『戦国自衛隊』/半村良 | こだわりのつっこみ

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 「時間は俺に何をさせようというのだろう」
 伊庭が低くつぶやく。「この時代が俺たちの時代と微妙に違っているのは、何か意味があるのだろうか。俺たちがどんどんその違いの幅を広げてしまうことを、時はなぜ許して置くのだ。これはたしかに罪だ。俺たちはこの時代に呼吸しているだけで罪を犯しているのだ」
 波の音が次第に烈しくなっていた。
 (p73より)

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日本SF界の古典的名作の紹介にあがりました。
戦国自衛隊です。
自衛隊(つまり現代の兵器を持つ人々)が戦国時代にタイム・スリップするという設定の下、その様子が丁寧かつ大胆に描かれています。
実際の兵器はおろか、戦国武将の人となりもかなり熱心に取材なさったんじゃないかなぁ。

正直、こんなに面白いとは思いませんでした。
個人的には、「猿の惑星」級のラストの衝撃です。


ではあらすじです。

自衛隊の大規模演習のため、富山県の方面に結集しつつあった自衛隊員たち。
しかし、演習の開始前に、大規模な地震(時震)が起こり、伊庭三尉以下30名の自衛隊員は戦国時代にタイム・スリップしてしまいます

その地で後に上杉謙信となる長尾景虎と知り合い、伊庭以下自衛隊員と長尾は互いに信頼で結びついていきます。

タイム・スリップとはいっても、一直線上に同時代を逆行したわけではなく、わずかに様相の異なる別次元に飛び込んだらしく、例えば織田信長は登場していないなど細部にわたっては入れ違いがあるようなのでした。

いずれにしても、現代の兵器とともに戦国時代に漂着してしまった自衛隊員たち。
しかし、最大の疑問は彼らにずっと付きまといます。
なぜ自分たちだけがこのような世界にタイム・スリップしてしまったのか?
自分たちが行動することは、歴史を歪めることにならないのか?

しかし、
この考えに揺れながらも、戻れる保証がない以上、その兵器を活用してこの戦国時代を平安に導いたほうがよいのではないかと考えはじめ、自衛隊員らは世界を切り開いて行くのです。



 では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。
 








戦国自衛隊 (角川文庫)/半村 良
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~1回目 2010.5.26~

さあ、一応核心に迫る意味でも、主要な登場人物を列挙してみます

伊庭義明(自衛隊三尉)
  タイム・スリップした自衛隊で最も階級が高いため、リーダーとなって長尾景虎らを助け、後に日本を平定するために躍起する。

島田和秀(自衛隊三曹)
  装甲車の運転士。装甲車は、自衛隊員が行う戦いにおいて重要な役割を果たす。島田自身は豪快な人物であり、戦いを好む。

竹吉(伊庭の下僕)
  もともとは伊庭の下僕として、天才的な才能を発揮してメキメキと頭角を現す。功名心の塊で露骨にそれを示すものの、皆からは嫌われないというある種の才能も持ち合わせる。のちに伊庭の一字をもらい、石庭竹秀と名を変える。

栗林孫市(長尾の部下)
  実直で、命令に対して拙速を重んじる実戦派の武士。当初は愚直であったが、連戦により物事を見る目が備わり、伊庭の居城造りの総指揮となる。その際、景虎からもらった長秀という名と、伊庭から一字とった庭を姓にし、庭長秀となる。

直江文吾(小泉軍団 → 伊庭の部下)
  律儀な性格で、自衛隊の装甲車を走らせるための道路建設に腐心する。三河に遠征する際、三河姓を名乗り、三河文吾文康となる。

細川藤孝
  京の武将。とはいえ、才があり、文人としても著名で朝廷ともつながりがある。伊庭という男が好きであるが、朝廷の命により、伊庭を討つことを決起する。

長尾景虎
  のちの上杉謙信。もとは小泉氏に仕えるも、長尾を頼りきり、傀儡政権になっていたところを自衛隊とのクーデタによって政権を奪取する。非常に魅力的な男で人心も掌握してはいるが、天下統一までは望まず、次第に伊庭の日本平定の野望へ距離をもつ。


さてさて、ここでオチを言ってしまいますが、上記の伊庭ら自衛隊員の疑問、
自分たちが行動することは、歴史を歪めることにならないのか?
ということに関しては、
結果的に、むしろ自衛隊たちが、歴史を修正してしまった
ということになります。

織田信長は確かに、タイム・スリップした時代には存在していませんでした。
しかし、伊庭が織田信長となってしまったのです。

どういうことかというと、先に紹介した登場人物を日本の歴史に当てはめることができます。
というのも、作者の小粋な演出で、若干名前を似せているのです。

①伊庭義明 → 織田信長
②島田和秀 → 柴田勝家
③石庭竹秀 → 羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)
④庭長秀  → 丹羽長秀
⑤三河文康 → 徳川家康
⑥細川藤孝 → 明智光秀
⑦長尾景虎 → そのまま

これを知ったとき、衝撃を受けました目
詳しくは本を読んでいただきたいですが、伊庭は本能寺の変(作品で言えば妙蓮寺の変というべきでしょうが)で自害するのです。
そこにいたるまでの安土城の築城や楽市・楽座令、人間五十年などもしっかり登場します。

それ以外にも、各登場人物の性格まで、歴史上人物に合わせており、特に石庭竹秀は憎めないです。


個人的に好きなのは、武田信玄との川中島の戦いです。
これ、川中島の戦いとはいえ、自衛隊・長尾連合軍の新兵器VS武田騎馬隊の旧兵器の様相が、川中島の戦い以上に長篠の戦いのようにも思えるし、エンターテイメントとして信玄と景虎の一騎打ちが登場してくれたので、興奮いたしました!!

さらに本能寺の変に際し、伊庭を討つ目的が細川の野心ではないという部分
これは現実の織田と明智にもあり得る説なのかなぁ~はてなマーク
小説では、細川は伊庭の行動が朝廷の恐れを誘い、朝廷が伊庭を封じるために細川に伊庭を殺させたという風に書かれています。さらに細川は、この変の後、自らは殺されるであろうことを予感しています。
史実で言えば、確か明智光秀も文人として有名だったし、朝廷ともパイプがあったようなシラー


そして最後に言っておきたいのは、この作品がタイム・スリップという概念の可能性を広げたのではないかと思うのです。
というのも、タイム・スリップとは、必然的に歴史を変えてしまうかもしれないという命題を背負っています。
しかし、作者の半村さんはこれに対し、
どんなに行動しても、歴史の大筋が変わることはない
と結論付けているのです。

常にタイム・スリップが歴史を変えてしまうものだとしたら、それこそタイム・スリップをすること自体が歴史を変えることになってしまうという非常にリアリティをなくしてしまうものになり、SFではなく、ファンタジーの世界にしかならないと思うのです。
そうした点からも、この半村さんの結論付けは、SFをSFとして一定のジャンルとして確立させ、さらにその幅を広げると感じました。

結論は分かってしまっていても、歴史上の人物と照らし合わせてもう一度読むことで、また新たな発見ができると思います音譜



   
総合評価:★★★★☆
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★★☆