加納有輝彦は習近平国家主席の国賓待遇での来日に断固反対いたします。
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職人さんのお顔

小生は職人さんの顔が好きだ。

この前会った30代前半の若い職人さんの顔に、ある方の面影を見た。

 

 小生が還俗後お世話になった日本酒蔵元の杜氏さんの面影を見た。

 

 30年前は、お世話になった蔵元に新潟杜氏が酒造りに来られてた。毎年、シーズンになると晩秋から春まで泊まり込みで来られる。

 杜氏、頭、麹屋さんの3人。

 

皆、鬼籍である。

 

もし、ご存命なら

 杜氏さんは、91歳(昭和4年生まれ)

 頭さんは、88歳(昭和7生まれ)

 麹屋さんは、100歳(大正9年生まれ)

 

3人とも新潟県三島郡寺泊町の人であった。

 

 杜氏さん達のお顔には、山がある。海がある。その土地土地の風土が刻み込まれている。

 風雪に耐え、しかし限りなく優しく穏やかな表情。

穏やかで丸い、三角はない。

語る言葉には、訛りがある。風土が訛りを作る。

 

 小生は営業であったが、時々蔵を手伝いに行った。

会社に入りたて、何も分からない。

 

頭さんが、小生にバルブを回し緩めたか?と問うた。

新潟訛りの言葉は、私には、

ゆるめたか?が

うぬめたか?に聴こえ、何を言っているかわからない私は焦って、「いぬみたか?」と理解した。

 

「いえ、犬は見ておりません。」と返答。

 

頭さんは唖然として、「こういうのだよ」とバルブを緩めるゼスチャーをして説明した。焦っている私には、「こういうぬだよ」と聞こえ、

「子犬ですか、子犬は見ておりません」と答えた。

 

 これは実際の珍問同である。

 奇想天外な問答となった。

 

 

この珍問同は、その後数年、宴会芸となり、私と、頭さんが実際に演じた(笑)。毎回、爆笑の渦となった。

 

 懐かしい思い出である。

 

自然を風土を反映した職人さんの穏やかなお顔、

そして自然を風土を反映した職人さんの訛り

 

 かつて政治家も訛りを色濃く反映した語り口の方が少なからずいらした。

ミッチーこと渡辺美智雄氏など思い出す。

 彼らの訛りは、有権者と何ものかを共有していた。

 

庶民の経済が苦しければ、減税をするというような正気の「共有」である。

 

 いま、方言はなくなり、地方地方で、固有の「共有物」がなくなり、政治家と有権者が共有しているものは、一部の利権のみ。

 

 正気が失われつつある。

 

この期に及んで、「消費税減税」に効果は薄いと宣う政治家が少なからず存在している。

しかも次期首相候補最右翼の方である。


 もはや、気は確かかと問いたい。

 

渡部昇一氏は、生前、日本の政治家を含めた指導者の「人相」が悪くなってきたと仰っていた。ハンサムとか、そう意味ではない。「人相」である。

 

 昨日、ひろしの顔をかなりデフォルメして原型が分からなくしてアップしたにも関わらず、「耐えられない」と削除して欲しいとの要請に接して、人間の顔についてさらに考えた。

 

 ひろしの顔に、穏やかな曲線はなく、それは三角、尖っている。

 

穏やかな職人さんのお顔、それは自明なるもの。

 

削除要請をされたひろしの顔、そこに自明性はない。

 

 同じ人間・・・もとい、この言い方は違うのかもしれない。

 

これ以上は書くまい。

 

 八正道の正業は、人間を人間たらしめるものと思う、今日、この頃。

 人間が人間であり続けることは当然ではない。

謙虚さ、精進の心、感謝の心、奉仕の心、そして信じる心、等を失くしたら人間廃業と相成る。

 

※お世話になった町には三つの蔵元があった。

 

 

向かって右が故河合松雄杜氏
真ん中が、珍問同を繰り広げた故青木昭頭さん。
お二人とも新潟県三島郡寺泊町の方

 

 

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人間とその顔

ひろしが文芸春秋社から一冊の本を出した。

 

 ~認識者が認識される者に対して愛を用意しているときにのみ、われわれはひとりの人間を認識する資格があるのだ。認識は目的であってはならない。認識はあくまでも、認識者に対して、どのような場所で彼は愛を用意しておるべきか、どのような場所に愛が必要であるかを示すための手段でなければならない。~(人間とその顔:マックス・ピカート) はたして、ひろしの像を認識するとき、私は愛を用意する気も失せてしまった。

 彼は、仏法真理を一切学んでいない。膨大な量の経典、膨大な量の講演録等、全く学んでいないという。

 

 そして彼は典型的な乖離性同一性障害の症状を示している。記憶がすり替わり、ようは全てがデタラメとなる。

 しかも、単なるデタラメでなく悪意に満ちたデタラメとなる。

 これは霊的に解釈すれば「悪魔に魂を売った・・・」ということ。

 

 

大川総裁は幾度となく、数限りなく、改心を願いひろしに愛の手を差し伸べられた事実が、当会の反論本に書かれてある。

 

 私もその一つの場面を観た。

 ある講演会で、前座でひろしが歌った。

信者を含めほとんどの聴衆が、音程が不安定なその歌唱に「???」であった。

 汗を流し流し一所懸命ではあった。

 

その後登壇された大川総裁は、聴衆の反応等何もかもご存知。

 この世的に引き下ろせば、ひろしを不憫に思われたのか、

「RADWIMPSより(ひろしの方が)うまかったんじゃないでしょうかね。汗をかいて一所懸命だったので・・・(許してやって下さいのニュアンス)」

 

 つまり、大救世主としての講演の前に、あえて「親ばか」を演じ、ひろしを労い、不憫な子への愛を示された。

 

 私は直感的に、「この発言は、マスコミに『親ばか』ってタタかれちゃう」と思った。その通り、新潮かなにかにそのように書かれた。

 

 ひろしの味方だよという、世間の批判を承知の上で親の愛を示されたものと私は理解した。

 

 海より深し親の愛

 

 救世主の愛は、人類愛である。

しかし、不憫なひろしの前では親としての愛もあえて発揮された。ひろしの目覚めのため。

 

 そのような愛をも、記憶が入れ替わり、憎悪となり親に対しデタラメな批判を繰り返しているひろし。

 

 そのデタラメを、当会の再三の申し入れを無視し、文芸春秋社は、件の書籍を発刊した。

 

 昨日、19人の精神障碍者を殺した植松被告に死刑判決が出た。植松被告の罪は重い。

 しかし、ひろしの罪も植松被告以上に重いものがある。

 

それは、19人といわず、幾千幾万の信仰者の心を傷つけたからである。

 

 だから、私は、愛を用意する気すら失せているのである。

 

多くの人々の信仰心を傷つけることの罪を、彼は一切分からない。信仰者が悲しむことに想像が全く及ばない。 

 実弟の真輝氏は、反論本「宏洋問題を斬る」でひろしの圧倒的共感力の不足を嘆いている。

 

 スプーンひとさじの共感力も働かないのかと。人様の哀しみに対して・・。

 

 信者の皆様は、善良な真面目な方々ばかりである。またとびきり優秀な方も多い。

 学歴に重きを置いているわけではないが、職員団においては、高学歴な方、つまりひろしより知的レベルの高い方がワンサカいるのである。

 

在家信者は、正業に励み、納税の義務を果たし、税引き後の所得の中から、尊いお布施をしている。

 宗教団体に所属しているからと言って、免税されているわけでも何でもない。一国民として納税の義務をきっちり果たしている。

 

 信者の善意は、政治家等を筆頭に我欲が蔓延する日本において比類なき善意である。

 

 これほど優秀な国民が30年以上にわたって尊敬して止まない、信仰対象である大川隆法総裁先生を、長男という特権をもって「冒涜」し続けいていること、もはや愛を用意することは不可能。

 教導の怒り、公憤に満ち拳を握りしめている。これが愛の変形であると信じたい。

 

 それにしても文芸春秋社から出された本の表紙のひろしの顔である。

 

ピカートに再び登場してもらおう。 ~人間がもはや神へと決断することなく、いや、決断すべきことさえもしなくなれば、やがて顔も、それが人間の身体のあらゆる部分のうちでもっとも神の似姿なのだということを忘れてしまう。

 そうなれば顔は身体の他の部分のような外観を呈し、胴体のように物質的なものとなる。

 それどころか、顔が淫猥な像でもって自己を覆いかくすことにより、真実の、しかし今ではすでに失われてしまった似姿の埋め合わせをつけようとしているかのようだ。

 そのような場合には、人間の中心となっているのはこの淫猥な像であって、もはや神の似姿ではないのである。~(人間とその顔:マックス・ピカート)

 

 『さらばバカ息子 されど仏法真理』

 このままだと、ニーチェよろしく廃人となり発狂し、40歳代まで肉体生命がもつかどうか。

 一蓮托生

文芸春秋社の行く先もご心配申し上げる次第である。

 


 

 

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令和の時代 日経平均30万円⁉︎

コロナ・コロナで、日本中お通夜のような気分。

 

そんな中、ある方から紹介して頂いた動画が明るい気分を提供してくれた。
 ゴールデンエイジの幕開け(2020)と符合する内容でもある。

 

【エミン・ユルマズ】それでも日経平均30万円⁉︎ 米中冷戦の勝者は日本【WiLL増刊号 #146】

 

 令和の時代、日経平均30万円を超えるというのだ。

失われた30年は、次なる時代の種まき期間だった?

 

 過去30年、中国に向かって流れたマネーは、今度は、反転、日本に流れてくる。日本に富が流れてくる。

 失われた30年の間、日本のソフトパワーは実は、世界を席巻していた。いま、世界中の40代前の世代は、日本のアニメ、ゲームにより育ってきたという。

 

 30年間世界は中国を育てた。
 反転、
 中国からマネーが出ていく。

 

日本に流れいる。

 

 ゴールデンエイジの幕開けのトリガーを、新型コロナウィルスが引いた???

 少なくとも、明るい話には違いない。

 

 

 

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無題

「人はなぜ堕ちてゆくのか~大川隆法×与国秀行対談」「佐藤順太の霊言」所感

 

上記の対談で「過去世がしばしば変わる」ことへの言及があった。

 

 自分自身の整理のためにも書いておきたい。長文失礼。


 総裁先生の霊言は、霊言している霊人当事者の発言は、100%そのまま総裁先生の金口を通して語られる。

 霊言の途中で、総裁先生の意識でブレーキがかかったり検閲があるわけではない。

 

これに関しては、私の記憶で定かでないが、霊言ファンであった識者数名の匿名対談で、(岡崎久彦氏等々)例えば、「横井小楠の霊言」の内容について、ある識者がこう言っていた。

「この内容は、立派すぎてこれは大川先生の意識で書かれたものでないかなあ。横井ではこれほどの見識はなかろう」とそんな発言を記憶している。
 

霊言ファンの識者にとっては、横井小楠本人の発言であろうが、大川先生の発言であろうが、内容のレベルの高さ、素晴らしさは比類なきものであって内容に価値があるということだったと思う。

 

 これはこれでありかなと思いますが、私は信仰者として、総裁先生の、誰それの霊言で総裁先生の検閲により総裁先生のお考えが入りこんでいるというのはあり得ないと思っていることは当然のこと。それを証明する題材は数限りなくある。悪霊、悪魔の霊言などはそれの筆頭と言えましょう。

 

 私が個人的体験として挙げられるものは、古い話であれば、封印されたが高橋信次氏の霊言である。初期の頃は矢継ぎ早に出版された。総裁の声で収録された生テープを何本か聴いたこともある。

 生前の高橋信次の講演を知っている人はもはや少ないと思いますが、氏の講演の語り口と、現象のときの語り口は違った。講演中の語り口は、指導霊の個性にも影響され、いわばよそ行きの語り口。
 高橋信次氏の素が出るのが、現象のときの語り口であった。

 江戸っ子のべらんめえ調のような語り口。これこそ氏の素の語り口であった。
大川総裁先生の金口から語られる高橋信次氏の語り口は、まさしく素のべらんめえ調の語り口であった。まるで声帯模写の体であった。
 霊言という認識なく生テープを聴けば、落語家の声帯模写と思っただろう。
 

 最近は、総裁先生の霊能力は、当時と比べるとはるかに進化し、あるいは初期の頃の方が、語り口に関し、「声帯模写風情」が濃厚であったかもしれません。(個人的見解)

 

私は当時、絶版となった「悪霊撃退法」の生テープを聴いたことがある。

 登場する霊人は、

ミカエル

エドガーケイシー

坂本龍馬

出口王仁三郎

モーゼ

高橋信次

谷口雅春

七人の霊人の霊言であった。

 

 私は、生の収録テープを順番に全部聴いた。

まさしく「声帯模写」そのものだった。

それぞれの語り口が全く違うのである。驚くべきことであった。

 

 それと、初期からの古参信者であれば、日蓮聖人の最初の登場の決めセリフ

「日蓮です。」

この語り口が、声のトーンが、雰囲気が、30年近くたっても全く初期の頃と同じであった。一貫している。

私は、この凛とした日蓮の「日蓮です。」の語り口が大好きでした。(笑) 

 

 比較的近年では、婦人運動家の市川房枝女史の霊言なども体調の悪いおばあちゃんの、力の出ない雰囲気がよく出ておりました。

 

 そんな私にとって、霊言の信ぴょう性は、1000%と言いたい。 

 

 もう一つ、霊言は真実としても、総裁先生の考え、あるいは検閲が介入しているのではないかという疑問に関しては、そうではない、霊言は100%、本人の発言であると、その事例として真っ先に挙げたいのが、フロイトの霊言である。

 

 これ霊言は、本人の語りが、そのまま100%表現されているんだなあという箇所がある。

質問者・対話者は、金澤由美子さんであったと記憶している。

 

するとフロイトは、対話者の女性に向かって驚くべきセクハラ発言をした。

女性が手にするマイクを、フロイトはなんと男性のシンボルに見えると言い、興奮する?みたいなとんでもないセクハラ発言をしたのだ。

聴いている私の方も恥ずかしくなるような、金澤さんも困ったろうと思います。フロイトの発言なのだが、大川総裁先生の金口を通じての発言。まさか、ビンタを張るわけにもいかず(笑)、少し、そのセクハラ発言に対して諫めるような発言をされたと記憶している。

 さて、このように、霊言は、100%本人が語っている。
 総裁先生の知性の検閲による介入はない。

 

これを前提にして、過去世の問題を考えてみると、

 

 過去世は、守護霊本人が自称しているケースが多いようだ。

 守護霊が正直な人なのか、ウソつきなのか、盛る傾向のある人なのか、それにより信憑性が変わる。

また、天狗的性格の霊人は、過去世を粉飾し、売り込むこともあるという。


また、関係者の間接的な発言により予想される場合もある。

例えば、「親方様!」みたいなことをある人に向かって言うみたいな。(笑)

 

  また歴史上、名前の遺っている霊人と対話している最中、地上に存在する人間しか知り得ない情報を掴んでおり、なんとその人と魂の兄弟だったことが判明する場合もあるようだ。

 平清盛とか、ハマトンとか、そんな事例だったと記憶しています。

 

 大川総裁先生は、霊人本人の発言を妨げない。100%ストレートに発言させる。

「私(の過去世)は誰それだ。」

 

 そして、地上でのその後の実績、そして他の複数の霊人による「三角測量」等を見守りながら、過去世に相応しい人物なのか、それが真実なのか、フィールドワーク風に絞っていく。総裁先生はこれを積極的に行っておられるわけではない。
 

 時間が経ち、何か事件がおこった時など、お調べになり、守護霊自称の過去世が正しいか、正しくないか判断される。間違っていたなら隠蔽することなく公表する。

 

 霊人にも、嘘つきもいる。売り込む人もいる。お優しい総裁先生は、それをある意味、受け入れ放置される。やがて時間の流れと共に、顕わになっていくだろうと。

 もう一つの論点。

 

それは勇気の原理としての「過去世物語」である。

 

 自分を歴史上の偉人に自己投影し、いい意味で発奮する。向上の原理とする。なかには、天狗となって転落する材料ともなるが。

 さて、これからが私が最もいいたいこと。

 

過去世の認定について

 

今回、「人はなぜ堕ちてゆくのか~大川隆法×与国秀行対談」「佐藤順太の霊言」を拝観しての所感。

 

 「過去世物語」により発奮する、あるいは、これにより「転生輪廻」があることを知る教育効果、こういった観点で「過去世物語」は今後とも必要とされるでしょう、しかし、初期の頃とステージは明らかに変わったと思う。

 

 つまり、教団の発展と共に、「過去世物語」の位置づけも変わっていくという観点があり得る。

 

初期の頃、GLAの信者さんも多数幸福の科学に入信してきた。

GLAにも過去世釈迦の十大弟子が存在していた。
当時のGLA教団における「法の厚み」つまり「法の厚みの薄さ」は、「過去世物語」の必要が逆に高かったかもしれない。以下、あえて実名で(笑)

はあ~、園頭さんは、舎利弗という偉いお弟子さんだったんだ、十大弟子の一人、すごいですね。

過去世が素晴らしい人がおられる、素晴らしい。
法の薄さが、その薄さを糊塗するための「過去世物語」が必要とされたかもしれない。


大川隆法総裁先生の説かれる法(当時は主に人生論)が、素晴らしい。

そのような素晴らしい法を説かれる方が仰る「過去世の話や、あの世の話、多次元宇宙の話」もきっと正しいはずだ。

総裁先生の素晴らしい人生論に感動する、総裁先生の見えない世界の話を信じるは、正比例の関係であった。

  初期の頃は、日蓮聖人、高橋信次霊が一部の信者さんの過去世を明かした。

  初期の頃は、過去世の偉い人ということで、幹部を尊敬していたこともあったろうと思う。

まだ、何も実績のない立ち上がりの時期。それでも過去世物語は、発奮材料にはなった。

 

 あれから時は流れて30年。

 大川隆法総裁先生は、法を説き続けられた。

法の厚みは膨大なものとなった。何千年にわたり人類を導く遺産になりつつある。

 過去世物語は、人生の不思議として、転生輪廻の不思議を語る物語として必要であり続けるだろう。

しかし、しかし、法の厚みは、初期の頃、あるいは当時のGLAと比べたら天文学的に巨大な厚みとなっている。

 もはや、自分を偉しと装飾する「過去世物語」は無力化された。
当時のGLAの園頭氏が、未来タイムマシンに乗って現在の幸福の科学にやってきて、「わしは舎利弗の生まれ変わりじゃ!釈迦の十大弟子の一人じゃ、本弟子のひとりじゃぞ!」って威張っても、幸福の科学の法の厚み、多彩な活動の前に、その威勢は虚空に響き、陳腐化され、どこにも居場所がない小さな小さな人間であることを覚るだろう。」

 

 道元禅師とて、現在の幸福の科学では、日光精舎の館長が務まるかどうかと言われたくらいだ。
とにもかくにも幸福の科学においては、天狗の鼻はへし折られると相場が決まっているのだ。

 ひろしの鼻も折られつつある。

 幸福実現党の党首についても、一時期、源頼朝、伊藤博文等々、錚々たる魂の兄弟の存在をもって認識していた自分がいた。

 しかし、風雪を共にし、今では人間「釈量子」として認識している。

そして、苦杯をなめ舐め非難轟轟の嵐に晒され、臥薪嘗胆、党首として着実に実績を上げておられる姿に、益々人間釈量子を感じるのである。

 それは、源頼朝でも、伊藤博文でも断じてない。釈量子なのである。

 

 渡部昇一先生が、魂の兄弟理論は一応理解した上で、霊言で、私は渡部昇一であって、在原業平であってたまるか。みたいなこと言われたと記憶していますが、今世、個性を作り上げていることの尊さを感じたものです。

 人間が転生輪廻を繰り返し生きている存在で、過去世がある、魂の兄弟が存在することを信じています。
その上で、佐藤順太氏が「過去世はないものと思いなさい。」「過去世は動物かもしれないよ」と仰ったことの意味を考えたいと思います。

 過去世物語が、天狗の鼻を高くしているのであれば、その鼻はへし折られる。

 

 


 

 

 

 

What a Horrible Organization! WHO

WHOは、World Health Organizationと思っていたが、
What a Horrible Organization! といいたくなる? 

 

・中国の「(偽)コロナ終息宣言」のタイミングでWHOは世界に向けて「パンデミック宣言」をした。これは偶然ではあるまい。

 

・当初、「武漢肺炎」と報道されていたが、WHOは「COVID-19」を正式名称とし武漢を消した。歴史上、スペイン風邪等、地名を冠した呼称は不自然ではないはず。

 

・当初、「中国発」と認識されていたが、中国は第一波を受け止め世界のために時間稼ぎをした犠牲者「非中国発」となった。

 

WHO ARE YOU?

 なるほど、テドロス事務局長が、北京の共産党幹部から「同志」と呼ばれているとの風評はあながち嘘ではあるまい。

 

 「中国発」と黄色く強調したカバーデザインの理由が分かった。
これを消し込む工作を見通していたのだ。

 

 神は細部に宿る。
 文句ある?(笑)

 

 

 

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