自己肯定感って、あんまり好きじゃないです。 | 植松努のブログ

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講演でしゃべりきれないことを書きます。

よく、学校に行くと、先生達が「最近の子達は、自己肯定感が低い」という

話をしてくれます。

自信、って言わないで、自己肯定感、って言うのは、なんでかなあ、と思います。

で、僕は、自己肯定感というものは、あんまり好きじゃないです。

なぜなら、肯定は、必ず否定を生み出すからです。

光と影のようなものです。

僕は、DVなどを減らすための活動もしています。
その活動の中で、モラハラに関しても学びました。

 

モラハラをする人の特徴は、

(1)謝らない

(2)自分のこだわりを他人にも強要する

(3)他人からのアドバイスを受け入れない

(4)君のためにやってるんだ、と言う。

なのだそうです。

 

これって、

(1)謝らない=自分は悪くない

(2)自分のこだわりを他人にも強要する=俺がルールだ

(3)他人からのアドバイスを受け入れない=自分は正しいから変える必要は無い

(4)君のためにやってるんだ、と言う。=自分は感謝されるべき

じゃないかな、と思います。

これは、「自己肯定感の塊」のように思います。

 

いじめや、パワハラ、モラハラに遭ってしまった人達は、

自分を攻撃してきた人達のことを、
「自分よりも自信がある。」「はっきりした意見や、強い意志を持っている」
と認識しがちです。
でも、多くの場合、いじめなどをする人は、自信が無いです。
どこを見ればわかるのか。
簡単です。
そういう人は、自分より強い人間や、上位の人間には媚びへつらいます。
自分よりよわい立場(反撃できない立場)の人間にしか攻撃しません。
なぜか?
自分が弱いことを知っているからです。
その弱さを隠すために、自分以下をつくり出そうとしています。
それは、自信がある人の行動ではないでしょう。

自分が「だめな人間だ」と思いたくないから、
自分よりも「だめな人」を見つけて攻撃する。
 
なぜ、こんなことが起きるのか。
簡単です。
誰かが「お前はだめな人間だ」という「評価」をしているからです。
しかも、その「評価」で、自分の人生が決定されてしまうと思い込んだら・・・。
それはもう、必死になって、自分以下をつくるようになるでしょう。
 
だから僕は、自己肯定感を増やす、のは、こわいなあと思っています。
 
そうじゃなくて、「本当の自信」を増やした方がいいと思います。
 
本当の自信は、どうやったら伸びるのか。
 
まず重要なのは、「他者評価」を「自己存在」にしないことです。
っていっても、むずかしいですね。
 
なんたって、日本では、「過去の成績によって、未来の進路をあきらめさせられる」のが
ごく普通だからです。
変えることの出来ない過去によって、未来の可能性を失うのは、
回復できない無力感を与えてしまいます。

成績という、他者が評価する点数で、自分の人生も夢も決められてしまうのです。
それがあたりまえの世界で、他者評価を自己存在にしない、なんてことは、
できるはずもありません。
 
だから。
本当の自信を増やすためには、「成績評価」からの脱却が必要でしょう。
ていうてもねえ・・・。
学校の仕組みを変えるのは、並大抵のことではないねえ。

 

でも大丈夫。

学校の成績や学歴にとらわれない人生を歩めばいいです。
人生なんて、ようするに、「幸せに生きられる仕事」と出会えばいいんですよ。
で、そういう生き方を目指している会社は、けっこうあります。
そして、「幸せに生きられる仕事」を目指してる会社は、わりと小さいことが多いです。
ハローワークに求人を出していないことも多いです。
(高卒対象のハローワーク求人は、信じられないぐらい面倒くさい)
そういう会社に入るためには、まずは、なるべく早期に、そういう会社と仲良くなることです。
そうすれば、その会社のことを、よーく知ることができます。
もちろん、会社も、あなたのことを、よーく知ることができます。
それは、双方にとって、すごく安心です。
だから、就活は、小学校の頃からスタートしてる、とも言えると、僕は思っています。

学歴とか、企業の規模だとか、知名度とか、ネームバリューとかを、
安心の材料にするってのは、まさに、「他者評価」に依存してる状態です。
そして、その「他者評価」は、「真実」を表しているとは限りません。
他者評価は、安心や人生を保障しません。

大事なのは、自分で安心を選んでいくということです。
それは、もう既にはじまっています。
 
それができれば、
「人からどう見られるか」「人からどう思われるか」を気にしなくてよくなります。
そうしたら、モラハラとか、しなくてすみます。

成績の評価って、必要なのかねえ。
なんのためにあるんだろう。
だって、1日も学校いかなくても卒業できちゃうんだよ。
成績評価をするならば、留年もセットにして、全員が100点になるようにすべきでしょう。
そうじゃないと、「自分は成績が悪いんだ」という劣等感を与えたまた
社会に送り出すことになってしまいます。

先生も、成績評価にものすごく時間をとられています。
だのに、働き方改革。
おまけに家には個人情報は持ち帰れない。
どこで仕事しろって言うんじゃ!
 
成績評価のおかげで、子どももつらいし、先生もつらい。

誰のための成績評価なのか?
もう一度、真剣に考えた方がいいと思います。