三十路過ぎのShortHopeがある生活 -3ページ目

生きるための雪かき。そして愛くるしい雪だるま君。

そう、雪かき。


ただただただただ、生きるためにはしなきゃいけないことごと。そういうのを仕事であったり家事であったり。自分のペースでしっかりやった。


そう、雪かき。



自分がバラバラに壊れていって、その欠片をまた拾い集めて。そのピースをまた組み立てたとき僕はどういう絵を描くのだろうね。 雪だるまのように、愛されてこしらえられて、そして人知れず溶けていく。でもその季節において、人に確実に何かを伝える存在感。


なんて雰囲気のblogを別に書きたいわけじゃない。


だるまといえば松川達磨。

このダルマさんが僕にとってはとてもステキで愛くるしい。

そう、ツボにはまるステキさだ。

知らない人は是非ググッてほしい。

でも今年は初詣で、そのダルマさんを買ってあげられなかった。

いろんな気持ちが交錯してね。

でもどうしても、どんと祭で焼いてもらうには偲ばれた僕の同居人であるダルマさんは、僕のもうひとつの部屋でのんびりとたたずんでいる。

彼とはもうしばらく一緒に同じ時間を共に生きたい。



さて、「生きる」はわかった。はて、どう「活きる」かが問題だ。

こんなことしか書かないからランキング上がらないし、そもそも読む人が知人しかいないってことになるんだろうな。


なぁ、知人?

本屋と図書館と古本屋スパイラル。

 本屋へ行く。古そうな興味のある本を見つけ、買わなくても図書館にあるのじゃないかと、図書館へ向かい、でもなくて古本屋に行き、それでもやはり見つからなくて、そして本屋へ。


 この二日間こんなことばかりしていた。気づけば各店(図書館は店とはいえないけれど)で完全に顔を覚えられている。


 今とても欲している場所があるのだけど、なかなかしっくり来る場所が見つからない。スタバやベローチェ、ドトール、その他諸々のチェーン店のおかげですっかり寂れてしまったけれど、コーラを頼めばレモンスライスを乗せてくれるような、軽食といえば四辺が堅くなりかけたサンドウィッチやメニューがナポリタンしかないパスタ、くたびれてはいるけど浅く座っても深く座っても馴染むソファー。なりよりドアを開けると鳴るカランコロン。


 思えばそういう店は昔から何故経営が維持できているのかわからない節もあるのだけれど、そういう店を今更ながらに求めてる。いやあるにはあるのだが、生活圏内には、喫茶店そのもののニーズが少ないのか、いやニーズなんか無いと誰でも容易く想像できるような場所ではあるのだが、やはり見当たらない。

 そういえば僕よりももう少し上の世代のサラリーマン達のなかには、脱サラして今書いたような静かな店を持つことに憧れている人が多いようなことを、メディアや人づてに聞くことが多かった。うん、気持ちはわかる。


 ところで、普段寝る時間に目覚めてしまった。今、このままコーヒーを飲みつつ覚醒方向へ向かうか、飲み残しのウイスキーを飲み干して睡眠方向へ向かうか悩んでいる。


 そして悩んでいる僕はどうやらジャンクフード、、ドリンク?の王道コーラを酷く欲していることに書きながら気づいた。コーラなんてものを買い置くような習慣もないので、ハイボール用に買っておいたトニックウォーターでもこれから飲もうと思う。要は「シュワッ」としたいのだ。


 やれやれ、どうも書くこともおじさんくさくなってきたか。

自分のblogなんだから、

ちょっとだけ。
ちょっとだけ。
一言だけ弱音吐く。


「ふぃ~、疲れた。」


おっしゃ、仕事仕事・・・・・・。

Joel on Software を斜めに読む。

ここ数ヶ月、小説の類を中心に読みふけっていたところ、
同僚に差し出されたのが「Joel on Software」Joel Spolskyさんが書いた業界本。


その本に書かれている「Craftmanship(クラフトマンシップ)」の記事が印象深いというか
常に思いつつも実際のところでそれが正しいのか誤りなのか判断のつかないことについて書かれていた。


「1%の欠陥のために500%のコストをかける」


この本では純粋にエンジニアについての記述としてこの言葉を使っているのだけど、これって、結構、いろんな場面で起きる気がする。

ふと、思い出したのは川端康成の「雪国」の冒頭、「国境の長いトンネルを・・」のフレーズに費やされた時間。ちょっと大げさか。


仕事において、この言葉の通りにならないことはとても多い。理想と現実はやはりかけ離れていることが多いから。


でも、Craftmanshipの精神は、Craftmanでありたいと思うなら、


 捨てないように。
 忘れないように。
 無くさないように。


愚痴話1

水道管凍結。


事務所の水道管が凍った。たかだか築6年程度の一応「ビル」の水道管がだ。
あり得ない。。


そして、このあり得ない事務所に所属する50人弱の社員達は、
コーヒーもお茶も飲めず、手も洗えず、更にはトイレにもいけない。。

このビルの設計者と建設に携わった当社の関係者達っていったい。。


そもそもこのビルは何かと問題がある。


ガラス戸越しに下敷きをぶらぶらと反射させるだけでロックが外れるセキュリティ。

バスが走っただけで揺れる耐震強度。
推定BMI30程度の同僚が歩くだけで揺れる耐震強度。
なにより窓がない。ここは刑務所か?否、刑務所だって鉄格子とともに窓ぐらいはある。
1Fのみしかない給湯設備。
この業種でありながら二重床になっていないこと。
外部との配管の管径がありえない細さ。
不安定な電源環境。
そして駐車場の不備に住宅地域に佇む立地環境とアクセスの悪さ。


おかしい。


そしてこのビルの施工業者は僕の担当顧客でもある。
そしてこのビルの設計に携わった当社の担当は僕の上司でもある。
そしてこのやり場のない愚痴はblogに書かれることになった。


library

図書館固有の雰囲気。

ある種の神聖ささえ伺える静寂と匂いと湿度。
あの図書館の雰囲気がとても好きだったりする。


そして今まであまり手にすることのなかった近代文学。
一日で読みきれる頁数の小説となるとこの近代文学が
妙にマッチすることに気づいた。当然作品によるけどもね。

国語の教科書に使用されるようなものをあらためて読むと
学生時代には気づかなかったいくつもの興味深い表現であったり、
著者のセンスやさりげなく仕掛けられた隠語やいたずらが
見つけられる。


一方、雑誌がひとしきり読めるところも図書館ならでは。
勿論本屋で立ち読みしてもいいわけだけど腰据えて読めるところは
お気に入り。ちょっと手を出してはいないけど気にはなっている
趣味系の雑誌とかね。



ところで図書館の本に書き込みやライン引くのはやめようぜみんな。

元旦に思う。

2006年も今日からスタート。


数少ない読者様、あけましておめでとうございます。

今年このblogの更新状況がどうなるかはわからないけれど、とりあえず最初が肝心ということでご挨拶です。


さて元旦の今日、僕はといえば工作してみたり本を読んだりと特に代わり映えのない一日。

でも煙草は大分吸った。2年止めていた煙草をまた吸い始めて1年半程度経つが今日吸った量は既に40本を突破した。休みに入ると必然的に量が増える。
ここ最近の日あたりの本数といえば20本強というところなので倍に近い量になる。
恐らく日あたりの本数が50本超える生活に戻り次第、また僕は煙草をやめるだろう。


休みに入ったことでかけもちで読んでいた3冊の小説を一気にまとめてたいらげてしまった。3冊とも個人的な感想としては冗長な作品で終盤に入るまで非常に盛り上がりにかける作品であり、尚且つかけもちで読んでいたこともあり、大分長い時間をかけて読んだ。そのうちの一冊は読み終えた段階で、何の話だったかわからなくなり、大晦日から元旦にかけてオールナイトでもう一度読む羽目になった。

そして、更に、工作途中に買いだめしていた個人的な期待作に手をつけてしまったのが間違いの元だった。本を読みたいし工作も作り出した以上仕上げたい。結局、休み中にこののめり込んでしまった小説を貪り読むことにして、工作は今月一杯かけて仕上げることにした。まぁ今月はゆっくり趣味に没頭するような暇は恐らくないのだけど。何か考え事をしているときに本を読むと、本の内容が全く頭に入らない、何度も同じページを繰り返し読む羽目になる。非常に不毛な読書となる。ところが物づくりというのはそういうことが比較的少ないように思う。特に模型製作や今回行っている工作の類に関しては。


工作というのはペーパークラフト。昔、少し凝っていた時期があって、ふと思い立って再開したのだけど、この趣味は金がほとんどかからないのがとても良い。デザインナイフと木工ボンド、スケールにカッティングボードを揃えれば他は日用品で事足りる。ただ今回肝心の材料となる紙について、以前買い溜めしていたケント紙を使うことにしたのだが今回の作品は細かい部品が多すぎるため、この紙では若干厚すぎた。とはいえ新たに文具屋へ向かう気力もなくこのまま作業を進めている。(そして本を読むために中断した)


しかし、休みが長すぎる。結局のところ、僕は多趣味なようでいても仕事に関わる分野を結局一番好むらしい。好きなことを職業にしてしまうとそれはもう好きなことではなくなると誰かが言ったが、表面上その通りであり、またこの言葉の真意も次第に伝わってくる。


面白いことに今年に限って昨年末からやたらと新年会の誘いがある。全て受けていたら確実に1月の大半を酔っ払いのまま過ごしかねない。誘われた酒は原則ほぼ100%出席する僕ではあるがやはり今年に限っては取捨する必要があるだろう。いつものメンバー、数年振りのメンバー、思いがけないメンバー、色々である。とりあえず数年振りに再会できるいくつかの友人達と同僚達には会って置くべきだろうとは思う。


そう、新年会の誘いを書いて思い出したが、どうやらいい加減に今年はクラス会を主催しなければならないようだ。クラス会を一度も行ったことがないクラスは我がクラスのみとの情報も入った。やれやれ、何故に3年生時にクラス委員なんか引き受けたのか、何故にそのまま同窓会役員などになってしまったのか、全ては後の祭りである。さらにだ、僕はその当時のクラスメイトの名前をほぼ全て忘れている。街を歩いていると、「ひさしぶり」と声をかけられることも稀にあるのだが、こちらはといえば全く見覚えのない顔だったりする。お互いにバツの悪い思いをしたこともしばしばだ。やれやれ、卒業アルバムはどこにあるのだろう。


年に一度の便りとなる年賀状。今年もそうした年賀状だけが続いている恩師や旧友からの便りがあった。とりあえず健在なことだけは便りで分かる。
写真プリントであったりパソコンを駆使して作成した年賀状がほぼ全てであるなか、判読不能でありながらも直筆の年賀状は昨今めずらしくとても印象深いものとなった。


ところで住田弁護士、綺麗になったね。やっぱり人って変われるはず。見た目だけじゃなくてね。内面は時間がかかるかも知れないけどね。勿論かわらない、かえられない、かえたくないものもあるわけだけど、かえたいと思う部分は、かえられるはず。少なくとも今の僕はそう思いたい。

さて、住田弁護士、リバウンドしないようにガンバレ。

NHK

さて今年もあと1時間を切った。


今年の反省と来年への抱負を思う。
暮れの月並みな行動ではあるがそれも悪くない。


今年はいっぱいいっぱい考えたなと。
来年はいっぱいいっぱい動くぞと。目一杯。


紅白歌合戦。NHKの映像技術力が光る。
でも、カメラの前を人が横切ったり、歌詞のスーパーを間違えたりするちょいミスもやはり光る。
そんなNHKも悪くない。


あ、誰かが歌ってた曲が流れてる。
そして歌手のアドリブにスーパーがまたもついていけず。。

まぁ生放送だからな。


でもやはり好きだNHK。

もちろん僕は優良視聴料支払者であることは言うまでもない。


寒空。

生まれて三十余年、今月ほどに肉体的かつ、やや精神的なものも含め、これほどの「寒さ」を痛烈に味わったことは初めての経験である。


寒さといえば、最終電車で酔い寝してしまい終着駅で途方に暮れ、駅のベンチで野宿しかけたあの寒さ。


蒲鉾製造のアルバイトで正月の深夜に巨大な冷蔵庫の中で何種類もの冷凍の魚のすり身を腱鞘炎になるまで裁断したあの寒さ。


ビジネスホテルで夜風に吹かれたいと軽い気持ちで非常口を出たもののオートロックがかかり途方に暮れたあの寒さ。


車で夜に事故を起こし、早朝までその事故処理に追われたあの寒さ。


これらの他にもいくつもの寒さを経験をしてきたが、その中で最も痛烈な寒さである。

そして恐らく、これからも様々な種類の「寒さ」を感じて生きていくのであろう。所詮はどんな出来事も生きていく中での通過点であり、全ての出来事は経験として思い出や後悔などの「記憶」になる。そして今回の「寒さ」は生涯決して忘れることのない「寒さ」として、僕の「寒さ」の記憶になる。これは確信している。


特徴的なのは、これまでに経験した「寒さ」は、いわゆるアクシデントによって引き起こされた出来事が中心であるが、今回の「寒さ」は自ら望んで得た「寒さ」であること。もちろん寒いのが好きなわけではないし、自虐的行為に快感を得る種類の人間でもない。たまたま、そうたまたま、この「寒さ」に耐えなければならない季節であり物事だっただけのことである。夏であればもちろん事情は異なったものだろう。もしかすれば「暑さ」というテーマでアイスキャンディーに対する考察やクールビズに対する個人的見解や空調設備から排出されるフロンガスについての環境問題をblogに書いていたのかもしれない。でもそれらはそういう可能性も少なからずあっただけのことで、やはりもしかすればと今思うだけのこと。結局のところ僕は「寒さ」について今書いていて、そしてそれが僕が得た事実だ。


そして本来、肉体的な寒さは防寒することでかなり緩和されるはずなのであるが、あまりに僕はこの「寒さ」に対して無防備であり無配慮だ。まるで「寒さ」を楽しんでいるかのように。


今月も今年もあと僅か。今月と今年の「寒さ」もあと僅か。来年はまだ知らない「寒さ」がきっと待っている。


結局、またよくわからない記事をひとつ増やす。

落し物

お店で歯ブラシを選んでいると店内の床にどこかの客のものらしい帽子が落ちていることに気づいた。
僕はそれを手に取り、埃をはらい、目立つように商品棚にひっかけた。


さて、これが後になって中途半端なことしたもんだと僕自身に幻滅した。
そう、中途半端。