はいたーい
どーも初めまして!沖縄から来ました、工学部1年の三次日和です
ブログを書くのは初めてで何を書こうか迷ったのですが、初めてのブログなので私のことについてつらつら書いていこうと思います!
文章書くの苦手でよく支離滅裂な文章を生み出してしまうので読みにくかったらすみません

さて冒頭にさも生まれも育ちも沖縄のうちなーんちゅのように書いていますが、実のところ高校3年間しか沖縄にいなかったのでエセうちなーんちゅです
3年間沖縄の離島で寮生活をしていたので、方言とかもペラペラで「なんでもわかりますわ」と言いたいところなんですが、高校生ってそこまで方言話さないんですよね
なのですこししか方言はわかりません
本当の生まれは千葉県の成田市ですね
空港が近くて田舎と都会の真ん中くらいの雰囲気なんで私にとっては住みやすい町でした
空港意外だと成田山が有名なんですけど、参道とかの雰囲気いいので機会があったら行ってみてください
私もたまに食べ歩きとかしながら散歩していました

食べ歩くならりんご飴がおすすめですね

個人的にお祭りで何買うかといわれて真っ先にでて来るのがりんご飴なくらいりんご飴が好きなだけなんですけど
このまま沖縄で高校生活を送ることになった経緯も書こうと思ったんですけど、長くなりそうなのでまた別の機会にしようと思います

話を変えまして、ボート部に入って早1か月がたちましたね
恥かしいことにまだ部員の顔と名前が一致してない人が多くいます
早く覚えないとなーと思いながらも、もともと人の顔と名前を覚えるのが苦手なほうなので全然覚えらてないので最近焦ってます

やばいです

ボート部に入ったはいいものの、大学入るまでボートという競技について全く知らなかったんですね
初めて新大のボート部を知ったのは、入学式前に参加した新入生交流会なんですよ
そこで話した子が高校時代にボート部に入っていて大学でもボート部に入るということで、試走会あるから参加してみてーと言われたときがはじめて知りました
初めはほかの部活に入ろうと考えていたので、そんな部活もあるんだなーくらいの認識で、まさか自分がその部活に入るなんて夢にも思ってもいなかったですね
そこから紆余曲折あり確コンの前日に加入するという飛び入り入部的なことをしてボート部に加入しました
理由はいくつかあるんですけど簡単に言ったら部活の雰囲気が良かったからですね
この部活の一員として何か出来たらめっちゃ楽しそうだなと思っております

最後に私についての補足説明をしますね
私は見た目だけ見るとしっかりしていそうと言われることが多いのですが、実際は割とポンコツなんですよね
毎日ぼーとしながら生きているのでよく変なミスをします
新潟に来て自炊をするようになったのですが、タッパーに入ったご飯を何度ひっくり返したのか
ひっくり返すたびに絶望しますね(SDGS精神なので落としても3秒ルールで食べてます)
この瞬間だけは何度やってもなれませんね
まあ楽観的な性格なので、人生何とかなる精神でなんとかやっています
最近の悩みといえば物忘れが激しいくらいですかね
なんか年寄りみたいな悩みなんですけと年々自分が老化しているのを感じて将来不安しかないです
まだ若いはずなんですけどね

そんなこんなで今回は締めたいと思います
最後まで読んでくださりありがとうございました!

ブログを読んでいるみなさん、はじめまして。

この度ボート部に入部した松浦蒼依(まつうらあおい)です。

 

実はひそかにブログを書くのを楽しみにしてまして、現在時刻0:05、明日も6:00からバイトなのに艇庫で1人、綴っています。

 

だからと言って面白い文章ではないかもしれませんが、ぜひ最後までお付き合いください。

 

今回は自己紹介と軽くボート部に入った動機、大学生活についてお話ししてみようと思います。

 

 

 

 

 

まずは自己紹介から、私は山形県の鶴岡市というちょっぴり田舎な地域から来ました。

 

新潟にはいなほ一本で行けるので帰省するときはいつもぎりぎりまで遊んで始発で帰ってきて一限に出ます。

 

そのくらい地元鶴岡が大好きなんです。

 

趣味はカラオケ、麻雀、料理、アニメ、漫画、ネイル、、、正直きりがないほど多趣味です。

 

音楽を聴くのも好きで、若手のバンドから、少し古めのアーティスト、洋楽、レゲエまで割と何でも抑えてます。

 

1番!とかはないですが、宇多田ヒカル、My Hair is Bad、HYのライブ、米フェスには行きました。本当にライブって最高。

 

絶対何かしらの趣味は合う自信があるので、みんなといっぱい共有したいなって思ってます。

 

 

 

私が所属しているのは工学部工学科融合分野で、将来的にはバスケットボールの研究をしようと思っています。

 

私はこれまで、両親の影響で生まれた時からバスケットボールというスポーツに関わってきました。

 

小学校から中学校まではプレーヤーとして、高校ではマネージャーとして、さらに審判とコーチのライセンスも取りました。

 

実は審判って一試合4000円と高時給なんですよ笑。

 

でも振り返ってみると、あれだけ練習に行きたくないと癇癪を起こした割にはこのスポーツが大好きなんだなとしみじみ思います。

 

 

 

 

 

ではなぜ大学でボート部に入ったのか。

 

まあ単純に勢い、たぶん結構本当に勢いです。

 

もちろん雰囲気が良かったとか、ボート漕ぐの楽しかったとか、工学部の先輩多いから過去問もらえるかなとか、いろいろありますが、新しいことを始めるのに腰が重い私が入ったのは勢いっていうのが一番しっくりきます。

 

そんな適当な入り方でしたが、毎日艇庫に泊まるくらいには最高に楽しんでるので、きっかけをくれた同期には超感謝です。

 

 

 

 

 

ここで1000文字くらい書いたわけですが、そろそろ本題の大学生活についてお話ししていきます。

 

大きく分けて二つ、これまでとこれからについて。

 

 

 

まずはこれまで、正直4月に新潟に引っ越してから本当に怒涛の日々であっという間でした。

 

入学式当日、実家にスーツを置いてきて2時間前にもう一着買いに行ったところから私の大学生活は始まりました。

 

せっかく作ったネイルチップは取れちゃうわ、地方ニュースの尺稼ぎに記念撮影がテレビに切り取られるわですでにおもしろい。

 

そこから、友達出来ない、世紀の大失恋、ホームシック、お金ないで4月は結構参ってました。

 

5月、パン屋さんのバイトが始まって、部活の朝練が始まって、なんやかんや忙しさに助けられました。

 

とくにボート部という新しいコミュニティに居場所ができたこと、本当にありがたかったです。

 

 

 

ここでタイトル回収。

 

ここで暮らしてるよ

 

私の大好きなバンドMy Hair is Badのある一曲のタイトルです。マイヘアにしては平和な曲でだいすき。

 

この場を借りて、私が4月にたくさん心配をかけた家族、友達に今でもここで暮らしてるよと報告させてください。

 

あおいはなんだかんだ今めっちゃ楽しんじゃってます。安心してね。

 

ちなみにマイヘアはFrom新潟のバンドです。これを機にみんな聞いてくれたらうれしいです。

 

 

 

ではこれからのこと、

まずは車校に行って免許を取る。これが6月の目標です。学生ローン通ってくれ!

 

夏休みは1人海外旅行に行きたいなって思ってます。ベトナムとか安いしいいかも。

あとは地元の後輩たちと花火に行って、焼肉でもおごっちゃおうかな!

 

秋はイベントが落ち着くので資格のお勉強を。

FP3級受けて、TOEICもリベンジマッチと行きたいところです。

 

冬は寒さに負けないことと、扶養に引っかからないようにバイトの調整を頑張る。

このへんで車買えたらかなりアツい。

 

あとはどこかでモーターの免許も取ります。やっとボート部っぽい。

 

そう考えると、なんやかんやでこの一年はなんとか楽しくなりそうですね。

 

 

 

 

 

と、つらつらと書いてきましたが、いかがだったでしょうか。

 

まずはここまでつたない文章を読んでくれたことに感謝ですね。

 

ちなみに私は現実ではこれ以上にしゃべります。相手してくれたらうれしいです。

 

それではあと4時間半後にはバイトが始まるので寝ます。おやすみなさい。

 

すでに次回は何を書こうか、タイトルは誰の曲名がいいかなと考えている、1年松浦蒼依でした。

 

 

 

 

 

初めてまして!漕手として新潟大学ボート部に入部しました工学部工学科力学分野の近内幸輝(コンナイコウキ)です。 


初のブログ投稿ということで自己紹介、ボート部に入った経緯等を語らせて貰いたいと思います。


実のところ、僕は文章を書くのが苦手で中学校の時の読書感想文では、書くことが思いつかなかっため、1年生の頃に書いた文章を2,3年生と全く同じ内容を書くというとんでもない暴挙に出ていました。2,3年生の国語の先生は同じ人が担当していたのですが、このとこに全く気づかず課題を提出したと認めて貰いました。もしかしたら中学の時の国語の先生がこのブログを見ているかもしれないのでこの場をお借りして謝罪します。申し訳ございませんでした。


さて、僕は福島県出身で今までボートとは全くの無縁で中学校、高校では水泳をやっていました。では、なぜ僕が新潟大学ボート部に入部したのか。1番大きな理由は大学で新しいことに挑戦してみたかったからです。そのように思い、さまざまなサークルや部活動の新歓に行ったのですか、その中でもボート競技のオールを漕ぐ爽快感、水上を走る疾走感に惹かれて入部を決意しました。


また、ボート競技のチームスポーツ性にも惹かれました。水泳をやっていた頃、心の中でとこかスポーツに対する物足りなさを感じていて、水泳を引退した後に、初めてこの物足りなさはチーム一丸となって試合することだったということに気がつきました。というのも、僕はスポーツにおいて個人戦しか経験したことがなく、チームスポーツはどういうものか分かりませんでした。全員の息の揃った動きが求められるため究極のチームスポーツとも呼ばれる「ボート競技」。この競技を通し、チームとはどういうことか、一致団結するとはどいうことかを学びたいと思います。


そして、僕は新しいことに挑戦することは、「完璧な岩壁」を登ることだと思っています。

自分の目の前に立ちはだかる登り方が分からない見事な岩壁を登る。その時、少しずつ着実に足を踏み出す。落ちるかもしれない不安感と頂点に達した時の期待感を添えて。

 

最後に、僕がこの部活で活動していく上で胸に刻みたい言葉を紹介しようと思います。


“速いチームが勝つんじゃない、強いチームが勝つんだ”


ここまで読んで頂きありがとうございました。まだまだ未熟ですがここから頑張っていきたいと思います。応援よろしくお願いします!





初めまして、人文一年の島崎祐です。私がどんな人間か皆さんも知りたいと思うので軽く自己紹介をします。僕は山形県出身で伝統ある長井高校から入学しました。部活は高校では弓道部でした。そんな僕がボート部に入ったのは狩野翔くんの熱烈なお誘いでした。試乗会に参加するように言われて参加しました。そしたら、なんとびっくりとても楽しかったです。後は雰囲気がすごく良くて、試乗会の後にどんな部活やサークルの体験に行ってもボート部のことが怖いぐらい頭から離れませんでした。そして最終的には入部しました。練習はきつい時もあるけど、皆んなと一緒にいると楽しくてボート部に入る選択をした自分に拍手を送りたいです。

さて、少し長々と入部の経緯をお話ししましたが、僕には成し遂げたい目標があります。それはインカレでメダルを獲ることです。今この目標を聞いて無理だろと思ったやつは俺が潰す。僕は中高と、部活では東日本大会まで進出することができました。そのせいか上昇志向が強く目標が高くなりがちです。ですが、これを威勢だけだと思われるのが1番侮辱的で悔しいのでたくさん練習して絶対に強くなりたいと思います。まずは新入生の経験者から追い抜かすことを目標にここからまた頑張っていきます。新入生の経験者と言われてビクッとした奴ら、震えて待ってやがれ!以上で終わります。最後まで読んでくれてありがとうございます。☺️

おはようございます、只今午前5:00。2度寝できなかったので、諦めてブログ書きます。1年医学部、漕手の奥山碧惟(あおい)です。ブログが何かまだわからないですが、とりあえず思ったことをぽこぽこ書いてみようと思います。


私は、中学は吹奏楽、高校は山岳・スキーと競技かるたでした。両親に連れられキャンプ、スキー、登山。夏休みは毎年プール。ピアノとごく短期間トランポリンも習ってました。アウトドア系か?と思うかもしれませんが、個人的には部屋でダラダラしてるの大好きです。疲れるの嫌い…


長くなりますが、私の入部するまでの経緯を説明します。時間がある時に読んでみてください。

私が初めてボート部を見たのは、高校生の時に地元の高校のボート部が出てた時でした。その時の感想は「サングラスして水にぷかぷかしてんのかっこいい!」(コーチの指導中)です。

その後受験期。何気に新大の部活・サークルのホームページでボート部のページをカチッ。紹介動画を見て「ーあ。うちここ入るかも。(直感)」

2回目見た時。「なんか、やっぱないかな」

受験時(旭町キャンパスで受験だった)に萬代橋を渡ってた時。「もしボート部に入ってここ漕ぐなら気持ちいいかもな」

黎明祭でなんとなく行ってみたボート部。「なんかおもろそうなんやっとる!(エルゴ)」楽しかった勢いで試乗会予約。

その後。ヨット部に行って「海って広い!セール(帆)が風掴んでんのわかる、風の力で進んでくのかっこいい!あと海でサングラスもいい!」オリエン部に行って「コンパスで地図読みながら進んでくの楽しい!」

探検部の先輩といっぱい話して、「いろんな山行ってみたい!ラフティングもクライミングもいい!」などなど。ボートの試乗会あるのに入部しかけました。

そしてやってきました、試乗会。4月26日は快晴。ボートに乗った時の感想を言ってしまいますと、「日光暑い。風なんて吹いとるけ?シートの前後運動激しすぎ(帰艇時)」楽しい!とは思ってなかったです。ただ、部の雰囲気は好きでした。その後急遽お泊まり会&朝練に参加、29日のマネ体験参加、エルゴ体験参加。(あれ?)

部活選びはすごく悩みました。部活やるなら中途半端なことはしたくない。山すごく行きたいのにボート部の雰囲気良すぎて迷う。高校の時の友達に電話。「ボート部雰囲気すごい良いんだよね、でも山もいろんなとこ行きたい(私)」「競技としてボートとか登山は頑張ればいつでも、何歳でも始められるけど、この人たちがいい!って思ったんやったら、それはこの1年しかないんじゃない?(友達)」「ーあ。」

やらんで後悔するより、やって後悔する方がいい。吹奏楽の時みたいに、もう一回みんなでひとつのものを目指してみんのありやな、大学が多分最後になるから。


私が漕手になった理由。単純。ボート部に入部できるなら役割はなんでもいい。と思ってたので、後から転向しようと思った時にやりやすいのは、最初漕手で後から別の役割やよね。ってなっただけです。


私は最近、行動力あるね、って言われます。そんなことはありません。私をここまで動かしているのは、知らないものへの好奇心、それだけです。もっと知りたい、もっとやってみたい、もっといろんな世界を見てみたい。たくさん話したいです。


読んでいただきありがとうございました。ボートに対する意欲はおそらく相当低いですが、ちょっと頑張って、たくさん楽しもうと思います。これからよろしくお願いします。

石栗弘基です。一年で唯一のCOX志望ではありますが同期の漕手に負けないよう練習に励んでいます。

初のブログ投稿ということで、他の一年生がブログで書いていたように自己紹介をしてみようかと思います。

 

2007年05月11日に千葉県で爆誕しました。高校時代は弓道部でした。主な趣味は音楽、読書で基本はインドア系です。ただ最近は新しい街へ越してきた事もあって、散歩するとか知らない店に入るとかにハマってます。性格はめちゃめちゃに内向型で、一人の時間とかめっちゃ好き。考えすぎる傾向にあってリアルタイムの会話があまり得意ではありません。具体的に、クリティカルな返答を目指すあまり急に喋らなくなってしまって。大して会話中の沈黙が気にならないので自分の感覚的には黙っているつもりはなのいですが......よく友達に指摘されています。できる限り仲良くなれるように奮闘中です。

 

ここからは日常の話で自分を知ってもらえたらと思います。

大学に入ったからなのか一人暮らし始めたからなのか分からないんですけど、自分が朝弱いのがすごくネックになってて、授業開始十分前とかに起きることも多く、毎日寝坊と戦ってました。非常に怠惰ですね。そんななか、なんの気もなしに散歩してて見つけた理髪店がすごく雰囲気よくて、気づいたら入ってて、気づいたら髪の毛が短くなっていました。これの利点がすごくて、まず朝困らないことですね。1限の必修が多いのはもちろんボート部に入ってから朝早く起きることが多くてその度に寝癖がつく髪の長さじゃなくてよかったなと。利点はもう一つあって、明らかにシャンプーの使用量が減りました。一人暮らしが始まって約二か月、日用品が一斉になくなっていく中、部活後にシャワー浴びるようになったことも影響してかボディソープも例外ではなくて。そのついでにシャンプーの残量を確認すると半分以上残っていました。驚きです。思い返すと、髪が短いとワンプッシュも必要としないんですよね。節約になっていいと思いました。短髪最高!

 

最後にちょっとした事件で終わろうかと思います。

好きなアーティストのアルバムが出ていたので初バイトの給料を使って購入しました。忘れてました...家にCDプレーヤーないこと。お金貯めていいプレーヤーを買おうかと思います。旅費といい食費といい車校といい出費がでかいですね。生活も安定してきたしそろそろバイトを本格的に探し始めたほうがいいですね。とはいえ隙間時間に入れられるので単発バイトで当分食いつなぐ事になりそうです。単発最高!

 

今後とも頑張ります。

初めましてこんにちは。理学部1年の高瀬銀零です。 ついにやってきてしまいました。自分がブログを書く番が。自分が最も苦手としていること。それは文を書くことです。レポートはAIに書かせ、高校では感想文が書けず居残りをし、このブログは提出期限をすぎてもまだ書けていません。そんな自分ですが頑張ってなんか書きます。 自分は小中高は陸上部に入って中高は混成競技をしていました。そして大学では9年間やっていた陸上を辞め、今まで何も知らなかったボート部に入りました。同期もいっぱい入り、男子の経験者は3人もいました。自分はその3人と大会に出る事になりました。頑張りたいと思います。

みなさん初めまして。法学部一年の齋藤慎之輔です。名前だけでも覚えて帰ってくださいね。

こういうブログは初めてで何を書けばいいのか分からなかったので、高校の話と最近感じたことを書こうと思います。

 

僕は新潟県出身で、高校ではハンドボール部でゴールキーパーをしていました。こんな軟弱な身体ですが、一応新潟県の少年国体に選ばれるくらいにちゃんと部活やってました。これは自慢です。そもそも新潟県ではハンドボール部がある高校がほとんどないという所もありますが、自分がいた高校は毎年県大会で決勝までは行くくらいそこそこ強豪でした。ですが、全国大会の舞台に立ったことはありません。やっぱり一回くらいは全国で勝負したい気持ちがあるので、ボートでインカレに出たいなあと漠然と思っています。

 

そんな僕ですが、ボート部に入部してまだ二週間も経っていない中で、ボート部に入って感動したことがあります。もちろんボート部の先輩の温かさや部の雰囲気にも感動していましたが、それ以上に、なんなら自分の人生の中でもかなり上位の感動する出来事がありました。それは、朝練を見学したときにもらったおにぎりです。まだ入部もしていなかったのに用意していただいたことも嬉しかったのですが、その味に感銘を受けました。僕は特におにぎりを格別美味いと感じたことがなかったのですが、あのおにぎりは明らかに美味いと感じるぐらい美味しかったです。次いつあのおにぎりにありつけるかと思うと今から楽しみで仕方がないです。

 

最後に、僕も皆さんに「美味しい」を提供したいと思います。確コンにいた方は覚えているかもしれませんが、僕はメロンソーダという飲み物が好きです。中でも、めちゃくちゃに美味しいのはお寿司と一緒に飲む時です。実はメロンソーダに一番合うのは焼肉でもハンバーガーでもなく、お寿司なんですね。「嘘をつくな!」と思う人が大半だと思いますが、一度騙されたと思ってやってみてください。例えじゃなく本当にひっくり返るくらい美味しいので。

 

ということで、初めてのブログを書いてみたのですが、皆さん本当に文章を書くのが上手なんだなと感じました。非常に退屈でつまらない文章だったと思いますが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

 

 

はじめまして。法学部1年の桑畑捷斗(クワハタハヤト)です。
この春、僕は物心ついた時から住んでいた三重から遠く離れ、日本海に面した新潟の地へとやってきました。
初めての部員ブログ。何を書こうか迷いましたが、未熟ながらも僕がこれまでどんな人生を歩み、なぜこの新潟大学を目指したのか。そして、なぜ13年間すべてを捧げたサッカーから離れ、未知の水上へ飛び込む決意をしたのか。
僕の人生における最大の決断と、その理由を、普段の様子からは有り得ないほどバカ真面目に綴ろうと思います。こんなにも自分の話を長々とすることはないので、この機会に、僕のありのままの言葉を選びました。約3700文字の文章になりましたが、最後まで読んでいただけると幸いです。


僕の人生の隣には、幼稚園の年中の時から常にサッカーがありました。小学生の頃は、少年団、スクール、クラブチームと3つを掛け持ちし、友達と遊ぶ時間よりもボールを蹴っている時間の方が遥かに長かった。頭の中はいつもサッカーで埋め尽くされていました。
小学4年生で県3位、5年生で地域リーグ優勝、県大会2位。チームとしても個人としても結果がついてくるのがただ楽しくて、無我夢中でした。
しかし、小学6年生の最後の大会。僕が蹴ったPKが外れ、チームは負けました。あの瞬間の静寂、目の前が真っ暗になるような絶望感、こみ上げてきた涙は、今でも忘れることができません。
「自分のせいで終わった」そんな体験が、僕のその後のプレースタイルと、物事に向き合う姿勢を決定づけたのだと思っています。
中学に入り、僕は一人の恩師に出会いました。今でも心から尊敬しているその人は、僕の人間性そのものを根底から変えてくれました。
周りの上手なチームメイトに「追いつけ、追い越せ」と必死で食らいつく毎日。この時期に恩師の教えで書き始めたのが「サッカーノート」です。毎日の練習の反省、伝えられたこと、感じたこと、なぜ上手くいかなかったのかということを言語化して突き詰める。この習慣が、今の僕の「思考の土台」になりました。
しかし、現実は残酷です。初めての県大会で1つ上の先輩たちは準優勝したのに、僕たちの代ではトーナメント敗退。思うように結果が出ず、自分の実力不足に焦る中、追い打ちをかけるように僕は怪我をしてしまいました。
3年生の9月。1ヶ月に10試合近くある公式戦のすべてを、僕はピッチの外から見つめることになりました。
その時、僕は初めて「裏方」に徹しました。ボトルに水を汲み、試合を見返すためのカメラマンに徹し、アップの準備をしたりと、チームのためにできることを必死に探しました。ピッチには立てなくても、チームメイトから「ありがとう」と声をかけられることが心から嬉しかった。最後の大会、僕自身のピッチでの貢献はできませんでしたが、チームは県準優勝を果たしました。
自分が主役になれなくても、誰かのために動き、感謝されることの喜び。これが、今現在の僕が抱く「社会の声を届けるメガホンになりたい」という思いの、一番最初の種だったのだと思います。
中学の同級生と遊ぶよりも長かった、クラブの先輩や後輩、チームメイトと過ごした濃密な時間は、僕の生涯の宝物です。
高校のサッカー部は、決して強豪ではありませんでした。2年生になる直前、1つ上の先輩が全員辞めてしまい、残されたのはたった4人。単独で試合すらできず、合同チームを組まざるを得ない悔しさを味わいました。
しかし、新1年生が入ってくれたおかげで再び単独チームになり、僕は最後の大会に向けて、先生と毎日のように練習メニューやフォーメーションを話し合いました。
負けることは多かったけれど、自分たちの頭で考え、ゼロからチームを創り上げるプロセスは、何物にも代えがたい経験でした。最後の大会、格上の相手に接戦に持ち込めた時の「やり切った」という思いは、少しの悔しさと共に、確かな自信になりました。
この「周囲と対話しながら、一つのものを創り上げる」という経験は、生徒会長としての活動に直結しました。「前例がないから」と諦めるのではなく、全校生徒の小さな声を拾い上げ、先生方と粘り強く議論を重ねて、新しいものを創り出す。
怪我をして裏方に回った中学時代、ゼロからチームを作った高校時代、探究学習に没頭し、 そして生徒会長として奔走した日々。毎日のノートに書き連ねた思考の断片が繋がり、やがて僕の中に明確な「夢」が生まれました。
「将来、地方地域の声を広聴し、僕がメガホンとして届け、誰もが暮らしやすい現代社会を創る政治家になる」
この夢を叶えるためには、法学の専門性と経済学の視点を持ち、どちらも深く探究できる新潟というフィールドで学ぶしかない。
温かい先生方や仲間の応援に支えられ、この新潟の地に辿り着きました。
大学に入っても、当然サッカー部に入るつもりでした。入試を終えてすぐにサッカーの練習を再開していましたし、何より、13年間多大なサポートをしてくれた両親や恩師への恩義がありました。
これまで僕を形作ってきた人物像に照らし合わせれば、サッカーを続けるのが自然なことです。高校からつけていた日記の上で何度自問自答しても、答えは同じ。そのままサッカー部へ入部届を出す自分も、容易に想像できました。
しかし、4月18日。

当時、日記に書き殴った感情がそのまま残っていたので、あえてあの瞬間の想いをほとんど変えずにここに綴りました。
同級生に誘われて参加したボート部の試乗会で、僕の13年間の当たり前の考えは、跡形もなく吹き飛ばされました。初めて乗る8人乗りのボート。先輩であるCOXの指示のもと、先輩たちがオールを引いたその瞬間。
船が、水の上を滑るように走り出しました。
顔に当たる風。水を切る音。今まで陸上でしか生きてこなかった僕にとって、それは全く未知の、けれど昔やっていた水泳の記憶とどこか繋がるような、圧倒的な感覚でした。
「水と風と友達になる」
頭で考える知的なものではなく、ただただ「美しい」と直感したのです。あの日、船上で受けた風の冷たさと、水上を疾走する感覚は、僕の脳裏に焼き付いて離れない「忘れられない景色」となりました。
「ここなら自分の居場所がある」
「この先輩たちの背中を追いたい」
そう直感してしまった以上、もう自分の心に嘘はつけませんでした。恩師への申し訳なさも、未知の世界への不安も、すべてを飲み込んで余りあるほどの「熱」を受け取ってしまったのです。


少しだけ話の角度を変えます。
ボート部入部を決めたときから、僕の好きな言葉に「Step and Go」というものがあります。元々は僕が小学生の頃から大好きな嵐の楽曲「Step and Go」から取ってきているのですが、今の自分の状況は、まさにこの言葉で解釈できるんじゃないかと思い、その時からこの言葉は常に僕の考えの土台を作っています。
今現在の状況をこの言葉に当てはめるなら、ただやみくもに進むのではなく、これまでの経験を強固な踏み台(Step)にして、新たな場所へ高く跳び出す(Go)。
PKを外して泣き崩れた小学生のあの日も、ノートを書きながら自分と向き合い、裏方としてチームを支えた中学時代も、チーム作りに奔走し、たくさんのことに挑戦した高校時代も。そして、政治家という夢に向かって足掻き、応援してくれた人たちの存在も。
そのすべてが、僕にとっての「Step」です。13年間のサッカー経験を捨てるのではありません。その熱量、挫折、思考、対話のすべてをオールに乗せて、この新潟の地で、ボートという新しい世界へ「Go」するのです。ここから、新たな舵を切ることになります。
僕の解釈として、ボートの「エイト」という競技は、全員が息を合わせ、ひとつの生き物のように水上を進む競技だと思います。見えない水の流れを感じ取り、全員の力を一つにして前へ進む。その姿は、個人的には、僕が目指す「社会の声を救い上げ、より良い方向へ進めていく」ということと、どこか似ているのではないかと思っています。
朝5時からの練習、将来の夢との両立。決して楽な環境ではありません。これから先、自分の決断が正しかったのかと不安になる夜もあるかもしれません。
それでも、あの水上で感じた風の記憶と、頼もしすぎる先輩方、そしてこれからもっと深い関係になるであろう同期の背中がある限り、僕は何度でも限界を超えていけると自負しています。
失うものがないからこそ、限界までチャレンジします。
4年後、「あの時キツかったけど、共にずっと笑って必死になった最高の仲間と出会えた」と胸を張って言えるように。
素直に、謙虚に、がむしゃらに。
インカレ入賞という高みを目指して、僕は練習を重ねていきます。
未知の風を自分自身に吹かせるために、自分との闘いになる新たな道へ、ここから歩んでいこうと思います。
ここまで読んでくださった部員の皆さん。これから風速上げて、一緒に夢を叶えましょう。
長い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

初めまして、こんにちは。
この度、漕手として入部させていただきました、医学部1年の佐々穂乃華です。初のブログ担当ということで、自己紹介とボート部で1週間ほど過ごしてみての感想などを書いていきたいと思います。

出身は宮城県で、高校では放送部に所属しておりました。
自己紹介で放送部と言うと、「なにそれ?昼の放送?」とよく言われ、何をしている部活なのか分かってもらえないことが多々あります。実際、私自身もいまだに放送部がどんな部活なのか一言で説明するのが難しいです。

私なりに説明してみると、朗読やアナウンス、映像制作などを行う部活です。普段は発声練習を行い、大会が近づくと各自で朗読やアナウンスの読み練習をしたり、ドキュメンタリーやドラマの作品制作を行ったりしていました。

そんな中で、私は映像制作を担当していました。
というのも、私の学校の放送部では、最初の大会は基本的に全員が朗読部門に出場することになっており、私自身も朗読に挑戦しました。しかし、大会後の講評で「テーブルが言えていない」「おしぼりという単語が言えていない」など、ほぼすべての審査員から「ラ行ができていない」と指摘されてしまったのです。

最初の大会は出来なくて当たり前なのですが、当の私はこの審査にひどいショックを受けました。今までの人生で自分のラ行に違和感を持ったことなんて当然なく、練習中も気づかなかったため、そう評価されたときはもう訳が分かりませんでした。そういったこともあり、私は読む系の部門を諦め、映像制作の部門に専念することにしました。

映像系の部門に移ってからは、躓くことや立ち止まって悩むこともありましたが、最終的には県大会で最優秀賞をいただき、NHK杯全国高校放送コンテストでも入賞を果たすことができました。以上が、私の高校時代の部活遍歴です。

さて、高校時代はプロのインドア派(運動とは無関係)だった私が、なぜ大学でボート部、しかも漕手として入部したのかというと、理由はいくつかあります。

一番の理由は、部活の雰囲気です。新歓期間中に2回ほど試乗会に参加させていただき、その際に先輩方といろいろお話しさせていただいたのですが、皆さん本当に優しく、「この部活で一緒に活動したい」と思ったのが最初のきっかけでした。

第二に、新しいことにチャレンジしたいと思ったことです。高校時代までは水上スポーツに関わる機会が全くなく、ボートに乗ったことなんて人生で一度もありませんでした。そんな中で大学に入り、ボート部という未知の世界を見つけ、やってみたいという好奇心が湧いてきました。

そんなこんなでボート部に入部した私ですが、入って1週間、その活動内容のハードさに毎日溶けそうになっています。最近までの運動といえば「犬の散歩」くらいしかしていなかった私にとって、30分のランニングは未知の領域で、毎回ヘロヘロになっています。

私以外の1年生はほとんどが運動部出身で、全員しっかり走り切っているため、毎度申し訳なさと自己嫌悪で胸がいっぱいになりますが、入部したからには自分にできることを一歩ずつやっていきたいと思います!

これからどうぞよろしくお願いいたします!