野良仕事・ガラクタ・骨董~マニアの独り言
  • 31Dec
    • 今年の思い出!後編。

      今年のブログの思い出後編です。7月はヤフーブログで8月からアメブロになります。7月、ヤフーブログも終わり、カメラも終わりか。ヤフーブログも間もなく終わり、それと同時にカメラも寿命が尽きたと言う情けない投稿でした。ブログを始めた頃は単身生活で京都駅から通勤快速で一駅の所に住んでました。この写真を撮った日は、京都駅から四条に向かって歩き高瀬川沿いを歩いて鴨川にかかる寂れた松原橋を通り、小さな道に出ました。天気の良い日曜日なのに観光客の姿が見えません!四条の方に向かって歩き始めると前を舞妓さんが歩いています。♪~振り向かないで~京都の女~歌の一つも出てワンショット!自然の姿の舞妓さんが撮れました。知らぬ間に置屋街を歩いていた事になります。舞妓さんの周囲には地元の人しかいません!思い出深い一枚です。この頃使っていたのは、一番下の高倍率のコンデジ~これ仕事で使ってました。舞妓さんを撮って、ブラブラ歩いて繁華街の方にでてみますとあちこちで撮影会~皆さん良いカメラを持ってますね。それで一デジが欲しくなって買ったカメラが一番上のカメラ~これが動かなくなって修理に持って行きました。買ってから10年経過~修理部品の在庫がなかったら修理ができないとか!ガックリです。8月、ミラーレスカメラを買いましたと言う投稿です。これがアメブロの初投稿になります。しばらくして見たら~あれれ写真が無い!無い!青く成ったり赤く成ったり~原因は右側に写真を置く場所がありますが、此処が仮置きの場所と思って消していったんですね。ヤフーブログは、そんな手間のかかる事はせず、ダイレクトに記事に貼り付けます。この習慣から出た失敗でした。9月、珍品の明治~大正頃の貯金箱。多くのコメント&いいねをいただきました。記事別ランキングにも登場~コリャなんだとも思った物です。10月、テレビに登場したpadaのお宝!ヤフーブログ時代の記事で残しておきたいものをアメブロに移していますが、その一つが、この記事でした。ある日TBSから連絡が来ました。padaがUPした日英同盟の皿を貸してほしい!東京の骨董屋さんをスタッフ総がかりであたったが、どこも持っていない!まさかと言いましがピンと閃きました。つまり、この様な安物の皿を店に置いたら品格が下がると言う事なんです(笑)探せばいくらでもあるんですが、その探し方が問題で時間が無いんですね。それで出張させることにしました。右側の最後に協力padaとでてますが、中々面白い出来事でした。11月、信楽とイギリスタイルのコラボこの様な針金で作った細工物を信楽で見つけました。*これ何か分からなかったんですが、イギリスで料理人をしていた方から、鍋の蓋置だと言う  コメントをいただきました。頭に浮かんだのが、その昔に海外で買ったミントン社製のタイルなんです。この鍋の蓋置にミントン社製の古タイルを入れたらぴったり合いまして壁にかけて見ました。このタイルはイギリス生まれで、インドネシア育ち、退職後日本にやってきて信楽から伴侶をもらって四国の田舎で仲良く暮らしています。12月、二日ほど前に投稿した信楽の陶器が骨董品の部でNO1になりました。どの様に選ぶのかはよくわかりませんが、いずれにせよ嬉しい事です。ですがもっと嬉しい事は↓この器が鞘(この中に製品の陶器を入れて焼く)か水差しかです。鞘と水差しでは月とすっぽんぐらい違いますので、持ち主としては気が気ではありません!この器体には写真の通り火表と火裏がきっちりと出てますね。これを投稿した時に、素晴らしいコメントを頂きました。「昔の窯で焼ければ火表と火裏が出来る場合があるが、もし鞘で有れば何度も使用するので、これがなくなると言う事なんです」したがって水差しであると!」単純明快なコメント~コリャお見事、いままで気が付かなかった。こうなれば結論は水を得た魚の様に良い方に向かいますね。➀寸法は高さ17Cm 口は15.5Cmと水差しとしては理想的。➁形が円筒ではない!これ実際に自分で作ってみればわかるん  ですが、粘土を重ねていくと上に行くほど外に広がっていきます ので 修正しながら作らねばなりませんが、これは上が若干     狭まってますので、かなりの作為が見られます。鞘だったら気に   しません。 ③右の写真、内側にはロクロ目が走ってますが、外側はそれ    を修正しています。 鞘であれば、そのような手間を使うはずが無いですよね。 実際にロクロ整形の鞘でしたら外側にもロクロ目が出ています。④これに火表&裏論を足して、より水差しに近づき嬉しいです。今年も本日で終了!おかげさまで、12月は毎日投稿がパーフェクトに出来ました。目標の100投稿も+2と、おつりが来ましたです。来年もヤフーブログからの移行記事と現在が混じる事になりますが宜しくお願い致します。

  • 30Dec
    • 今年の思い出!前偏

      令和元年も残すところ後二日になりました。今年のヤフーブロガー全員が大変な災難に襲われました。今までやっていたブログが無くなったんですね。こんなの有りかと思ったんですが、無料でやってますので文句は言えませんです。padaもあちこちと自分に合いそうなブログを探して結局、このアメブロに落ち着きました。新米とはいえ、ヤフーブログにいた方も結構いますので案外溶け込む事が出来そうと思っています。ヤフーブログでは年末には1年間の思い出の投稿を振り返るのが習慣になってましたので今年も、ヤフーブログ&アメブロ折衷で振り返ってみたいと思います。1月には選択物干し場を作りました。自分でボチボチ作ろうかと思ったんですが、シルバーさんに見積りを取ったら材料費程度で出来、人件費がゼロ近くになるんです。バカバカしくなって自分で作るの止めました。最後の防腐剤仕上げは自分でしました。ここの手摺には娘一家が帰ってきても全員の布団が一度に干せたので大感激でした。2月には室内の蘭が咲き始めました。今年は無茶早い!昨日は一鉢既に満開でUP~1月中旬には1全部咲きそうです。3月、ハズキルーペのサンプルをメリカルで買ったんですが、鼻パッドが朽ちて来て穴にボンドを流し込みながら使ってました。最後には真ん中に亀裂が入り万事休す!ヤフオクで探したら~有りました。もっと安く手に入らないかとメリカルで探したら旧品と現行品が有るみたいで互換性はない事がわかりました。危なかったです!再びヤフオクに戻って、ヤフーブログで得たポイントで鼻パッドを買いました。つまり無料だったと言う事になります。小さい事ですが、padaにとってはラッキーな事でした。4月、サイネリアの雛壇作り!この花が好きで、随分と長く作ってます。この花は長寿命~咲く期間は2か月程と長いんです。若い時は馬力で物事を片付け~年を取ったら頭を使って物事を片付けねばなりませんね。今年のサイネリアの花壇つくりには昨年の1/3の労力で出来上がりました。左:昨年 右:今年進行中なので鉢の数は違いますが、問題は棚作りです。昨年は休み休み半日かけて棚を完成させ、ぐったりとなりましたが、今年は約一時間で楽勝ピンピンでした。何故か?この違いわかりますね(笑)5月、陶芸教室の先輩3人に誘われて展示会の準備です。展示料は無料~大好きです。会場は喫茶店の釣瓶~この後ろの棚&壁を利用して展示するんですね。陶芸教室の先輩たちは自作の陶器、padaは余った壁を利用してインドネシアで集めた布です。二面を利用するんですが、此方の面は狭いので3枚の展示になります。今年の11月に「家族に乾杯」が、この店にやってきてお二人が上の写真のテーブルに座ってコーヒを飲みました。釣瓶=鶴瓶なんでしょうね。この放送もぶっつけ見たいで田舎町なのに知らない人が多かったです。6月26日この日はpadaのヤフーブログ11年目の誕生日でした。最初に投稿したピンボケの写真を、そっくり登場させてみたんです。当時は大阪で単身住まい、インターネットは性能の悪いモバイルを使っていまして一枚の写真をUPするのが精一杯でした。この時、最初にコメントをいただいたのが夢想さん!せめて3枚の写真を添付したらと言うのがコメントの内容でした。ヤフーブログが閉鎖になり~ブログを終わりますと言う連絡で寂しい思いをしていたんですが、此処に出入りをしていてアメブロに移ったと言う方がいまして、padaの事は知っていたみたいです。この人と最近お知り合いになりました。別れもあったが新しい出会いもあったと言う一年でした。後編は明日と言う事で宜しくお願い致します。明日記事を投稿できましたら12月は初めてのパーフェクト投稿月となります。

  • 29Dec
    • スカーレット(朝ドラ)は名前ではなく信楽の緋色の色だった。

      古信楽の水差しと言われて買った物ですが、どうも鞘(この中に小物を入れて焼く)みたい!土は長石(粒粒が見える)混じりですから信楽の土ですね。鞘は何度も使ってますのでガタガタになるんですが、これはその様な傷が無いんです?そう言う事で生まれながらの水差しかもしれないなんて思ったりもします。しかも高さ17cm、径15.5Cm~水差しにぴったり寸法なんです。余りにも水差しすぎる??底を見ますと!オオ有った!水平の伸びる二本の線~これを下駄印と言って茶人が見どころと称賛するんです。欠点を美として見る日本の心!この考えは外国人には理解できないだろうな?大体苔むしたお寺がですよ、なんで奇麗だと言うんでしょうか?日本人は苔大好きで鑑賞用~外国人は苔を乾かして単なる園芸資材とする!コリャ難しいですね。器体を再度起こして~↓左側が火表(火が強く当たっている方)、右側が火裏と言います。この色も六古窯の中では、信楽ならではの特徴があります。六古窯とは中世から続いた窯で、備前・丹波・信楽・瀬戸・常滑・越前を言い、未だに火をともし続けています。一般的には備前は関西で人気があり、関東では信楽~全国的には信楽が人気で、したがって古信楽は値段も張ります。何故信楽が人気か、それは信楽の土に緋色が出やすいからです。NHK朝ドラの「スカーレット」とは人の名前ではないんです。緋色の事を英語でスカーレット言うみたい!padaも人から教えられて初めてしりました。緋色の事を火色と言う事もありますね。いずれにしろ古陶器好きは、焼き物の窯変が好きなんです。さてこの水差しを濡れタオルで撫でると↓♪~オオ暁が見えた。呑兵衛が、これを見て!♪~まるで乙女みたい、いじらしいじゃないですか!酒の匂いを嗅いだだけでぽっと赤くなる!何てつぶやきます。padaは水差しに使う様なお上品な趣味はもってませんので、これは別の使い方をします。貧相な鉢に入った蘭。信楽の器に入れました。花はより大きく、黄色も強くなったような!♪~おじさんあなたは優しい人ねと言ってるような気がしてきました。

  • 28Dec
    • 風呂のコーキング補修

      風呂の掃除をしようと思って湯舟を見た時に何時も気になるのがタイルと浴槽のコーキングなんです。黒ずんでいるのはカビでしようね。これを見るだけでやる気も失せます。こん回は、思ったが吉日とコーキングを直すことにしました。材料を買ってきます。全部合わせて千円ほど、案外安いです。古いコーキングを外そうと思ってズームUPするとワオー!こんな所で風呂に入っていたんだ。コリャ汚い!体が汚れる!コーキングをとって行ったら、この様になりました。マスキングテープで周囲を保護してシリコンシーランドを隙間に充填。シリコンを見たらカビ予防タイプではないんです。安物に飛びついたのが間違いでした。クローズUPしたら、とても普通タイプではダメ~カビ予防タイプを買いに行きます。値段は倍ぐらいしますがやむ得ません!消しゴムを切って割りばしに巻き付けヘラを作ります。*ユーチューブで調べました。この様に使うんですが滑らかでビックリするほど使い勝手が良いです。先ほどマスキングテープを外したら、こんな感じで随分とはみ出しています。はみ出した部分は不格好ですが、マスキングテープの上に乗っかっているだけみたいです。タイルとは引っ付いてなくガムの様に伸びているだけですのでカッターで切れます。*上手くいかなきゃ―やり替える!賢くなってるので次は上手くいきそう?今日は陶芸サークルの清掃もあり、一日掃除~補修にかかりそうです。

  • 27Dec
    • 古裂ハンター奮闘記(実践編)➂

      ヤフーブログで記事にした物を見直して順次UPしていきます。今回は古裂ハンターにUPしていた記事です。古裂ハンター奮闘記(実践編)買い出し人&padaが集めた布のうち、良いと思えるものをまとめた写真です。数だけ言えばびっくりするくらい集まりましたが、悲しいかな良い物となるとほんの僅かです。何しろ買い出し人は、昔日本でも使われていたドンゴロスと言う大きな麻袋一袋もって帰ってくるんです。*女2名+男1名のチームで男は用心棒&荷物運びになります。休みであればpadaも同行します。女の方は家の中には入り込みやすいのですが、不用心なので男も加わります。木陰で客待ちで休んでいるベチャ(輪タク)を見つけ得意先辺りに連れて行ってもらって声をかけるんです。暇人のおばちゃんが辺りがやってきまして商談抜きでジャワ更紗自慢も始まったりして聞いているだけで勉強になりますね。ドンゴロス、その中はゴミの山~我慢できてコレクションに加えるかと言うのは一割あればいい方なんです。最初は良い物だけ抜いて、あとは捨てて帰ろうと思ったんですが、郵便局の船便をあたってみると、これが無茶安い。多分ルピア暴落以前の日本とインドネシア郵便局の取り決めなんでしょうね。現地から自宅までがですよ。当時の東京から自宅までの宅急便運賃と変わらないんです。つまり日本までの船便は無料と同じことなんです。しばらく続いたあと、4倍ほどに値上がりしましたが、そのときは送った後でした。ですので、結局全部日本に送り、みかん箱一杯単位のバテックを〇〇円で処分しました。今この布を天気の良い日を狙って虫干ししています。虫干しは二年ぶり、乾燥した所にはおいているんですが、手に持つと少ししっとりとしているように感じます。危ない!危ない!~このままにしておきますと溶けて流れてしまいます。布は厄介です。東南アジアの布は世界的に人気があるんですが、100年前の物となると随分と少なくとなり、ホンマに貴重です。これは現地の高温多湿が影響しているんですね。丁寧に保管された物だけが生き延びる事ができる、そして奇麗に残った物には良い布が多いです。インドネシアで集めた布の多くは処分してしまい、今残っているのは2割程度でしょうか?見ていれば当時を思い出して楽しくなったり腹たったりです。手前の左側:ちょっと高い事を言うので、いらんと帰っていました。オーイ~オーイと呼ぶ声が聞こえてますので、バイバイと言うつもりで振り返ったら!中々良いじゃん!仕方なく引き返した振りをして、値段を聞けば下げた値段を言いましたので買いました。後ろ右側:これは面白い隅に真似をしてはならない!売ってはならないとスタンプが押 されています。後ろ左側:ジャワ島のスマトラ島側の南西部寒村~大漁祭に使った布です。この大漁祭の話を聞くだけでも面白いです。      前面左側~多色でまるで絵のよう!*これは珍しく一時期のみ流行ったという感じの布で、いい値でヤフオクで売り出されていました。手書きで、5回ほど蝋を塗っては染~湯で蝋を落とし、また蝋を置くと言うことを繰り返しています。出来上がるまでに半年は十分かかりそうですね。右側シックで良いと思いませんか!*古布には偽物がありません!偽物を、しいてあげれば古代エジプトのコプト布ぐらいでしょうか?これだってぼろぼろの布を一旦解いて編みなおしている場合が多く~陶磁器の様に最初から偽物を狙うわけではないみたいです。時は金なんていうのは今の話で、昔は原材料の値段に比べれば人件費は安かったですね。採算が取れなければ偽物もできません!話は元に戻り、買い出し人もホンの稀に、このようなものを見つけてきます。これは少なくても80年はたっぷりありそうな良い布です。*一般的にはジャンビー(スマトラ)と言われていますが、これを作ったのはジャワ島のラスムと言う所で、この赤をメラーダラー(血の色)と言います。茜染にはたんぱく質が必要ですが綿にはたんぱく質が含まれてないので、一工夫も二工夫も必要です。もう少し上のレベルが欲しいのですが、買い出し人によるものとしては、このレベルの物が限度かと思うようになりました。何故か?買い出し人にとっては値段が高い!高すぎるので、もう一歩が踏み越えれないんです。*これは仕方がないですね。しかし、この布にはひとつの大欠点があるんです~(涙)その欠点は!これこれ!ボールペンで「PNDI」と、これ多分女の子の名前と思います。女の子の落書き~これまで何度か見ました。まずボロ布には書きません!いい布に書くんですね。そして決まって、名前なんです。インドネシアは子供が多いから、生存競争が厳しく~早い段階で自分のものにしておく魂胆ですね。今頃まさか日本に行って~全国版のネットに出ているとは思いもしなかったでしょう。布が可哀想だからなんとかして、この字を消したいのですが、思いつきません。買い出し人では、ここまでの布が限度かと思った時に、良い案が閃きました。つまり情報なんです。いい布を持っている人や骨董屋(スマトラの骨董屋は一般の家で看板など出てません)の情報を調べてくるんです。これでしたら無料で手に入ります。電話帳などはないですから、日本以上に口コミは貴重です。目星をつけておいて、そして休みには、padaが護衛を連れて出かけるという算段です(笑)そして目星をつけて効率よく回るんです(笑)勿論電話番号を聞いてますので、出かける前には居るかどうか確認はしておきます。そのようにしてして手に入れた一枚です。いい布でしょ!ジャワ島からスマトラに渡り往復6時間近くかかって手に入れた布なんです。*幻の布ラスムは、当時のスマトラ向けの輸出品~ジャワ島には残ってなく高い!それを探すには直接行くのが一番~幸い働いていた所がジャワ島でも一番スマトラ側~帰りの船でのビール一杯は 最高の味でした。さて、この布インドネシア製ではなく、古き時代にインドから海のシルクドーロを通ってやってきた布なんです。多分~19世紀~時代も十分!最近ネット&ヤフオクを見ていて、この手の布が出ているんでちょっと驚きました。*東オランダ会社を経由した証拠のスタンプがある!慌てて出してみたら~オオ~有った!うれしい瞬間です!次回に続きます。

  • 26Dec
    • ビリケンさんに似た孫

      ネットで、こんな本を見つけました。中を開けると、赤ちゃんが泣いたり、笑ったり、怒ったり!コリャ参考になると、本日孫に送る予定。6月に生まれた孫が10日ほど前にやってきました。たぶん最後の孫になるでしょう?孫も多い方が賑やかでいいんですが、問題が一つ!孫が増えるたびに、padaの取り分が少なくなって行くんですね(涙)皆さんが言うにはビリケンさんに似ている!頭と耳の尖り、落ちそうな頬っぺた!確かに似てる。姉ちゃんがやってきますと、ますますビリケンさんに似てくるんです。頬っぺたを触ったり、手を握ったり~赤んぼうも嬉しそう!今回買った本は、赤ん坊をあやす時の資料なんです。果たしてどうなるか?見て見よう!次女一家も四人家族になりました。一姫一太郎です。昨年まで一寸物足りなかったんですが、ようやく家族という感じがしてきました。

  • 25Dec
    • 新羅碗を見ると李さんの高笑いが聞こえる!

      新羅の碗を見ると李さんの高笑いの顔が目に浮かぶ!20代の後半に買った須恵器の碗です。それほど気に言った訳ではなかったんですが、中学校の教科書に出ていたなと思う程度でした。骨董屋の親父さんが言うには、これはたぶん新羅だといいます。日本にも同じものがあり、全く見分けがつきません!つまり、この時代から半島と列島には共通の文化があったんですね。何故新羅か?チョイと昔は、ライトバンに乗って関釜フェリーで韓国に渡り骨董を仕入れ、その足で日本で売りさばき、トンボ帰りで韓国へ。勿論たっぷりと日本の物を持って行くと言う事が結構ありましたが、そのような人から手に入れたんでしょうね。そう言えば、韓国人のおばさん達がフエリーにのって免税のウイスキーを買い、とんぼ返りで帰って、韓国で売り飛ばす、そのような商売もありました。padaが韓国に行きだした最初頃は空港を出るやおばちゃんがやってきて、ウイスキーを売れと言ってつきまとわれるには弱ったものです。旅館では、飲んだ後の空き瓶を売ってくれとか!ある日本人から聞いた話ですが、飲んでもないのにちょっとづつウイスキーが減っていくと言うんです。それで、小さく目印を入れたら、蒸発したのか?少しづつ減ってるんですね(笑)蓋を開けたら、こんな感じ!味もそっけもなく、土臭く使えるものでもないんですが、これを見る度に、韓国で仕事上の付き合いのあった李さんを思い出すことがあります。特に高笑いをした時の高木ブーさんに似た顔が目に焼き付いているんです。そしてやっつけた時の泣いたような顔が特に印象的でした。これ前回投稿した思い出深い写真ですが、再度の投稿となります。場所は韓国の全羅南道の光陽~浦項製鉄所の建設当時(1986年頃)の貴重な写真~ネットより見つけました。*島をつなぎあわせて製鉄所を作り、完成した後は世界第一の鉄生産国になりました。 当時は日本は♪~ゆとり教育全盛のながれ、会社は余暇はヨカヨカ~休め!日本人は働  きすぎ!休めなんてやってた時に韓国は必死に働いていたんです。 この辺りを節目に日本は失われた20年の暗闇にはいっていき、韓国は漢江の奇蹟を生み  出すんですね。*向こうに島が見えますが、これが猫島と言い、この前を小西行長御一行様が敵将、韓国の  英雄、李舜舜臣に追われて逃げ帰るんです。 中央左に〇がありますが、ここの白い建物が岸壁の操作室~建設当時は、この建物を事務所にしてました。週一度関係部署が集まり工事の進行状況の打ち合わせを行いますが、李さんにあったのは、その打ち合わせの席上でした。仕事の関係では問題はなかったんですが、その後が腹が立つ、いつも日本と韓国を比較して、いかに韓国が優れているかと自慢するんです。そして2~3人が、この成り行きを見守ります。おまけに通訳(プロジェクトの担当者は日本語ペラペラでした)つきなので細部までの議論がされるんです。とにかく皆さん日本の事を、ものすごく勉強してよく知ってるんですね。当時の浦項製鉄所は国営の泣く子も黙るエリート集団でした。日本人のpadaが知らない事まで知ってるんですから、赤くなったり青くなったり焦ります。何故か?その訳は浦項製鉄所そのものが、新日鉄のコピーなんです。守衛・消防、製鉄所に入る商店までもが日本に来て勉強しているんです。李さんも結構長く日本にいたみたいで、少々は日本語が通じます。日本語がベラベラな人は7人中2人、ソリャびっくりするほど上手で、かつ日本通です。当時の製鉄所は日本語か英語を外国語として選択させ昇給の条件としてましたので納得はできますが、ソリャ凄い!この中にいた申(もう一人の日本語ペラペラ)さんから教えてもらった一例をあげてみます。韓国の百濟の古都が扶余で、日本史では600年代の「白村江の戦いが有名、この時、同盟を組んでいた日本から3万5千ほどの援軍を百濟に送りましたが負けまして命からがら逃げ帰りました。百濟も絶滅~この時10万人の百済人が日本に逃げました。ここまでは、日本の歴史で教えますので誰でも知ってる事実なんです。さて、この時逃げた百濟人は、九州・四国に住み着きました。四国に住み着いた百濟人はそれなりに土地に融合していったのですが、この時百濟から持ち込んだ事も多いんです。例えば四国間と言われる四国の昔の家のたたずまい、これが扶余の家とそっくりだそうです。土間が大きく有って、家を4つに区切っています。これは扶余の家だと言います。まさかと言ったら、自分で行ってみて来いと言います。なので休日を利用していってみました。*padaがいた地は昔の百濟の地でした。成程~一般的な韓国の屋根は反っているんですが、扶余の屋根は全部ではないですがストレートなんです。そして外から覗いてたら、中からおばちゃんが手招きしている。で同行者の韓国人が、実はしかじかと説明~ホホーそうなんかとおばちゃんは感激、padaも調子にのって、私もその時に逃げた百濟人の末裔の可能性が高いなんていいました。ネットで借用の喫茶店の写真です。当時の韓国の田舎の喫茶店は、こんな感じで、この様な所が、padaの韓国語勉強の場所でした。韓国人は思っている事をストレートにものを言います。最初は喧嘩を吹っかけているように思ったんですが、そうではない、これが普通の会話だと思ったら気が楽になってきますね。padaが韓国に行った時、「今日は」さえも韓国語で言えませんでした。それを見た、韓国人が、自分らは日本に行く時は日本語を勉強して行くのにpadaさん、あんたチョットは勉強した方が良いんじゃないのと、ムカつくことを言われました。ホンマに腹は立つが本当です。と言う事で韓国語の勉強を始めました。先生は、主管の金さん~吃驚したのはハングマルの読み方無茶簡単であると言う事なんです。あの難解に思える記号は三日ほどで覚えれます。次に自分の自はチヤと発音~そしたら、自動車はチャ ドン チヤちなります。動物は、ドン ムル、汽車は キ チヤ~もちろん難しいのもありますが、漢字の読み方を覚えると随分と上達が速いです。ある程度覚えますと、使ってみたくなりますね(笑)でよく利用したのが、喫茶店でした。当時のターバン(喫茶店)は、注文すると若い女性が横に座ってお相手してくれるんです。勿論おごって、売り上げを伸ばすんですね。こちらにとっては安い授業料です(笑)それに女性は化粧けのない、別嬪さんぞろい~当時は今の様に整形が進んでなく個性があっていい感じでした。今は残念ながら同じ顔をしていて年寄りには見分けがつかなです。女性も最初は、ニコニコと愛想が良くてかわいいんですが、慣れると聞きたくないような事を言ってきます。いかに、いい加減な反日教育を受けたかと言う事なんですが、面白いこともありました。日本人は韓国人をチョウセンと言ってバカにすると言います。無茶蔑みの言葉と思ってるんですね。読み方がそうなんだと言っても分からない、ついに頭に来た!韓国人は、日本人の事を、チョッパリと言うじゃないかと反論!こりゃ豚の足だと言うじゃないかと、その点~日本人はチャンと国の呼び名を言うなんて言ってましたら、なかなか通じない!ですが、近くにいた老人が近づいてきまして、失礼ながらちょっと気になりましたのでと流ちょうな日本語、コリャ驚き、吃驚!聞けば日本に長く住んでいたとか、それで朝鮮の発音を女性にしてくれました。韓国ではチョウソンと読むが日本ではチョウセンだとね。ついでに、この爺さんは、半チョッパリと呼ばれるらしいです(笑)この爺さんが日本について女性に色々説明をしていました。この様な繰り返しで韓国語を覚えていきました。半年も過ぎましたら仕事の話の会議は適当~その後が本チャンとなってきました。何時も引っ張るのが李さん、その日も日本か韓国かと言う話をしていましたら、隅の方で新聞を読んでいた若い連中の一人が、新聞を持ってやってくるではないですか!何となく本当かどうか新聞を読みながら議論をしていたようなんです。そして持ってきたのが、日本のお見合い風景の写真なんです。その写真~女性はお見合いなので日本髪でめかしこんでいます。男性は今の髪型~これだけでしたら何ともないんですが、問題は着ている服なんですね。何を着ていたと思いますか?男女とも何も来てない、目をこすっても着ていない!ない物は無い!これを大新聞が堂々と載せるんですから、いかにマスメデイアがいい加減かです。padaが怒る前に、日本を知っている李さんたちが、真っ赤になって怒りました。嘘八百書くなと!韓国人の品位が⤵なんて怒ってるんです。日本通から見れば穴に入りたいような話なんでしょうが?若い人にとっては分からんです。さて話は写真の井戸茶碗、国宝喜左衛門に入ります。この茶碗を見た民芸運動の総大将 柳宗悦が「いい茶碗だ─だが何という平凡極まるものだ」とほめちぎり、「最下層の陶工が無の心で無心に作った一般庶民の為の飯茶碗」と続きます。この茶碗が、その先か後かは知りませんが、日本の国宝になるんです。ある日李さんは、この茶碗の写真を持ってきて主管の金さんも一緒になって、韓国の庶民の雑器が日本ではお宝になっていると言います。金さんも、韓国は陶器の茶碗で白飯を食べていたのに、日本人は木のくりぬいた茶碗で麦飯を食べていたと言い出します。ついでに秀吉が連れて帰った陶工が初めて陶器の茶碗を作ったなんて・・・よくぞ聞いてくれた。待ってたホイ!padaの持論を展開します。金さん、padaが李朝の陶器について詳しいのを知ってるねと言いますと、ハット思いついた見たいでおとなしくなります。それをわからない李さんは、得意げに持論を展開~成り行きを見守っている聴衆が3~5名です。おとなしくなった金さんに、padaが冷静に通訳してねと言いますと、わかったと言う返事が返ってきました。結論から言いますと、この井戸茶碗は日韓の合作と言いました。①侘び寂がブームとなり、端正な中国茶碗が消えて行って未完成なような李朝が気負いが なくて良いようになった。  *この表現に、金さんは不快顔~しぶしぶ通訳します。②戦後日本の補償で、韓国の窯跡を調査~掘るに掘った個所1500箇所、井戸茶碗 どころか破片も出ない。  *もちろん皆さん、こんな話はしりません!ですが、この話は本当です。③井戸茶碗の形が個性的~この様な碗なりの姿を井戸型と言うが、飯茶碗としたら  特異な形である。 李朝の茶碗は女茶碗~男茶碗がはっきり分かれているが、これはどちらにも 当てはまらない。④一般庶民が作っていた雑器の茶碗が何故、韓国にひつともないの?  これ秀吉が探して全部持って帰ったとするのは不可能に近いです。 ワザワザ茶碗を取るために朝鮮に来たりはせんよ。 それに日本にも数点しかない、韓国には1点もない~これおかしい!こんなの雑器ではな    い!で結論は! 日本の茶人がデザインして、釜山にあった、釜山窯に発注~それを韓国の 陶工が作った、韓日の共作です。 金さんね、padaは韓国の人より李朝陶磁に明るいと言うのは勿論知ってるねと 言います。 金さんは素直に頷き、少し前の話をします。 皆さん素直に納得、問題を投げかけてきた李さんは放心状態無言で帰って いきました。金さんが、黙ってうなずいたのには訳がありました。それが、これ!これぞ黄門様の書付と同じくらいの威力を発揮したのです。金さん達はpadaの部屋に来て李朝の陶器をpadaが集めていたのを見ていたんですね。どうせ偽物よと鼻で笑って、そんな所にお金を使わず、そのお金で一緒に飲みましょと言います。日本に帰るとき、荷物検査で黙って持ち出していた陶器が、X線に引っかかりつかまりました。オリンピックを二年後に控えて急に出国検査が厳しくなったんです。早速二階に引っ張られ持ち出しの検査です。その結果、この時持ち出したのは9点~全部本物なんです。何故かって?文化財鑑定官の二人のハンコがあります。そして持ち出せるものはシールを張ってハングルで文化財では無いと書かれているんです。ここでいう価値とは、骨董価値ではなく、あくまでも文化財的な価値なんです。*例えば最初の写真の須恵器~値段は二束三文なんですが、文化財になり持ち出せませ   ん!そして一番下の二点は、高麗の貴族が使っていたものだと言う事になって持ち出し禁止です。では国内(韓国)なら良いだろうと、韓国に入ったとき受け取りに行きました。受け取りと書いているのが、それなんです。ついでに下にサインをしました。この時、検査官の爺さんが烈火のごとく怒り、韓国にいる間徹底的に監視するからなと言います。多分この様にやって来る日本人は多くはないんでしようね?✖印のお宝二点、一旦は懐に入ったんですが、コリャ持っているより韓国に返した方が得策かと考え直して、菓子箱をつけて鑑定官の所に持って行きました。鑑定官は忘れていたんでしょうが、大喜び~寄付のサインをしてくれと言います。品物はpada寄付と紙を貼って、釜山大学の博物館に飾るとも!以後~鑑定官とは仲良しに、身を切らせて骨を切るですね。金さんは、この話を良く知ってるんです。返しに行く時鑑定官に言う言葉も金さんが教えてくれました。この話を金さんが思い出し、李さん達に伝えたんです。皆さんポカンとした顔をして帰っていきました。住んでいたよ、ど田舎の光陽から時々、命の選択に釜山に出ていました。バスで片道2時間~往復は疲れますので一泊します。止まるホテルは馴染みのホテルで中下と言ったところ、それなりに日本人もいて過ごしやすい所でした。チエックインしたあと、路上の古本屋に行きます。日本語ペラペラのおじさんがやっていて、扱う本はホテルから出た、日本の古本が多いんです。そこで李さんをやっつける資料をさがします。観光を終えた日本人が捨てて帰るんでしょうね。役目を終えた案内書もpadaにとっては役に立ちます。店主は、読み終えた後、捨てずに持ってきてくれ5掛けで引き取るなんて言います。padaみたいな日本人が居て結構商いはできるみたいです。案内書をペラペラとめくっていて~おおこれだと言う話が見つかりました。この話を聞けば、瞬間湯沸かし器の李さんカンカンに怒るだろうと思わずにんまりです。それが、このお墓の主の話なんです。このお墓は、日本人で新羅4代目の国王~昔氏の始祖、脱解王なんです。こんな話、padaも初めて知りました。コリャ無茶おもしろい!実は、この日の前日にまたもや李さんから~真剣なまなざしで日本もあと十年で韓国に追い抜かれ、padaも老後は可哀そうにと言う事なんです。理由は、今の日本の若者は勉強しないで遊びまわり、竹の子族に暴走族などであふれている、その点韓国は違う、勉強に勉強だと言うんです。そして、この差は10年後に出ると言います。当時は韓国は特別な学習塾以外は禁止で、その分先生たちが遅くまで残って教えると言ったスパルタ教育をやってたんです。padaが残業して帰る時間帯に、小学生が鞄をかついで帰ってくるんだから驚きです。韓国は伸びるに伸びていているのに~日本の会社は技術を積み重ねて作った設計図まで韓国の会社に売り飛ばす始末です(涙)その代表的な会社がpadaの会社~注文は2度ときませんね。二年後にオリンピック控えて勢いのある国と、衰退していく国~わかっているけど言われたら腹がたちます。何とか敵討ちをと思っていた時に絶好の話題が見つかったのです。日本から箱に入って流された卵が慶州まで行き~それを見つけた婆さんが箱を開けたら立派な男の子が出て来て賢く育ち、二代目王の娘婿となり最後には4代目の国王になると言う話なんです。そして、それが半島で一番古い書物、三国史記にのっていると言う事なんです。つまり作り話ではなく真実の話です。三国史記と言えば、高麗時代に書かれた半島の古代史~日本書紀にあたり、王立の書籍係が書いた正史なんです。この王様になるストーリは、桃太郎に若干似ているので、桃太郎で行くかと決めました。そして二~三日後、李さんがやってくるのを楽しみに待ってました。そして李さんがやってきました。この時は、扶余は四国の家と同じと言った日本通の保全の申さんと一緒です。コリャ~話がしやすい!釜山で手に入れたパンフレットを見せ、話を桃太郎にすり替え進めます。聞いているうちに申さんまでもが、新羅の王が日本人だなんて、そんなことあるはずないじゃないかと、怒り顔で言います。この話はpadaが出まかせを言ってるわけではなく、これこれ観光案内書に書いてるではないかと、原作は韓国だと思うと言います。ついでに、padaは日本に桃太郎伝説があるが、桃太郎は半島の三国史記からの盗作だと思うと話します。二人は首を振り振り帰っていきました。そして、三日~五日ほどたった時、李さんが紅潮して分厚い本を持ってやってきました。どうも浦項製鉄所の図書館辺りから、三国史記を取り寄せたみたいです。*漢字で書かれているので読めません~ですので、誰かが訳したのかハングルの書付も 入ってます。そのページを開けて、padaの言ったことは本当だったと言いました。嘘言えと怒られるのかと覚悟をしてたんですが、そこまでやるかと今度はこちらが吃驚~胸をなでおろしました。クソ生意気な韓国人でも、事実を紐解いていけばわかります。*日本の良さは良さで認めるんです。日本に住んでいて関東大震災後、帰国した人達~異口同音に日本は良かったと言います。小馬鹿にもされたが、今思えば優しい人も沢山いた。だが、帰国した韓国の差別は、そんなもんじゃなかった!用は教育~マスコミが嘘を垂れ流すのが悪いんですね。反日を唱える日本をしらない韓国人たち~一月、日本にいたら考え方を変えるでしようね。韓国には長くいました、色んな思い出があり、ヤフーブログに書き残していた事をボチボチと此方に移動させてきます。

  • 24Dec
    • 昔のプレーヤでかけたクリスマスの曲に感激!

      今日はクリスマス!ひとりでゆっくりとクリスマスソングでも聞くかと取り出したレコード、これちょっと前にUPしたので一番目の付くところにありました。プレーヤが有ったのを思い出し箱から取り出したら、片側のスピーカから音が出ない!直そうと蓋を開けます。見た所、悪くはない!これを突き詰めていくと来年のクリスマスになってしまうと万歳!そう言えば昔別のプレーヤで、このレコードを聞いたねとユーチューブを探したら!有った!大事に取っていたんだ!何と無く聞いていた、ジョンレノンのレコード~この曲が出て来た時に、こんないい歌を歌ってたんだと思い、クリスマスでもないのに繰り返して聞いたものです。そのうちもっといいプレーヤで聞いてみたいと思ってました。7年ほど前に松山に出張に行き商店街を歩いていて一軒の骨董屋を見つけました。吸い寄せられるように入っていきます。トントンと二階に上がると店主さんがいました。今日はと挨拶~聞けばもと高校の先生をしていたみたい!それ程興味を引くものもなかったので、階段をおりかけて見つけたのが↓デノンのプレーヤです。丁度欲しいとこだったとお買い上げ!ポンコツのアンプやガラクタのスピーカと組み合わせてオーデオにします。久しぶりに動画をとってみました。何故か?UPするのに一時間以上かかってしまったのです。次々と問題が飛び込んできますね。

  • 23Dec
    • padaは並以上の狭心症を持ってます➁

      狭心症➀検査の続きで、今回はカテーテル検査&処置となります。狭心症の疑いで検査をしました。検査をすればするほど狭心症の疑いが深くなります。2011年ですから8年前になりますが、12月12日検査~12月16日にカテーテル検査で、必要かつ可能であれば処置を行う事で決定となりました。先生いわく~まずカテーテルで検査を行います。悪い所が見つかり~カテーテルで処置が行えれるようであれば、行い、出来なければ一旦終え~別の方法を検討する(病院を紹介:多分他県)・・・外科手術(バイパス等)になるみたいです。padaの場合カテーテル検査の結果をさきにいいますと!      ↓心臓の冠動脈(一部)が90%詰まっていました(2011年12月16日)狭心症の疑いで検査入院、結果は冠動脈の一箇所が90%詰まっていた、模範的な狭心症でした。今年の5月頃、旅行中に発作が起きました。その後、無いので忘れていましたが、考えてみれば、これが警告だったかもしれません!最近になって、胸が締め付けられる現象が時々出て、検査入院となりました。検査の結果、悪いところが分り、その場で治療が出来てヤレヤレです。検査の方法は、まずは図のように、腕の動脈周辺に麻酔を打ち、直径3mm程のカテーテル(穴あきワイヤー)をとおします。このワイヤーの先から投影剤を流して冠動脈の詰まり具合を見て行きます。このワイヤーが心臓の左側に達し、黄〇の部分の断面積が、なんと10%しか開いてないのが分りました。レントゲン結果を見ればよくわかります。線の先が白くなってますが、ここが詰まっている部分の影像です。一寸過激な運動をすれば、胸が痛くなる!止めれば納まる!その原因が、これでした!あと10%詰まると、心筋梗塞で倒れ救急車で運ばれ、7時間以内ですと75%助かるが、それ以上だと天国に行くことになる、一歩手前でした(冷汗)カテーテルが此処の場所についたら、ワイヤーの先につけた風船を膨らまします。開かなかったら?、この場では手に負えなくなります。風船を開けたら、動脈が何とか開いたとの先生の声、山場を越えたと一安心でした。(血管に何が詰まっているかですが、これは悪玉コレストロールと中性脂肪なんです)ここで先生が、気になっていた事を探してみたいと言いだしました。*こんなのまな板の鯉というんですね。 何でもしてくれです。今回の自覚症状は「自転車で坂道を上がる時、一瞬、胸を締め付けられるようになって、耳たぶから血が引いたように、ジーンとなると言うことからの検証からはじまりましたが、気になるのは、何も運動していない時でも、気温が寒くなって行くと共に、この現象が朝方に出だした事です。padaがストレスを感じた時に出る症状だろうと先生が目星をつけ、これの検証テストをやってみようと言う事なんです。まずは、心臓にストレスを感じさす、薬剤を流し込みます。そうしますと効果てきめん、全く同じ現象が、即出ました。胸が無茶苦茶痛い!我慢できません!*後から考えたら故意に心筋梗塞を起こさせているんですから痛いはずです。先生が「ニトロを流せ!」と叫びます。*夏場の喉が渇いた時にビールを呑みますと、喉にゴクゴクと良い感じがして食道に流れ胃の中に納まって   いく のがわかりますね。 ニトロも同じ感じでした。ニトロが血管から心臓に流れて行くのが感じられ、閉まっていた心臓が開いていく感じであっと言う間に楽に成りました。「恐るべき、ニトロの効果です!ダイナマイトの原料が何故心臓に聞くんだろう?」運動していない時に胸が押さえられるようになって、耳がジーンと成る現象は、血管の収縮でした。ここまで来ますと後は簡単、先の心臓の写真の下側に有る、ステントと言われるステンレスの管を入れます。このステント折りたたみが出来るんですね。風船の上に細くなって置いていて、径は3mm以下の小さな物です。寸法を取ってステントを入れ、風船を膨らますと、金網の短管が出来上がりました。昔のトンネルの中にある、木の柱みたいなものです。はい!冠動脈がつながりました。*これ場所が良かったんです。 これが血管が曲がった場所~枝分かれをした部分でしたら、この処置ができなくなります。 この時は、たぶんバイパス手術~他県になります。 直線の部分で心筋梗塞を起こしていて救急車で運ばれカテーテルを行い、見つかった時は処置はできそ  うですが、枝分かれをした所でしたら、お手上げになります。 この枝分かれした所が、天国と地獄の分かれ目でもありますね。「シンプル イズ ベスト」狭心症の治療は変な理屈は要りません!血が流れて快適と言いたいんですが、負荷を加えてみないと、この違いは分かりません」血管狭窄の原因は中性脂肪と、コレストロールが血管に付着した事です。今、考えますとこの年の5月に、心臓からの警告がありました。この写真を撮ったのは滋賀県三井寺のすぐ横の「兎神社」で、同年の5月20日頃でした。前日は朝早く四国を出て、比叡山辺りを見物、その後、久しぶりに会った先輩と大酒をを飲んだ次の日のことです。この日は京都で知人と会う予定、昼過ぎまで時間が空いたので大津の三井寺見物に出かけました。5月としては異常な暑さ!前日の大酒!急いで歩いたストレス!悪条件が3拍子揃っています。この時に発作が起きました。胸が押さえられるような感じで気分が悪い!そして冷や汗約10分座り込みました。相棒が救急車を呼ぼうとしましたが、待て待てと!今考えて見ますと、これが軽い心筋梗塞だったのではないかと思います。血管の開度10%の所で、血管が収縮を繰り返すと、完全閉鎖となるような気がします。たぶん、これが起こったのでしょう!危ない所でした!これは後になって言えることで、その時はメタボが原因で体力が落ちていたと考え、体重をおとしました。これが、3カ月後の8月中旬頃の写真です。服は違いますが、随分とと細くなりました。上の写真の時から5K減で、大津での出来事は偶々だったと思った物でした。下は孫、初めて海を見て吃驚して泣いているんです。この孫も、来年中学生、padaは9年目の心臓の負荷検査です。

  • 22Dec
    • 古裂ハンター奮闘記➁:買い出し人部隊の編制

      インドネシアの古布について本を何冊も買って、辞書を片手に勉強しました。ジャカルタに何度か通って授業料を払い勉強もしました。骨董修行も古裂修行も同じ~良い物を沢山見ることなんですね。準備万端!ここで買い出し人部隊を編成します。↓かってヤフブログに投稿した2017年の記事になります。当時は日本円に対してルピアは大暴落~少々使ってもこたえない。padaがいた会社の手当は無茶安い、安いがそれを現地マネーに換算すると4倍になったんです。逆にルピアを日本に持ち帰れば1/4になると言う事になります。使え使え!どんどん使え!赤字になって嫁に怒られない程度に使え!でもpadaが動けるのは日曜日だけプロではありません!本業はチャンと持ってます。こりゃどうしてもスタッフが要りますね。さてスッタッフは?この辺りをブツブツ言ってると、運転手君~身を乗り出してきてpadaよ!内の嫁でどうかと言うんです。子供の時からバテックを見てきているから、よく知ってるよと言います。ムム~無い知恵を頭から絞り出して考えてみます。オオ~全体像がぼやきながらも閃いた!よしゃ試してみるか!インドネシアは生きた布の博物館~10年ほど前に世界遺産に登録されましたね。ネシア人は布をホンマに大事にしますよ。そして、狙いはここから、つまり民家のタンスに貯金されている古布を引っ張り出すんです。padaの家で作戦会議!女二人+兄か弟か?男が一人の3名のハンターが出来上がりました。そしてもう一人は~↑ベチャのおっさんです。当時の田舎ではタクシーはありませんでした。交通は、町をぐるぐる回るボンゴーを改造したようなバスか、タクシーオートバイか、このような輪タクのベチャなんです。この人達は田舎から出てきている人が多いんです。あまり客がいないもんですから、ボサッとしている事が多いつまり、これを日当を払って雇うんですね。つまり彼らの田舎に行って知り合いの家を回り、タンスに寝ている古布を引っ張り出すというアイデアです。このアイデアは日&インドネシアの合作なんです(笑)さて契約金は、軍資金は必要ですよね。ある意味では捨て金とも言えます。ちょっと考えて、ドライバーの給料の半額Rp20万(2千五百円程)を渡しました。急激なルピー安~ホンマに助かります。そして、買ってきたものを1.5倍の値段でpadaが引き取るという事なんですが、勿論~条件はつけます。*実際1.5倍か?これは関係ありません! 嘘か誠か?これ追求する事は大変な事、そして無駄なことです。とりあえず行動してみよう!最初の収穫は、この程度でした。良くもなければ悪くもない~マア並品でしょうか?ただし下側の一枚を除いてです。そして値付けをさせます。ホホ~思っていたよりは随分と安かったです。布のレベルは骨董屋で値を確かめていますので、大体わかります。こんなに安くていい物かとは思ったんですが、顔にはださず値段はそのままでOKとします。そして下側の一枚!!これがpadaの求めていた種類のものなんですね。ただし破れていなければですが・・・見た感じ80年はたっぷりあるように思います。骨董屋さんでしたら「19世紀の数少ない布」です。なんていう人もいるでしょうね。スマトラのジャンビーと言われているバテックなんです。ですが大きい問題が!あれほどキズ物は買うなと言ってたのに!でも売主が貴重な布だというものでと言う言い訳でした。*冷静に考えたら、ここまで破れているのになんでタンスにとなります。今度から全体買わんぞと言って、なんぼと聞くと、日本円で50円ほど~でも癖にはなるなとも思いながら初回だからと言って買いました。これ日本では端切れとしても結構使い道がありますね。では何に使うか?↓このように仕覆として使うんですね。これでしたら、切れ端で十分~綺麗な布を潰して使うと心にストレスが発生します。ですが、このような事がわかったのは日本に帰ってきてしばらく経ってからでした。出だしは順調でした。ですが気をつけて!気をつけて!日本人は油断した頃に痛い目にあわせられます。いろいろ痛い目にあった人は結構多いのですが、ついでに一寸紹介してみますね。1. 35年ほど前、シンガポールのホテルの朝のレストランで顔をあわせる人がいました。 その日は仕事は休みで、レストランも混んでいたため同席になりました。 3日程朝に見てますので、普通は仕事だと思いますよね。 話を聞いたら、インドネシアの仕事の関係でシンガポールでは一泊だと言います。 海外プラントの帰り~空港で財布を取られて持ち金一円もない! 日本からの送金を待ってるとか、夕食をおごるからと誘い出し~インドネシアの話を肴に興味深々でした。2.仕事で知り合った、ある海外プラントの有名会社の人です。  40過ぎ程の年配の人、インドネシアの女性と結婚しました。  *ここの結婚は簡単です。   村長さんに話して、そこで結婚式をあげれば、結婚したとなるんですね。   従って多重婚はバレることがありませんが、そこまでしなくても何人でも嫁さんはもらえます。      ですので今話題の警官みたいに嘘をつく必要がないんです。   そして 広い土地を買って家を一軒建てましたが日本に帰って~インドネシアに   戻って来るたびに、その土地に次々と家が建っていると嘆いてました。 つまり金持ちになった人は、自分の家族や親戚に分け前を渡さなければならないんです。  いくら物価が安いと言っても、10人分は養えませんね。3.これも35年前の話です。  ある大手のスマトラのプラントで仕事をしている人は、平素からドライバーや女中を虐めていました。  そしてインドネシアでの仕事が終わって、もう最後という時、空港の荷物検査でつかまりました。  真相は女中が大麻の様な覚せい剤をトランクにほりこんでいました。  そして警察に通報したんですね。  ですが、これはありえる怖い話です。  その後、どうなったかはしりません!古裂ハンターを書くようになってから、古布を出して見直してます。ついでに昨年も一昨年も虫干ししてないので、この際思い切って虫干しもしとこうと思ってます。古裂ハンターは最初は順調でしたが、突然裏切り者があらわれます。これはまた後ほど...

  • 21Dec
    • padaは並以上の狭心症を持ってます➀

      来月になりましたら、心臓の検査を受けることになってます。狭心症にもいろいろありますが、padaは二種類の狭心症を持ってます。一つは単純に動脈が細くなって血が不足する場合~例えば走っている時などに血流が足りなくなるのが、労作性狭心症です。この場合はステンドを入れれば治ります。厄介なのが安定している時に血管がかってに痙攣して起きる狭心症なんです。これの原因は不明~対策はニトロを舐めるしかないのです。padaには、この症状がある為、丈夫で長持ちをするステンドが使えず、ランク下のステンドを使っていますので、この辺に若干問題が残っているんです。この狭心症の経緯を以前のブログに残していましたので、此方に移していきます。狭心症の疑いで検査入院(2011年,12月,12日)最近、時々胸の圧迫を感じることがあります。隣りのpadaよりは若い薬局経営の主人が、店で倒れて救急車で病院運ばれました。病院では最初は喋っていたのですが手術が上手くいかず亡くなりました。死亡原因は心筋梗塞、医学の知識がありながら病院には行ったことがなかったそうです。時々自覚症状は有ったみたいですから医者にかかっていれば、かかりつけの病院も有り、データも揃っているので処置も早かったそうですね。この病気、7時間以内であれば生還率は75%だそうです。これを聞き、他病気で行ってる病院で紹介状を書いてもらい心臓の精密検査を受けました。エコー検査に心電図、その他色々、身体に負荷をかけると心電図も違ってきます。その様な検査が朝9:10分から始まり、終わったのが4時前、分ったのが狭心症の疑いが濃厚ということでした。かなりのショックでしたです。その場で検査入院の予約を取り、2泊3日の予定での検査入院となります。padaの場合は、この右側の症状に近いのですが、ここまでひどくは無いようです。少し締め付けられるような事が、おきるのですが、そんなに頻繁では無いです。それに1分以内ですし、一週間も症状が出ない時もあります。そう思い、「狭心症」には当てはまらないなんて思っていたのですが、甘かった!狭心症と言うのは、心臓の中の動脈が細くなって血の巡りが悪くなる症状を言います。完全に閉じますと、心筋梗塞、この痛みは凄いらしいですね。救急車で運ばれた人に聞いたら、ものも言えず、手で意志を伝えたみたいで、痛くてこのまま死ぬと思ったらしいです。死ななかったのが不思議だなんて言っていました。padaの心臓の断面を撮った写真をみますと血の流れが均一では有りません。見ただけで異常と思います。これを見せられると観念するしかありません!医学の進歩は凄いですね。これがカテーテルと言われている心臓の検査です。padaの場合は腕の所から直径2~3mmのパイプを通し、中に造影剤をいれて、レントゲンで確認しながら心臓の中の動脈を見ます。(他の動脈は年相応で異常なし)との結果が前回出ています。そして詰まった個所に来れば、パイプの先についた風船を膨らまし、血管を広げるかステンドと言われるステンレスで作った、網をパイプ状にした単管を入れます。検査入院と言いながら、出来る処置まではしてしまうのが最近の主流です。狭心症かどうかと言う確認も、実際には、この検査をしてみないと分らないそうです。狭心症で有っても、これで処置が出来ない時があり、この時は動脈のバイパス手術になる見たいです。知り合いに聞きましたら、この医療費用が150万円程になったとか!勿論「高額医療」の保険は利きますので、少し前には、自分で払って後から払い戻しを受けるみたいですが、いまでは事前に高額医療の証明書を出せば、この限度の支払いで良いみたいです。一般的な病院の食事!食事には、もう少しお金を出しますのでと言いたいです。ブログは、この間お休みします。次回は、ステンド治療の本番になります。

  • 20Dec
    • 古裂ハンター奮闘記➀

      ヤフーブログも残念ながら消滅してしまいました。わかっていた事とは言え、ついに全部終わったかと思うとガッカリです。期間が決められて移行も出来るようにソフトも作られていました。さてどうするか?padaはそこで終わりとして最初から始めるスタイルをとりました。ですが、どうしても残しておきたいような記事がありましたので一旦仮置きしてます。その中から抜き出してアメブロに再アップしていきたいと思います。この古裂ハンターの記事も連続して記事にしていこうと思ってたんですが、途中でトカゲの尻尾切になってしまいました。ボツにするには一寸惜しい!見直して、こちらにアップして行く事にしましたので宜しくお願いいたします。最近、加齢によりチャランポランになって来ました。ちぐはぐな所もありますが、そこはお遊びという感じで適当に流していただければ幸いです。古裂ハンター奮闘記①この布ジャワ更紗(バテック)なんですが、なんて呼びますか?アッチコッチ穴あきに、切れ目がいっぱい入ってます。この様な布をボロ布と呼びますね。*あまり欲しくはないんですが、買わなければならないんです。  餌なしでは魚は釣れません!古裂ハンターになれません!  何故か?この辺りの話は今からボチボチと進めて行きます。古布の格式は↓の様に決まると思うのですが?① ボロ(雑巾とか車を拭く様な布)       ↓② 古布(中古の布ではあるが、まだ使えるもの)       ↓③ 古裂(金襴緞子の様な古いがマダマダ高級な布)紙の場合でしたら 紙きれ→古本→古書、この順番で格が上がっていくので良く似ているように思います。さてpadaはある日意を決して~インドネシアで古裂ハンターに成る事にしました。ですが古裂の知識ゼロなんですね。勉強しなければ、古裂ハンタ―どころか、古布ハンターにもなれずボロ布ハンターで負け犬になってしまいます。でどうするか?勉強するのはインドネシアでも日本と同じで授業料が要ります。そして先生は↓ここはジャカルタの骨董街のジャランスラバヤです。間口が5m程、奥行きの長い店がずらりと並んでいます。ここで教材と先生を探すんです(笑)二三度~往復して、良さそうな布を置いている店を探します。次に人相をチエック~泥棒顔やらキツネ顔は避けて~人相の良さそうなのは!居た居た居ましたよ。どこか?↓の所ぐらいに有った店です。でも20年ほど前の記憶なのでいい加減です。1997年~タイバーツの切り下げからアジアの通貨危機が始まりました。インドネシアの通貨も、変動相場制に移行、通貨ルピアの価値がドンドンさがっていきま す。ルピアを多少持っている日本人にとっては泣くに泣けません!ですが、円に変えずにインドネシア国内で使うのであれば、全然かわらないのです。エイ!使ってしまえ全部~これも古裂ハンターになった理由の一つです。ここの骨董屋さん、良い物は自宅に隠して持つんです。もっと良い物は無いか?と言いますと、自宅はすぐ近くだから来いと言うのでついて行きました。勿論ドライバーも一緒です。自宅に行くと、この様な箪笥が三つ程あって中に一杯布が入っているんですね。それまで、何度か骨董屋巡りの時に、布を見てますので、良いか悪いかの判断は有る程度、見当はつくんですが、確かに良い!しかし随分と高いなと言う気がしました。良い物を10点選んで~前に出してくれと言ったら、成程と思うのを並べました。何故かと聞いて、小さな脳味噌に記憶していきます。その日は手持ちが無いのでと、値段が真ん中当たりの物を一点買いました。少し前のレートで60万Rp(3万円)~一寸下がって2万5千円ぐらいの物です。この60万RPは、当時のデパートガールの4か月分の給料に相当するんですよ。いかに高いかです。その後、この店に2回(トータルで3回)行き~全部で5点ほど手に入れました。最高の物を出せと言ったら~これだと別室から持ってきました。値段を聞くと100万Rp~無茶苦茶言うなと絶句!ですが相手は真剣そのもの~紙にバテックの名前を書いて~どこへでも言って聞いてみろと言いだす始末です。*インドネシアに、そんな金持ちいるのって言われるかも知れませんが、ネシアは貧富の差が大きい、つまり中間がいないんですね。日本人以上の金持ちが日本人以上に居るんですから驚きです。この店の帰りに~ジャカルタ最大級のデパートに行き本を買いました。この様な本を何回かに分けて購入です。辞書片手に必死に勉強~時間はたっぷりありますね。どれも、英語とネシア語で書かれています。これが分かれば~後も感覚として多少は見えてきますし~分からないところは現地人に聞けば、簡単な英語かネシア語で答えてくれます。日本に帰って思ったのですが、このジャカルタの骨董屋の店主は見込んだ通り正直者でした。ここの中の、真ん中の物、コレ最初買った物なんです。コレを買う一月前は3万円~padaが買った時はルピアが一寸下落して2万5千円程でした。こんなんで良いのかなと思いましたが、マアいいか授業料!授業料とあまり値切らずに買いました。教えてもらったから値切らないと言いますと、コレ良いものではないがあげると2~3千円程度の布を1枚くれました。この頃既にインドネシアの布は、生きた布の博物館なんて言われていました。この国は赤道をはさんで1500Kmもあるんです。東京からシンガポール程の距離があり、その間に名前のついてない様な島が点在するんですね。まさに布の宝庫~2009年にバテックは世界遺産に登録されました。バテックは現地でも高級品なんです。この様な布は支配者階級などの富裕層しか持てなかったんですね。従ってバテックに、それぞれ名前がついてます。左:バテックホウコカイ(日本の着物に似ているでしょう?日本支配の一寸した合間だけ作った、奉公会をそのまま名前にしました)中:バテック テガ ネガラ(三つの国と言う意味です。  青はペカロガン~茶色はソロ~赤はラスムで染めました。三国の間は馬で移動したみたい、最高に手間暇かけたバテックなんです)右:バテック カンパニイ~以前UPしましたので省きますが、このタイプは昔からヨーロッパで超人気です。  何故か?白人(オランダ)支配のインドネシアが描かれているからです)ネットで探した真ん中と同一タイプのテガネガラです。此方はサル―ンですから筒状になった男性用ですね。女性用の方が生地が広いので若干高めになりますね。吃驚値段で売られていました。生きた教材も買った。本も買って勉強もした。さて次はあの手、この手での古裂ハンター実行偏です。次回に続く!

  • 19Dec
    • ♪~ウイスキーが飲みたくなるCM

      ワオ~吃驚したな!何時だったか?サントリーレッドの大びんが出ました。20代の前半は、このウイスキーをがぶ飲みしては二日酔いに悩んだものですが、ある日、寮で呑んでいて!目が回って階段がラセン階段に見えた時、これが目が回ると言う事かと初めて実感しました。呑み助の先輩に、この話をしたら、レッドには不純物が一杯で、あのウイスキー色はキャメルで染めているんだと言う話を聞きました。この先輩は、会社から出て3歩ほどの飲み屋で、大瓶のウイスキーをひっくり返して蛇口をつけた瓶のコックを捻ってコップに注ぎます。次にビールの中ぐらいを注文~その後ビールを注いで混ぜてゴクゴクと飲み干して、勘定してもらって帰る!見事な呑兵衛でした。この酒を爆弾酒と言うみたい・・・韓国発だそうです。頭の痛かったレッドですが、忘れた頃に↓の宣伝に騙されて性懲りもなく、くり返しました。レッドを卒業して次はオールドとなりました。初めての海外がイラクでした。仕事は毎日が定時~何故かと言いますと砂漠地帯では、これが体力の限界だったんです。砂漠地帯に掘立小屋を建てて、番場生活~砂以外、何にも無い!何とてバスラの町まで一直線で一時間かかるのに信号は2か所しかないんです。水は海水から自分たちで作ります。電話は無し~町まで行かなければなりません!こう言う所ですから、酒を呑むぐらいしかやることが無かったんですね。手に入ったのはウイスキー&ブランデー、無茶安かったです。外人専用のショップでまとめ買いするんですが、面白いのは値段がみな同じなんです。例えばジョニ黒も赤も同じ値段、8年物も12年、17年も同じ!日本では当時は洋酒は高かった。従いまして日本で、高い順から飲んでいくんですが、毎日飲みますとウイスキーの味も分かってきます。ですが、一番人気は偶に入って来るサントリーオールドでした。日本では並のオールドが、高級洋酒を退けて断トツで人気になるんですから、これが本当の味比べかもしれません!出張期間中にイイ戦争が始まり、国境に近い我がサイトも攻撃され日本に逃げて帰る事になりました。逃げる準備ができる間、毎日宴会です。皆さんか隠していたものがどんどん出てきます。酒の肴が、これでもかというくらい出てきます。そして日本酒も一升瓶で!良くぞ持ち込んだものです。でも日本酒には誰も手をつけません!呑むのはビールかウイスキーなんです。砂漠には日本酒は合わないんですね。懐かしいオールドのCM!オールドから遅れて出たのが響↓響きが出た時には、一度飲んでみたいと思いながら買う気がしません。海外で安くウイスキーを飲んでいたら日本で買って呑む気がしないんです。何とて税金を飲んでいるような気がして、損した気分になりせっかくの酒がまずくなります。日本から出た時に買って、現地で呑もうと思ってたんですが、休売になってしまいました。17年・21年・30年がありますが、多分一番おいしいのは17年物でしょうね。勿論~個人差はありますが!21年熟成させたものになりますと、まろやかすぎてピりっとした感じがなくなります。今~17年は休売中~やはり人気があるんでしょうね。少し前にUPしたウイスキー樽が再登場。我が家の玄関口にドカンと置かれたウイスキーの樽!これ何故置いたか?呑兵衛大嫌いな嫁さんも分かってないな・・(笑)前回投稿した時に、知人さんから、今原酒が品不足でメーカがアップアップしている様だとのコメントが有りました。この中に少しでも原酒があれば貴重だとも!チョット~タガ?を外して確認したくなりました。ウイスキーのCMを見ていて思ったんですが、それぞれのウイスキーには、それにふさわしい年代があるみたいです。でもその通りには行かないのが世の常ですね。

  • 18Dec
    • 古裂ハンター番外編:呪いの布

      インドネシアの呪いの布題名が呪いの布なんですが、その前に一寸寄り道です。この本を手に入れた所は、九州の佐賀・長崎で炎の博覧会をしていた時のメイン会場でした。題名のバンテンなんて聞いた事がないと、ペラペラ中をめくっているとジャカルタ以前に栄えた古都で世界各地から商人が集まってくる海のシルクロードの東西を結ぶ拠点が、このバンテンだったんですね。炎の博覧会~世界から集まって来た名品が満タンで頭の中はヒートUP~この本は、結構高い!3千円と言う値段でしたが、中に出て来る発掘品の伊万里の陶片に魅かれて買ってしまいました。それが縁でしょうか?「求めよさらば与えられん」そのものズバリで、インドネシアの出張が回ってきました。しかも、バンテンから車で1時間程のチレゴンという田舎町でした。所が、このバンテンはジャワ島では大変恐れられた地域だったんですね。インドネシアでは、黒魔術(ブラックマジック)が存在するんですが、そのなかでも強力なのがバリ島の○×地域と、この地域のバンテン州が呪術の本家でした。町全体がそうではなく、スポット的に固まった村がその地域で点在し、運転手もその前を通る時には急に無口に成り、一寸滑稽なんです(笑)会社に行くある日、田圃の方で真っ黒の炎が上がっています。車で近づきますと二重~三重~の人垣が出来て、男が二人木に縛られて裸で焼き殺されているでは無いですが!横には警察の派出所があるんですが、知らぬ存ぜぬです。後から聞いたら、よその村からやって来た悪漢とか~随分と悪い事をしたから当然だと誰もが言います。ホント吃驚するような事が沢山ありますが、暫くすると慣れっこになるのが怖いです。これはネットで見つけたバンテンラーマのローカルなバテック屋さんの画像ですが、この開けている模様は実に面白い!画のモチーフはバンテンラーマの発掘の伊万里陶片なんですね(笑)ご主人本人が作るんですから何でもできます。雇っていた運転手の奥さんの実家が、バンテンラーマですので骨董を探しに良く行きました。ある日、陰気臭い民家に行きまして話をしていたら、奥の部屋の方で香をたく匂いがします。それを見たくなって入ったら異様な雰囲気に気持ちが悪く成りました。真ん中にボロ布が何枚か掛けられて周りに枯れ枝を何本か重ね、クリスと言う刀ををずらりと並べらています。どれも随分と古い!聞けば怨念(黒魔術)がこもって化けてでるので、近所から清めてくれと持ってきてたまったそうです。つまり捨て場なんですね。それで、毎日拝んでいるとか...ここの拝み屋さんの婆さんが、これを日本に連れて行ってくれないかと言います。つまり買ってくれと言う事です(笑)この地はインドネシアの彼方此方から巡礼にやってくるバリバリのイスラム教徒が多いんですが、(最初の写真に白い塔が見えますね、ここに超デカイ礼拝堂があります)此処のブラックマジックは、日本人には効きません!何故かと言いますと宗教が違うからだそうですが、長く住んでイスラム教徒に近く成ってきますとブラックマジックは日本人にも効くみたいです。一寸買ってみようかと思ったのですが、運転手の奥さんが止めとけと言う仕草で、此方をみます。そして、これを持って税関を通るのはヤバイと気がつきました。その場では一寸考えると一呼吸おきました。小さいのは持って帰れるかもしれないのですが、何故か思いつきが悪いです。断る理由は無いか?ムム~あったぞ!あくる日会社に行きながら「夜になって刀が夢に出て来た。小さな刀の持ち主は女性みたいな~そして日本に行きたくないと泣くと...」ドライバーに言ったら即奥さんに連絡~ここから拝み屋さんに連絡です。婆さんは、その日は必死になって拝んだみたいです。最初の写真の右下に張り付けた小瓶は何でしょうか?これは魔よけの神聖な油なんですね。運転手の奥さんから、これと黒くて呪文の様な模様を書いている布製のバンドを頂きました。見につけているとブラックマジックにかからないと言う事です。ここまで来ましたら、ほんと夢に出てきそうな気がしました。これを試すと?反対にブラックマジックに掛かりそうなので、試すのは止めました(笑)この騒動が忘れた頃に、奥さんの実家から頂いた呪いが掛かった布です。生まれた時に、親は赤ん坊用に布を一枚作ります。それが、この布なんですね。そして、本人が保存しておいて亡くなった時に家族が遺体に、この布をかけます。これを保存しておいて、7枚たまると、その一家は凄い力を持つみたいです。*日本で3代続けば、その家は栄えるなんていいますね。夫婦で計算しますと2×3+1(本人分)成程  同じかな?売ってはならない、あげてもいけない!ですが、日本人はOK~理由は異教徒(部外者)と言う事です。*インドネシア人は屁理屈をつけて掟を変えるのが好きなんです。 世界一イスラム教徒が住む国ですが、中近東から比べれば、これがイスラムかと思うほどヘナヘナです。 断食だって守っている人何%?~お腹が痛いとか言い訳して守りません。バテックは普通明るい感じか、清楚な感じがするんですが、これは黒が基本色だいたい、こんなの着て歩けませんよね。絵付けは、その辺をさまよっている霊です。これを7枚集めたろうと思い探しましたが、見つけたのは3枚だけでした。ブラックマジックは掛ける相手の毛が3本あれば掛けれます。特に恋愛にはよく聞くみたいです。ですが、魂を悪魔に譲り渡す事になるんで、その分の見返りが必ず本人に返って来るみたいです。これは歌にもなっていて、チキサンドラと言う有名おばさん歌手が歌っています。掛けられると、元に戻すのはホワイトマジックが良いんですね。別の地域に出張中~padaの同僚が泥棒に入られました。犯人は女中と3番目に雇った運転手~警察ではブラックマジックにかかったと白状したそうです。これは調書にも書かれています。インドネシア人は温厚そのものに見えます。ホントいつもニコニコと天真爛漫に見えますね。韓国は、その反対~夜は大声で喧嘩ばかり~女性だって男性に殴りかかります。男性だって平気で殴り返しますが、年上だけには殴り返しません!インドネシア人の場合は外に出さない分、自分で抱え込んでしまいます。多人数家族での生活、心は随分と陰険になる様で、未だに藁人形の習慣が残っていますよ。この国で外国人が無事暮らすコツは、人前で恥をかかさない事です。これで仕返しを食らった人は多い!ある人(日本人)は全て仕事が終わって帰る日、鞄の中に薬物を入れられて密告されて、空港でつかまりました。この手の事件は多いです。さてこの布は、金羅紗でドドットと呼ばれています。布は最高級の物を使って、模様も丁寧に細かくかかれて伝統的デザインですね。最初の蝋置きだけで3ヶ月~3回以上は置いてますので随分と時間がかかっている高級品、その上に金泥を置いていますので、尚更です。ある金持ちの男性が、これを結婚式の日に着る予定でした。彼にとっては3番目の奥さんを貰うんですが...最初の奥さんが女中にブラックマジックをかけます。そして、その女中は↓お日様にかざせば、この通り!ハサミでギザギザに・・・これを買ってくれと言う婆さんがいて困りましたが、聞けば安い!お金に困っているようですので買いました。理由はギザギザにされたくないです(笑)古裂ハンター奮闘記はボチボチ続きますので宜しくお願いします。

  • 17Dec
    • ジョージハリスンの有名な盗作曲を聞いてみよう!

      昨日投稿の親父のラジオ~沢山コメントを頂きましてありがとうございました。お陰様で、55年後に聞いたラジオの音は、ガラスを引っ掻く様な耳障りな音でしたが、ここから流れてきた曲は元ビートルズのメンバーのジヨージハリスンの曲で盗作で問題となった迷曲だと言う事がわかりました。この話~マスコミが騒ぎに騒いだ事もありpadaもよく覚えています。ジョージハリスンの手持ちのレコードです。香港に出張~仕事は毎日定時に終わります。ホテルに帰ってもする事がないので毎日ウインドショッピング~お金もないので見るだけです。そのうち中古のレーコードショップが有ることに気が付きました。繁華街にある中古レコード屋さん、地価の高い香港でやって行けるのか思いながら中にはいります。値段を見て見ると結構安い~そう言えばまともなLP一枚も買えないうちにカセットに変わっていったなと思うと一寸興味が湧いてきます。ジョージハリスンのレコードも見つけました。値段は、これだけが格下の安値がついてます。思い出したのが盗作騒動ですね。裁判沙汰になった末に、ジョージハリスン側が1億1千万円の和解金を払い、この話は消えて行ったとか!ファンは相当ガックリ、当時のビートルズ神話に傷がついたんです。本家の名曲の方は1963年に大ヒットして、全米NO1になったそうです。そして偽物の迷曲の方は1970年に大ヒットして、全米NO1になりました。つまり名曲も迷曲も全米NO1と言う偉大なタイトルを取ると言う、前代未聞の珍現象がでたんです。音楽の世界は実に面白いですね。この頃は本物と偽物を聞き比べるなんて簡単には出来なかったんですが、今では簡単に出来ます。ユ-チューブから引っ張り出したので興味のある方はお聞きください。此方が本物の曲~1963年の大ヒット曲です。そして7年後の1970年に出た盗作の曲です。では現在は?本物が消えて偽物だけが残った!そう思いながら聞き比べますと迷曲の方が名曲を越えてるように思って来る事が不思議です。自信たっぷりのこの顔!良い物は良いんだよと言ってるみたい!

  • 16Dec
    • ♪~父ちゃんのラジオが鳴ったぞ!

      父ちゃんのトランジスターラジオが鳴った♪ブログ友を訪問していてトランジスターラジオがUPされていました。60年代のラジオで付属のランプも点灯し音もでたそうです。良いですね、この様な記事大好きです。そして思い出したのが実家の汚い机の引き出しに有ったトランジスターラジオです。父がある日、嬉しそうに帰ってきまして、このラジオを見せました。会社の共同購入で買ったんですね。当時の都市と地方では随分と差がありました。おそらく型落ちで余ったラジオが都落ちしたんだと思います。そして毎日嬉しそうに聞いていて、休みと成ればラジオを持って散歩です。それまで散歩などしたことも無いのに!その姿も半年余りで見なくなりました。勢いのある素晴らしい時代で、次から次と良い物が出るんですね。そして机の中に~眠ったままでしたが、50年前の音とはどういう物だったかと?と聞きたくなりました。音が出るかどうかトライしてみようとケースを開けます。皮のソコソコ立派なケースです。ロッドアンテナとイヤホンの収納が別々に有り、結構丁寧です。裏を開けますとぎっしりと電気部品が~良く詰め込みましたね。電池を出して来てホルダーに入れましてドキドキしながらスイッチを入れます。ウンともスンとも言いません!やはりか?と一寸ガックリ。額縁の様に立てる金物がセットされています。今見るとシンプルなデザイン~いい感じ!見ているうちに、そう言えば昔聞いた~と記憶がよみがえってきます。ドヤ~いい音やろ!父ちゃんが得意げに言ってました。この音、何としても聞きたい!何とか鳴らして見たい~段々と思いこみが強くなってきます。そのうちコリャ一寸可笑しいと思いました?この当時のトランジスターラジオが単三の電池一本で動くはずがありません!裏を見ましたら、ホホーやはり!原因が分った!嬉しくなりました。バッテリ~6Vと書いているではないですか!しかし6Vの電池とは?~9Vならなんとかなるんですがと調べます。調べましたら、このような電池でした。こんなの今頃ある訳ないですよね。電池コレクターが欲しがるアイテムです(ネットを探していましたら、電池コレクターと言う人もいました)それにしても何とか電池を見つけてラジオを聞きたい。1.5Vの電池を4個直列で、とも考えましたが接続が厄介!そのうち忘れていた事ですが良い案が出ましたよ。アマチャ無線で使っていた定電圧電源装置です。直流電圧が自在に出せますよ!使っていたのは25年も前でしょうか?これも父の影響~リタイヤして毎日やる事が無く暇そう!自分はその様に成りたくない!そう思って始めました。当時はアマ無線の100W局でした。電源電圧を6Vに合わせます。それをクリップで電池ホルダーにつなぎます。♪ラジオが鳴りました♪50年前の音ですね~そして聞こえて来たのが、その当時のまさかと言う名曲!グッドタイミングでした。父ちゃんも散歩しながら浪曲だけでなく、このような曲も聞いていたかもしれません?時間のある方は是非聞いてみて下さい!

  • 15Dec
    • 古裂ハンター:勉強したので珍品をゲット!

      古裂ハンター:古ジャワ羅紗の珍品をゲット。昨年の事ですが、陶芸仲間に誘われて、ギャラリーで展示するジャワ羅紗を選んでいました。展示するものは、良い物と言う基準ではなく、手に入れてヤッタ!と思った物を選びます。勿論、自己満足ですが、あくまでも趣味の世界~それで十分です。この布はヤッタ!ヤッタ!とカッタだるいインドネシアビールを呑みながら手を叩いて喜んだ布なんです。この布はラスムと言う地方の布でかってスマトラに輸出された物なんです。この布を見た瞬間~凄い迫力と思いました。何よりも色が良い、そして時代もたっぷり有り損傷も少ないです。左:勉強用のジャワ更紗 右:勉強した結果、手に入れたジャワ更紗左側が最初頃に買ったジャワ更紗で、これで勉強し、手に入れたのが右の更紗になります。最初は何もわからずに高いお金を出して買いました。何故インドネシアで、陶磁器マニアのpadaがジャワ羅紗を集めることになったのか?答えは簡単、陶磁器を船便で送ると、扱いが悪く割れるからなんです。何度も涙を流しました。そこで割れない物は何かと?考えました。此処はジャワ島~有名なジャワ羅紗収集に転向するか??布なら送っても割れない!コリャ良い考えだと、ジャカルタの骨董街を歩いて、良さそうな店を探しますとあった!布が6割程度~あとは雑器で、店主と話すとはっきりしていて真面目そう。聞けば消防に勤務とかで二足の草鞋を履いているんです。近所の元消防員とダブって見えました。相手も、此方が熱心なのを見て、良い物は此処には無い~家に来ないかと言います。*店には適当な物、良い物は家に置いて、家で取引をすると言うスタイルがインドネシアの特徴です。家に行きますと、目が覚める様な物が置いていました。今考えて見ても一級品ばかりですが、値段も飛び切りでした。勿論~勉強には投資が必要ですので、最初にはっきりと言いました。古布を適正な値段で売ってほしい!それが高いとわかった時点で、もう二度と来ない!そう言いながら、初めは1枚~次に行った時に2枚、そして又2枚と何度か買いました。今考えますと、どれも適正な値段、状態が素晴らしく良かったと思います。*ここで買った布が結局、生きた教科書になったんですね。家に行き~コーラを飲みながら、一枚一枚見ていきます。同行者には運転手がいますので心配ないです。英語ーインドネシア語のチャンポンでの会話になります。数多くの布のから選んだ一枚が、左側のテガネガラ(3国)と言う布です。値段的には60万ルピー平均的な値段ですが、これ一枚で当時のデパートガールの月給の4カ月分なんです。*勿論padaにとってもソコソコの買い物、何もわからない腰巻一枚に、この値段~まともかいなと思いましたが、最初は投資~勉強代ですね。後からわかったのは、これは有名な布で、茶はソロもしくはジョッグジャカルタで、青はペカロガンそして赤はラスムと言う所で染められていると言う事です。*昔から場所によって得意な染がありました。茶色を染めればソロが一番~藍染はペカロガンと言われています。赤はラスムの門外不出の色なんです。三カ国をまわって染め上げた布がカイン テガネガラと呼ばれているんです。これは二次世界大戦前の布で、インドネシアが独立したのは戦後なんですね。戦前は沢山の小国がひしめいて、独立性が保たれていました。つまり統治国のオランダが団結させない為に一般的な交流を禁止していたんです。この時代に三カ国を回して染めるんですから、凝りに凝った布と言えます。買った以上は本を買ってきて勉強します。殆どのジャワ羅紗の本は、英語とインドネシア語で書かれていますので、辞書を片手に紐解いていくんです。努力すればわかりますが、一杯気分で見ていると良い睡眠薬になりました。布のほぼ中央部分です。シンプルで大胆、一寸野性的でもあります。真っ白い布を最初は茶色に染めているんです。拡大してみますとよくわかりますが、チャップと言うスタンプを使って蝋引きして模様を出しているんです。(ネットより借用の写真です)これがチヤップで、これに蝋をつけて裂に押し付けて模様を出しています。数種類組み合わせて、蝋をしいて防染し茶色の色を出す。蝋はつけ過ぎても少なすぎてもいかずスタンプの切れめもバッチリ合わせねばならない!凄い技術ですね。この赤色~ラスムの赤はメラーダラー(血の赤)と言われています。中國では牛血石とか、鶏血石と言うものが印材としては珍重されますが、このラスムは中国人が多いのが特徴で民族の血が流れているのかもしれません。この色は昔は秘色、秘伝とされていましたが今では、あまりにもインパクトが強すぎて需要がなくなり衰退してしまったとか!そして今日では出そうと思っても出せない色になってしまい、今では化学染料に変わって深みの無い色になってしまったみたいです。辞書片手にフムフムと、成程~幻の色だったんか!それだったらラスムのバテックに絞って探し求めてみようかと思いました。幻と言われると、それに飛びつくマニアの悪い癖が出ました。ラスムの赤はかってスマトラで珍重されたみたいなので、この事が発端になってスマトラ島に足を運ぶきっかけになりました。布はたんぱく質の成分が無いので赤の色が出せ難いそうです。そこで染料に牛乳を混ぜたり、色々小細工をして出すそうなんですが、この部分が秘伝中の秘伝で特に中国系の人は団結が強く秘密が保たれました。さて、この布を反対にひっくり返してみますと↓見ての通り、反対側も同じ様に染まっています。つまり、表裏とも蝋を置いて防染しドブ漬けしてて、その色に染めるんですね。表だけで良いのに大変な手間をかけています。元々ジャワ羅紗の生い立ちは、宮廷の女性が趣味として蝋つけを始めた事が出発でした。商売とは関係が無い為、時間がかかっても問題は無かったんです。赤&青の部分は手書きですので、裏から透かしてなぞえれば、なんとなく蝋置きは出来そうですが、問題はチヤップの裏側~お分かりですね。そのままチヤップを押したら大変な事に?鏡に写したような真反対のチヤップが必要、そしてそれを反対側にピッタリと押さなければなりません(汗)コリャ相当の熟練がいりそうです。この時は展示の為に7枚~つまりベスト7を厳選しようとしてましたが、これも候補の一枚になりました。

  • 14Dec
    • 剪定作業をシルバーさんにお願い!

      頭隠して尻隠さず!我が家の庭がそのとおりなんです。写真で言えば、右側が道沿いになりますので、そこから見える範囲の剪定は何とかやり終えました。さて東側の生垣、これでも随分と見てくれが良くなったんです。チョット形跡が残ってますがオーシャンブルーとか言う朝顔見たいな吊る物がビッシリ垣根を覆っていたんです。おまけにそのツルが畑の中に侵入して行ってるんですね。これを除けただけでヘトヘト!家側から見ますと、こんな感じ!木の間にそのツルの根っこが沢山有るはずですが、これでは何処にあるのかさっぱりわかりません!コツコツと自分でやっても良いんですが、今一気分が乗らない~たぶん今年中には無理と言う事で、一気に片付けたくシルバーさんに頼みました。シルバーさんは安全上の問題もあり基本的に二名で仕事をします。表裏から攻めていきます。シルバーさんは、とにかく当たり外れがありますね。どの分野でも、これと言った人がいたら離さない事が大事です。この人は母の家の剪定を頼んでる人で真面目にコツコツやるタイプ~予定は、今年いっぱい詰まってるとか、母の家は来年になります。端っこ、この辺りは随分と外に飛び出ているので思い切って切ります。スカスカになりましたがさっぱりしました。切った剪定屑を、この場所に置いてもらい、ここからはpadaの仕事!シルバーさんは剪定と処分は別のグループになります。まだ1/3程度なのに、こんなに山、全部集めたら、多分軽トラ2台分?費用は6000円×2台?結構しますね!これを植えた頃は乾かして広場で焼いていました。予定~完全に狂いました。この様な箱に入れて↓軽バンに積み込みます。これで軽量したら70Kgありました。3回行きトータル約200Kgです。出来上がり!剪定は終わりましたが、今度は木の根元周りに生えてるツルの根っこを探してやっつける予定です。

  • 13Dec
    • スカーレットに負けずに花瓶作り!

      陶芸教室では朝ドラ 、スカーレットの話がよく出ます。皆さんビデオをとってみているみたい!そりゃそうですよね!所が不思議な事に気が付きました。釉薬を選定してるとか、絵付けをしていた一場面は、皆さん見ているんですが、ストーリーついては皆さんさっぱり覚えていない。つまり、一画面に拘ってる間に放送は終了してしまうんです。padaは始まりの、この画面を見た時に、何時も思い出すものがあるんです。手ロクロの上の女の子~これを見る度に考えるのが↓首さえあれば、名品だったのに残念!何故首から上がバラバラになって飛んで行ったのか?アアでも無い!こうでもないと考えているうちに番組が終わってしまうんです。多分~頭の中に空洞が有って、そこにたまった空気が温まって膨張して爆発した。その様に考えてはいるんですが?粘土の間に気泡が入らない様に随分と押さえた粘土を切ってパーツを作りました。ボックスを組み立てます。隅を切り落とします。切った残りを内側に入れて引っ付けます。同じ様にして、この様な物を二個作って!上下につけて、下側は高台~上は花瓶の縁にします。形は出来上がりました。来年の2月に素焼きをしますが、それまでに5個作る予定!

  • 12Dec
    • padaが選ぶクリスマスの名曲、ベスト3!

      香港には、よく出張に行ってました。仕事は毎日が定時~以後やることはない!お金もないから毎日ウインドショッピング、そのうち気が付いたのが中古レコード屋が多いと言う事なんです。そういや~その昔、欲しいレコードがあったねとレコード探しが始まりました。香港だから洋盤ばかリ。買ったレコードはプレスリーとビートルズ、何故かと言うと他の歌手は知らないからです。その中にジョンレノンのLPが有りました。気に入ったのは、この裏面の画なんです。カツオかマグロが飛んでいる!見ていて刺身が食べたくなりました。この様に集めたレコードですが、日本に帰ると邪魔物の筆頭になり、押し入れに10年入っていました。ある日、思いついてレコードプレーヤを買いました。転がってるレコードを聞いてみたくなったんですね。このレコードも聞いて、良いなと思ったのがハッピークリスマスでした。子供の声が出て来るのが良い!訳語がついてるのが尚更良い!For yellow red ones=アジア系にも先住民にも・・・コリャ和訳がなかったらサッパリ分からん!一番人気があるのが、この曲!どこでランキンを探しても~人気NO1です。元はJRのCMとか・・・ヒット曲とはこんなもんなんですね。三曲目、迷いましたが、この曲です。何とて可愛い~「恋人がサンタクロース」会うたびにプレゼントがガバガバ~こんな恋人、誰でもほしいです。