自分ではコントロールできない運の悪さや小さな


出来事の積み重ねで


無性にお腹から喉にかけて何か込み上げてくる辛


さを感じ、一触即発といったような自分の感情と


の戦いが密かに繰り広げられている。



それらのストレスの一つ一つは仕事でもあり、周


りに誰も支えてくれる人がいない孤独感であり、


家族の冷ややかな目線や接し方であったり、



いっそのこと泣いてしまったほうが楽になれる気


もする。



自分が悪い方に捉えているのではなく、確実に悪


い方に全てが動いていることが、自分をより一層


苦しめる。



慰めの言葉などではなく、物理的に誰かに抱きし


められて心を落ち着かせたい。



四面楚歌で行き場がなく、気を紛らわす行動をと


っている最中にも、苦しい出来事は止まることな


く襲ってくる。



知り合いなんかいないどこか見知らぬ土地へ行っ


てしまいたい。



いつまでも逃れられない親の呪縛。

 

親の言動、親が私の子供に教える昭和の教え的な説教、私が子供に伝える教育を

 

子供の目の前で親に否定されることで、私の教育があたかも間違っていると子供たちに

 

刷り込まれ、子供たちに何を言っても受け入れてもらえない立ち位置が生み出された。

 

そして、家庭で今も孤立している。

 

 

 

私の親は、全て自分たちが正しい。

 

そういう考えの人間だ。

 

 

もとはそのような教えで育ってきた私も結局は似たような性格になってしまったかも

 

しれない。

 

 

「~はダメ」「~すべき」

 

こんな言葉が飛び交い、親と話すこと自体が息苦しく、それを真っ向から否定する自分も

 

いる。

 

 

小さい頃は、とやかく言われない寛容な友人の家庭をうらやましく思ったものだ。

 

自分が大人になったらその呪縛から逃れられるかともいきや、

 

こういう関係は自分が40代になっても未だに続いている。

 

心のどこかで親に口うるさく言われることを避ける行動を無意識で取っている。

 

いつも親の存在が引っかかっている。

 

 

ずっと他人の評価を気にしながら生き続ける人生。

 

「親に向かって」とか「もうすぐ50になるくせに」とか、

 

凝り固まった考えを押し付けられることに敏感になってしまう。

 

 

意識を他に向けてようやく光が見え始めると、

 

突然やってくる親の呪縛。

 

 

うちの子供たちもそういう思いを抱えて大人になっていくのだろうか。

 

親への嫌悪感、自分に対する懺悔、

 

少なくとも親が生きている以上は、私は呪縛から解かれることもないだろう。

 

かと言って、「死んでほしい」なんていう非情な人間でもない。

 

 

結局、自分なんて生まれてこなければよかったのに、

 

消えてしまいたい、

 

そんな思考で自分を責め続ける。

 

 

そう、自分さえいなければ、もっと穏やかな世界が広がっていたのかもしれない。

相変わらず家族の中で孤立している自分。


自分が家族から嫌われる理由、


小言が多い、


それが一番の理由


だと思われる。



人それぞれ嫌なことってある。


自分にとっては整理されていないこと。


でも、極端に潔癖症でも極端にきれい好きなわけ


でもない。



ごく当たり前に床にゴミを置きっぱなしにしない


でほしい、


とか、


ハサミや鉛筆等危ないものを床に放っておかない


でほしい、


とか、


書類など山積みにして放置しないでほしい、


とか、


たまに自分の部屋を掃除してほしい、


とか、


飲み終わったコップを至るところに放置したまま


にしないでほしい、


とか、



そんな類のこと。


使いたい時に使いたい場所にある、


ただそれを協力してほしい。



自分以外の家族は皆それができない。


注意するとキレられる。


キレられるというと面白おかしく聞こえるかもし


れないけれど、


それがエスカーレとして次から次へと過去のエピ


ソードに飛び火して言い争いが止まらなくなる。



自分自身も口が悪く、論理的に相手を責め立て、


いわゆる論破思考になる。


それが生理的に皆嫌らしい。


自分1に対して3で襲いかかってきても口では負け


ない負けん気の強さが自分にはある。



誰かが引けばおさまるものを、そういう大人の考


え方ができる人はうちにはいない。



そして、大問題の一つに子供。


ご飯を食べる時以外はタブレットに釘付けで耳も


貸さない、手伝いは一切しない、行動しないこと


が引き金となり、周りの人へ迷惑をかける、時間


の観念がない、



我慢の限界が来るとワーっと畳み掛けるように言


ってしまう。


子供にとってはそれが恨みつらみとなり、鬱積し


ていたと思われる。



そして、ひょんなことからタブレットを借りた時


に見てしまった。



自分に対するものと思われる、恐ろしいメモを。




メモ帳アプリ一面に入力された「死ね」の言葉。




そうか、死んで欲しかったのか。


まだ感情的に口から出た死ねの方がショックを受


けずに済んだ。


心の中の本音を見てしまったことで、本当に自分


はもう必要とされない人間なのだと自覚させられ


た。



まだ小さかった時から辛い思いをして面倒見て


きた子供に


「死ね」


か。



日常の小言が死ねにまで発展する親子関係、


たまたまといえど秘密のメッセージを見てしまっ


たことを今度は妻に責められる。



もう、本当にこの家に自分の居場所はない。


「死ね」


か。

自分がうつ状態であることを親に告白した時、

 

自分の精神状態については誰にも言わないでほしいとお願いした。

 

しかし、周りにも知っておいてもらう必要があるからと聞き入れてもらえず

 

家族内で拡散された。

 

 

もし、親含めて周りがうつに理解があって寄り添ってもらえるなら

 

それも必要だったかもしれない。

 

だが、分かっていた。

 

嫁や兄弟家族らがうつに対する偏見をもっていることを。

 

 

そのため、より一層自分が家族内でも更に孤立することを恐れ、

 

また、普通に接してほしいという思いから知らせないでほしいと頼んだにも関わらず、

 

親は拡散した。

 

 

反応は、案の定予想通りだった。

 

まるで狂ったモンスターが家族内にいるかのごとく、大事のように、そしてさも深刻

 

かのようなニュアンスで兄弟、その家族その兄弟へと広まり、孤立無援の状態は

 

深まった。

 

 

家族の集まりにはこちらの家族だけ外され、

 

自分含め我が家一家を除いた皆は海外旅行へ行くらしい。

 

行くのを我慢してくれとは言えないけれど、このタイミングで、か。

 

見事に時間軸の中で取り残された。

 

 

 

知識のない人たちは、世間一般のうつ病と躁うつ病、統合失調症や境界性人格障害など

 

の精神疾患をまとめて精神病にかかったやばいやつのカテゴリに入れる。

 

また、それをあたかもすごいネタを知っているかの如く新聞記者のように拡散する。

 

それがより本人を苦しめる。

 

そんな気遣いなどない。

 

こちらからしたらおかしいのはお手本通りの考え方しか許さないあなたたちだと思うけれど、

 

たった一人のうつの人間が訴えたところで誰も聞き入れてなどくれない。

 

 

 

仮に時が経ち、自分が元の自分を取り戻せたとしても、

 

人からの「過去にうつを患った精神病者」のレッテルは一生残る。

 

そんな偏見を持たれて接してもらう事は望まないし、それを疑って人と接することは

 

こちらも心の扉を開けることができない。

 

 

こうして世の中のうつを患った人と一般社会は切り離されていく。

 

 

 

もういい、上っ面だけの笑顔や言葉なんていらない。

 

こうなって初めてわかる自分の価値と周囲の人の本音。

 

自分に価値などない、そんなことはずっと昔から分かっているけど。

 

世間は3連休。

 

今日は子供の習い事の成果を試す大事な大会の日。

 

 

こんなに家族との不和が続いていても、心の中では応援している、つもり。

 

とてもとても素直に感謝の気持ちや心配の気持ちを口で伝えられるほど

 

雰囲気のいい家庭ではないけど、

 

仕事で遅くなりそうな妻をサポートするためいない間に家事を済ませたり、

 

夜中に起きてごそごそと何かしている妻の睡眠状態を心配して

 

陰ながら仕事を減らそうと努力もしている。

 

子供の習い事の送り迎えも妻が疲れていて途中事故でも起こされては、と心配になり

 

施設での筋トレ目的を装い、こちらで子供の送り迎えをさりげなくする。

 

 

明らかに目に見えて、人に評価される仕事を妻がし、目の行き届かない影の部分を

 

自分がそっといない間にしておく。

 

 

 

ただ、そんなこちらの気持ちとは裏腹に知ってか知らずか、一言も労いの言葉がない。

 

感謝の気持ちを求めているわけではないが、「陰で自分だって努力しているんだ」という

 

恩着せがましい気持ちが怒りや不安と共にふつふつと湧いてきて言い争った際につい

 

出てしまう。

 

 

 

妻から言わせれば、当たり前だ、という考え方。

 

 

こちらもこのうつ状態を押してサポートしているという気持ちが理解されないことに

 

絶望を感じている。

 

 

仕事だってやっとなんだ。

 

現状を変えようと体を使ったり、頭を切り替えるよう別のことに集中したり、

 

本来自分の趣味でもなんでもない賭け事に手を出してまで、気持ちをそらそうと

 

している。

 

 

子供の習い事に自分が送るためにいろんなことを後回し手にして、優先している。

 

大会に向けて頑張っている子供が無事大会に出られるよう、体調面でのアドバイス

 

も時にはする。

 

そんな気持ちはつゆ知らず、無視される。

 

 

これでも当たり前なんだろうか。

 

親しき中にも礼儀あり。

 

どんな身近な人に対しても相手の立場に立って感謝の気持ちを伝えることは

 

日常生活において大事なことだと思う。一歩家庭から出たときにそれができない

 

子供にはなってほしくない、という思いからくる。

 

 

そんな古臭い考え方はもはや昭和の産物でしかないのか。

 

余計なお世話でしかないらしい。

 

 

 

結局、大会の日を迎え、「応援にきて」という言葉を期待していたが、

 

出てきた言葉は「自分で考えれば」と子供に言われる始末。

 

むしろ雰囲気が悪くなるから来ないでほしいという空気が強く、誰からも

 

歓迎されず自分は応援には行かなかった。

 

行かない方が、子供は実力を発揮できたかもしれない。

 

その方が軽い気持ちで実力を発揮できるかもしれない。

 

こんな自虐的な考え方で自分を納得させる。

 

 

 

結局、陰で努力しても影の努力をした自分が認められなかったときにはその反動が

 

きて落ち込み、しなければよかったと傷つき自暴自棄になる。

 

 

 

自分なんて家族にすら理解されない価値のない人間なんだ。

 

子供にとっても自分はいてもいなくてもいい父親なんだ。

 

夜目をとじてそのまま目覚めなければいいのにって思う。

 

その時気付いてもらえるのは果たして何日後なんだろう。

 

そんな無関心で歪な家族関係の中で、今日も自分の殻に閉じこもって

 

ひとり努力しなければならない。

 

調子は上向いて来ていると言えども、


まだまだなんだな


と思うこと。



お仕事の電話でお客様や関係者と話す時、


または、こちらが客の立場で問い合わせや予約を


する時、


電話相手があからさまに感じ悪い声のトーンだっ


ただけで、


テンション下がるを通り越してメンタルが悪化す


る。



自分は社会から認められていないような


疎外感を感じ、この落ち込んだ瞬間を1日事あるご


とに思い出して、イライラしたり、


惨めさを感じたり。



こんな人もいるんだな、


なんて思う心の余裕なんてない。



また今日も人に上から目線で馬鹿にされた…


そんな思考に陥ってよい時、悪い時を断続的に繰


り返す。



昔はもっと物事を楽しめる性格だったのに。


人付き合いも好きだったのに。


できない自分ばかり責めて、誰からも認められな


い自分を自分だけが慰めてやれる、なんだか惨め


なコミュニティの中で生きてるんだな。


と、ふと思う。



心を休ませてあげたいけど、もう限られた時間の


中で生きるしかなく、立ち止まるわけにはいかな


いんだ。



そんなプレッシャーを感じながら今日も過ごす。


落ち込む時間は大分減ったと感じる最近の状態。


そう思いたいだけなのか、


それともただ、自分に良い方向に向かっていると


言い聞かせて自己暗示をかけているだけなのか。



一つのことをきっかけに総崩れしそうな予感をは


らみながらも、少しずつしたかったことに挑戦し


ている。



うつの時にやってはいけないことに、


・旅行


・資格の勉強


・友人との交流を再開


などあるみたいですが、これら実践た結果は、


その通りだと思った。




長距離運転で遠くへ家族を連れて行ったところ、


自分の体調との温度差に喧嘩が勃発したり…



ぐーたらしてる時間を有効にと思い資格勉強して


も、記憶力や理解力は著しく低下しているため不


甲斐ない自分を感じるだけだったり…



友人や仕事での交流を増やしてもテンポの速い会


話についていこうと必死で、ユーモア交えた会話


ができず自己嫌悪に陥ったり…




今最大の懸念案件は、仕事が減っている、他社に


流れていること。


これも本当に精神衛生上悪く、かといって営業が


できるほどのやる気がない。



だったら勤めれば?


と思うかも知れないけれど、自営業だから逃げ場


があるようなところもあり、自分が落ち込んでい


る時にもお休みしにくい働き方はもう自分にはで


きないだろうな、と思う。



結局のところぬるま湯に浸かってしまった結果、


より一層弱くなったのかな。



まだまだガラスのハートで日常生活上、リスクに


なりそうなことを避けながらおっかなびっくり過


ごしている、そんな実情です。



自分の仕事はスケジュールが埋まってなんぼ。




だから連絡もらえることは心の安定にも繋がる。


土日祝日は休んで心も体もリフレッシュ、


と行きたいところだけれど、


お客様にアナウンスしても、


名刺に休みを表記しても、


ホームページに掲載しても、


調べもせずに電話一本で土日の早朝、深夜、お構


いなしに掛けてくる人がいる。



80-90代の高齢者ならともかく、


スマホを持った世代。



相手の都合関係なくかけてくる迷惑な方がいるの


で、定休日は電源オフ。



だって、固定電話ならそれ以上のことは期待しな


いのと同じこと。



せめてメッセージ送るとか、ホームページ見てみ


るとか、そんな発想はないものだろうか。




ところが、自分にも落ち度があった。


つい、日曜の夜に着信がないかスマホを見てしま


った。




着信22件。


同じ人。



過去に苦い思い出のあるあの方から。



もう嫌な予感しかしなかった。



最近眠れていたし、イライラも落ち着いていて、


このままリラックスした生活に戻れるあと一歩の


ところまで来ていた。




気にしない、気にしない、と心に訴えても


今日起こるであろうことが予想できたため、


眠れなくなった。



たった一つの不安要素だけで。



10時に寝たら、寝落ち寸前で消防車のサイレンが


鳴り、


寝そびれてしまってから1時間、2時間と経ち、


少し夢を見て3時に目が覚めてそこからこれから起


こるであろうトラブルメーカーとのバトルにどう


対応すべきかグルグルと思考がめぐり、朝になっ


た。



今日はこんな睡眠不足の体で1日のやることリスト


を頭に描くと余計に今日一日過ごすことが面倒く


さく感じられた。




お客様とは…言い合いにこそならなかったもの


の、


あまりのわがままに、


今後一切のお仕事は受けられない旨伝えて、


なんか自分が悪いことをしているような罪悪感に


駆られた。



果たして、また今日から逆戻りなのだろうか。



この1週間くらい、調子がよい。

 

 

辛い気持ちを吐きだし、自分の気分の波を記録することで

 

振り返ることができるように、と始めたblog。

 

まだ3週間程度だけれど、3週間前はまだ一つのことをするにもしんどかったし、

 

車の運転中も気づけば過去の嫌な場面を思い返しながら気づいたら信号で

 

止まっていた、そんな状態だった気がする。

 

 

かと言って、気分よく毎日を過ごせているわけではないが、少なくとも

 

嫌なことを思い起こす時間がかなり減ったように思う。

 

 

性格的には自分のやることが適度に溜まっている程度、頭の中のやることリストが

 

リストアップできている程度、それなりに忙しい状態が自分に合っている。

 

 

犬の散歩をする。

 

筋トレ、ウォーキングをする。

 

この仕事はこの日までに片付ける。

 

資格取得に向けて勉強を始める。

 

読書をする。

 

レポートをまとめる。

 

totoの予想をする(笑)

 

 

そんな誰もが無意識にできることだけれど、地道に一つずつ片付けていくことを

 

目標に生活していたら、自然と考え込む時間が減っている実感はある。

 

 

 

1年近くも辛い状態を過ごしてきた中でblogを書き始めてから短期間で少しずつ明るく

 

なれていることで変化の兆しを感じ始めた。

 

 

その中で、今、意識的にしてはいけない自分の中の要注意行動、

 

youtubeやショート動画で出てくる、あおり運転動画やBreakingDownのような

 

暴力的な動画、新宿・渋谷の闇や在日外国人に対する批判動画といった興奮を

 

誘う動画は避けている。

 

 

誰もがこんなこと意識する必要のないことをいちいち意識しながらこれから生活して

 

いかなければならないのはハンデのようにも感じるが、今は一つ一つ潰していくしかない。

 

あと数年で50を迎えようとしている男が自分で言

 

うのは他人から見たら気持ち悪いかも知れないけ

 

れど、愛情不足なんだと思う。

 

 

幼少期からの家庭環境が少なからず影響している

 

と思っている。

 

ただし、両親にそんなことを言おうものならブチ

 

ギレられる。

 

でも、自分はずっとそうだと思っている。

 

 

小さい時から褒められたことは殆どない。

 

毎日のように怒鳴られ、時にはぶたれ、門限の18:

 

00を1分でも過ぎればどんなに寒くても鍵をかけ

 

られ家の中には何時間も入れてもらえなかった。

 

泣き叫んで

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

と謝っている声は録音され、面白可笑しく笑われ

 

た。

 

また、ウソをついた時には体を力任せに引っ張ら

 

れ家から追い出された。

 

裸足のまま冬の夜の闇に放り出され、家の至る所

 

の窓の鍵が開いていないか探し回り、時には2階ま

 

で子供ながら柱をよじ登って出入りした。

 

また、別のときには裸足のまま泣きながら近所の

 

家に助けを求めて駆け込んで、鍵を開けてもらう

 

よう交渉してもらった。

 

 

なので、子供の頃夜の闇は本当に怖かった。

 

夜にならなければいいのに、と思った。

 

 

また、車の中で怒られて泣いたときには、信号待

 

ちしている時に助手席に座っている自分は降りろ

 

と引きずり出された。

 

 

親の機嫌を取るためにいい子を演じてきた自分が

 

大学に受かって大喜びし、早く親に伝えたいと思

 

った時に言い放たれた言葉は、「なんだ、そこか」

 

とバカにされた。

 

 

こんな話を今親にしても

 

「そんなことしていない!」

 

と逆ギレされた。

 

 

そんなルーツは人に話せるわけはなく、このよう

 

にうつ状態となり、

 

「毎日死にたいと思っている」

 

と妻に窮状を訴えても、

 

「死にたい人が生きていて、生きたい人が死んで

 

しまった」

 

と先になくなった妻の家族を引き合いに出して心

 

ない一言を言われた時、

 

もうこの人はダメだ…

 

と思った。

 

 

今の自分の心を癒やしてくれるもの、

 

妻以外の女性なら誰でもいい、

 

抱きしめて欲しい。ずっと抱きしめていて欲し

 

い。

 

言葉なんていらないから、ただそれだけで安心で

 

きるような気がする。