけで


いつか

あの日は

どんなだったかと

振り返るが為に…


昨今の施術は
日進月歩
進んでおり

大抵の手術は
切開することなく
腹腔鏡下手術と言われる施術により
患者の身体への負担を
減らす方向に傾いたそうで



それにより
こうして
回復は早く
痛みも少なく
早い時期に
社会復帰が出来るとのこと

それでも
男は痛みに弱いから
ジタバタしてはみるけれども…   笑

なるほど
あの頃よりは
遥かに楽だったと
振り返るばかり

今回のそれは
ヘソからカメラを入れ
それとは別に
2ヶ所に小さな穴を開け
そこから
遠隔操作する
ロボットアームのような器具を入れ
画像を見ながら
内側からの施術をしたそうで…

この3年間
放置した患部は
どうやら倍の大きさにもなっていて

そこへと侵入し
張り付いた内部を剥がし
メッシュ状の人工布を当てがい
抑え縫ったと聞いた

それもまた
試してみて
内部からでは難しい場合
仕方なくも切開となると
お聞きしていたが

なんとか間に合ったそうで
このタイミングで決断して
良かったと思う

すれば
あの頃 苦しんだそれとは
格段に違い
また
入院も短く済んだようで
有り難い

医療はこうして進化して行き
いずれ
不治の病もまた
制圧出来るのだろう

ただし
それは延命だけではダメで
自らが動けるまでに
回復させてこそな
そんなことを思わせるのは

この外科病棟の現実を
目の当たりにしてしまったから
なのだろう



10年ほど前
親父がお世話になった
癌病棟には

唯惜命
~ただ命を惜しむ~ と
書かれた筆書があり

あの日
それが
心に重く響いたことを

思い出しながら…



この人生では

こうして

3度も救われた


次は

この恩を返すが為

救う側にならねばと思ってみるが


きっと僕ならば

救った方々よりも

救えなかった方々の想いを

重く背負ってしまうのだろう


僕は

医師には

なれそうもない


備えられた病室の
テレビや冷蔵庫は
ロビーにてプリペイドカードを買い
そこへとセットせねばならない

この時期には
冷蔵庫は不用で
また
それを必要とする物を
誰も差し入れては来ない

テレビはといえば
普段でも
さほど観ないから
必要はなく

Wi-Fiがあればと思えば
これもまた有料となり

幸いここには
スマホが使えるくらいは
電波が飛んで来るから
不自由はしない



観たいのは
生中継のスポーツくらいで
後日
それはどこかに残っている時代

それでも
消灯が9時なもんで
まあ
いつも寝ている時間だから
これもまた
不自由はなく

ただし
真夜中に
他の3人からの
あれこれで起こされてばかり

仕方なくも
耳栓をしてみれば
何も聞こえなくなると
今度は痛みが襲って来る

それでも
ラジカセを持ち込んで
イヤホンで聴いた
あの頃とは違い

今は
スマホひとつで
多くの用が足りるから
有り難い

そうそう
入院していることも知らず
時差を無視して連絡をして来る
LAのママには
もちろん 
一切の音を消しているから
後回しとなり
返事は逆の時差となる


そうだ
寺尾聰さんの
ルビーの指輪が流行った頃で
あのアルバムをカセットテープに
吹き込んでヘッドホンをし
何度も何度も聴いた思い出

まだ CDすらなく
何度も聴けば
そのカセットテープも
ベッドに巻き付いてしまった時代

テレビだって
備え付けなどなく
どうしてもな方たちは
小さな白黒のブラウン管の
アンテナを伸ばすやつで
なかなか取れない電波に
悪戦苦闘していた記憶

今はそれらのすべてが
手の中の小さな箱ひとつで
叶うから
凄い時代だ

すればここからまた
45年も経てば
世の中は
どれだけ変わっているのだろうか


それを確認出来ないことを

仕方なくも

思いながら…