AIが人間の生活に深く関わって、世の中を動かし始めてすでに50年以上の年月が経った。今やAIたちは人々の生活に欠かせない存在になりつつあった。
そんなある日、20歳の誕生日を迎えたロージーは旅行に出かけた・・・と言っても、ただの旅行ではない。
ドリーマーだ!
「ドリーマー」とは、睡眠中の夢の中で実体験に近い感覚を持つことができるといわれている先端技術を導入した、疑似体験旅行のことである。行く先は自由だ。世界中のありとあらゆる地域、地の果てから宇宙、未知の世界まで選べる。夢の中の設定した主人公になりきってストーリーを疑似体験する。大まかな設定は予め決めておくのであるが、ストーリーの進行役はあくまでも本人なのだ。
「夢」なのに現実感たっぷりの実体験としての記憶が埋め込まれてしまうドリーマーが巷ではトレンドになっている。このドリーマーをコントロールしているのがAIである。AIは顧客の深層心理にまで入り込み、希望や欲望に沿った形で顧客満足度をあげるようにストーリー展開を制御しているのだ。顧客は容易になりたい人物像になれる。悲劇のヒロイン、スーパーヒーロー、危ない世界のダークヒーローにもなれる。だから、一度でもドリーマーを体験すると病みつきになってしまう顧客も少なくないといわれていた。当然ながら年齢制限が課せられていた。18歳以上が対象である。
ロージーは20歳の記念にドリーマーを体験したくて、この日が来るのを待ちわびていたのだ。
早速ドリーマーを運営している会社のオフィスに赴いた。自動走路を降りると、ロージーは一目散に入り口を目指した。フロントで迎えてくれたのは、アンドロイドAIだが、すでに予約済みだったので手続きは簡単だ。
店内の巨大なディスプレイは3D映像だ。冒険心をくすぐるダイナミックな映像から広大な自然に切り替わると、若い男女が大空を縦横無尽に飛んでいる姿が映し出されていた。映像は次々と切り替わっていく。
その映像に圧倒されていると、さっそく個室に案内された。ベットに寝かされ頭にヘルメットを被せられた。ベットがそのまま壁に吸い込まれると、ロージーはすぐに入眠してしまった。
ロージーが次に目覚めたのは・・・夢の中だった。
ロージーは、ブルーグラデーションに囲まれて過ごす至福の時間を満喫していた。世界中のハネムーナーが憧れる島で世界屈指のラグジュアリーリゾートが集中しているタヒチの離島の代名詞ともいえるボラボラ島。首都パペーテがあるタヒチ島から北西約260kmに位置しており、「太平洋の真珠」と呼ばれるほど美しい。オテマヌ山がタヒチの美しい海を見守るように、ボラボラ島の中心地にそびえ立っている。都会の喧騒から逃れるように多くのビジネスマンや老若男女が訪れていた。
シャークフィーディングとは、鮫に餌付けをするツアーだ。ただ見るだけではなく、一緒に泳ぐという点が凄い。もちろん、餌付けされているとは言え、場所は環礁内の普通の海中なので、鮫との間を隔てるものは何もない。ロージーはちょっぴりスリリングなこのツアーに参加することに決めた。ツアーに参加するため、水上バンガローの一つに通じる予約の列に並んでいた。ここはWeb予約は一切受け付けていないのだ。
しかし、一人で参加するにはちょっぴり寂しい。親しい友人がいれば楽しいだろうなと思っていると、突然背後から肩をたたかれた。振り向くと・・・なんと、親友のキャサリンではないか。
「キャサリン!」
ロージーは思わず大声で叫んでしまった。
「何で・・・キャサリンがここにいるの?」
「私は仕事で来てるのよ」
ロージーは全く知る由もないが、キャサリンには表の顔と裏の顔があったのだ。キャサリンはある事件を捜査していた。
「ロージー、他の場所に行きましょう。ここは・・・危険よ!」
キャサリンはロージーの手を強引に引っ張ってツアー予約の列から引き離した。その瞬間、ロージーの立っていた辺りに銃弾が着弾した。間一髪であった。予約客の列は蜂の子を散らすようにあっという間に散り散りバラバラになって避難していた。ボラボラ島の水上バンガローは本島の周りの環礁に建てられている。その美しいラグーンに囲まれながら、優雅なひと時を過ごそうと訪れた人々の贅沢な時間は一瞬にして消滅してしまった。
ロージーはわけも分からずキャサリンの後を追った。
「キャサリン、あなた狙われているの?」
「狙われているのはあなたよ、ロージー!」
寝耳に水・・・、とはこのことだ。
「・・・何で私が狙われなければいけないの?」
「説明は後よ!今は安全第一!」
キャサリンは周囲を見渡して、危険が去ったことを確認すると、ようやく水上バンガローの死角から顔を出した。
「あなた自身まだ気が付いていないかもしれないけど、あなたには秘密があるの、打ち明ける前に、ここから脱出しないと!」
「脱出?」
「ドリーマーからよ・・・ついてきて!」
ほどなくひときわ小さな水上バンガローを見つけたキャサリンは、すかさずその中に入ろうとしていた。通常はホテル直属のバンガローなのだがここは違っていた。自由に出入りできる。
ここは、ドリーマーへの出入り口になっていたのである。
キャサリンが室内に入ろうとしたその瞬間に襲われた。現地人らしき男が部屋に潜んでいたのだ。キャサリンのとっさの判断で、男の持っていたナイフを蹴り上げて落とすと、彼は一目散に逃げて行った。
室内にはシンプルなベットがひとつだけ。
「ロージー、ベッドに横になって・・・目が覚めたらまた会いましょう!」