こだわりのつっこみ -11ページ目

こだわりのつっこみ

素人が音楽、小説、映画などを自己中心的に語ります。

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 「今まで気づかなかったけど、さっきから歌が聞こえる」
 ハルキが真ん中の寝台で半身を起こし、辺りを見まわす。読書をしていた中川も、本から顔を上げた。
 「どこかで、女の子が歌っているのじゃないか」
 さして興味もなさそうに、中川は読書に戻る。ハルキは入り口や天井に視線をめぐらし、音楽のもとを探す。
 「もしも、この歌が……」私は二人に問いかけた。「とある植物のつぼみから出ているものであったなら、二人は驚くだろうか」
(p136-137より)

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さて、乙一さんの短編集『きみにしか聞こえない』の最後の作品、『華歌』です。
後述しますが、ある一点を除いては、またまた良くできた短編だなぁと思います。


ではあらすじをば。

列車事故により、その列車に乗車していた主人公の「」は、
愛する人と、そのお腹の中にいた子ども
を同時に失い、「私」自身は病院へ入院することになりました。
その病院はまるで生気がなく、同じ病室の中川ハルキともほとんど会話をしない。

さて、「私」は
奉公人も何人かいるような良家の生まれ。
しかし親に恋人との仲を反対され、駆け落ちするように家を出たのです。
そしてもうすぐ子が生まれるという幸せを手にする寸前で、列車の事故が起きたのでした。
病室には奉公人の里美が見舞いに来ます。「私」の母の手紙を携えて。
家に戻って来いということなのです。

しかし親を許すことができず、かといってこれ以上迷惑をかけたくないという葛藤を抱えた「私」は、散歩をしながら裏庭へと向かいます。
この間のように巨木に腰掛けた「私」でしたが、ふと、鼻歌のようなものが聞こえてくる。
周りには誰も居ない。
しかし、歌は聞こえる。
何気なく視線を落とすと、地面にが植わっていて、今にも開こうとしているつぼみの花があり、鼻歌は、なんとその花から聞こえてくるのです。

驚いた「私」はその鉢をみつけ、その花を病室に持ち込みます。
やがて、花が開きます。すると、花弁の中心にやはり少女が、目を閉じた美しい少女がいたのです。
翌朝、病室にはハミングが聞こえます。もちろんその少女が歌っているのです。
同じ病室にいたハルキと中川にそのことの真相を伝えた「私」。
少女はハミングをするとは言っても、それ以外のことは一言も発さず、それどころかハミングも、一つの旋律しか歌いません。
最初は怪訝そうにそれを見ていた2人も、やがてその少女の歌声に生きる希望を灯していくのです。

しかし、疑問は残るどころかどんどん湧いてきます。
なぜ少女はその花の中にいるのか?
なぜ少女はハミングを歌うのか?

次第にそれが明らかになるのは、「私」と中川が看護師の相原と話したことがきっかけでした。


 
では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。

 








きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)/乙一
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~1回目 2010.5.26~

あらすじの続きです。

」と中川がふとしたことで口ずさんだの少女の歌うハミング。
それに対して看護師相原は、なぜその歌を知っているのかを2人に問います。
しかし、むしろびっくりしたのは2人の方であり、なぜ相原がその歌を知っているのかということを逆に問います。

すると、最初は躊躇していた彼女でしたが、語り始めます。
ひと月ほど前に入院していたミサキという18歳の女性がその歌を口ずさんでいたとのこと。
ミサキはなんだか不思議な人だったようで、自分を生きていてはいけない人間だと信じていたのです。
それはミサキの母は、父の浮気相手であり、望まれていない子どもだったからです。
もし自分がいなければ母親は別の相手と結婚して、幸せに暮らしていたのだと。
10歳で母を亡くしたミサキは叔父の家に引き取られ、そこで優しくしてくれた叔父さんの息子、リュウイチロウとともに作った歌、それがあの花の歌うハミングだったのです。

18歳になるとミサキは叔父の家を出て、数ヶ月一人で暮らしたあと、この病院に入院したのだそうでした。
しかし、今からひと月前、リュウイチロウが見舞いに訪れ、その4日後、ミサキはあの裏庭の巨木に首を吊って死んでとのこと。
彼女が死んだ場所、そこはまさにあの花が生えていた所だったのです。

ミサキは生前、母と暮らしていた山の上にあった家から眺める麓を相原と見に行く約束をしていました。
「私」を含め病室の3人は、ミサキの胸のうち、さらに次第に花が弱っていることを想い、この花を山の家のそばに植えてあげようと考え始めます。

「私」は退院し、奉公人の里美とともに、生家へ戻ることにします。
もちろん、目的は実家に戻ることだけではなく、退院したその足で、ミサキがかつて住んでいた家に向かうことです。

さて、相原に教えてもらった通りに山を登っていくと、確かにその家はありました。
その家にはリュウイチロウが住んでいました。
花を見せ、ことの顛末を語るとそれを庭に植えたあと、リュウイチロウはミサキが相原に語らなかった真実を語り始めました。

リュウイチロウはミサキのことを想っていたのだが、父親が決めた相手と結婚しなければならなかった。
悩みかねていたリュウイチロウに、ミサキは自分などいなければよかったと謝ると、その次の日から叔父の家から忽然と姿を消した。
しかし、何度も忘れようとしてもミサキのことは忘れられず、ついにミサキが入院している病院を突き止めたリュウイチロウは、妻と離婚をし、改めてミサキに結婚をしようと告げたのでした。

しかし、自分がいたせいで、かつての母親だけでなく、またもや家庭を、そして他人の幸せを壊してしまったという罪悪感から彼女は自殺したらしいのでした。
さらに、ミサキのお腹の中にはリュウイチロウとの子どもがいたということも明らかになり、それがさらにミサキを苦しめることになったのだろうと「私」は感じるのです。

しかし、物語はここでは終わりませんでした。
というのも、家の庭に植えられた花、リュウイチロウがよく見ると、ミサキの顔ではないのです。

ミサキは、本当は子どもを産みたかったのです。
そして、自分の愛した風景を見せたかった。
この歌う花はミサキの首を吊った真下で生まれた彼女の子どもであり、それがゆえに花は生前ミサキが胎内に聞かせていたリュウイチロウとの共作の歌のみを覚えていて、ハミングしていたのでした。

そして、「私」自身も、その出来事と、里美のいう母親がずっと心配していたのだという発言から、自分に対する母親の愛情に気づき、母親と向き合っていこうと、母親の待つ家に向かったのでした。


さて、感想です。

というよりまず反省ショック!
こんな稚拙な文章のあらすじを読むよりも、実際の作品を読んでいただきたいくらいです汗
もう、まとめきれていないことうけあい。
丁寧に読んで下さった方、それだけで感謝です。

では改めて感想ですが、
こちらは他の2作品に比べ、若干ページ数は多いです。
それだけに、オチまで引っ張る引っ張る。
こっちもハラハラドキドキです。

しかし、冒頭で指摘した個人的に納得できない一点

それは、実は主人公の「私」を含めハルキ、中川は女性なんです。
必然的に里美は男ということです。
つまり、この舞台である病院は、産科病院で、堕胎や流産の治療のために入院したり心のケアをしていたのでした。

そのこと自体は読んでいて「ここでもそんなトリックもってくるかぁ~」と思いましたが、しかし反則に感じます
というのも、あまりにも中川やハルキが男口調過ぎるのです。
挿絵ですら主人公の「私」を男と思わせるトリックの道具に使っているのに、この2人に関して言えば甘すぎる。

例えば、ハルキの台詞。

「しょんべんにいってくら」(p129)

しょんべんなんていう女性いるでしょうかはてなマーク
せめて、「小便にいってくる」とか「トイレにいっていくる」でしょう。

さらに同じページの中川の台詞。

「さきほど見舞いにきたのはあんたの恋人かね」(p129)

中川がおばあちゃんなら分かりますが、中年とお見受けします。
中年の女性でも、さすがに「~かね」なんて言うでしょうかねぇ。
「~かね」がない方がいいんだけどなぁ。
「~かね」がなくても、「あれ、こいつもしかして女なんじゃないのか?」なんて思いませんよ。


すんごく細かいことですが、
そういう言葉一つ一つを丁寧にして欲しかったなぁという気持ちがあって、
トリック明かしされても、
「してやられたぁ~」というより、「え、強引じゃない?」という方が強かったです。

逆に、ミサキの生まれ変わりだと思っていた花が、実はミサキのお腹の中にいた子どもだったっていうトリックは説得力があったし、うなずけました。
だからこそ、「え~!!」って驚けられたんです。

その意味で、キャラクター設定に個人的な不満があるので、キャラの星は低めダウンでした。

   
総合評価:★★★
読みやすさ:★★★
キャラ:★★
読み返したい度:★★
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 「時間は俺に何をさせようというのだろう」
 伊庭が低くつぶやく。「この時代が俺たちの時代と微妙に違っているのは、何か意味があるのだろうか。俺たちがどんどんその違いの幅を広げてしまうことを、時はなぜ許して置くのだ。これはたしかに罪だ。俺たちはこの時代に呼吸しているだけで罪を犯しているのだ」
 波の音が次第に烈しくなっていた。
 (p73より)

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日本SF界の古典的名作の紹介にあがりました。
戦国自衛隊です。
自衛隊(つまり現代の兵器を持つ人々)が戦国時代にタイム・スリップするという設定の下、その様子が丁寧かつ大胆に描かれています。
実際の兵器はおろか、戦国武将の人となりもかなり熱心に取材なさったんじゃないかなぁ。

正直、こんなに面白いとは思いませんでした。
個人的には、「猿の惑星」級のラストの衝撃です。


ではあらすじです。

自衛隊の大規模演習のため、富山県の方面に結集しつつあった自衛隊員たち。
しかし、演習の開始前に、大規模な地震(時震)が起こり、伊庭三尉以下30名の自衛隊員は戦国時代にタイム・スリップしてしまいます

その地で後に上杉謙信となる長尾景虎と知り合い、伊庭以下自衛隊員と長尾は互いに信頼で結びついていきます。

タイム・スリップとはいっても、一直線上に同時代を逆行したわけではなく、わずかに様相の異なる別次元に飛び込んだらしく、例えば織田信長は登場していないなど細部にわたっては入れ違いがあるようなのでした。

いずれにしても、現代の兵器とともに戦国時代に漂着してしまった自衛隊員たち。
しかし、最大の疑問は彼らにずっと付きまといます。
なぜ自分たちだけがこのような世界にタイム・スリップしてしまったのか?
自分たちが行動することは、歴史を歪めることにならないのか?

しかし、
この考えに揺れながらも、戻れる保証がない以上、その兵器を活用してこの戦国時代を平安に導いたほうがよいのではないかと考えはじめ、自衛隊員らは世界を切り開いて行くのです。



 では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。
 








戦国自衛隊 (角川文庫)/半村 良
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~1回目 2010.5.26~

さあ、一応核心に迫る意味でも、主要な登場人物を列挙してみます

伊庭義明(自衛隊三尉)
  タイム・スリップした自衛隊で最も階級が高いため、リーダーとなって長尾景虎らを助け、後に日本を平定するために躍起する。

島田和秀(自衛隊三曹)
  装甲車の運転士。装甲車は、自衛隊員が行う戦いにおいて重要な役割を果たす。島田自身は豪快な人物であり、戦いを好む。

竹吉(伊庭の下僕)
  もともとは伊庭の下僕として、天才的な才能を発揮してメキメキと頭角を現す。功名心の塊で露骨にそれを示すものの、皆からは嫌われないというある種の才能も持ち合わせる。のちに伊庭の一字をもらい、石庭竹秀と名を変える。

栗林孫市(長尾の部下)
  実直で、命令に対して拙速を重んじる実戦派の武士。当初は愚直であったが、連戦により物事を見る目が備わり、伊庭の居城造りの総指揮となる。その際、景虎からもらった長秀という名と、伊庭から一字とった庭を姓にし、庭長秀となる。

直江文吾(小泉軍団 → 伊庭の部下)
  律儀な性格で、自衛隊の装甲車を走らせるための道路建設に腐心する。三河に遠征する際、三河姓を名乗り、三河文吾文康となる。

細川藤孝
  京の武将。とはいえ、才があり、文人としても著名で朝廷ともつながりがある。伊庭という男が好きであるが、朝廷の命により、伊庭を討つことを決起する。

長尾景虎
  のちの上杉謙信。もとは小泉氏に仕えるも、長尾を頼りきり、傀儡政権になっていたところを自衛隊とのクーデタによって政権を奪取する。非常に魅力的な男で人心も掌握してはいるが、天下統一までは望まず、次第に伊庭の日本平定の野望へ距離をもつ。


さてさて、ここでオチを言ってしまいますが、上記の伊庭ら自衛隊員の疑問、
自分たちが行動することは、歴史を歪めることにならないのか?
ということに関しては、
結果的に、むしろ自衛隊たちが、歴史を修正してしまった
ということになります。

織田信長は確かに、タイム・スリップした時代には存在していませんでした。
しかし、伊庭が織田信長となってしまったのです。

どういうことかというと、先に紹介した登場人物を日本の歴史に当てはめることができます。
というのも、作者の小粋な演出で、若干名前を似せているのです。

①伊庭義明 → 織田信長
②島田和秀 → 柴田勝家
③石庭竹秀 → 羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)
④庭長秀  → 丹羽長秀
⑤三河文康 → 徳川家康
⑥細川藤孝 → 明智光秀
⑦長尾景虎 → そのまま

これを知ったとき、衝撃を受けました目
詳しくは本を読んでいただきたいですが、伊庭は本能寺の変(作品で言えば妙蓮寺の変というべきでしょうが)で自害するのです。
そこにいたるまでの安土城の築城や楽市・楽座令、人間五十年などもしっかり登場します。

それ以外にも、各登場人物の性格まで、歴史上人物に合わせており、特に石庭竹秀は憎めないです。


個人的に好きなのは、武田信玄との川中島の戦いです。
これ、川中島の戦いとはいえ、自衛隊・長尾連合軍の新兵器VS武田騎馬隊の旧兵器の様相が、川中島の戦い以上に長篠の戦いのようにも思えるし、エンターテイメントとして信玄と景虎の一騎打ちが登場してくれたので、興奮いたしました!!

さらに本能寺の変に際し、伊庭を討つ目的が細川の野心ではないという部分
これは現実の織田と明智にもあり得る説なのかなぁ~はてなマーク
小説では、細川は伊庭の行動が朝廷の恐れを誘い、朝廷が伊庭を封じるために細川に伊庭を殺させたという風に書かれています。さらに細川は、この変の後、自らは殺されるであろうことを予感しています。
史実で言えば、確か明智光秀も文人として有名だったし、朝廷ともパイプがあったようなシラー


そして最後に言っておきたいのは、この作品がタイム・スリップという概念の可能性を広げたのではないかと思うのです。
というのも、タイム・スリップとは、必然的に歴史を変えてしまうかもしれないという命題を背負っています。
しかし、作者の半村さんはこれに対し、
どんなに行動しても、歴史の大筋が変わることはない
と結論付けているのです。

常にタイム・スリップが歴史を変えてしまうものだとしたら、それこそタイム・スリップをすること自体が歴史を変えることになってしまうという非常にリアリティをなくしてしまうものになり、SFではなく、ファンタジーの世界にしかならないと思うのです。
そうした点からも、この半村さんの結論付けは、SFをSFとして一定のジャンルとして確立させ、さらにその幅を広げると感じました。

結論は分かってしまっていても、歴史上の人物と照らし合わせてもう一度読むことで、また新たな発見ができると思います音譜



   
総合評価:★★★★☆
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★★☆
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 「大丈夫・・・・・・?」
 はじめて耳にするアサトの声は、細く、震えていた。
 「このくらいのことは、慣れているんだぜ」
 アサトはオレの左腕をつかみ、傷口を両側からぎゅっと押さえた。何をしたいのか測りかねていると、彼は、はっとしたように慌てて腕を離した。
 「ごめん、こうやったら、傷がふさがるんじゃないかと思ったんだ」
 無意識の行動だったようだ。つまり、両側から圧迫することで傷がもう一度くっつくと考えたらしい。
(p70より)

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この前紹介した乙一さんの短編集『きみにしか聞こえない』の2編目、『傷-KIZ/KIDS』を紹介します。
私個人としては、一般的な家庭に育ち、普通の小学校生活を送ってきたと思うので、こういった彼らの気持ちがよく分からないというのが率直な感想です。
でも、親の愛情を受けられず、大人の社会の汚さというものをまだ知らなくてよい(知ってしまうと順応できないくらいまだ初心で純粋な年という意味で)のに知ってしまっている少年の痛々しさは伝わってきます。
タイトル『傷』というのは、もちろん身体的な傷もありますが、精神的な傷も含んでいるんじゃないかなぁと思いますしょぼん


ではあらすじ

オレは、小学校の特殊学級に通う小学生。母はおらず、父親も入院中。
知能的にというよりも、その素行がよくないということで、特殊学級で授業を受けているのです。

その特殊学級で、オレは1人の少年と仲良くなります。
彼の名はアサト
物静かな子で、ある時から不思議な力が現れるのです。
それは、ある放課後のこと。
授業が終わっても家に帰りたがらないオレとアサトは教室に残り、思い思いのことをしていました。
彫刻をしていたオレはふとした不注意で、手を負傷してしまいます。
すると、アサトがかけより、オレの傷を手でふさぐと、治してしまったのです。
ただし、厳密には治したというよりも、傷を自分に移すということだったのですが。

2人はこのアサトの能力に興味を持ち、同学年の傷を密かに癒してあげるようになります。
ただし、当然誰かの傷が治ると、アサトに傷が付けられていきます。
そこで、オレは考えるのです。
病気で入院しているもう治る見込みのない自分の父親に、そのアサトの傷を移すということを。




 では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。
 








きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)/乙一
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~1回目 2010.5.24~

あらすじの続きです。

さて、病院に入院し、さらに元気なときには暴力を振るっていた父親に対し、オレは愛情などなく、アサトの能力で誰かを助けると同時に、父親にその傷を移していきます。

しかし、その日、傷を移しに病院に行ったとき、事態が急変しました。
父親が危篤に陥り、病室には医者や看護師たちがベッドを取り囲んでいたのです。
そこでオレは思うのです。
今まで憎しみの対象でしかなかった父親だけれども、自分が見捨てたら父親こそ一人きりになってしまうのだということ。
そして傷だらけの姿で父親を死なせてはならないという思いで、アサトに傷を自分の体に移してくれと頼みます。

しかし、実際のところ、初めからアサトは父親には傷を移してなどいなかったのです。
アサトは今まで移した傷を、すべて背負い込んでいたのです。
アサトはさらに病室を駆け出すように出て行くと、何か吹っ切れたように入院をしている子どもたちの傷を自分の体に移していきます。
自分はいらない子どもだから、誰かが苦しむくらいならこの方がいいと。
というのも、アサトは母親に包丁で殺されかけたという過去をもっていたからです。

さらにそこで救急車で急患が運ばれてきます。
もう死ぬ気だったのでしょう、アサトは救急車によろよろと駆け寄ると、その患者の傷を受け、倒れてしまう。
オレはそんなアサトのもとに駆け寄り、傷の半分を自分に移動させろと言うのです。
懇願するように。

さて5日が経過し、病院の屋上にはボロボロになったオレとアサトが。
オレは、アサトに以前彫っていた彫刻を渡し、傷を分けてくれて、そして無垢なその心で暗かった場所から救ってくれたことに感謝をするのです。
つらい事は過ぎ、これからだんだんと良くなっていくということを期待しながら。



……うーん、こちらも粗筋です汗
きちんと伝え切れているかどうか疑問ですが・・・。
『CALLING YOU』もそうですが、乙一さんは短編の割に何個もフラグをたて、それを一気に上手く回収するので、それを語りだしたらキリがなくなってしまうのです。

あらすじには書かなかったけれど、シホという女性が居まして、これがなんともリアルなんです。
つまり、自分の不幸を他人が受け持ったとたん、自分は今まで背負ってきた不幸を忘れ、他人に押し付けたまま逃げ出してしまう
シホは2人とも対等に話すようないい性格の持ち主なんですが、顔に傷を負っていて、そのことでずっとマスクをしています。
しかし、そんな彼女は、2人に3日間だけ、その傷を移してほしいといいます。
しかし、傷の治った彼女は、2人の前には二度と現れなかったのです。

これって、大なり小なりあると思います。
自分がするほうかされるほうかは分かりませんが。
大人だったら、そもそもシホの頼みを引き受けなかったかもしれないし、引き受けたとしても例えばシホに携帯電話を持たせるなり、3日経って戻らなくなったら何かしらの手段で探し回る気がします。
しかし、純真無垢な少年たちは(特に大人たちのそういったことを同年代よりも過敏に感じていたこの2人は)何もしないのです。
このあたりの書き方が、非常に上手いなと思いましたビックリマーク

前回語りましたが、この作品でも
不幸な現実を背負うことになった主人公が、ささやかなんだけれど幸せなことを見つける
というメッセージはこめられています。

様々な大人の嫌な部分を知りつつも、傷を分け合った何にも変え難い親友となることができました。そして、つらい過去を「過ぎ去ったもの」と捉え、これからはだんだん良くなっていくという希望を見つけるのです。


   
総合評価:★★★
読みやすさ:★★★★☆
キャラ:★★★
読み返したい度:★★
レベル:中学2~3年生レベルなので数時間で読めると思います。


ジャンル:SF


あらすじ(背表紙から):

Max sat on his bed.There was a gun on the bed beside him.
The gun was still warm.
Max's face was very white and he didn't feel well.
He never felt well after he killed someone.

Max kills people for money.
But one day he goes to a new world and his life changes.

面白さ:★☆


※以下、結末まで話します。嫌な方は見ないでください。













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内容:
ロンドンのアパートに住むマックス
彼は嘱託殺人者と言うべき人物で、これまで数々の殺人を行ってきました。
そんな彼のアパートに、ジェラルド・フェアヘッドと名乗る男が彼を訪ねにやってきます。

彼は、ある女性の殺人を依頼しますが、どうやら様子が変です。
というのも、女性の殺人の前に自分に付いてある場所に行って欲しいと言ってきたこと、殺人者であるマックスの生い立ちや素性を知りすぎていること、そしてマックスの顔と同じ牧師姿の男の写真を持っていたこと。
そして、ジェラルドは語り始めます。

この牧師姿の男はマックスといい、殺人者のマックスと同じ家族構成をし、同じ境遇で育ったということを。
そう、実はこの世とは別の並行世界があり、その世界は、この世で行った別の可能性で成り立つ世界だというのです。
そして、ジェラルドは、並行世界に住むある女性を殺してくれということなのです。
もちろん、並行世界という存在自体に半信半疑のマックスですが、自分のもう一つの可能性、牧師姿を見て、なぜ自分が牧師になったかもしれないのだろうと疑問に思い、その疑問を解決すべく、ジェラルドとともに並行世界へと向かうのです。

さて、並行世界で、殺人者マックスは牧師マックスに、なぜ牧師になったかを訊ねます。そして知るのです。
ある一つの出来事に対する自分の行動が、かたや牧師となり、かたや殺人者となったことを。
牧師のマックスは、殺人者のマックスに言います。
「変わるということに遅すぎるということはないのだ」と。

嘱託殺人という仕事をしながらも、自らの生活に僻々としていたマックスは、一路ジェラルドが殺しを頼んだ女性の許に向かい、自分とジェラルドがしようとしていることを教えようとします。
しかし、彼を待っていたのは、ピストルを持ったジェラルド。
そして女性-ジュリー-もそこにいます。

ジェラルドは真実を語ります。
この女性、ジュリーは自分の娘であり、また3年前、殺人者マックスの世界で、彼によって殺された、さらにあちらの世界でもこちらの世界でも感情というものはシンクロしているので、ジュリーはあちらの世界で殺されてからというもの、ずっと苦しみ続けていたのだと。

そのことを知った、マックスはジェラルドに言います。
「私を生かすも殺すも、あなたが決めてくれ。あなたと娘さんがどのような世界を生きたいのか、あなたが決めてくれ」と。

そして、牧師のマックスに、頭の中で声がしました。
「私は人を殺してしまった。しかし私は変わりたい、死にたくない」と。
その声を聞き、マックスは恐れが消えたのでした。



  感想:


平行世界(パラレル・ワールド)、という概念自体は非常に面白いのですが、あまりにもSFにしては、ご都合主義がひどすぎるプンプン

①娘を殺した犯人がマックスだと知っていたのなら、彼のもとを訪れた時点で殺せばいいじゃん。
②なんでジェラルドには平行世界を行き来できる術を知っているの?
③なんで平行世界のジュリーともう一つの世界に来たジェラルドが電話で会話できるのか?
④平行世界ともう一つの世界での人々の感情がシンクロするってだけでは矛盾しすぎるんじゃないか、いっそのことシンクロしないか同じくジュリーを寝たきりか死んだということにしないと納得できない。

語彙数を少なめにしているレベルだから細かくは書けない、という制約があるのは分かりますが、それを言い訳にできないほど納得できない内容でしたダウン
個人的に。



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 「もしもし……」
 「切らないで!突然のことに驚いているだろうけど、これ、いたずら電話じゃないからね」
と、さきほどの声。
 いたずら電話という言葉が、不覚にも、ちょっとおもしろいと思った。何か言わなければいけないと思い、わたしはおずおずと頭の電話に語りかける。特異な状況に置かれたせいか、いつも他人と対峙している時に味わう苦しい緊張感はなかった。
 「あのう……、何と言ったらいいのか、わかりません。今、わたしは頭の中にある電話に向かって話しかけているのですが……」
 「ぼくも同じだよ。頭の中の電話に話しかけている」
(p18より)

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角川スニーカー文庫なんて何年ぶりに手に取っただろう、という感じです。
ライトノベルですよ、今回は。
ライトノベルはそれなりに「フォーチュン・クエスト」とか「スレイヤーズ」シリーズは読んだことあったんですけどね、なかなか新鮮な気分で読むことができました。

今回は、初挑戦の乙一さんの作品、3つの作品が編まれた短編集『きみにしか聞こえない』の表題作、『CALLING YOU』です。
個人的には3つの作品の中では一番好きです音譜
乙一さんの作品は初めて読んだのですが、まずその文体がクセになり、現実世界とファンタジーの部分をうまく絡めていることが興味深かったです。




ではあらすじですが、

リョウは、携帯電話を持っていない女子高生。その理由は、話をする相手がいないから。
彼女は誰かと話をしようとすると身構えてしまうし、真面目すぎるからか相手の社交辞令や冗談を真に受けてしまうのです。
しかしそんな彼女も同級生と同じように、本当は携帯電話を欲しいので、彼女は頭の中に携帯電話を思い浮かべ、妄想を始めます。

すると、突然、頭の中に着信メロディが鳴り、取ってみると男の子の声。
それが冒頭で引用した場面です。
その男の子-シンヤ-も彼女と同じく高校生で、現実世界ではなかなか周りと馴染めないというのです。
現実と照らし合わせてみると、確かにシンヤは現実の世界にいるようです。
さらに、リョウもあてずっぽうに頭の中の携帯電話のダイヤルを押すと、ユミという大学生に繋がります。
そこで、本当に頭の中の携帯電話が存在するということ、そして、その携帯電話には時差のような若干のタイムラグが存在していることを知ります。
例えば、リョウとシンヤの間には1時間の時差があり、シンヤはリョウよりも1時間遅い時間を生きていました。

さて、現実世界とは違い、シンヤやユミとする、頭の中の携帯電話での会話は、リョウをして心を開かせていきます。ユミはお姉さんのように接してくれ、シンヤは自分との会話が面白いといってくれるのです。
あるとき、シンヤは実際に会ってみようとリョウに提案します。
大学生のユミもそのことに対して、リョウを激励します。
リョウは承諾し、シンヤは飛行機でリョウの住む町に向かい、リョウはシンヤを空港に迎えに行くのです。
しかし、物語が動き出すのはここからです。


 では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。
 








きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)/乙一
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~1回目 2010.5.17~

あらすじの続きです。

空港に向かうリョウ。しかし、渋滞により、飛行機に乗ったシンヤが先に到着しているはず。
そして、シンヤを探すリョウですが、
彼女の背後から車道をはみ出して猛スピードで彼女に突っ込んでくる黒い乗用車。

あわやぶつかる寸前、不意に誰かが彼女を突き飛ばし、気づくと
仰向けで倒れた男の人が。
彼はリョウを見ると笑みを浮かべ、リョウの名を呼び、そのまま眼を閉じ、動かなくなりました。

しかし、運ばれた病院にて、リョウは気づきます。
自分とシンヤとの頭の中の携帯電話には、(リョウが1時間先の)時間のズレがあることを。
そこで、リョウはシンヤに電話をかけ、リョウはシンヤを追い返すことにします。
これで、シンヤは自分の身代わりで死ぬことなく、自分が車に轢かれることになるから。

しかし、シンヤはその忠告を聞かず、そしてリョウが1時間前に体験したように、リョウをかばって車にぶつかって死んでしまうのでした。

そして、リョウはある確信をもって大学生のユミに電話をかけます。
実はリョウは、自分とユミの間には何年ものタイムラグがあったということ、そして、ユミというのは偽名であり、彼女の正体を知ってしまったのですから。

さて、何年か経ったある日、大学生になった彼女の頭の中に電話がかかってきます。
電話を取ると、彼女は弱々しげな声。
とっさに彼女-リョウ-は、ユミという偽名を使い、高校生の自分と話し始めるのです。


……うーん、本当に粗筋です汗
もっともっと本筋としても重要なキーワード(キーホルダー、ラジカセ、紫色のコートを着た女の子のくだりなど)が満載なのですが、あらすじということで敢えて割愛させていただきました。
この作品はかなりよくできていると思うので、ぜひ作品自体を読んでいただきたいなぁと思います。

この作品に限らず、短編集3つに共通することに、
不幸な現実を背負うことになった主人公が、ささやかなんだけれど幸せなことを見つける
ということがあると思います。

必ずしもハッピーエンドとは言えないんだけれど、作者を恨むほど主人公たちが不幸にはならない。
この絶妙のバランスがとっても面白かったですビックリマーク



   
総合評価:★★★★
読みやすさ:★★★★☆
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★