「華歌」/乙一 | こだわりのつっこみ

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 「今まで気づかなかったけど、さっきから歌が聞こえる」
 ハルキが真ん中の寝台で半身を起こし、辺りを見まわす。読書をしていた中川も、本から顔を上げた。
 「どこかで、女の子が歌っているのじゃないか」
 さして興味もなさそうに、中川は読書に戻る。ハルキは入り口や天井に視線をめぐらし、音楽のもとを探す。
 「もしも、この歌が……」私は二人に問いかけた。「とある植物のつぼみから出ているものであったなら、二人は驚くだろうか」
(p136-137より)

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さて、乙一さんの短編集『きみにしか聞こえない』の最後の作品、『華歌』です。
後述しますが、ある一点を除いては、またまた良くできた短編だなぁと思います。


ではあらすじをば。

列車事故により、その列車に乗車していた主人公の「」は、
愛する人と、そのお腹の中にいた子ども
を同時に失い、「私」自身は病院へ入院することになりました。
その病院はまるで生気がなく、同じ病室の中川ハルキともほとんど会話をしない。

さて、「私」は
奉公人も何人かいるような良家の生まれ。
しかし親に恋人との仲を反対され、駆け落ちするように家を出たのです。
そしてもうすぐ子が生まれるという幸せを手にする寸前で、列車の事故が起きたのでした。
病室には奉公人の里美が見舞いに来ます。「私」の母の手紙を携えて。
家に戻って来いということなのです。

しかし親を許すことができず、かといってこれ以上迷惑をかけたくないという葛藤を抱えた「私」は、散歩をしながら裏庭へと向かいます。
この間のように巨木に腰掛けた「私」でしたが、ふと、鼻歌のようなものが聞こえてくる。
周りには誰も居ない。
しかし、歌は聞こえる。
何気なく視線を落とすと、地面にが植わっていて、今にも開こうとしているつぼみの花があり、鼻歌は、なんとその花から聞こえてくるのです。

驚いた「私」はその鉢をみつけ、その花を病室に持ち込みます。
やがて、花が開きます。すると、花弁の中心にやはり少女が、目を閉じた美しい少女がいたのです。
翌朝、病室にはハミングが聞こえます。もちろんその少女が歌っているのです。
同じ病室にいたハルキと中川にそのことの真相を伝えた「私」。
少女はハミングをするとは言っても、それ以外のことは一言も発さず、それどころかハミングも、一つの旋律しか歌いません。
最初は怪訝そうにそれを見ていた2人も、やがてその少女の歌声に生きる希望を灯していくのです。

しかし、疑問は残るどころかどんどん湧いてきます。
なぜ少女はその花の中にいるのか?
なぜ少女はハミングを歌うのか?

次第にそれが明らかになるのは、「私」と中川が看護師の相原と話したことがきっかけでした。


 
では以下にネタバレ含むあらすじと感想を。

 








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~1回目 2010.5.26~

あらすじの続きです。

」と中川がふとしたことで口ずさんだの少女の歌うハミング。
それに対して看護師相原は、なぜその歌を知っているのかを2人に問います。
しかし、むしろびっくりしたのは2人の方であり、なぜ相原がその歌を知っているのかということを逆に問います。

すると、最初は躊躇していた彼女でしたが、語り始めます。
ひと月ほど前に入院していたミサキという18歳の女性がその歌を口ずさんでいたとのこと。
ミサキはなんだか不思議な人だったようで、自分を生きていてはいけない人間だと信じていたのです。
それはミサキの母は、父の浮気相手であり、望まれていない子どもだったからです。
もし自分がいなければ母親は別の相手と結婚して、幸せに暮らしていたのだと。
10歳で母を亡くしたミサキは叔父の家に引き取られ、そこで優しくしてくれた叔父さんの息子、リュウイチロウとともに作った歌、それがあの花の歌うハミングだったのです。

18歳になるとミサキは叔父の家を出て、数ヶ月一人で暮らしたあと、この病院に入院したのだそうでした。
しかし、今からひと月前、リュウイチロウが見舞いに訪れ、その4日後、ミサキはあの裏庭の巨木に首を吊って死んでとのこと。
彼女が死んだ場所、そこはまさにあの花が生えていた所だったのです。

ミサキは生前、母と暮らしていた山の上にあった家から眺める麓を相原と見に行く約束をしていました。
「私」を含め病室の3人は、ミサキの胸のうち、さらに次第に花が弱っていることを想い、この花を山の家のそばに植えてあげようと考え始めます。

「私」は退院し、奉公人の里美とともに、生家へ戻ることにします。
もちろん、目的は実家に戻ることだけではなく、退院したその足で、ミサキがかつて住んでいた家に向かうことです。

さて、相原に教えてもらった通りに山を登っていくと、確かにその家はありました。
その家にはリュウイチロウが住んでいました。
花を見せ、ことの顛末を語るとそれを庭に植えたあと、リュウイチロウはミサキが相原に語らなかった真実を語り始めました。

リュウイチロウはミサキのことを想っていたのだが、父親が決めた相手と結婚しなければならなかった。
悩みかねていたリュウイチロウに、ミサキは自分などいなければよかったと謝ると、その次の日から叔父の家から忽然と姿を消した。
しかし、何度も忘れようとしてもミサキのことは忘れられず、ついにミサキが入院している病院を突き止めたリュウイチロウは、妻と離婚をし、改めてミサキに結婚をしようと告げたのでした。

しかし、自分がいたせいで、かつての母親だけでなく、またもや家庭を、そして他人の幸せを壊してしまったという罪悪感から彼女は自殺したらしいのでした。
さらに、ミサキのお腹の中にはリュウイチロウとの子どもがいたということも明らかになり、それがさらにミサキを苦しめることになったのだろうと「私」は感じるのです。

しかし、物語はここでは終わりませんでした。
というのも、家の庭に植えられた花、リュウイチロウがよく見ると、ミサキの顔ではないのです。

ミサキは、本当は子どもを産みたかったのです。
そして、自分の愛した風景を見せたかった。
この歌う花はミサキの首を吊った真下で生まれた彼女の子どもであり、それがゆえに花は生前ミサキが胎内に聞かせていたリュウイチロウとの共作の歌のみを覚えていて、ハミングしていたのでした。

そして、「私」自身も、その出来事と、里美のいう母親がずっと心配していたのだという発言から、自分に対する母親の愛情に気づき、母親と向き合っていこうと、母親の待つ家に向かったのでした。


さて、感想です。

というよりまず反省ショック!
こんな稚拙な文章のあらすじを読むよりも、実際の作品を読んでいただきたいくらいです汗
もう、まとめきれていないことうけあい。
丁寧に読んで下さった方、それだけで感謝です。

では改めて感想ですが、
こちらは他の2作品に比べ、若干ページ数は多いです。
それだけに、オチまで引っ張る引っ張る。
こっちもハラハラドキドキです。

しかし、冒頭で指摘した個人的に納得できない一点

それは、実は主人公の「私」を含めハルキ、中川は女性なんです。
必然的に里美は男ということです。
つまり、この舞台である病院は、産科病院で、堕胎や流産の治療のために入院したり心のケアをしていたのでした。

そのこと自体は読んでいて「ここでもそんなトリックもってくるかぁ~」と思いましたが、しかし反則に感じます
というのも、あまりにも中川やハルキが男口調過ぎるのです。
挿絵ですら主人公の「私」を男と思わせるトリックの道具に使っているのに、この2人に関して言えば甘すぎる。

例えば、ハルキの台詞。

「しょんべんにいってくら」(p129)

しょんべんなんていう女性いるでしょうかはてなマーク
せめて、「小便にいってくる」とか「トイレにいっていくる」でしょう。

さらに同じページの中川の台詞。

「さきほど見舞いにきたのはあんたの恋人かね」(p129)

中川がおばあちゃんなら分かりますが、中年とお見受けします。
中年の女性でも、さすがに「~かね」なんて言うでしょうかねぇ。
「~かね」がない方がいいんだけどなぁ。
「~かね」がなくても、「あれ、こいつもしかして女なんじゃないのか?」なんて思いませんよ。


すんごく細かいことですが、
そういう言葉一つ一つを丁寧にして欲しかったなぁという気持ちがあって、
トリック明かしされても、
「してやられたぁ~」というより、「え、強引じゃない?」という方が強かったです。

逆に、ミサキの生まれ変わりだと思っていた花が、実はミサキのお腹の中にいた子どもだったっていうトリックは説得力があったし、うなずけました。
だからこそ、「え~!!」って驚けられたんです。

その意味で、キャラクター設定に個人的な不満があるので、キャラの星は低めダウンでした。

   
総合評価:★★★
読みやすさ:★★★
キャラ:★★
読み返したい度:★★