誕生日というもの
顎の話の続きはまた後日にするとして、今日は僕の誕生日だったりする。
まぁ、この歳にもなると誕生日だからといって特に感慨深いものがあるわけもないのだが、
自分を見つめ直すのに良い機会ではあるわけで、真摯にまたひとつ歳をとったことを素直に受け止めたいとも思う。
子供の頃、おもちゃの類に関しては親にかなり与えられていた部類に入るのではないかと思う。
当時一人っ子(後に弟ができるわけだが)でもあり、また親は昼夜働きづめだった。近くに他の身寄りがあるわけでもなかった僕は何かと独りで家で過ごすことが多かった。とはいっても当時それを寂しいとか悲しいとかそういう風に感じたことは一度も無かった。その生活が僕にとってはごく自然な「当たり前」だったのだ。それは当然だと僕は思う。物心ついたときからそういう生活をしてきているわけで。。具体的にはといってもうろ覚えだが2歳過ぎの頃から、夜間も対応できる託児所であったり、創価学会関係の知り合いに預けられたり(これはまたの機会に)、母が勤めていたスナックの先輩宅の子供と一緒に過ごしたり(これもまたの機会に詳しく)、色々な環境の中での生活を強いられた。もちろん強いられたという気持ちはないのだけど。
ただ、僕にそういう感情が無かったとしても当時まだ若かった母は、そういう生活を息子にさせていることを常に辛く思っていたようだ。その反動だったのだと思う。誕生日であったり、クリスマスであったり、子供の日となると、無理をして僕に周りの友達に比べれば高価なおもちゃを与えたり、動物園や遊園地へここぞとばかりに連れて行ってくれた。
そういう環境のなか育った僕は、他の子達とはちょっとずれた子供だったと思う。
小学校に上がったときも、僕はよく授業中に学校を逃げ出して近所の公園で独りで遊んでいたりすることがあった。泣き虫で力も弱く運動が苦手だった。ただ、同じクラスの誰よりも本を読んだし絵を描いた。また空想することが好きで、空想したことを絵に描いたりすることが何より好きな子供だった。ふとこうして振り返って文章にしてみると、最近使われる言葉で言えば「ひきこもり」がちな子供だったようだ。
数年の後に、ある出来事がきっかけに劇的に生活環境が変わり、性格もそのときから半ば強引に違う方向に進んでいったが、それでもふと気づくとその幼少期の頃のように空想に浸ったり、周りの人間関係が煩わしくなって孤独を好むときがしばしばある。
僕にとって誕生日というものは、お祝いされるというよりは、我侭が許される日として認識してきたように思う。もちろん丸いケーキに蝋燭を刺したりということも無かったわけではないが、基本的にというか現実としてモノを与えられることで与えられたことに対して親の愛情を受け取ってきたように思う。
30も過ぎて今更こんなことを書くのも憚られるが実際そうだったのだ。別に僕は今になって親を恨んだりといったことは誓って無い。ただ、この歳になってやっと、あの頃の僕の生活は「普通」じゃなかったということを多く気づいてきただけだ。もちろん普通なんて言葉は人によって解釈も違うわけだし一概には言えないが、ようは今の僕がその頃の僕を普通じゃないと思っているだけのことだ。
ただ、僕はそんな風にして与えられたおもちゃでかなり楽しく遊んでいたし大事にした。どのおもちゃだってすぐに飽きたりはしなかったり、その持ち前の空想癖がおもちゃを与えられることで更に空想を広げることができた。その当時にまだ生まれていなかった言葉だけど「オタク」だったのだろうと思う。(これもある出来事をきっかけに純然たるオタクになりきれなかったわけだけども)
この歳になってというかもう数年に渡って、誰かにプレゼントをもらうということはなかった。それはそれで残念なことなのかもしれないが正直あまり気にしてなかったりする。もしかしたら無意識に強がっている可能性もなくはないのだろうけどそれは無意識での話しであって、こうして文章にすると気にしてないと言える。
ただ、今年の誕生日はささやかな期待がひとつだけあったのだがそれも叶わず、まもなくこの誕生日という生きている限り必ず毎年一度訪れるイベントがまたひとつ終わるようだ。
どんな期待だったかを書いてこそ読み手を楽しませる要素になるのだろうがこれはまたの機会にしたい。
顎の話
後輩の女性の顎の調子が悪いらしい。かつて自分も顎関節症に悩まされた経緯があり他人事でもないわけだが、今晩から明日にかけ、この顎関節症を肴にやはりジョニーウォーカーを口に含ませながら少し書きたい。
思えば他の同僚からも顎の調子が実は悪かったという話をたびたび聞くことがあったため、決してめずらしい症状ではないらしい。
自分の場合は、ある朝、眠りから覚めると、口が全く開かなくなっていることに気づき愕然として飛び起きた。これは経験したことのない方にはなかなか伝わらないかもしれないが、相当の恐怖と焦りを感じられる出来事だ。何しろ口を開ける行為というのは至極あたりまえな動作のひとつなわけであり、それがある日突然叶わなくなるのだ。本来であればすぐに歯医者なりに行くべきなのは理解できるが自分はそうせず。上顎と下顎をそれぞれ右手と左手で無理やりこじ開けた。センチ単位。。ミリ単位。。それはわからないが少しづつ口が開きはじめた。
この光景を誰かに見られる想像なんかするとぞっとする。少なくとも異性に見せられる光景では到底ありえない。しかし、それは今だから思うことであり、その瞬間はそんなことを考える余裕は全く無かった。更に力を込めて口を開けようとするとある一定のところ以上から全く開かなくなった。本来開くべき口の大きさに比べるとその半分程度のところだった。一旦口を閉じ再度開く、また閉じて再度開く。そんなことを何度も繰り返したがあまり効果が無かった。
口は開かずとも気持ちは開き直った自分は、その当時の自分の腕力の最大パワーを勢いよく顎へ伝達することでこの問題から打開する決心をあっさり決めた。今思えば無謀な行為であることは容易に判断できる、決して他人に勧められる行動ではない。でもそのときの自分は、あたかもそうすることが最善の策のように思え、一遍の迷いもなかった。
口を閉じて、開けて、閉じて、開けて、と反復を繰り返し、まるで走り幅跳びの跳躍の助走のようにリズミカルにテンポを整え手にも力を込める。そして、閉じて、開けて、閉じて、えいやっ!と開けた。
その瞬間、「バキッ!」と野球選手がいらついてバットを折ったときのような不快でもあり爽快でもある大きく乾いた音が顎から響いた。その音から少し遅れて鈍い痛みが走り、自分はその場に突っ伏した。
痛みに少しづつ慣れながら、「顎が砕けたか」と真剣に思い込んだが、おそるおそる顎を少しづつ動かしてみた。痛みは残りつつも動かせることが確認できた。
少し安心した自分は、痛みが和らぐまで、ひとまずショートホープを口に銜え、大きな深呼吸とともに、煙草を吸った。(続く)
ZIPPO見つけたり
半ば諦めたZIPPOが無事見つかりました。
なんと、ショートホープの箱の中に入っておりました。
つまり、なんとなく自分で煙草の空箱にライターを入れてしまっていたのです。
全然そんな記憶はないので無意識の行動だったのかとも思うわけですが、
実はこういうことが一度や二度ではなかったりします。
ともあれ無事に戻ってきたZIPPOで今日はゆったりと煙草が吸える地味ながらも
幸せな一時を過ごせます。
お盆休みから忽然と読書にのめり込み、片っ端から小説を読みふけっていますが、
煙草とウイスキーと文庫本のセットが最近の余暇の過ごし方。聞こえはよさそうかもしれませんが、実際はのんだくれながらページを捲っているだけです。
趣味は恐らく多い方ですが、一番浪費が少ない趣味かもしれません。ただ1日で1冊を読むようなペースだと古本屋を活用しないと一月単位で見れば結構な額になってしまうかも。昔読んだ本を再度捲ると新しい発見もあったりしますので、本に埋もれない程度にお金をかけすぎないように、そして何より飲み過ぎないように楽しみたいところです。
失われたライター
スターリングシルバーのZIPPOを失くす。
そんなに愛着を持っていたわけじゃないが、いざ無くしてみると途方のない喪失感があった。
ZIPPOはいくつか持っているが、使い込んだのは今回失ったモノを含め2個しかない。
1個目は金メッキのZIPPOだったが高校の頃、友達と原宿へ上京した際に購入したモノ。
露店のおねいさんに、その頃好きだった異性の名前を彫ってもらったりしたのが懐かしい。
(今思えば非常に恥ずかしい行為だが)
二十代前半まで使ったが、その頃付き合った彼女にいつの間にか失くされる。
(これも今思えば失くしたのではなく捨てられた気がしないでもない)
今回失くしたZIPPOは特に甘酸っぱいモノは全く無く、単に銀無垢のZIPPOがほしくて
インターネット通販で購入したものだ。通常のZIPPOのサイズよりも一回りスリムなタイプで、
ショートホープの箱と合わせて持つのに良く馴染んだ。
購入直後から火の着きが悪く、分解したりなんだりといろいろ弄った結果、やたらと
火の燃え上がりが強くなり、そのくせ風が吹くと脆くもすぐ消えてしまうという、
ZIPPOらしからぬライターだった。プライベートのみならず仕事にもZIPPOを使っていたが
本当のことを言えば、仕事にはデュポンのカキーンと鳴るライターを使いたかったが、
そんなアイテムを持つ甲斐性はまだなく、TPO関係なくどこでもZIPPOを使っていた。
そして今日は100円ライター。。
煙草をやめようかと思うほどの喪失感と敗北感。
今晩のジョニーウォーカーの減りは早そうだ。
ただただ蒸し暑い
盆明けあたりから暑い日々
でも快晴ということはなかなかなく、
にわか雨が降ったり曇ってただただ蒸し暑かったりと
天気に恵まれません。。
寒さはともかく暑さには滅法苦手で毎年夏バテ気味。
台風も複数個近づいているようなので今週もあまり期待できないかな。
カラっと晴れれば暑がりではありますがそれなりに快適なんだけどね。
そういえば今更ですが地震がありました。
ドドンという響きとともに急な揺れが来ましたが幸い大した被害もなく、
一番の被害は職場の資料類がみな床に落ちたことぐらい。
(資料バラバラでそれなりに面倒な思いをさせられましたが)
先週は雷も結構鳴っていたし、あとは火事に気をつければいいのかななんて。
やれやれ、ベタですね。
街をぶらつく
めずらしく、繁華街まで、ぶらぶらと本屋を梯子しながら、汗をかいたら喫茶店に立ち寄りながら、街と街を歩く人たちの観察をしてきました。
ほんと、こういうことって若いときには日常的に行っていた行動だったけど、最近はわざわざ「そういうことをしよう!」と思って行動しないとそういう機会に恵まれないのです。
いつもは車で出掛けることが多いのだけど、天気も良いこともあって、駅まで少し遠いのだけど、地下鉄に乗っていくことにしました。実は電車にのることも数ヶ月ぶり(もしかしたら1年以上かも)でしたので、これはこれでちょっとした、ほんのちょっとした、行楽気分になれます。
レコード屋に立ち寄り、昔よく立ち寄った店が今も健在なのかを確かめて歩き(残念なことにかなりのお店がもう無くなっていましたが)、前から少し気になっていた、ちょっとした飲み屋街の様子を伺ったりしました。
昼間の飲み屋街は当然ながら閑静で、飲み屋街特有のお酒の匂いや生ごみ、その他色々な異臭が絡み合った匂いで包まれて、若干の不快感はあったものの、いくつか気になるお店をチェックしてきました。
ふと、街を歩く人たちをみて思ったのだけど、週末の昼間に独りでぶらついている男ってあまりみかけませんね。ほとんどが家族であったり、カップルであったり、友達数人で行動しているもので、たまに独りで歩いている人を見つけても、スーツ姿(きっと多分仕事があったのでしょう)の人ばかりでした。まぁ地方都市のちょっとした繁華街を少し歩いただけでは断言できないのでしょうけど、土曜日の昼間に独りでぶらぶらする男なんて奇特なのかなと思ってしまいました。
少し汗をかいたので(とても汗っかきなんです)、喫茶店にたちより、読みかけの小説を読みながら涼んでみたところ、ここでもやはり独りの男の客は自分だけで、自分が浮いた存在のように感じてしまいました。
そんなこんなで男の一人歩きに色々思う一日でありました。この1年で
2年やめていた煙草を吸い出して丁度1年。(煙草の話はまた今度)
体重18kg減のきっかけとなるダイエットを始めたのも丁度1年前。
仕事内容が具体的に変わったのも1年前。
きっと何かの転機なんでしょうね。
何を目指してるのかなぁと単純に自分のことが見えなくなることがあります。
特に体重減らしたことで身の回りの人たちの反応が様々で、
痩せていいことはもちろんありましたが、あること無いこと言う人もいたりと、
少しばかり面倒なこともあります。
「あの人きっと重い病気なんだ」とか、そういうの。
あまりかっこよくなったとか言ってくれる人はいないなぁ。
なんだか無駄なことしたのだろうかなんて思ってしまう。
服は全部買いなおす必要があったし、靴のサイズとかまで1/2ぐらい小さめじゃないと
合わなくなって、お金もかかったしね。
でも、我ながら少しお洒落に気を使うようになった気がします。
男も女もどっちもだと思うのだけど、年齢にして30半ば前後の、
努力とかあきらめとか油断とか危機感とかで、40・50過ぎの自分が大きく変わると思うわけです。やっぱり歳とってもキチンと男でいたいじゃないですか。もちろん人それぞれ感覚とか目指したいものは違うと思うのだけど、アンダーウェアとパンツだけで団扇扇いでゴロゴロとテレビ観る。。もちろんそういうのを全否定するつもりはないけど、そうしてる自分を鳥瞰して見つめると、「違うな」と思うわけです。
年齢を重ねるごとに時間の感じ方がどんどん加速していきますよね、同じ1日でも子供の頃は長く感じて、大人になると1日なんてあっという間に過ぎる。そういう感覚です。
仮に70歳まで生きることができたとして、35歳って丁度中間。年齢と時間の感じ方のずれがどういう曲線グラフを描くかはわからないけど、そのずれについても丁度人生における中間位置に相当する可能性が大きくあるわけです。
子供の頃が、感覚時間:実時間 = 1:1 と設定すると、
70歳では 0.5:1 になる、じゃ30半ばなら、0.75:1の感じ方が妥当か?といったつまりそういうことです。
1日の重みは増しながら1日の感覚時間は短くなる。だからこそ、毎日をどう過ごしていくかということは時々振り返る必要があるなと。毎日毎日時間のことばかり考えてはいられないから、時々振り返る。少し先のこと、少し前のこと、ずっと先のこと、ずっと前のこと、そして今。ずっと先のことなんて誰もわからないけど、曖昧なイメージでもいいから描いてみる。そういうことを1年前あたりから意識して実行してるのです。
それで、1年前はずっと先のことが描けてしまったのです。5年後10年後15年後と、今の生活から想定できてしまう。そして想定できたとき「はっ」としたのです。それは違うと。
子供の頃に描く将来の夢って無限に書けるよね。でも次第に現実と向き合うこともあって、成長に伴って絞り込まれていく。それは当たり前なのだろうけど、いまとそう変わらない自分が将来の自分として映しだされることに幻滅してしまったわけです。
ダイエットに限らず、私生活でも仕事でも、ほんの少し素敵な自分を目指すと楽しいなって思うのが無理やりまとめるとそういうことになります。
またも酔いつぶれる
最近酔い潰れることが多い。昨晩もまたそうだ。
アルコールによる異常状態への臨界点の判断がアルコールによって見失われる。
往々にして同席者へ面倒をかけるわけだが、いい加減自分を見直す必要があるだろう。
そして更に問題なのは、一定量のアルコール摂取を越えた時点でその後の記憶が失われることだ。
気楽に構えれば大した問題ではないのかもしれないが、これが後に結構な恐怖感に悩まされることになる。
... 真剣に考えよう。
どうも最近酒に逃げてるようだ。確かに色々悩みは増えてきているわけで一時前と比較して正常な精神回路ではないようにも思う。ただこのままでは遅かれ早かれアルコール依存症なりを引き起こすだろう。もちろんそれを望むわけではない。
倫理的に推奨される生活を送っていないのは承知の上なわけで、素面の時点で既に僕の持つ精神回路は正常な動きをしていない。逆に精神が崩壊させないがために、記憶喪失なり、アルコールへの依存へと導いているのかもしれないが、いずれにせよ望まない最終結果へ誘われるのは時間の問題であり自己の崩壊へ突き進んでいるといえる。
これは個人の内に留まる問題でもないわけで身辺の関係者達にも大きな影響を与えることになる。
まずは今晩は酒を控えてみたいと思う。
ジョニーウォーカー
僕はほぼ毎日ジョニーウォーカーを飲む。量は日によるが、週に2本空けるときもあれば1本程度のときもある。飲み方はほとんどストレート。以前はロックで飲んでいたが数ヶ月前からストレートを好むようになった。最初は氷を使うのが面倒だっただけかもしれないが、今では香りも味わいもストレートが勝るよなと思っている。
2千円前後でこのボトルが買えるのは恵まれていることなのだと、年配の愛飲家はよく言うようだが、これに限らずオールドパーにしろ、カティーサークにしろシーバスにしろ、ウイスキーを好む人にとっては現行の酒に関わる法律・税金などの問題は良い方向といえるだろう。
しかし、自分の周りにウイスキーを好む人はほとんどいない。せいぜい綺麗な(そうじゃないこともままあるが)お姉さんが隣についてくれるようなお店でのみ飲む人ばかりだ。そういう店だと大体水割りで飲むわけだけども、当然ながら酒自体を味わうような趣向の店ではない。またそ れを否定するつもりも特に無く、そういう店が嫌いなわけでもない。
30歳を過ぎて独りでジョニーウォーカーが飲める静かな店を探しているが繁華街からいささか離れた職場とその職場からそう遠くない場所に自宅を構える現在の生活では、仕事帰りに独り気取って浸れるような場所はまず存在しない。よって自宅で飲むことがどうしても多くなるわけだ。まぁ同じ酒を味わうのに酒屋で買ってきた酒とバーで飲む酒にモノ自体の違いはないのだろうが、隠れ家的な場所を求めるのはおかしいだろうか。
アーモンドチョコレートの考察
最近アーモンドチョコレートをよく食べる。
そして必ずアーモンドが奥歯と中途半端に生えてしまった親知らずの僅かな隙間にひっかかる。
歯ブラシもしくは爪楊枝がなければ、そのアーモンドは瞬く間にプラークとなり、いずれ僕の
痛覚を刺激することになるだろう。
何故そこまでのリスクを負いながらアーモンドチョコレートを食べるのか。
単純に好物だからというわけではない。ポイントは食べるときのとっかかりの良さかと思う。
スライド式の箱から楕円形の球体を取り出す気軽さがアーモ ンドチョコレートが長きに渡り、
チョコレート菓子業界の定番商品として君臨してきた理由ではなかろうか?
そう考えると僕にとっての理想のチョコレートはアーモンドが入っていないアーモンドチョコレートのようなモノとなる。しかしそのような製品は未だみたことがない。