近日 Kindle 予定
【まえがき:止まった時計と、四十分の魔法】
二〇二七年。
本来なら、この国を走る鉄路の歴史が塗り替えられているはずだった。東京と名古屋をわずか四十分で結ぶという、夢の超特急。その「魔法」のような速さが現実になる日を、私はどこか落ち着かない気持ちで待ちわびていた。
しかし、開業のベルは鳴らなかった。
工事の遅れ、延期。ニュースが伝える乾いた事実を耳にしたとき、私は落胆よりも、ふとした安堵(あんど)を覚えたのだ。もし、四十分で着いてしまったら。あの切ない別れの時間も、再会を願う焦がれるような時間も、すべて「効率」という言葉の中に溶けて消えてしまうのではないか。
かつて、新幹線が「一時間四十分」という重い時間をかけて二つの街を繋いでいた時代があった。日曜日の夜、東京駅のホーム。そこには、距離という怪物に必死に抗い、そして負けていった、名もなき恋人たちの物語が無数に転がっていた。
還暦を目前にした今、私は再びあのホームに立つ。そこには、かつての自分によく似た若者たちが、今も変わらず別れを惜しんでいる。これは、距離に負けてしまった「あの日」の僕と、物理的な距離を軽やかに飛び越えていく「今」の若者たち、そしてその狭間で揺れ動く、一人の男の物語である。
【第1章:未完の線路と、六十歳の境界線】
二〇二七年、春。三月の風にはまだ尖った冷たさが残っているが、街路樹の蕾(つぼみ)は確実に膨らみ、新しい季節の足音を告げている。
リビングのソファに深く腰を下ろし、僕はスマートフォンの画面に躍るニュースを眺めていた。『リニア中央新幹線、開業延期――』。
「……やっぱり、伸びちまったか」
思わず漏れた独り言に、キッチンから妻のアキコが顔を出した。「あら、残念?」
「残念、っていうか……。四十分で着いちまうなんて、魔法みたいだと思ったけどな。いざ延びたとなると、どこかホッとしてる自分もいるんだ。四十分じゃあ、心の準備ができないだろ」
アキコとの出会いは、大学の図書館だった。一冊の専門書に伸ばした僕の手が、誰かの手と重なった。譲り合っているうちに、結局別の誰かに借りられてしまい、その本が何だったのかは今も分からない。けれど、その「空白」から僕たちの物語は始まった。
そんな穏やかな日常に、次女のナナが飛び込んでくる。「今年のクリスマスは、彼と中間地点の神戸で会うことにしたの」。合理的で軽やかな令和の恋。僕たちの「昭和」とは違う、新しい魔法がそこにはあった。
【第2章:ガラスの靴を落とした駅】
一九八〇年代後半。リニアなんて影も形もなかった頃。大学時代の恋人、ユウコ。卒業と同時に訪れた遠距離恋愛。当時は「一時間四十分(ひかり)」という数字が、絶望的な壁として立ちはだかっていた。
日曜の夜、東京駅十九番ホーム。二十四歳の僕たちは、一分一秒を惜しむように立っていた。「カズヒサ、大好きだよ。忘れないで」。プシューという音とともにドアが閉まる。ガラス越しにユウコが何かを叫んでいる。
結局、僕たちは距離に負けた。電話の声は少しずつ遠い街のノイズに混じって消えていった。今の僕がホームで若いカップルに呟く「負けるなよ」という言葉は、あの日、彼女の手を離してしまった自分自身への、長い年月をかけた赦(ゆる)しの言葉だったのかもしれない。
【第3章:中継地点のクリスマス】
十二月。ナナは「中間地点」の神戸へ行く準備に余念がない。ビデオ通話で挨拶してきた彼女の恋人・祥太くんは、屈託のない笑顔でリニアを待ち望む現代の青年だった。
「道中、気をつけてな。……ちゃんと、寂しい顔をするんだぞ」
僕の小言にナナは笑う。「離れるのが寂しいのは、新幹線が何分になっても同じだよ」。その言葉に、僕は少しだけ救われた。便利になっても、人を想う心の震えは変わらない。
【第4章:もらいに来る足音】
僕は娘たちに厳しく伝えてきた。「お前たちが選んだ男なら信じる。だが、もし父さんがダメだと言ったなら、その時は諦めろ」。それは父としての最後の矜持だった。けれど、彼女たちはいつも僕がカードを出す隙もないほど、良い男を選んできた。
クリスマス当日、ボストンバッグを肩に家を出て行くナナの背中を見送りながら、僕は思う。そろそろ、彼がナナを「もらいに来る」頃かもしれない。僕がかつて持てなかった「一線を踏み越える勇気」を、今の若者たちは持っている。
【第5章:40分の魔法が解けても(エピローグ)】
二〇二七年、冬。結局、リニアの工事現場を覆う白いフェンスはまだそのままだ。
僕は再び、東京駅のホームに立っていた。スマホには、新神戸駅で笑い合うナナと祥太くんの写真。「いい男じゃないか」。僕は満足げに鼻を鳴らした。
リニアが四十分で世界を繋ぐ日が来ても、あるいは永遠に来なくても、大切な人の元へ駆けつけたいと願う「心の距離」だけは、誰にも奪えない。
「良い時代を、過ごせたのかもしれないな」
滑り込んできた新幹線の白い車体に、街の灯が鮮やかに反射する。僕は、自分の人生という物語の「次の一行」を書くために、ゆっくりと歩き出した。
【あとがき:ガラスの靴を、次の世代へ】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この物語の断片は、ある夜、久々に歩いた東京駅のホームで生まれました。最終列車を見送る若いカップルたちの姿を見たとき、私は不意に、四十年前の自分に出会ったような気がしたのです。
不器用だった昭和の恋。距離に負け、ホームに片方のガラスの靴を置き去りにしたまま生きてきた私。けれど、その後に始まったアキコとの人生が、私を還暦という節目に導いてくれました。
今、娘たちは新しい魔法で距離を乗り越えようとしています。父親として、私は彼女たちの選んだ道を信じています。
この本を書き終えた今、ようやく私は、あの夜のホームに置き去りにしていたガラスの靴を、そっと拾い上げることができたような気がします。
「負けるなよ」。かつての自分に、そして今を生きるすべての恋人たちに、この言葉を贈ります。
二〇二六年 春
ーおまけー
これは以前ブログに書いたものを
物語に仕立てました
その時のブログを
そのまま掲載しておきます
シンデレラエクスプレス
2027年
リニアは開業になる予定だったけれども
どうやら伸びてしまったようで
僕たちは間に合うのだろうか
間に合ったならば
それにより
東京~名古屋間は わずか40分にもなるそうだが
それが良いのか
悪いのか
僕ら世代には分からない
それでもあの頃
多くの若者たちが
距離に負けた いくつもの運命に
是非 味方して欲しいと願いつつ
目の前の今を
生きねばならない…
先日
久々に
あちらこちらを散歩してみた都内で
最後に選び 乗り込んだ駅は
東京駅で
真夜中のホームでは
あちらこちらに
チラホラ見える 若いカップルたちの姿
なんだか
昔の僕らを見たかのようで
嬉しさと
切なさとが交差する心の中で
ひとり
”負けるなよ” って呟いた。。。
週末を
ギリギリまで東京で過ごし
遅い時間の新幹線となったホームでは
別れを惜しむ
多くのカップルたちの姿が
そこにはあって
それぞれの事情と
この先の未来とを
勝手に想像なんかして
あ~~ と
僕も
昔を懐かしんだ
♪ ガラスに浮かんだ街の灯に
溶けてついてゆきたい
ため息ついてドアが閉まる
何も云わなくていい 力を下さい
距離に負けぬよう
シンデレラ 今 魔法が
消えるように列車出てくけど
ガラスの靴 片方 彼が持っているの。。。 ♪
大学時代に
つきあい始めた2人なのに
卒業と同時に
それぞれの地に戻り
想像以上の遠距離になってしまい
たまの週末に
どちらかで再会し
また 名残惜しく去ってゆく
場面を浮かべるならば
東京駅の新幹線のホ~ムでの
日曜日の夜の最終列車で
またしても
離れ離れになってしまう
多くの若いカップルたち
確かに
こんな僕にも
そんな時代があったことを
すっかり 忘れて過ごしていた今日
いつかのドラマで見たような
甘く
切ない
そんな時代
なぜかまた
羨ましくなった その若さ
結局
その
距離に負けちまった僕らだったけれども
もしかすると
こんな僕も
良い時代を
過ごせたのかもね
この春に
彼氏の転勤により
遠距離となってしまった次女は
今週末のクリスマスには
中間の神戸で会うらしい
それよりも
そろそろ
貰いに来る頃かとも
親は
勝手に
思っては
みるけれども…