「みふのもちつき」
第二話 鳴り続ける電話 1
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階下で母親が夕食が出来たと呼んでいるが望月拓真はベッドに俯せになったまま動けずにいた。電灯さえつける気になれず、部屋の中は薄暗い。
鶴ヶ丘病院での仕事を始めてからまだ一週間しか過ぎていないが精神的な疲労は限界に達していた。
「もう、嫌だ」
拓真は弱音を吐く。
阿部川田みふとの仕事は最悪だった。
みふは定刻通りに出勤しない。気が向いた時にふらりと院長室に現れる。出勤しても仕事はせず、菓子を食ってテレビを見ているだけだ。
拓真は掃除を命じられる。ゴミが少しでも落ちていると激怒する。みふは引っ切り無しに食べ散らかすので結局拓真は一日中掃除をする羽目になる。
ある日は菓子がないと言ってみふが激高し、病棟職員が患者からの貰い物を隠し持っているはずだから回収して来いと指図される。
病棟を巡って「隠し持ってなんかいないわよ」と言われ手ぶらで帰るとまた怒鳴られる。
見かねた看護師が自分用に買っておいた徳用麩菓子をくれて、それを持って行ったが「なにちゃん、この安物」と散々文句を言われた。「この病院の患者のレベルが知れるね」と悪態をつきながらもみふはそれを全部食べた。
初日に拓真が渡した大量のイチゴ大福もいつの間にかみふ一人で消費していた。
また別の日には二冊目の写真集のポージングの練習をするからと拓真に写真を撮らせるが、写真を撮る腕が悪いと機嫌を損ね拓真に当たり散らした。
「辞めたいよ」
拓真は呻く。
そこに机の上に置いてあった拓真のスマートフォンが着信を告げた。
気怠い体に鞭を打ち拓真はベッドから降りスマートフォンに手を伸ばした。
ディスプレイを覗き込んだ拓真の体が凍り付く。
スマートフォンは着信者を「来栖陽菜」だと知らせている。
なぜ今頃また連絡してくるんだ。
拓真は戦慄く。
「何なんだよ」
拓真は早く電話が切れるよう祈るが、電話は鳴り止まない。
堪らずに拓真はスマートフォンを部屋の隅に投げつけた。
それでも電話は鳴り続けている。
ずっと鳴り続ける。
「止めてくれ」
拓真は布団を被って耳を塞いだ。
何でだよ。何で仕事を始めると嫌なことばかりが追いかけてくるんだよ。
「拓真、どうかしたの」
母親の心配した声がする。
拓真は布団の中で震え続けていた。
(続く)
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