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先日、本田晃一さんの記事に、
とてもとても心が共鳴しました。
それはこちらの記事→痛い思いをした時は
痛い思いをした時は、ガードレールにぶつかったと思うことにしていてさ。
間違った方向に行ったので、ガードレールが修正してくれたのだ。
ガードレールにぶつかったら痛いけど、
でもガードレールが無ければもっと大変な目にあったりするのだ。
だから
「あ、軌道修正ってことだな」
みたいにキャッチして、進む方向を修正したりしてるのさ。
この感覚大切にしてると、あんまり痛い思いをする事もなくなるし、
想像していたより良い場所に行けるようになるのさ。
※転載自由なので丸々転載しました
ついつい、
人は「痛み」を感じた時に、
(ここでいう「痛み」とは主に心にダメージを受けた時)
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう…」
「何が悪かったのかな…」
「もっと○○しておけば、こんなことにならなかったのに…」
と思ってしまいがち。
…でも。
晃一さんの言う通り、
「ぶつかったら痛いけれど、無かったらもっと大変な目にあっていた」んですよね。
(実際の事故でも、ガードレールのおかげで命拾い、とかありますものね)
それだったら、
ガードレールにぶつかってしまったことに後悔するのではなく、
ガードレールにぶつかってしまった自分を責めるのではなく、
ガードレールにぶつかったことが、
その後の人生にとって大事な出来事になるんじゃないのかな、と思います。
「雨降って地固まる」
ということわざもあるように、
全ては「良くなるため」に存在している。
「痛み」を感じた時に、
そんな「痛み」を感じられる、
という事実もまた、プラスに捉えたいな。
そして、プラスに捉えることで、
物事はプラスに運ばれていくんだろうな。
(この記事でも似たようなことを書きました→「痛み」や「不安」を感じること。)
私は決して「痛み」を感じない人間ではなくて、
むしろ「痛み」を感じやすい人間です。
だからこそ、
「痛み」を感じないように感じないように感じないように…。
そうやって自分を律してきた部分もあります。
「痛み」を感じる自分を否定してきたからこそ、
「痛み」を感じる誰かのことも否定してきてしまった過去もある。
そんな私だからこそ、
「痛み」を感じやすい「自分」を責めてしまっている人に対して、何かを伝えられるのかもな。
そんなことを思いました。
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