今日もお酒が -27ページ目

魔法のビールコップ

それでも、美味しく飲めるほうがいい、と、一口ずつ、淋しく、わびしくちっちゃいコップでビールを飲み続けた。人にも、これが家で美味しく飲むコツなんだよ、なんてレクチャーしたりして。おまけに、困ったことに、これですら好評だったりして。

 私の勤務先では、宴会でも、ビール瓶を自分の前にキープして、ちびちび飲むのがはやったくらいで。

 それでも、物足りないものはものたりない。

 通勤途中、電車の中で新聞をひろげる、そんな方が多いと思う。私もご多分にもれず、ひまつぶしと情報収集源の名目のもとに、やっていた。でも、あんまり好きじゃない。狭いスペースで、どかっと広げるのもいやなので、半分ずつおりながら読むしかないのは、ストレスだ。

 いつしか、適当な雑誌か、文庫本の方がいいや、なんて感じになった。でも、文庫本も好みの作家を読みつくすと、買うものがなくなってくる。ほとんど、毎日出されて読む記事の少ない週刊誌を買い続けるのは、無駄な浪費じゃないか。

 てなことで、少々値は張っても、繰り返し読めて、家に置いておいても困らない雑誌、に、走ることになった。こういう雑誌にはマニアックなものが多いのが難点なんだけど。

 ところが、この変転のおかげで、魔法のビールコップに出遭うことになるのである。

 

 
 

さてさて

 基本装備は整った。出汁の味付けもうまく決まるようにようになったし。そのほかに、醤油、味噌、塩の調味料にも、こだわることにしたのだが、これはまた、後日。それぞれの出汁のとり方なんかも、一気に紹介したい気もするのだけれど、料理の紹介をしながらの方が面白いだろうな。

 そこで、今回は、ビールコップ。外でお酒を飲んで、「ああ、やっぱり美味い、ふうー」とため息までついて、ひとりごちてしまうもの。それは、生ビールじゃないだろうか。上手に注がれたジョッキに盛り上がる、きめこまやかな泡。スーっと入ってくる爽快感。なにより、家で飲むビールと違って、鮮度のせいだかなんだかわからんが、やわらかさ、があるような。

 そんな美味さに近づけるために、試行錯誤してみると、よく宴会場でみられる、泡をたてないためにコップを傾けて、そろそろっと注ぐのが一番いけないことが判明した。グラスのビールの炭酸がぬけるのを防ぐ、空気にふれて酸化し、味が落ちるのを防ぐ、など、もろもろの要因から、泡はたてなければならないものらしい。また、過分に含まれた炭酸を抜いてやることも味わいをまろやかにするためには必要らしく、缶、または瓶はできるだけコップからはなして、いきおいよく注いでやるのが肝心だとか。

 ところが、これが、なかなか難しい。玄人は30センチもグラスからはなして上手に注ぐと聞いたが、私には到底無理だ。確かに泡はたつのだが、泡ばかりになったり、こぼれてしまったり。仕方なく、アマチュア向けとされる、小さなグラスに一口分ずつ注いで、鮮度の落ちないうちに、一気飲み、をはじめてみた。

 これは、確かに美味い。でも、なんか物足りない。美味けりゃいいじゃないか。だが、うーむ。そうだ、ビールを飲むという行為には、ぐびっとグラスを傾けたときの開放感と爽快感が必要なのだ。ちっちゃいコップで、ちまちま飲むと、そのどちらもが欠けてしまう。

 なんか、いい方法はないものか。

ついでだから、出汁その3

 私は、今年で40に踏み込んだのだが、すでに、ホンだしとインスタントラーメン世代である。ホンだしの味噌汁が当然だった。

 そしてまた、こぶ出汁の味、干ししいたけの出汁の風味、鰹節の出汁、いりこの出汁の味をかぎ分ける、どころか、その違いすらわからなかった。

 市販のお惣菜のべた甘の味付けも、苦にもならず、そんなものだ、とあきらめていたし、たっぷり食べられるものだとは、考えてもいなかったのだ。

 ところが、ある日、末弟が現代の食生活病、といわれる病で入院してしまった。通常の医療では治らない、といわれるような。それを裏付けるように、半年もしたころ、弟は、本院ではこれ以上できることなし、自宅療養をされたし、と、放り出されてしまうこととなる。

 そこから、わが母親の涙ぐましいまでの努力がはじまった。実家の出汁が、すべて、天然出汁となったのは、このときからだと思う。ちょうど、私も怪我をした時期だったから、かつては寄り付かなかった実家にだらーと顔をだしては、食事の分け前にあずかっていた。

 その食事は、圧倒的にうまい、とは感じられない。でも、あとをひくんだ。見た目は、スーパーのお惣菜とかわらないサトイモの煮物が箸がとまらないほど、食べられてしまう。味噌汁も、一口目では、物足りない印象なのに、飲み終わってみると、おいしかったな、これは、なんて具合で。

 これは、いったい、どうしたことなんだ。

出汁、その2

 働く独り者にとって、毎度毎度出汁をとって、味を決めながら料理を続けることは、困難なばかりか、苦痛である。またもや、料理屋通いに追い込まれる原因にもなりかねない。

 そこで、私は、味付けした出汁汁をビンに詰めて、保存しておくことにした。これで、ふいに思い立って、大根をふくめよう、とか、サトイモでもいくか、なんて思っても、なべに出汁を入れて火にかけるだけで良くなったわけだ。

 でも、まずは初志貫徹。おひたしだ。

 出汁に油揚げと椎茸の足をさばいたものを投入して火にかけ、沸騰したところで、一口大に切った小松菜を。青菜の色が濃い緑に変わったと思いきや、スライスした椎茸のかさをほうりこんで、ふたをとじて火をとめる。椎茸に火が通ったころあいをみはからって、ふたをとり、タッパーに煮汁ごととって、しばらく、さます。

 このまま、ふたをして、冷蔵庫で保存して、翌日、食べてみた。味もなじんで、非常においしい。油揚げと椎茸のおかげで、充足感もある。

 しかも、こいつは、ゆがいただけの野菜と違って、日に日に味がふくまっていっておいしくなるのだ。やっとこさ、青菜をおいしく食べ続ける方法がみつかった。

 ただ、この方法は、直接煮ることになるので、ほうれん草のようなあくの強いものには、むきません。小松菜、春菊、トウミョウ、あと、青菜ではないけど、白菜なんかが、いい感じ。

出汁

をひく、だのなんだの、こった料理本なんかには書いてあって、逆に、それだけでひいてしまうヒトも多いのではないだろうか。

 一番だの二番だのとも書いてあるし。

 でも、そんなに難しく考えることはないのです。料亭の料理じゃないんだし。

 私は、ほとんどの料理の出汁を煮干と昆布、ときに干し椎茸でやってしまいます。煮干の出汁はくせが強くて、というむきもあるだろうけれど、それは火にかけてとろうとするから。適量を水につけて6から8時間、おいておくだけでいい味がでて、しかも、えぐみは出ない。煮干の自然の甘みもでるから、砂糖やみりんもいらない。1時間ほど昆布をひたした水に、煮干をいれておくだけで、最高の合わせだしになる。

 いりこ、昆布をとりだしたあとで火にかけて、醤油を足しながら、好みの味に調整していくだけで、煮物でも、おでんでも、はたまた、うどんでもいい、という最高の味に、まとまってくれるのだ。いや、まちがった、昆布をとりだしたあとで、煮干をいれて、だった。

 うどんの場合は、いい塩を使って味付けすると、関西風の澄んだつゆにもなるんだな、これが。

とりあえず

切干大根でも煮ておくか。もどした汁にそのまま味付けすれば、出汁いらずだし、油揚げと椎茸でもいれてやれば、それなりにボリュームも感じられるだろうし。なにより、一杯やりながら、勝手に煮詰まってくれるから、ばたばたする必要もない。スーパーのお惣菜のように、べた甘にしなければ、食べ飽きもしないんじゃないだろうか。

 ということで、大根から自然の甘みもでるだろうから、と、醤油と少々の酒を加えて、ことこと煮てみた。ちょうど、ビールを飲み終わったころに、いい具合になっていたので、早速、日本酒といただいて見る。結構いける。油揚げのおかげで、ひもじい感じもしない。すりゴマと、刻み海苔をあしらってやって、みためもよくしてやって、と。ん、みためだけじゃなく、風味も良くなったぞ。

 これ、食べる分だけ小鉢に盛って、残りはタッパーなんぞにいれて冷蔵庫、をきちんと守れば、かなりの保存がききます。逆に、その程度の手間を惜しんで、タッパーから直接食べていると、3日ともたないこともあるのだけれど。

 そうして、この油揚げときのこ、から、おひたしにもある妙案がひらめいて試してみることに。

毎日食べても飽きないもの

そして、冷蔵庫で3日や4日は保存できるもの。お酒のともにするのだから、体に良いもの。となると、やっぱり、野菜料理が望ましい、ように思えた。

 私は、子供の頃から、結構、おひたしが好きだ。鰹節をかけて、醤油でもいいし、ポン酢醤油でもいい。これにしよう、とほうれん草を一束購入して、湯がいておくことにした。

 ところが、これは二日目まではなんとかおいしく頂けるのだが、3日目になると、風味がおちてくる。これじゃあ、食べる楽しみも半減、飲む楽しみも半減だ。小分けにして(1食分ずつ)冷凍してもみたが、やはり、味はおちる。

 おひたし、駄目か。しかも、メインディッシュがまだ、用意されていないのだから、ボリューム、という点でも物足りない。食べて飲むごとに、空腹感が増していくような感じだ。

 基本のおつまみが3品くらいは用意されて、それプラスメイン、お酒を楽しむには、これくらいは欲しいじゃないですか。私の場合、一人身の帰宅後の一献。バリエーションは、一品の魚か肉料理でつけるのが、時間的にも体力的にも望ましい。

 なんとか、しなければ。

外でのみたくなる訳

 これは、ひとえに、仕事帰りでお腹が空いている、家に帰って準備をしていては、なんてところにある。もちろん、料理がおいしこともあるけれど。

 でも、考えてみれば、家には糠床がある。漬けておけば、取り出して切るだけじゃないか。奴だって、パックから取り出して、お皿に盛り、鰹節でもかければいい。あと、もう一品か二品あれば、十分満足できるのではないだろうか。

 そして、私は、つくりおきしておいて、毎日食べても飽きが来ず、などという、結構なものがないか、模索することにした。

 あと、基本の奴の豆腐と、鰹節には、妥協せず、最上のものをみつけだすことを、決意したのだ。

 そうそう、お酒だって、外で飲む思いをすれば、いいものが飲めるぞ。ビールだって、発泡酒じゃなくて、エビスにしても、半額以下じゃないか。

 我が家でくつろいで、至福のときを過ごすために、私の戦いは、始まった。

絶好の

カモなんだな、と、気づき始めてからも、私は、なかなか、外で飲むことをやめられなかった。

 だって、お気に入りの席が確保されていて、座るとすぐに、お気に入りのビールがだされる。そして、いかにも、私の気に入りそうな突き出しが、自然に目の前に。

 この上ない幸せと、酔い心地。

 でもなあ、家でも食べられるものも、結構あるんだよ。しかも、これが食いたい、と、念じているものが、品切れしていることだって。

 とりあえず、日曜日はどうにかしてみよう。買い物、料理の時間はとれるのだから。少しずつ、家で、満足して、おいしく酔っ払う工夫を始めるのだ。

 その決意を実現するために、私は懇意の料理屋でつぶやいた。「日曜日は、洗濯したり、掃除したり、と、結構忙しいので、足を運べなくなるかもしれません」

実は

夜、食事もできて、お酒もいただける店、というのは、希少である。

 そして、そういうお店はたいてい料理もおいしく、お酒もこだわったものをおいている。つまりは、名店なのだ。片倉系の蕎麦屋なんかも、そう言えるのかもしれない。

 ところが、食事だけでOKといいながら、毎日食事だけを目当てに参上してくれる常連を、彼らは、実は、歓迎していない。

 考えてもみてくださいよ。千円の食事で常連面されて、毎日来てるんだから、とゆっくりとお茶を飲みながら、タバコまでくゆらされて。

 その間に、お酒を飲むお客さんなら、ただ、グラスに注ぐだけの生グラスビールで500円、おつまみで400円か、500円くらいは使ってくれるのだ。そのあと、日本酒、であるとか、焼酎、であるとか、仕入れだけで、まったく手のかからないアルコールで、2000円程度は楽々。おつまみこみで、4000円くらい。その上食事をしてくれて、最低5000円。

 どうです。食事だけのお客様5人分を、たった一人のお酒を飲む客がこなしてくれるんです。

 私のように、大いに飲んで、大いに食べるカモならば、8人前から10人前くらいになっちまう。

 やれやれ。