友達 いますか?
沢山 いますか?
あまり いませんか?

友達の数が
友達の質が
そのまんま
その人だそうだから

友達を見れば
その人が分かると
いつか
誰かが言ってたけれど…


年齢により
環境により
友達が変わったのも確かで

その都度
趣味も遊びも
変わったのも確かで

還暦でバイクを降りて
その遊びでの友達を
すべて失った

ただし
友達という既定は
曖昧であって

ただの知り合いで
終わることばかり

友達って何? と
自分へと問えば

究極は
1対1で
遊べる仲なのかもしれない

そう
大勢の中でではなく
ましてや
3人でもない

目の前の
その1人と向き合って
遊べる仲間なのだろう

それはもちろん
多くが集まっても
変わらぬ対応が出来ねばならず

1対1の時とは
違う対応でもすれば
それは
もしかして
友達ではなく
知り合いなのかも? と
疑うこともある



更には
マブダチともなれば
生涯の友であり

裏切ることなく
相手を思い

そう
自分よりも
相手がと思えたならば
それが
マブダチなのだろう

そんな友達は
すぐに出来るはずはなく
大抵は
ガキの頃からの
長い付き合いを持ってして
やっと辿り着けるわけで

きっとそれまでには
沢山のゴタゴタもあったはずで

呑めば
譲ることなく
殴り合うこともあっただろう

それでも
離れることなく
信じられるようになって

言葉なくとも
分かるかのような
そんな友達が
数人いてくれたならば
もう
それだけで良い



すれば
新たな友達など不要となり
新たな出会いには
深入りすることなく
笑顔で過ごす

あとは
残りの持ち時間を
笑顔で過ごし

わずかでも
彼らより早く
お先に! なんて微笑んで

ではまた
次の世でもと
約束でもしたい

男ってもんは
それで良いのだなあ

物好きゆえ

長年 集めた
あれこれを
そろそろ
世の中に戻さねばならないと

少しづつ
断捨離を始めてみた

それは
あまりにも膨大な量で
ならばいっそ
一気にリサイクルショップへと
持ち込めば楽なのに

買い叩かれるのが嫌で
その価値が分かる方に
ちょいとお安くお譲りしたいと
ネットへと出してみる

それでも
ネット上には
厄介な連中がひしめいていて

すぐに
無理な値下げ交渉が来る

そこまでして
譲る氣はないと
それを取り下げる

もしも
今 僕がいなくなったならば
集めたこれらは
価値の分からない家族により
ゴミとなるのだろう

ならば
僕の手で世に戻せば
それなりの価値として
今後も渡り歩くはずで

それを
それが分かる方へと
この手で渡したい

僕もまた
当時 そんな方々から
お譲り頂いたもの

そう
僕の持ち時間の中
世間からお借りしていたと
思えたならば
ここで終えてはならず
この行き先を
決めねばならない



もちろん
10年後
価値が分かるであろう
孫たちへと
譲りたいものもあるが

はてさてそれは
そこまで持ち続けるべきか
一度手放して
その時また
手元に戻すべきかと
わずかに
悩みながら…

還暦を越したら
身軽になりなさいと
どなたかは熱弁するけれど

自分にとってのお宝を
失ってしまうと
ちょいと滅入るのではないかと
思いながら…

今のこの状況だと
お袋は
きっと我が家での
年越しだろうと思い

ではと
身体をサポートする
あれこれをと選び
買い込んで来た

それでも
実家の親父をひとり
放っておくわけにもいかず

電話をすれば
出ない

買い物にでも出掛けたかな? と
思っていると
ピンポーン とベル

インターホンを覗けば
親父の姿

そう言えば
親父が迎えに来たならば
仕方なくも帰ると
お袋は呟いていたっけ…

ちょいと
不自由な身体での
お互いのイラつきで
ゴタゴタしたことは

きっと話せば分かるのにと
思っていたけれど
昨日の状況では
その場から連れ出すしかなかった

お袋を連れ出した後
心配して来た妹に
コテンパンにやられたらしく
しぶしぶとやって来たので

わずかな時間
リビングで2人にして
僕らは
そこを遠慮した



戻ると
お袋は
仕方ないから帰ると呟くので

僕は
本当に大丈夫なのか? と
親父に問うと

その昭和一桁男は
なかなか
詫びる言葉を知らず
違う話題へと振る始末

それでも
頑固な親父が
わざわざここまで来たことで
仲直りせずとも
お袋は帰って行った

帰り際に
何かあれば
すぐに迎えに行くからと
念を押して見送った

そんなわけで
わずか1泊2日となった
この息子宅

カミさんは
これはしばらく居るはずと
買い込んで来た

沢山の物を見つめながら

生もの以外は
また使うかもね と
苦笑いしてみる

いや
きっともう来ないだろうけれど
今度は
僕らが戻る番だからと
止まらぬ時間と
戦いを挑んでみる

齢を取ると
子供に戻ると言うが
病と
老化とで
自由にならない身体に
苛立つ今

そこへ
わずかな言葉のすれ違いで
大きな事件にもなる

ならば
一刻も早くと
こじれる前にと
間に入り
沈めねばと全力を尽くせば

なんとかなると
信じている

さてこれで
一件落着

これで僕は
諦め掛けていた
年末年始の予定が
なんとなく戻って来たようだ

それでも
カウントダウンは
止まらず
足早に動いている

本家の長男
結構
大変なのだ

疲れたというよりも
氣を張っていた肩の力が抜けて
現実逃避でもしようかと
思ってみる

親たちに

幸あれ…


寝起きに
お袋へと朝食の支度をし

ちょいと留守にするねと
カミさんと出掛けて来た
年に1度の健康診断



昨年は
これに引っ掛かり
再検査をすれば
大腸ポリープが見つかり
除去して頂いた

齢を取れば
皆 いくつかは引っ掛かり
その都度
そろそろ考えねばと
健康への氣遣いをするが

半年もすれば
また生活は戻ってしまう

それでも
今回ばかりは手術を控え
本腰で臨まねばならないようで

早速
背筋を伸ばし
まずは食事を見直してみる

すれば
お袋もすでに
食べられる物が少なくもなって

あれこれと
選びながらの買い物となった

さて
先の見えない環境となり
すでに
行き当たりばったりでの
年末年始となりそうだ

レコード盤に針を落とし
緩やかに曲が始まると

いくつかの節目を跨ぎ
中央へと向かえば
その回転は急ぎ足となる

それはまるで
僕らの人生のようで
僕もそろそろ
中央が近づいて
急ぐ時間と戦っている



それでも
そんな
A面が終われば
自動的に針は戻り

さてと思えば
頑張ったわね
では
ご褒美よ! って

女神さまが現れて


もしや
B面の時間も
授けてくれるかもなんて…

今がまさに
その時かもで

すれば
その1曲目は
スローバラードから
お願いしたい



いや
仕方なくも

徐々にテンポが上がるのならば

すべてを
スローバラードとして
その速度を抑えてみたい

さて
何から始めようか…



我が子たちは

そのレコードすら知らず

CDが入口となったけれど

それもまた

ダウンロードにもなって

その姿すら消えてしまい


昨今

便利さと引き換えた時代を

遡る僕ら世代と

一部の若者たちは

またレコードへと

戻りつつあるそうだ けれど…


お袋は
なんとか落ち着いたようで
食事を摂り
風呂にも入り 寝てくれた

さて
大きく変わり出した
この渦の中

しっかりせねばと
力んでみれば
先に手術予定を組んだ
脇腹の痛みは増して

自分も
そろそろ齢なのだと
実感した



90になるお袋と
94になる親父とが
健在であることが
とても有り難く


頼りにしてくれたことにも
感謝してみれば

このポンコツ息子
長年 
迷惑を掛けて来たことを
詫びるかのように
全力を尽くしてみる

いつか
僕の持ち時間を
3つに分けて
親父とお袋とに
足して欲しいなんて
願ったことがあった

もしかすると
神様はそれをすでに
叶えてくれているのかも
しれない

ならば
僕の時間も
さほど長くはなく

それで良いと
ありがとうと
思ってみるが

もう少し
やらねばならないことが増えて
それらを
やり切るまではと

すればきっと
若い頃
停滞したロスタイムが
そこそこあるはずだと
願い出てみようか



生まれながらの
本家の長男

背負うものは
多かったけれど

おかげで
冒険することなく
無事にここまで来れた

振り返れば
この生き方は
間違ってなかったと
自負してみる

子供たちは
それぞれの場所へと巣立ち
その先の未来の入口を
見せてくれた

実家を出て40年
おろそかにした
親たちとの関係を
今 引き戻そうとしてみれば

やはり
このタイミングで
良かったのだろう

さて
この年末年始は
いつになく
忙しい時間となりそうだ

幸あれ…



すれば

今頃

間に合ったかのような

親孝行


いつか

誰かが

結婚は最大の親孝行だと

言ってたけれど


付き添うことが

今は

何よりもかと思ってみる


本日
子供たちと
孫たちとに
クリスマスプレゼントと
誕生日プレゼントをと
届けに周ると


娘宅での食事中に
お袋からの電話が鳴り

もう ダメ! だと
助けて! と…

体調を崩し
イライラしてる中
親父と揉めたようで

もう
家を出て
ひとりで暮らすと

だから
草津へと連れてって! と

それは
とても悲しい声で

分かった
すぐに行くと
娘宅から飛び出して

到着すれば
案の定
この世の終わりのような氣配

それでも
やっと詰め込んだかの
荷物があり

親父との間に入り
なんとかせねばと
頑張ってみたけれど

この体調では無理だと判断し
とにかく今日のところは
我が家へと
お袋を預かることにして
帰宅

リビングで落ち着かせている間
お袋が使えるように
部屋を揃えねばならず

七転八倒しながら
僕の部屋を整え
譲った

カミさんは
すでに娘たちの
いた部屋を使っており

仕方なくも僕は
息子のいた
屋根裏部屋かと準備した



さてすれば
年明けから
少しづつ
実家へと戻る準備かと思っていたが

逆に
お袋を預かることとなり
さて
これからの予定が
分からなくなった

有り難いことに
親父はまだ元気でいるが
お袋は
もう手伝わねばならず

まさか
この寒い雪の中
ひとりで
草津で暮らせるはずはない

まずは
落ち着くまでと思っているが
しばらくは
我が家での時間となりそうだ

すれば
年末年始の
僕の予定もまた
すべてが変わり

スキーや旅行どころではなく
あのライブも
あの寄席も
もしや
キャンセルかと心をよぎる

そうだ
それは
先日 キャンセルした
武道館が序曲だったかのようで

これまた
見えない何者かが
止めに入ったのだろう

やっと決断した
セミリタイアと共に
取り巻く多くのことが
大きく変わり始めたようだ

本家の長男
65とは
いよいよ
そんな
齢周りなのかもしれない

幸あれ…



そう言えば

一昨年は

ツワリの娘と

孫たちとを預かり

何も出来ずな年末年始だった


どうやら

今年もそんなようだ


何かが近づくと
いつも
誰かが騒ぎ出す

この日は
こうなるから
こうしなさい なんて

誰が言い出したか
勝手な予言ばかり



一昨日

友達から

こんな動画を勧められて


あ〜 またか! と

素通りしながらも

なんとなく観てしまった


彼は

こういったものに影響されやすく

すでに

四毒を抜く生活をしている


健康ならば

本人が良ければ

それで良しと

思ってみるが

僕は一切 意見はしない…




僕ら庶民は
その言葉に踊らされて
ではと
それに備えてみる

でもそれは
1度も起こったことなく
な〜んだまたか! と
軽く流して
忘れてしまう




ノストラダムスも
この7月5日も…

結局
彼らはそれで
小遣い稼ぎをし

それを
責める方々も
どうせ
やっぱり
だよね なんて

そんなもん…

冬至



今度は
明日の晩だそうで

どんな願いも叶うんだそうで
ならばあなたは
何を願いますか?

やっぱり
カネですよね!

それとも
健康か
平和か…

すれば
宝くじを! なんて
きっと多くが願うでしょう

しても
全員に当たるはずはなく
これまた
誇大広告なわけだ

そうだ
なんでも叶う! 
なんてはずはなく

それでも
わずかにすがりたい氣持ちへと
彼らは真顔で
揺さぶりを掛けて

そう
信じるか
信じないかは
あなた次第 なんて
逃げ道を作る


更には
勝手に
沢山の予言を吐いておいて

その1つでも
かすっていると

ほら! なんて
ドヤ顔して
また大騒ぎ

そんなことを
繰り返すけれど
何かに頼りたい
そんな時代なのだろう

もしも
本当に予知出来たのならば
9.11 も
3.11 も
ロシア ウクライナ 中東も
あれもこれもを
防げたのに…

未来から来た者はなく
また
来た者がいたとしても
未来を変えてしまうから
過去に触れてはならないなんて

もしもそうなら
未来を変えてでも
今に全力を尽くし
目の前の命を救いたい

預言


そうそう

予言と

預言とは

これもまた

似て非なるものと…



さて

明日の晩 0時03分

僕は

寝てしまっているけれど…


いや

もしや

トイレに起きる頃か…    笑


もしも

偶然 起きたならば

ならばと

願ってみようかな

それはそれは

膨大なことを…   ね


失礼


子供の頃は
西部劇の映画が多く

テレビの前
モデルガンを構えて
白黒の映像を楽しみに観ていた



漫画では
ちょうど
荒野の少年イサムが
少年ジャンプに連載された頃で

いつか
あんな荒野を
馬で駆けてみたいと思っていたが
この国では難しい


荒野の七人はもちろん
それよりも
ジョンウェインが好きで
その
ウエスタン姿に憧れてみたけれど
届くはずなく時が過ぎた

昨日
偶然 テレビで観入ったのは
もう
何度も観た
リバティバランスを射った男

1962年の作品だそうだけれど
なぜか
カラーで撮らず
その白黒の映像は見事に綺麗で
きっと
カラーにしなかったことが
今尚
美しく輝くのだろう

白黒と言えば
昨今
ローマの休日が
AIによりカラーとなったけれど

はてさて
それはいかがかな? などと
首を傾げてみる男

リバティバランスを射った男


始めた観たのは
小学生の頃だったと思う

意味を分かるまではなく
西部劇の迫力ある場面が
楽しみだった

そんな日から
もう何度 観ただろう

齢追うごとに
感動は深まり
目頭を熱くするばかり

特撮や
AIも良いが

そろそろまた
粋な西部劇を
お願い出来ないだろうか



そう言えば

30年ほど前

MGC (ModelGuns Corporation) の社長だった方と

とある仕事をしたことがある


ガキの頃

あのモデルガンに憧れましたと

熱く話したけれど


なんせ

MGCを自主廃業したばかりで

そうですか

ありがとう って

それだけだったっけ…


もう

モデルガンは

1つも持ってないけれど

今なら

ウエスタン銃ではなく

やはり

P38 が欲しいかなあ


あとわずか半月で

厄介だった今年も終わる


この国では
今年が終われば
すべてが終わり!

さあ
来年から頑張ろう! なんて風習

そう
日本人は年末にリセットし
寝て起きれば
フリダシなのだ

そんな習慣は
アメリカにはなく
ただ1日が過ぎただけ

それよりも
クリスマスがすべてで
そこが
年末なのだなあ



さて
今年もまた
そのアメリカの
クリスマスに来ないかと
LAのママは連絡をくれたけれど

抱えた家族の環境は
まだしばらくは
動けそうになく

身軽になった頃には
もう
この身体も
億劫になってしまうのだろう

あの頃は
フットワークも軽かったなあと
振り返ってみれば

親たちは
まだまだ若く健康で

僕たちもまた
若かったってことなのだろう


全土へと散らばった
あの頃の友達たちは
SNSにより再会出来た

それでも
リアルな距離は変わらず
会うには
あの頃と同じ時間を必要とする

それは
9.11により
更に遠ざかり

悪化する大国は
尚も遠ざかる

世界を見れば
バカな大将ばかりなり

自分が自分が! なんて
長続きするはずはなく

どうして
あなたも
わたしも と
言えないのだろうか


わずか1つの掛け違いで

世界が滅ぶ世の中


トランプ


未来に

幸あれと願いながら…


アーメン