顎の話
後輩の女性の顎の調子が悪いらしい。かつて自分も顎関節症に悩まされた経緯があり他人事でもないわけだが、今晩から明日にかけ、この顎関節症を肴にやはりジョニーウォーカーを口に含ませながら少し書きたい。
思えば他の同僚からも顎の調子が実は悪かったという話をたびたび聞くことがあったため、決してめずらしい症状ではないらしい。
自分の場合は、ある朝、眠りから覚めると、口が全く開かなくなっていることに気づき愕然として飛び起きた。これは経験したことのない方にはなかなか伝わらないかもしれないが、相当の恐怖と焦りを感じられる出来事だ。何しろ口を開ける行為というのは至極あたりまえな動作のひとつなわけであり、それがある日突然叶わなくなるのだ。本来であればすぐに歯医者なりに行くべきなのは理解できるが自分はそうせず。上顎と下顎をそれぞれ右手と左手で無理やりこじ開けた。センチ単位。。ミリ単位。。それはわからないが少しづつ口が開きはじめた。
この光景を誰かに見られる想像なんかするとぞっとする。少なくとも異性に見せられる光景では到底ありえない。しかし、それは今だから思うことであり、その瞬間はそんなことを考える余裕は全く無かった。更に力を込めて口を開けようとするとある一定のところ以上から全く開かなくなった。本来開くべき口の大きさに比べるとその半分程度のところだった。一旦口を閉じ再度開く、また閉じて再度開く。そんなことを何度も繰り返したがあまり効果が無かった。
口は開かずとも気持ちは開き直った自分は、その当時の自分の腕力の最大パワーを勢いよく顎へ伝達することでこの問題から打開する決心をあっさり決めた。今思えば無謀な行為であることは容易に判断できる、決して他人に勧められる行動ではない。でもそのときの自分は、あたかもそうすることが最善の策のように思え、一遍の迷いもなかった。
口を閉じて、開けて、閉じて、開けて、と反復を繰り返し、まるで走り幅跳びの跳躍の助走のようにリズミカルにテンポを整え手にも力を込める。そして、閉じて、開けて、閉じて、えいやっ!と開けた。
その瞬間、「バキッ!」と野球選手がいらついてバットを折ったときのような不快でもあり爽快でもある大きく乾いた音が顎から響いた。その音から少し遅れて鈍い痛みが走り、自分はその場に突っ伏した。
痛みに少しづつ慣れながら、「顎が砕けたか」と真剣に思い込んだが、おそるおそる顎を少しづつ動かしてみた。痛みは残りつつも動かせることが確認できた。
少し安心した自分は、痛みが和らぐまで、ひとまずショートホープを口に銜え、大きな深呼吸とともに、煙草を吸った。(続く)