「臭いものにはフタをせよ」
一般的に江沢民系と言われ、07年の党大会人事では新彊ウイグル自治区書記の王楽泉と政治局常務委員の最後の座を争った周永康。前公安部長であり、現在は政法委員会書記として中国の治安・司法・公安を仕切る立場にある周の大胆な発言が春節休暇のこの時期、ニュースとして大々的に取り上げられている。
中国新聞網が16日、「周永康が『矛盾と問題は起きたときに起きた現場で解決せよ』と強調」というタイトルの記事を流した。党の理論誌「求是」最新号に載った周の談話を引用した記事なのだが、周はその談話のなかで以下のように述べた。
「有効な早期警戒・緊急対応システムを確立するため、矛盾や問題は起きた現場で起きたときに解決する必要がある。社会矛盾を解決する任務の重点を基層レベルに置き、『小事は村から出さず、大事は郷(鎮)から出さず、矛盾は上部に上げない』の実現に努力する必要がある」
要は暴動やトラブルは現場で解決しろ、陳情者を出して上部機関を煩わせるな、「臭いものにはフタ」をせよ、ということだ。「陳情や群衆性事件(暴動のことだ)の背景には利益を追及する人民の間の矛盾がある」と記事は書いているが、矛盾があるのは人民の間ではなく、人民と人民から収奪しようとする地方政府の間である。
■□北京のヤミ監獄が地方へ移るだけ■□
この談話を読んだ地方政府の幹部は、とにかく不満分子や潜在的陳情者を外に出さないようにするだろう。村や鎮のなかに専門の抑留施設を造るかもしれない。何のことはない、北京にあったヤミ監獄が地元に移るだけのことである。
追いつめられた政府役人の自殺が相次いでいるにも関わらず、中国政府は腐敗撲滅運動の手綱を緩めるつもりはないらしい。周がこのような談話を公表するのは、陳情及び群衆性事件減少へのプレッシャーが強化されたことの現れだと思う。ただ、このやり方では人民内部の矛盾はもちろん解決しない。ただ潜在化・深刻化するだけだ。
現職の政治局常務委員の言葉とは信じられないほど浅はかな発言だ。
中国新聞網が16日、「周永康が『矛盾と問題は起きたときに起きた現場で解決せよ』と強調」というタイトルの記事を流した。党の理論誌「求是」最新号に載った周の談話を引用した記事なのだが、周はその談話のなかで以下のように述べた。
「有効な早期警戒・緊急対応システムを確立するため、矛盾や問題は起きた現場で起きたときに解決する必要がある。社会矛盾を解決する任務の重点を基層レベルに置き、『小事は村から出さず、大事は郷(鎮)から出さず、矛盾は上部に上げない』の実現に努力する必要がある」
要は暴動やトラブルは現場で解決しろ、陳情者を出して上部機関を煩わせるな、「臭いものにはフタ」をせよ、ということだ。「陳情や群衆性事件(暴動のことだ)の背景には利益を追及する人民の間の矛盾がある」と記事は書いているが、矛盾があるのは人民の間ではなく、人民と人民から収奪しようとする地方政府の間である。
■□北京のヤミ監獄が地方へ移るだけ■□
この談話を読んだ地方政府の幹部は、とにかく不満分子や潜在的陳情者を外に出さないようにするだろう。村や鎮のなかに専門の抑留施設を造るかもしれない。何のことはない、北京にあったヤミ監獄が地元に移るだけのことである。
追いつめられた政府役人の自殺が相次いでいるにも関わらず、中国政府は腐敗撲滅運動の手綱を緩めるつもりはないらしい。周がこのような談話を公表するのは、陳情及び群衆性事件減少へのプレッシャーが強化されたことの現れだと思う。ただ、このやり方では人民内部の矛盾はもちろん解決しない。ただ潜在化・深刻化するだけだ。
現職の政治局常務委員の言葉とは信じられないほど浅はかな発言だ。
春節対聯不用愁 微軟公司幇你忙

エロショートメール「黄段子」撲滅に名を借りた反政府メール「灰段子」「黒段子」の取り締まりに、中国政府が乗り出していることは広く知られている。取り締まりと同時に、彼らは「健康的な内容」の「紅段子」の普及に躍起になっている。
翻訳したくないくらいつまらない中身なのだが、亜洲週刊の最新号が報じるように、裏に潜む政治性が中国ネチズンに毛沢東時代を連想させるらしい。「黄段子不可怕、可怕的是紅段子(黄段子は怖くない、怖いのは紅段子)」と記事は書いているが、そんなに心配することはないと思う。インターネットの時代にこんなにつまらないものが普及するはずがない。
■□世にも便利な「対聯ソフト」■□
ところで、亜洲週刊の記事でおもしろいソフトが紹介されていた。マイクロソフトが開発した「電脳対聯」。2年前に開発されたシロモノだが、対聯ニーズが高まる春節の時期に再び脚光を浴びているようだ。
対聯は右の句と左の句が対になった中国独特の文章表現で、春節のとき玄関などに飾られる。右と左の句の字数が同じで、さらに意味がきれいに左右対称になり、韻も踏んでいないとダメ(だから上のタイトルの対聯は本当は失敗作)……と、結構難しいのだが、このソフトは上の句だけ入れれば見事な下の句を作ってくれる。
例えば、上の句に「中華人民共和国」と入れると、ソフトが「天下蒼生不回家(天下の庶民は家に帰らない)」という下の句を選んでくれる(この句、実に意味深なのだが)。ほかの候補もあり、気に入らなければ語句を入れ替えることもできる。「ブリッジ」の部分にあたる「横批題」を入力して印刷画面をPDFにすれば完成だ(上の写真)。
亜洲週刊の記事は
「中南海內養碩鼠,大會堂邊生肥豬」
(訳)中南海の中では大ネズミを養い、(人民)大会堂付近では太った豚が生まれる
「五一節約會,六四開殺戒」
(訳)メーデーでは恋人と会い、6・4では殺戒を解く(?)
といった政治的な電脳対聯も紹介しているが、さすがにいずれも上の句を入れると「適当な語句が見つかりません」とソフトは制作を拒否してくる(NGワードは手動入力も不可)。
こんなソフトが出来るのは、「春節で対聯を考えるのがメンドクサイ!」と感じる中国人が増えているからだろう。でも、ホントに単に忙しくなっただけだろうか。文化の劣化が始まった、というのは考え過ぎ?
毛沢東の身長は172センチ?
その身体の大きさ、背の高さから習近平を毛沢東になぞらえる向きがあったが、改めないといけないかもしれない。
毛は身長180センチ以上の大男だった、というのがこれまで党の「正式見解」だったが、中国のネットで「毛沢東の身長は172センチしかない」あるいは「せいぜい175センチだった」という指摘が静かに広がっている。
07年にネチズン「裏紅布的麦克風」がブログで疑問を唱え、続いて昨年、学者の章立凡が雑誌「随筆」で書いた175センチ前後ではなかったか、という文章があちこちにコピペされている。
二つの文章とも、毛が世界の要人と一緒に映った写真をその根拠にしている。例えばニクソンと握手している下の写真では、182センチとされるニクソンより明らかに低い。150センチの鄧小平と比べても、それほど巨大というわけではない(それにしてもこの1959年の鄧小平、闘志あふれる実にイイ顔をしている)。
章の文章によれば、「毛180センチ以上」説の根拠は元秘書である葉子龍の回想録だ。「党中央」が章たちの文章に必死に反論しているところを見ると、図星なのだろう。


確かに毛が172センチ(あるいは175センチ)しかなかった、と言われると、その神格性がかなり揺らぐ印象を受ける。昭和天皇とマッカーサーの並んだ写真が敗戦直後の日本人に与えた衝撃を例にとるまでもないが、身長の低さがマイナスに働かなかったのは、それこそ「闘将」鄧小平(ダジャレではない)ぐらいだろう。
■□論争に終止符を打つ究極の方法■□
そもそも毛は湖南省出身。中国人は一般に北方人は背が高いが、南方人はそれほど身長は高くないから、172センチでもちっともおかしくない。むしろ50年前なら172センチでも「大男」だっただろう。
それが10センチも下駄を履かせることになったのは、本人と中共にとっての統治上の必要性もあったが、何より当時の中国人民が「強くて大きいリーダー」を欲していたのだと思う。
いまになって毛の身長の虚飾がはがされようとしているのは、その神格性の終わりが近づいている証拠なのかもしれない。中国人民はもう「強くて大きい毛沢東」がなくても生きて行ける、というわけだ。
論争に終止符を打つ究極の方法がある。天安門広場の毛主席紀念堂にメジャーを持って行って「遺体」の身長を計ればいい!
まず衛兵に羽交い締めにされるだろうけど(笑)。「遺体」がそもそも遺体かどうか分からないし。
毛は身長180センチ以上の大男だった、というのがこれまで党の「正式見解」だったが、中国のネットで「毛沢東の身長は172センチしかない」あるいは「せいぜい175センチだった」という指摘が静かに広がっている。
07年にネチズン「裏紅布的麦克風」がブログで疑問を唱え、続いて昨年、学者の章立凡が雑誌「随筆」で書いた175センチ前後ではなかったか、という文章があちこちにコピペされている。
二つの文章とも、毛が世界の要人と一緒に映った写真をその根拠にしている。例えばニクソンと握手している下の写真では、182センチとされるニクソンより明らかに低い。150センチの鄧小平と比べても、それほど巨大というわけではない(それにしてもこの1959年の鄧小平、闘志あふれる実にイイ顔をしている)。
章の文章によれば、「毛180センチ以上」説の根拠は元秘書である葉子龍の回想録だ。「党中央」が章たちの文章に必死に反論しているところを見ると、図星なのだろう。


確かに毛が172センチ(あるいは175センチ)しかなかった、と言われると、その神格性がかなり揺らぐ印象を受ける。昭和天皇とマッカーサーの並んだ写真が敗戦直後の日本人に与えた衝撃を例にとるまでもないが、身長の低さがマイナスに働かなかったのは、それこそ「闘将」鄧小平(ダジャレではない)ぐらいだろう。
■□論争に終止符を打つ究極の方法■□
そもそも毛は湖南省出身。中国人は一般に北方人は背が高いが、南方人はそれほど身長は高くないから、172センチでもちっともおかしくない。むしろ50年前なら172センチでも「大男」だっただろう。
それが10センチも下駄を履かせることになったのは、本人と中共にとっての統治上の必要性もあったが、何より当時の中国人民が「強くて大きいリーダー」を欲していたのだと思う。
いまになって毛の身長の虚飾がはがされようとしているのは、その神格性の終わりが近づいている証拠なのかもしれない。中国人民はもう「強くて大きい毛沢東」がなくても生きて行ける、というわけだ。
論争に終止符を打つ究極の方法がある。天安門広場の毛主席紀念堂にメジャーを持って行って「遺体」の身長を計ればいい!
まず衛兵に羽交い締めにされるだろうけど(笑)。「遺体」がそもそも遺体かどうか分からないし。