「みふのもちつき」

 

第一話 ボーイ ミーツ みふ 6

 

「毎度ありがとうございます」

高田屋の主人が愛想良く頭を下げた。

拓真は涙目になる。財布がすっからかんだ。ここの代金は後で帰って来るのだろうか。右手に提げたイチゴ大福五十個がみっしりと重い。

「石川淑子さんですね」

高田屋の狭い店内の一角に置かれた和風の腰掛けにちょこんと行儀良く淑子は座っていた。

「病院へ帰りましょう。息子さんが迎えに来てますよ」

拓真は淑子の腕を取って立たせてあげた。

「光雄が来てるのかい」

淑子は嬉しそうに笑う。

「ええ。病院で待ってますよ」

ゆっくりと拓真は淑子の手を引いて歩き出す。

「どうもご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。どうぞ院長先生によろしくお伝え下さい」

高田屋の主人は迷惑そうな様子もなく扉を開けて二人を送り出してくれた。

「御免下さいまし」

判っているのかどうか淑子も頭を下げ店を後にする。

「さあ、超特急で帰らないと」

淑子を助手席に乗せシートベルトを付けてから、運転席に乗り込んだ。イチゴ大福は後部座席に放り込んだ。

焦らず安全運転でと気持ちを落ち着かせてから拓真は車を発車させた。

車中、聞いても答えられるかなと思いながらも時間があったので拓真は淑子に声を掛けてみた。

「どうしてイチゴ大福なんか買いに出掛けたんですか」

意外にも確りとした答えが返ってきた。

なんでも病室で息子を待っていたら身なりの派手な太った女性が部屋に来て、世話になった病院に感謝の気持ちの一つも贈らないのかと高圧的な態度で責められたという。

「その方の物言いには吃驚しましたけどね、でも本当にこの病院には良くして頂いたからお礼をしなくちゃって気持ちになりましたの」

それでイチゴ大福を買いに出掛けたという事だ。

その話を聞いて拓真は憤慨した。一体何処の世界にそんなことを言う病院職員が居るというのか。

それともこれは病気が見せた妄想なのか。

「病院の人たちはそんな物望んでないと思いますよ。石川さんの感謝の気持ちだけで充分満足で嬉しいと思います」

「でも、気持ちって目には見えないでしょう」

ゆっくりとそう言うと淑子は疲れたのか病院に着くまでぼんやりと外を眺めていた。

病院の正門を潜ると、安江が大きく身振り手振りで裏の駐車場へ車を回すよう誘導していた。

駐車場に車を止めるとすぐさま安江が助手席のドアを開けた。

「石川さん、無事で良かったです。勝手に外へ出ちゃダメですよ」

淑子はぼんやりとしているだけで反応がない。

「息子さんは」

「院長と事務長が詰まらない世間話で引き留めてましたけど、あまり時間を稼げなくって。今は入院会計で成海さんが何度も会計計算を間違えて時間を引き延ばしてます」

「急がないと」

「ああ、ホントもう嫌」

安江は嘆きながら淑子を支えて歩き始める。だが、二三歩歩くと「ああ貧血が」と言ってヘナヘナと座り込んでしまった。

慌てて拓真は飛び出ると淑子が倒れないように支えた。

「俺が連れて行きます」

拓真は裏口へ向かう。

中へ入ると看護師が二人、淑子の荷物を抱えて待機していた。

「よろしくお願いします」

拓真は淑子を看護師へ引き渡す。

淑子は受付カウンターの前にいる息子の元へと帰る間際ちょっと振り向くと拓真に向かって微笑んだ。

「ありがとうね」

拓真は軽く手を振って淑子の気持ちに応えた。

 

(続く)

 



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