いってみよう! 夫婦で GO!GO! 世界一周。 -19ページ目

いざ聖地へ行かん ヨルダン~イスラエル国境のスタンプ

エルサレム。


いつだったか、TVで世界遺産番組が放送されたとき、
私の目は釘付けになってしまった。


三大宗教の聖地。
何千年も前から連綿と続く信仰の地。


歴史の重みがそうさせるのか。
余りにも浮世離れしたところと映ったのか。


自分でもなぜそこまで惹かれるのか分からないが、
以来、私はずっとこの伝説の地に憧れ続けていた。


そして今日。ついにその憧れの聖地を目指すときがきた。


最後まで誘ったが、どうしても行く気にならなかった妻を残し、
1人でホテルを後にする。


朝7時。
ヨルダンとイスラエルの国境であるキングフセイン橋まで行くため、
ムジャンマ・シャマリーへと向かった。
しかし、待てども待てどもセルビスはやってこない。


朝のラッシュ時はヨルダン人もなかなか足を確保できないらしい。
「セルビス来ないよ!」という隣のヨルダン人に導かれ、
ちょうどやってきた路線バス1番に乗った。


日本のアニメ通(特に「NARUTO」)の彼は、
俺も一緒の方向だからと、バス代0.25ディナール(約38円)をおごってくれた。
日本語はアニメ仕込みで覚えたらしい。
「テレビで日本のアニメをやっているのか?」と聞くと、インターネットだという。
イリーガルだが、アラビア語の字幕付きのものが結構出回っているのだとか。


「さよなら」と「じゃあな」の違いを気にしていたので、教えてあげたが、
納得したのかしないのか、彼は別れ際、「じゃあな。」と言って去っていった。


ムジャンマ・シャマーリーから国境のキングフセイン橋までは、
セルビスで3ディナールだった。


何台か停まっていたセルビスの運転手に料金を聞くと、
5ディナール(約755円)だと言われたのだが、情報では2.5ディナールだということなので、
「ガーリー、ガーリー」とアラビア語で「高い。高い。」を連発する。
すると、もうすぐ発車しそうなセルビスの運転手が4ディナールと言って来た。
更に値切って、3ディナール(約453円)で乗車した。


谷をひたすら下って行くと、いつの間にか海より低くなっていた。
国境へは一時間ほどで到着した。


他の客は一体いくらで乗っているのだろう。
セルビスを降りるときに注意して見ていると、なんと、みんな5ディナール払っていた。
どうやら運転手は、私だけ特別に3ディナールにしてくれたようである。
これはちょっと悪いことをしたな。。。。情報を鵜呑みにするのも考え物だ。


ヨルダン側の国境では、大勢のパレスチナ人が列を作っていた。
自分もこの列に並ぶのか。。。と憂鬱になっていると、
係りの人が「お前はコッチだ。」と案内してくれた。


言われるままに進んでいると、
いつの間にか大勢のパレスチナ人を抜かし、荷物検査もスルーして、
イミグレーション前にたどり着いた。


イスラエル入国の際。多くの旅行者にとっての心配事は、
パスポートにスタンプが押されるか押されないかだろう。


イスラエルの入国スタンプがパスポートに押されてあると、シリア、レバノン、イエメンなど、
イスラエルと仲の悪い国への入国が出来なくなってしまう。
旅程にこれらの国を入れている人にとっては、大変な問題だ。


それなら入国拒否される前に、あらかじめ周ってしまえばいいのかもしれないが、
スタンプが押されることで、行き先が制限されるのもなんとなく、気持ちが悪い。


私のパスポートは申請したばかりで、あと8年は期限が残っている。
今後、それらの国へ行くことになるとも限らない。
ましてやシリアなんて近いうちにまた行きたいなぁ。なんて思っていたところなのに。。。。


できれば、ノースタンプで通過したい。


情報どおり、ヨルダン側では出国スタンプはパスポートではなく、別紙に押してもらうことができた。


ヨルダン側の出国スタンプが押してあってもイスラエルに入ったとみなされるので、
多くの人が別紙スタンプを申請するためなのか、
「言わなくても分かってるよ。」と係官は慣れた様子だった。


途中で知り合ったイスラエルに留学しているという日本人の女の子は、
VISAの更新のためパスポートに押してもらわないと困る。と係官に頼んでいたが、
ここでは全て別紙スタンプで処理することになっているらしい。
逆にパスポートに押してもらう方が困難なようだった。


10分ほどで手続きを済ませ、30分ほど待機。
3ディナールのJETTバスで橋を越え、イスラエル側の国境へ向かった。


キングフセイン橋は日本製だった。
橋にはハートと地球をミックスしたようなものにJAPANと書かれてあるマークが付いていた。
ほとんど水が流れていないようなところに架かる橋を渡ると、ヘブライ語の看板が現れた。


いよいよイスラエルだ。


橋を渡ってすぐのチェックポイントでは、乗客は一旦外に出なければならなかった。
パスポートやIDカードのチェックを受けている間、車内の荷物検査が行われる。


検査するのは女性のイスラエル兵だった。
彼女は携帯電話でおしゃべりしながら、車内を見て周った。
その様子はなんとなく、日本の女子校生を思わせた。
片手にはもちろん銃を持っている。


国境の緊張が少し緩んだ。


再びバスに乗ると、ほどなくしてイスラエル側のイミグレーションへ到着した。
またもや大勢のパレスチナ人を横目に、外国人用のカウンターへ。
こういうとき、荷物が軽いと楽だ。


荷物検査を通過し、噂の謎の「プシュッ」という空気が出る機械を通ると、
パスポートに荷物シールを貼られた。


このシールでもイスラエルに入国したことがバレるらしい。
貼られた跡が残らないように綺麗に剥がさないといけないのだけれど、
噂どおり、これがかなりの粘着力を持っていた。
なかなか綺麗に剥がすのは困難なので、パスポートカバーは必需品だろう。


諸々のチェックを受けてツカツカ歩いていくと、いよいよ問題の関所が眼前に現れた。


4つほど並んでいる入国審査のカウンターにはどれも女性が座っている。


外国人が笑顔で通過していくところは、
別紙スタンプ成功の確率が高いという話があったので、
空いているところはスルーし、わざわざ欧米人の並んでいるカウンターを選んだ。


前の人の様子を伺っていると、かなり和やかな雰囲気で、
ものの数分程で終了。別れ際には笑顔で挨拶しあっていた。
スタンプも押されていないようだ。


「お、これは案外簡単にいけるんじゃないか。」


いよいよ自分の番になり、パスポートを渡す。


「スタンプは別紙に押してください。」と、言い終わらないうちに、
係官の女性は「オーケー、オーケー」と言った。
言わなくても分かってますよ。という感じだった。


おまけに、彼女はなんと私と同じ誕生日で、しばらくその話で盛り上がった。


「おお!これは間違いなくいけるだろう。」


と、思ったのも束の間。

シリアのスタンプを発見すると、彼女の口調は急に事務的になった。


「シリアに行ったことがありますか?」
「はい」
「何しに?」
「観光です。」
「どれくらい?」
「一ヶ月くらいです。」


途端に怒涛の質問攻めが始まる。


イスラエルには何しに行くのか?イスラエルに友達はいるか?


どのホテルに泊まるのか?という質問には、パームホステルと答えた。
ファイサルホステルに泊まるつもりだったが、
そのホテルはジャーナリストや反イスラエルの活動家たちが集まることで有名だそうで、
絶対に口に出してはいけないということだったので、言わなかった。


パームホステルのことは誰から聞いたのか?ということも聞かれた。
そんなことまで。と思ったが、「誰かからです。」と答えるしかなかった。


クレジットカードは持っているか?とまで聞いてきた。
「持っています。」と答えると、見せてくれと言うので見せた。


だんだんそんなこと聞いてどうするんだ?とイライラしてきたが、
ここはおとなしく従うしかない。


質問が終わると「これに記入して待ってて下さい。」と、A4ほどの紙を渡された。あらうああ


自分の名前、父親の名前、住所、電話番号、Eメールを記入する欄に加え、
滞在先の住所を記入する欄。
これまでの旅行先の日数と目的を記入する欄が4つ。
イスラエルの知り合いの名前、住所、電話番号の欄が4つ。あった。


旅行先の欄は全部書いたら足りないので、どうしようかと思ったが、
質問の意図を汲んで、アラブ諸国のみ記入した。
エジプト30日、シリア30日、ヨルダン15日。
シリアに一ヶ月もいたなんて書くと、間違いなくつっこまれるだろうが、
パスポートを見たら分かることなので、正直に書くことにした。


記入が終わって20分ほど待っていると、別の女性がやってきた。
紙を見ながら質問がはじまった。


「シリアに30日もいたの?」と案の定つっこできた彼女は、何やらメモを取りながら、

「で、イスラエルには何日いるのですか?」と聞いてきた。
「2、3日です。」と答えた。
「どこに行くつもりですか?」という問いには、
「エルサレムです。」と答えたが、「エルサレムだけ?」と念を押されたので、
「ベツレヘムにも行きます。」と言った。


携帯電話の欄が抜けていたら、「日本のものでも書いてください。」ということだった。


質問が終わり再び待たされる。


さらに20分ほど待って、ようやく先ほどの入国カウンターからお呼びがかかった。
パスポートとともにスタンプの押された紙を渡された。


どうやら別紙にスタンプを押してくれたようだ。


「結構待たされたけど、良かった。」と胸を撫で下ろしたのも束の間。


パスポートを確認してみると、
そこにはその別紙と同じ赤いスタンプがしっかり押してあった。


「なに~!」


オッケーって言ったのに、なぜだ!質問にもちゃんと答えたのに。。。。


「ああ、まだあと8年も残っているのに。」


ガックリと肩を落として、指紋と写真を取るブースへ行った。
「この国境は指紋までとるのか。まるで犯罪者扱いだな。」
スタンプを押されてしまったことで、途端にイスラエルに対してネガティブな感情を抱くようになった。


指紋取りが終了して、先へ進もうとすると急に辺りが騒がしくなった。
前にいた人々が次々と引き返してくる。後ろからはイスラエル兵が慌てた様子で走ってきた。
必死の形相の彼らを見るとただ事ではないということがすぐ分かった。


ボムがどうとか言っている。荷物に爆弾でも紛れ込んでいたのだろうか。


既に入国審査を済ませた人も全員また再び入国ゲート前に集められた。


イスラエルに留学している女の子によると、こういう事はしょっちゅうあるらしい。
慣れた様子で「あ~あ、まただよ~」と言っていた。


一体いつ入国できるのだろうか?全然時間の読めない中、ひたすら待つしかなかった。


1時間は待っただろうか?騒ぎが一段落すると、入国ゲートは再び元の状態に戻った。
時計を見ると国境についてから、3時間が経っていた。


再びゲートを進む。


手荷物だけだったので、すんなり通れるのかと思ったが、
荷物受け渡しのカウンターでは尖った質問が飛んできた。


「武器は持っていますか?」


そんなの持ってるわけねーだろ!シリアに行ったことがそんなに悪いことなのか。


私が別紙スタンプだと勘違いしたスタンプの押された紙は最後に破って捨てられた。
CONTROLと書いてあったのでイミグレーション内の通行証のようなものだったのだろう。


長い長い入国手続きが終わった。


1人30シュケル(約840円)+荷物代3シュケル(約84円)のエルサレム行きのバスに乗って1時間。
ダマスカス門前に到着するとアンマンを出発してから8時間が経っていた。(yo)

ひとりぼっちのアンマン。初めての1人旅

ヨウヘイが今日からイスラエルにいった。
私はなんだかあまり興味がわかなかったので、アンマンでお留守番。


この旅始まって以来、初めての1人行動。
今、泊まってるホテルは二人だと安いのだが1人だと割高。
なのでまずは宿を変えることに。
クリフホテルのルーフドミトリーへ行った。


いつもはヨウヘイが担いでいる、PCの入ったリュックを持っての移動は、
いつもの倍しんどかった。


ヨウヘイはいつもこんな重いバックをもってたんだな~。
あらためて気づいた。


部屋もすぐに見つかり、荷物を置いて、国立美術館へむかう。
セルビスもすぐに乗れ、10分程で着いた。


国立美術館はとてもキレイだった。日本の美術館と変わらない。
中はアラブ諸国のアーティストの作品が溢れていた。しかもお客さんは私1人。
貸切状態でゆっくり鑑賞できた。


美術館には美術書の置いてある場所もあり、
様々な国の美術書や日本の庭園の本や日本を紹介する本もあった。


美術館を後にして、お昼はいつものスープ屋へ。
食べ終わる頃に2人の日本人がやってきた。
顔をみるとハマで同じホテルだった男の子だった。


凄い偶然だ。そのあとまた2人の日本人の女の子が。


小さいスープ屋が日本人だらけになった。


女の子たちの中に1人アラブ人がまざっていた。
聞くと中東一日本人に有名なあのサーメルさんだった。
噂どおりすごく優しそうな人だ。


ご飯も食べ終えたので、また1人で次は丘の上の私設美術館へ。
ここも現代アートが並んでいた。2階には図書館があるらしいので、
上がっていくと、そこにも覚えのある顔が。


前回、アンマンの同じホテルで、よく話していたシリアのアーティストのおじちゃんだった。
お互い片言の英語で話す。


おじちゃんは日本のお寺やアートが好きらしく何冊も広げてみていた。
そこにはかなりの数の美術書があったので私も椅子に座り、ゆっくりと眺める。


こんな良い図書館がアンマンにあるとは。しかも無料。素晴らしい。


ホテルに帰ると、日本語ペラペラのアラブ青年がいたので1時間ほど話した。
日本から来ている、JICAの人に3年半教えてもらったらしい。
漫画も大好きで日本語で読めて、日本の映画も日本語で見てるそうだ。凄い!
「DEATH NOTE」や「あずみ」が大好きっと言っていた。
ママ大好き!と何度も言っていた。


日本人の男の人はあまりり人にお母さん好きとか言わないんだよ~。というと
凄い不思議がっていた。ラマダンどう?苦しい?って聞いてみると、
あれはスポーツみたいなもんだよね~!と言っていた。


夜ご飯はサンドイッチで済ませ、1人寝床につく。
ドミトリーといってもダブルルームに1人。
しかも屋上なので人気もないし、寂しかった。(yuri)

近況報告です。

ヨルダンに妻を残し、単身イスラエルにやってきました。


国境では危険物騒ぎで、ずいぶん待たされ、

ノースタンプ、オーケー。と言っていたのに。。


しっかりパスポートに入国スタンプが押してありました。


どうやら宝くじに当たったようです。


これで、後の7年間。シリアを含むイスラエル未承認の国に、

行けなくなってしまいました。残念です。。。


ベツレヘムのチェックポイントでは、持ち物検査の時に、

ベルトをはずしたまま、忘れてきてしまいました。


あとで取りに戻ってみましたが、結局みつからず。。。


パレスチナとの分離壁さえなければ、ベルトを無くさずに済んだものを。。。


壁なんてなくなればいいのに。


切にそう思いました。


アップタウンへGO


mansafalq

昼はちょっと高めのアルコッツレストランへ。

ボリューム満点のラムマンサフ4.5ディナール(約680円)。
柔らかいラム肉がおいしかった


コーダホテルから、なじみのべデイウィホテルに移った。


郵便局の隣の坂を上っていくと、
いかりや長介似のオーナーが以前と変わらず、
宿の前に座って地元の人としゃべっていた。


私たちのことを覚えているかな?と
感動の再会を期待したのだが、無反応。


どうやら忘れられてしまったようだ。


ちょっと、寂しかった。


このホテルはシリアに経つ前に泊まっていた宿だが、
観光客の宿泊こそ少ないものの、値段も手頃で、静かで快適なので、
私たちはすっかり気に入っていた。
屋上で洗濯物も干せるし、冷蔵庫も使うことができる。


ただし、あまり客がいないので、1人旅では寂しいかもしれない。


荷物を置いて、アップタウンに向かう。


坂を下っていると、下から韓国人夫婦がやってきた。
二人とはダマスカスから一緒のバスで、同じコーダホテルに泊まっていたのだが、
コーダホテルのシャワーのお湯がなぜか出なくなってしまい、
シャワーが浴びれないと困っていたので、べデイウィホテルを紹介してあげたのだった。


アップタウン行き26番のバス乗り場に行くと、ちょうどバスが発車したところだった。


なんとも悪いタイミング。


大勢の人が待っているので、すぐに来るだろうと思ったが、
なかなか次のバスはやってこないのだった。


突然、バスの関係者らしき親父が叫んだ。


途端、みんな「え~っ」といった様子でぞろぞろと別の場所に歩き始める。


どうやらバスが来ないことになったらしい。


そんなのありか。と思いつつ、私たちも付いていく。


しかし、ここで待てというバスの親父が指示した場所では、
バスは一台も止まってくれなかった。


来るバス、来るバスが見事に乗車拒否。


地元の人も怒って親父に抗議するが、
肝心のバスが止まってくれないのでは、まったく意味がない。


20分ほど待っても全然乗れないので、しょうがない。
タクシーを利用することにした。


つかまえた運転手は若かった。
アップタウンの7サークルまで、メーターで行ってくれた。1.85ディナール(約280円)だった。
2ディナール払うとおつりを渡そうとしてくれた。


ヨ、ヨルダンで、はじめてメーターで乗れた!


まともなタクシーにうれしくなったので、おつりは受け取らなかった。
エジプト以来続いていたタクシー恐怖症がようやく克服できた。(yo)



staba
7サークル辺りのショッピング街は小奇麗な建物が並び、ダウンタウンのごちゃごちゃしたかんじとはまったく別世界。
スタバもあった。カフェラテ、トールサイズ税別1.9ディナール(約280円)でも、ちょっと思ってたところと違った



kingsize
とあるお店のディスプレイ。太りすぎの男にスマートな女「あんたちょっと太りすぎよ。」
それを見ていた小太りの女「あんたこそ痩せすぎよ。」



macjor
赤くないマクドナルド。なんとなくおしゃれ。
帰りはバスが捕まらず、結局ミニバスでムジャンマ・シャマーリーまで行く羽目に。
1人0.65ディナール(約100円)+シャマーリーからダウンタウンまでのセルビス代0.33ディナール(約50円)で、
計2ディナール(約300円)になってしまった。遠回りしたので、こんなことならタクシーで帰ったほうがましだった。残念

情報収集

私たちのヨルダンでの定宿はべデイウィホテルになっていた。


けれども、今回はイスラエル情報を集めるために、
コーダホテルに一泊することにした。


日本人が多く集まり、情報ノートも置いてある。
このホテルは中東の有名人、サーメルが働いていた宿として、
クリフホテルとともに日本人パッカーの間で知られているが、
現在サーメルは諸事情あって、少し離れたヨルダンリバーホテルにいるようである。


コーダホテルは、シーズンオフのためか、日本人観光客はほとんどいなかった。
荷物を置いて、オーナーに情報ノートを見せてくれというと、
快く引き出しから出してくれた。


ノートにはイスラエルの行き方から帰り方まで詳細に書いてあった。
親切にエルサレムの地図を付けてくれている人もいた。
どこの誰かはわからないが、親切な人がいてくれて助かった。


本当にありがたい。


読むばかりでなく、自分たちもノートに何か書き込みをしなければいけないと思い、
何か有益な情報はあるだろうかと考えたが、
既に書かれていることが多く、大したものもないので結局書くのをやめてしまった。


目当ての情報も手に入ったことだし、後は行くだけだ。


なぜか、シャワーのお湯が熱湯に近く、熱くて入れなかったのと、
洗濯禁止のためなのか、水がチョロチョロとしか出なかったので、
次の日には、べデイウィホテルに移ることにした。


情報だけとってトンズラ~(yo)