病人さんに告ぐ
とある病人さんは、いつもニコニコ。
とある病人さんは、僕の遠く見えないところに気持ちをおいていて、
とある病人さんは、僕にほんの少しだけ弱いところを見せてくれる。
まだまだ全然、僕はこの病人さんたちのことを知らないのだけど知りたいと想う気持ちがある。
そんなココロを動かす病人さんたち。
ところで僕は医者じゃない。
まぁいいや。
さて、病人さんたち!
早く帰って暖かくして寝るんだよ。
それが今一番強く言いたいこと。
この記事、明日には消す。かなり多分。
今宵に君は何を飲む?
シャンパン、ワイン、カクテル。。。
一般的に幸せそうね。
日本酒、焼酎、ウイスキー。。。
これはこれでまたいいんでないの?
ビール
そうねいいじゃん大賑わいってかんじ。って僕 もさっきまで飲んでいたが。
さて、そして今熱々のお茶を飲んでいる僕。
かっこよすぎる。
ふと思った。トナカイって美味いのかなって。
かっこよすぎる。
近所に様々な種類の肉を扱う肉屋がある。
でも、トナカイはない。そりゃそうだ。
。。。自分で買え。
研修最終日
今月に入ってから仕事でとある技術研修に数日間通っているわけだが、これがちっとも面白くない。研修場所が街中のおかげでいくらでも店を選べるランチや街中の雰囲気はそれなりに楽しめるわけだけども研修自体の内容は、かなりいまひとつである。
そもそも、技術屋が技術を学生気分で学ぼうという試み自体が???なわけであるが、どうもうちの(会社の)人たちは上昇志向も知識欲も薄い集まりなわけなのでこうした催しでモチベーションを上げてやろうというのが実際のところだ。そういう意味ではうちの会社はとても社員に優しい企業だ。。。今後がとても不安だが。
三十路を過ぎて純粋な「組み」のエンジニアを続けるにはそれなりの努力と、その努力することができる才能が必要なわけだけども、僕にとってもそれは例外じゃない。
現在「職人」が育ちにくい環境の中、経験を積むほどに要求されるのは「管理」の能力になる。それだけ作るモノが大規模化していることもあるけど、この業界に自ら飛び込んだ人のほとんどは、到底「管理」になど興味のない人間のはず。
プロジェクトリーダーだとかマネージャーだとかシステムアナリストだとか何とかアーキテクチャーだとか、カタカナにすれば「よくわからんがすごそう」というポジションはたくさんあるけども、「作る」作業から離れるほどに先が見えなくなる事実と、そういう職種へシフトしていかなければ金銭的なアドバンテージが得られない事実。
そして今、僕はその過渡期に身を置いているわけだけども、未だどっちつかず。
わかっていることは、「作る」のはその過程の充実感。「管理」はその仕事を終えたときの達成感。そしてその比重を考えるバランス感覚の難しさ。
さて、他の人たちのことをとやかく言う前にまず自分のこと。
早寝早起き
週末から「親類関係による突発的に発生した諸事情」により東奔西走しつつ20年以上あっていなかった親類や知り合いや、もう顔も名前も忘れてしまった数々の人達に挨拶をし、話したところで覚えられもしない近況を語り、そして聞かされたところで覚えられもしない近況を聞く。
「親類関係による突発的に発生した諸事情」というのはいわゆる冠婚葬祭のうち葬儀の類である。
突発的に結婚式に呼ばれても困るしね。
さて、仮通夜・本通夜と終わり今日は告別式、というわけで今日の仕事は休みを取るわけだが、
妙な時間にすっきりと目が覚めてしまった。つい先日はこの時間に寝た気もする。
しかし葬儀の類に限らず親類が集まるようなこうした場における僕の立場は僕にとってはとてもとてもややこしく難しく面倒で時折ぶん投げたくもなる、いわゆる「僕の諸事情」が付きまとい、ほとほと、いささか、うんざりするような気持ちにされ、結局のところ、
「やれやれ」
と思う。
さて、ところが僕の弟にあたる男が今回ばかりは少し様子が違っていた。何かと僕への気遣いが感じられる。どうやら「僕の諸事情」を少し知ったようでもある。知ったということは知らした困った人がいるわけでもあるが、彼の態度そのものには単純に兄として喜ばしい限りだ。しかし、「僕の諸事情」によって彼にも「彼の諸事情」が発生するのかと思うと、不本意なことであり気分は悪く、そしてうんざりする。
「やれやれ」
そして本人以外意味のわからない記事がまたひとつ増える。
歌を歌う
さて、かなりひさびさに歌ったりした。
そもそも、例に漏れず呑みすぎだったわけだが。それもかなり。
ざっと生ビール3杯、トリスをダブルで2杯、そしてまたビールを2杯
やっつけたところでウイスキーの水割りを水のように呑む。
断っておくが本来5合も呑めばへべれけのオッサンがである。
「一杯だけのんで帰ろうか」
そんな契約が履行された試しはない。
そして、自分が聴いている分には薀蓄たれなわけだが、
歌う側にまわると、これがいわゆる「下手」な人なわけだ。
それも、三十路過ぎが無理したように若い歌をうたう。
かなりやばすぎる。もう1人自分がいて、同じ場に居合わせたら
何をケチつけだすかわかったものではない。
自嘲気味。。
そして更に払いの金が足りなくなるは、帰りに転ぶはで散々な目に遭う。
自業自得。。
そして、
自重せねば。。
と何時もどおり翌日思うのだ。
唯一無二?の読者が行間を空けろということだったので少し意識してみた。
師走も中旬、今年も終わり。
また1年が過ぎる。
さて凹んでいる人がいて、慰めにもならないのに
自分の過去のバカ話を話す機会があって昔を思い出した。
ほんと大した人間じゃぁない。というより問題多き人間だったことを思い出した。
いつからかな、変わっちゃったのは。。
なんてね。いつからかなんて自分はしっかりわかってるわけで。
とはいえ、昔はよかったなぁなんて思いそうになりつつも、思いたくない自分もあり。
それはともかくだ。過去を思い出した後には未来も見据えないとね。
そのまえに現在を踏まえないと。
やることはいくらでもある。
来年やるべきことは、今やるべきことをやっておかないと、そのとき、きちんとできないようにも思う。
そう思えるようになったというのが自分にとっての今年1年の成長なのかな?どうかな。
さて、自分のココロの時間は自分の都合で止められる。
が、実際には身の周りも現実も例外なく時間は刻々と過ぎているってことだ。
既に手遅れなものがあり、まだ取り戻せるものがあり、いずれもそう思っているだけかもしれないものがある。
やれやれ。こんなことに気づくのに随分と時間がかかったな。
でもまだ気づいてないことも多そうだ。
夢の話
昨晩、逮捕される夢をみた。
どんな罪かはわからないのだが、自分はかなり納得して逮捕されている。
古い知人が共犯者として一緒に捕まっていた。
「ひさしぶり」なんて言われて再会を喜んでいる。
唯一、一人だけ逮捕される僕をみて嘆いている人がいた。
この夢には意味があるのだろうか、それとも何かの暗示もしくは啓示なのだろうか。
考えてもわからない。また、夢にそれほど多くの時間を費やしても徒労に終わるだろうと判断したが最近みる夢の中では印象に強いものだったのでこの場に記録することにした。
まぁ情緒不安定なんだろうなとは思う。
顎の話2
さて、別の機会にと数ヶ月ぶんなげていた話の続きを書くことにする。
顎の話の続き。
そして顎は開いた。閉じることもできた。
しかし、朝起きると口が開かないという実に個人的な大事件はその後も何週間かおきに度々起きた。
最初は力まかせにこじ開ける行為で半ば強引な解決を果たしたが、次第にコツを掴んだ僕は丁寧な処置で打開することができるようになった。
朝になると口が開かなくなるという現象に対して僕は僕なりの原因を推測し、またそれを結論とした。この結論は結局医師の診断がないままに、僕に起きたこの問題に対して僕自身が見つけた僕の勝手かつ確信を得た答えだ。
その原因とは、実に夜の騒音として世に知れ渡り認知されている、「歯軋り」だ。また、当時僕は布団やベットで寝ることがほとんどなかった。大抵は酔っ払い、床の上やソファーなどに座ったまま深い眠りに落ちていた。およそ身体が休まるような体勢で睡眠をとらなかった。この無茶苦茶な姿勢でのケタタマシイ歯軋りにより僕の顎は破壊されていったのだ。
思えばこのころから世間一般でいわれるところの一般常識の範疇外な酒の呑み方をしていた。しかし今の僕は若手社員に常識と道徳を語る神格者もとい人格者だ。そしていまも当時と大差のない呆れた酒の呑み方をしばしば繰り返す。そう、今これを書いている僕のように。実際には他人のこともわからなければ自分自身のことも実によくわからないものだ。
閑話休題。
そして更なる悲劇が後日繰り広げられることになった。
今度は口が閉じないという最悪の事態だ。
口が開かないのは無口な男で通すことも可能だ。
安易な読者は(失礼)、とりあえず開いているなら食事はできるじゃないかと思うかもしれない。
しかし、開きっぱなしも閉じっぱなしも結局は食事に耐える状態ではない。
「どうしようもない」が共通する事項だ。水がでない蛇口も蛇口のない水道も生活において何の役にも立たない。ONとOFFの機能両方があってはじめて成立するものは世の中にいくらでも存在する。
コンピュータなどはまさにその典型だといえる。
。。すまない、もう眠くなってしまった。続きはまた後日。
この後日という表現を「近日」としたいのはこのblogにおける当面の目標といえよう。
知人来訪。
完全に挫折と飽きで廃れたblogだがほぼ勢いで、最近顔見知りになった人にURLを教えてしまった。
(顔見知りという表現が適切かどうかはこの場合かなり微妙で躊躇われるのだが。)
というわけで数ヶ月ぶりにその人のためにちょこっと書いてみる。今日の記事は不特定多数向けではなく個人向けである。かなりの低確率で迷い込んだ不特定多数のあなたには「ごめんなさい」、個人に該当する当人のあなたには、、、やはり「ごめんなさい」である。
さてさて。
「やぁやぁ、こんな枯れたところによくきたね。」
おわり。
やれやれ。。あんまりなのでもう少し。
さて、知人に読まれることを考えていなかったわけで、いざ人に読まれるとなると数少ない記事を消したくなるわけだが、ここで負けるわけにもいかない。というか消したら何も残らないではないか。
にしても前回最後に書いた誕生日の記事は読み返すと我ながら最悪だ。と言い訳しておこう。叶うことであればそこだけでも読み飛ばしてもらいたい。
さて、誕生日以降の僕はといえば、傍目からは特に何のことはない平凡な生活を繰り返している。本人にしてみればそうでもない部分も多くあり、この3ヶ月は僕にしてみれば重度のストレスに悩み、呑めば記憶が飛ぶ、呑まなければ不眠という酷くバランスの悪い生活だ。
以前に書いたか失念したが(読み返せばいいことだがその気力と時間が今無い)、酒は好きだが強くはない。呑むのは速いが量は無理。呑まねば無口、呑めば饒舌。うん、典型的か? まぁこんな荒んだ飲酒生活だが、その結果、新しい顔見知りもでき誰にも見せるはずのないblogに招待して、こうして数ヶ月ぶりに書く機会が訪れただけでも良しとしよう。
もう少し何か書いておきたいが、あいにく定時が過ぎたとはいえ勤務中だ。「休憩してました」で済まされるぎりぎりというところなのでここでやめる。
結局何かを伝えることもないこの文章はさながら「blog」なのだ。