わずかな秋を
さらりと越して
あっという間に
冬に呑み込まれてみれば

やはり
何かが足りないですね

それは
何でしょう?

分かりませんが
ときめくような
氣配でしょうかね

あまりにも暑過ぎた夏に
もう
夏なんて要らない! と
叫んだはずが

過ぎてしまえば
やっぱり夏が… なんて
振り返るばかり



夏好きなこの身体は
仕事だから
嫌だった暑さで

休日の
遊びの中では
嫌ではなかったような

特に
海では
暑くなくてはならず

日焼けしてこそな


来年の夏もまた
きっと
同じ暑さとなるのでしょうが

半分リタイアした
この身体は
どう感じるのでしょうか



振り返れば

想い出の多くは夏にあり


特に

叶わなかった願いは

夏にシコリを残しており


1番近くにいたはずの彼女は

1番遠くへと去って

この夏もまたかと諦めてばかり


目の前の楽しみには

迷うことなく顔を突っ込んで

多くを試してみたけれど


大抵は

その1度で判断し

また次へと

その場を去る



島が好きで

わずかに時間が取れれば

サーフボードを抱え

真夜中の東海汽船に乗り込み

夏の島へと逃げ込んだ


そこで出会った

年上の女性は

島では島の顔をし

街では街の顔に戻り


そういうことかと

諦めてばかり



でも

友達にだけは恵まれて

常に彼らを優先すれば

これ以上ない

味方となった


先立ったあいつは

微笑んで

あの頃のオレたちは

結構 詰め込んだ時間だったねと

いつか呟いていたけれど


逃げずに

立ち向かった事実は

痛みをも伴って

記憶に深く刻まれている



64回目の夏は

仕方なくも

あの頃とは違ったけれど


65回目以降は

あの頃って場所を

ひとつひとつ

巡ってみようかと思いながら…



どこかの

おしゃれなプールサイドで

流れていた YOU ARE  が

耳から離れないのは

なぜなのだろう



インバウンドの影響を受けて
この国のスキー場は
外国人だらけ

おかげで
宿代は高騰し
この国の若者たちは
そこをと避ける

雪質は良く
また
安全な国

更には
円安と
穏やかな国民性とが
多くの外国人たちを
呼び込むのだろう



特に
ニセコ

富良野
白馬

蔵王
野沢…辺りが
人氣だと聞くけれど

僕が好きなのは
やはり
志賀高原となる

そこは
リフト・ゴンドラ49基
18のスキー場
84コース と
あまりにも広く

1日掛けても
すべてのゲレンデを滑り切れない

また
邪魔な連中が行き交う風景も少なく
自然の景色の中で
日常を忘れられる場所

特に
奥志賀 
焼額山が好きだったけれども
もう10年も
ご無沙汰してしまった

志賀高原


道具を新調し
今シーズンこそは! と
思っていたが

まさかの
内反小趾を患い

更には
誤魔化して来たツケの
入院手術予定

これでまた
何者かに
止められた感がある

そんな時は
無理に突破せず
大人しくしていようかと
思ってみる





そうだ
あの頃
1日ですべてのコースを
滑ることが出来たならば
賞品が貰えると聞いて

そのスタンプカードを手に
仲間たちと
早朝から急ぎ足

でも
あまりにも急ぎ過ぎて
1人2人と
リタイアして行き

最後には
僕もコブで転んで
木っ端微塵となり
 
背中を痛めて
救急隊に
担ぎ込まれたっけ…

若さは
バカさ

良くぞ

無事で


でも
やってみよう! と
皆 いつも
前向きな バカさだったけれども…




医療センターから戻り
夕方
NHKのニュースを観ていたら
三平さんの話題となり

存命ならば
先月で
100歳だったそうだ

昨日 観た
三島由紀夫さんと同い齢で
大正14年生まれ

43歳だった三島さん
56歳だった三平さん
残念でならない


初代 林家三平
間違いなくここが
僕の落語への入口で

破れかぶれなその芸に
幼稚園だった頃の僕は
親父の懐へと潜り込み
白黒のテレビの前
共に魅了された

そうだ
三平さんの落語らしい落語を
聴いたことがないから
きっと
芸人という枠で良いのだろう

三平
談志
志ん朝

まさにこの3人が
僕を落語から離さなかった

いつか
鈴本演芸場の前で
緊張しながら
サインをねだったガキは
三平さんの齢を越した時
感慨深くも身震いした

いつの間にか
ジイちゃんと
呼ばれる立場となったが

近くを通れば素通り出来ずに
手を合わし
これから
弟子にしてくれませんか?
なんて呟いてもみる

すると
坊ちゃん ダメだよ って
あの笑顔で
断られた感にもなる

三平


毎年
8月31日に
浅草演芸ホールにて
初代 林家三平 
追善興行が開催され
その一門は満席となる



もしも落語家になるのならば
絶対 三平さんの弟子にと
願い出たはずで

唯一無二
三平を継いだ息子は
仕方なくも
比べられてしまうけれど

林家好きの僕は
逃げずに継いだことに
拍手!

もう2度と現れない
この国の爆笑王

三平の前に 三平なし
三平の後に 三平なし

それで
良いじゃないか

初代 林家三平に間に合った幸せは
誇らしくもある

2年半前から
放置したまま
騙し騙し来た
例の

ガキの頃の盲腸の傷跡
腹壁瘢痕ヘルニアが痛み始めて

また
このセミリタイアなる転機
そろそろ
年貢の納め時かと
本日
再診に医療センターへ


腹壁痕ヘルニア



朝1番で受付し
混雑する待合室で
待つこと3時間

すれば
あの日の
綺麗な女医さんではなく
若い男の先生

カクカクシカジカと
経過を話し
診察をお願いし

今回ばかりは
仕方なくも
手術日程をと探れば…

1月23日 (金) 検査
2月13日 (金) 外来
2月24日 (火) 入院
2月25日 (水) 手術



やはり

全身麻酔による手術となり
1週間の入院だそうだ

嫌で
伸ばしに伸ばして来たけれど
そんな予定となり
とうとう

カウントダウンが始まりました



さあ
病院嫌い
大嫌い

いよいよ
覚悟せねば… 

この冬は

大人しくしてろ! ってことか…


あー
ヤダヤダ!


昨晩 
NHKのBSで 再放送された
アナザーストーリーズ

1970年といえば
大阪万博の年

45歳
楯の会

なぜ? と
僕らは思うが
届かない…

三島由紀夫


良いか
悪いかは 別として
武士道を貫いた 武士であった



時折 
先輩の墓前へと出掛ける
多摩霊園では
素通り出来ずに
手を合わす

花は絶えることなく
いつもあり
多くのファンが
訪れているのだろう

存命ならば ちょうど100歳
もしや
ノーベル賞を取っていたのでは
なかったのか?



その後

三島さんの

多くの書物を読み漁ってはみたが
分からない
凡人の僕には
何も分からない

生きてこそ
まだまだ
出来たはずなのに…

混沌とした
キナ臭い世の中

もしや

そろそろ
次の三島は
現れるのだろうか…


ただし
僕も
あと10年早く生まれていたならば
きっと
学生運動に入っていたことだろう

時代は繰り返すと
言うけれども…


ニックさんの
マザーツリーの子供たちは
いよいよ紅葉も終わり
葉を落とし出して
冬支度となりました

長い冬を越せば
また新たな新芽を出し
来年は
この倍にも成長するのでしょう



先に
夏の終わりに
近くの公園へと移植した

ニックさん家の庭の
コナラの子供たちもまた
早々とその葉を落とし
冬籠りとなりました

それらは
やがて大きな木となり
沢山のどんぐりを
落としてくれるのでしょう

僕はその姿を見れないけれど
それでも
未来を信じて
少しづつそれらを残し
ニックさんの心を
広げたいと思ってみる

森があってこそ
社会が回るはずで
ここもまた
すべてが共存する
基本となると…


そうだ
次は実の成る木を

たとえ明日
世界が終わるとしても
今日 私はリンゴの木を植える と

いつか
開高さんが言ってたように
リンゴの木を植えておこう

Even if I knew that tomorrow
the world would go to pieces,
I would still plant my apple tree.



なんとなく
カーリングを観ている

これならば
僕でも
もしや
五輪に行けるかも? なんて
失礼を思ったことを
詫びる今日


ここもまた
なかなか厳しいスポーツで

日本代表となりながらも
その後に
世界予選まであって

そこが
本当に厳しい場所で

なかなか

五輪へと届かない



男子
女子
混合ダブルスとあり

これまた
それぞれに観方が変わるから
面白い

東京


昨今
東京にも
そのリンクが出来たそうで

すれば
東京の学生たちが興味を持ち
急激に
競技人口が増えそうだ

底辺が広がれば
サッカーのように強くもなる

若者たちは
見劣りすることなく
体格をも伸ばし

やっと
世界に追い付いたようだ

いつか
僕のDNAから
日本代表のユニホームを羽織る
子孫が現れることを
願いながら…

カーリングの最終予選を観終わって
なんとなく
そのままテレビを点けていたら

チャップリンの独裁者の
放映が始まり
すっかり観入ってしまった



捕虜から逃走すると
偶然が重なり
独裁者と入れ替わり

破れかぶれで
平和を演説する



ヒトラーを皮肉った映画で
これにより
ヒトラーは力を弱めたそうだ

勇気ある
チャップリンに拍手すると共に
なぜ今
そんな勇気ある者は
現れないのだろうか と
この世を皮肉ってもみる

世界を救う
影武者は現れないのだろうか

それとも
本当はすでに入れ替わっていて
その影武者たちが
悪さしているのだろうか



この国もまた然り
この国が良くならないのは
与党が悪いのではなく
与党へと投票する
バカな国民たちが悪いのだ

それを知った
頭の良い連中は
すでにこの国を
去っているけれども…

失礼

今週末は
年に1度の健康診断でして
そろそろ
節制しないと なんて
この時期にだけ思うわけです

昨年は
それで大腸ポリープが見つかり
今年は
ちょいと氣遣いながら
生活して来たわけで

それでも
還暦をも越すと
身体のあちこちに不都合が現れて

ここんところ
内反小趾のリハビリに通い

腕も
肩もと思えば

騙し騙しいる
例の
腹壁瘢痕ヘルニアも
そろそろ手術せねばと
心するわけです


先週の風邪のように
わずかでも体調を崩すと
やはり
健康がすべてだと改めて思い

よじれて来た身体の背筋を伸ばし
また
真っ直ぐに整えてはみても

それもまた
すぐに歪むようです  笑



氣が付けば

来春には65にもなり

定年を延ばした同期たちも
年度末で
いよいよ
社会を卒業となる

結婚間近の27の時に
以前の会社で
つまらぬトラブルに巻き込まれ

ならばと
無理して始めた仕事も
37年もが過ぎた

途中
いくつものトラブルや
また
厄介な連中にも騙され
大きな負債を抱えたが

なんとか
やりくりして来れた

ならば
キリの良い
40年まではと
なんとなく思っていたけれど

物価高騰による影響を受け
低迷気味な世の中

そこへ
お袋が倒れ
親父もまた
高齢となり

本家の長男
そろそろ
実家へと戻る時分かと
判断した

実家を出て40年
その間
区画整理等により
実家は2度も引っ越しをし

それにより
片付かない
多くのことが残ったままで

それを
親父の元気な内に
その指示を受けながら
整理せねばならない

では
キリの良い年度末かと思っていたが
手伝ってくれた仲間の声を聞き
年内で閉めることにした

実家へと戻れば
きっと今より遥かに
忙しくなるだろう

それでも
それも今しか出来ないはずと
解決するまで
頑張ってみようと思う

昨日から
お客様たちには
少しづつ知らせ始めた



人生は1度
望んでいたのは
親たちが元気な内に

カミさんと
ぱふとを連れて
キャンピングカーで
この国を周ることだったけれど

もう
それも叶わない

そうだ
思ったことは
先延ばししてはならない

いつ? と問えば
今! と答えたい


それよりも
残り半月で
閉める手続きが大変なようだ