『傷-KIZ/KIDS-』/乙一 | こだわりのつっこみ

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 「大丈夫・・・・・・?」
 はじめて耳にするアサトの声は、細く、震えていた。
 「このくらいのことは、慣れているんだぜ」
 アサトはオレの左腕をつかみ、傷口を両側からぎゅっと押さえた。何をしたいのか測りかねていると、彼は、はっとしたように慌てて腕を離した。
 「ごめん、こうやったら、傷がふさがるんじゃないかと思ったんだ」
 無意識の行動だったようだ。つまり、両側から圧迫することで傷がもう一度くっつくと考えたらしい。
(p70より)

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この前紹介した乙一さんの短編集『きみにしか聞こえない』の2編目、『傷-KIZ/KIDS』を紹介します。
私個人としては、一般的な家庭に育ち、普通の小学校生活を送ってきたと思うので、こういった彼らの気持ちがよく分からないというのが率直な感想です。
でも、親の愛情を受けられず、大人の社会の汚さというものをまだ知らなくてよい(知ってしまうと順応できないくらいまだ初心で純粋な年という意味で)のに知ってしまっている少年の痛々しさは伝わってきます。
タイトル『傷』というのは、もちろん身体的な傷もありますが、精神的な傷も含んでいるんじゃないかなぁと思いますしょぼん


ではあらすじ

オレは、小学校の特殊学級に通う小学生。母はおらず、父親も入院中。
知能的にというよりも、その素行がよくないということで、特殊学級で授業を受けているのです。

その特殊学級で、オレは1人の少年と仲良くなります。
彼の名はアサト
物静かな子で、ある時から不思議な力が現れるのです。
それは、ある放課後のこと。
授業が終わっても家に帰りたがらないオレとアサトは教室に残り、思い思いのことをしていました。
彫刻をしていたオレはふとした不注意で、手を負傷してしまいます。
すると、アサトがかけより、オレの傷を手でふさぐと、治してしまったのです。
ただし、厳密には治したというよりも、傷を自分に移すということだったのですが。

2人はこのアサトの能力に興味を持ち、同学年の傷を密かに癒してあげるようになります。
ただし、当然誰かの傷が治ると、アサトに傷が付けられていきます。
そこで、オレは考えるのです。
病気で入院しているもう治る見込みのない自分の父親に、そのアサトの傷を移すということを。




 では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。
 








きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)/乙一
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~1回目 2010.5.24~

あらすじの続きです。

さて、病院に入院し、さらに元気なときには暴力を振るっていた父親に対し、オレは愛情などなく、アサトの能力で誰かを助けると同時に、父親にその傷を移していきます。

しかし、その日、傷を移しに病院に行ったとき、事態が急変しました。
父親が危篤に陥り、病室には医者や看護師たちがベッドを取り囲んでいたのです。
そこでオレは思うのです。
今まで憎しみの対象でしかなかった父親だけれども、自分が見捨てたら父親こそ一人きりになってしまうのだということ。
そして傷だらけの姿で父親を死なせてはならないという思いで、アサトに傷を自分の体に移してくれと頼みます。

しかし、実際のところ、初めからアサトは父親には傷を移してなどいなかったのです。
アサトは今まで移した傷を、すべて背負い込んでいたのです。
アサトはさらに病室を駆け出すように出て行くと、何か吹っ切れたように入院をしている子どもたちの傷を自分の体に移していきます。
自分はいらない子どもだから、誰かが苦しむくらいならこの方がいいと。
というのも、アサトは母親に包丁で殺されかけたという過去をもっていたからです。

さらにそこで救急車で急患が運ばれてきます。
もう死ぬ気だったのでしょう、アサトは救急車によろよろと駆け寄ると、その患者の傷を受け、倒れてしまう。
オレはそんなアサトのもとに駆け寄り、傷の半分を自分に移動させろと言うのです。
懇願するように。

さて5日が経過し、病院の屋上にはボロボロになったオレとアサトが。
オレは、アサトに以前彫っていた彫刻を渡し、傷を分けてくれて、そして無垢なその心で暗かった場所から救ってくれたことに感謝をするのです。
つらい事は過ぎ、これからだんだんと良くなっていくということを期待しながら。



……うーん、こちらも粗筋です汗
きちんと伝え切れているかどうか疑問ですが・・・。
『CALLING YOU』もそうですが、乙一さんは短編の割に何個もフラグをたて、それを一気に上手く回収するので、それを語りだしたらキリがなくなってしまうのです。

あらすじには書かなかったけれど、シホという女性が居まして、これがなんともリアルなんです。
つまり、自分の不幸を他人が受け持ったとたん、自分は今まで背負ってきた不幸を忘れ、他人に押し付けたまま逃げ出してしまう
シホは2人とも対等に話すようないい性格の持ち主なんですが、顔に傷を負っていて、そのことでずっとマスクをしています。
しかし、そんな彼女は、2人に3日間だけ、その傷を移してほしいといいます。
しかし、傷の治った彼女は、2人の前には二度と現れなかったのです。

これって、大なり小なりあると思います。
自分がするほうかされるほうかは分かりませんが。
大人だったら、そもそもシホの頼みを引き受けなかったかもしれないし、引き受けたとしても例えばシホに携帯電話を持たせるなり、3日経って戻らなくなったら何かしらの手段で探し回る気がします。
しかし、純真無垢な少年たちは(特に大人たちのそういったことを同年代よりも過敏に感じていたこの2人は)何もしないのです。
このあたりの書き方が、非常に上手いなと思いましたビックリマーク

前回語りましたが、この作品でも
不幸な現実を背負うことになった主人公が、ささやかなんだけれど幸せなことを見つける
というメッセージはこめられています。

様々な大人の嫌な部分を知りつつも、傷を分け合った何にも変え難い親友となることができました。そして、つらい過去を「過ぎ去ったもの」と捉え、これからはだんだん良くなっていくという希望を見つけるのです。


   
総合評価:★★★
読みやすさ:★★★★☆
キャラ:★★★
読み返したい度:★★