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髪を主題にした能

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能『蝉丸』…皇女逆髪・浅見慈一・代々木果迢会


先日、叔母の死去で私は五年以上に伸ばし続けた髪を坊主頭に近くまで切った。

叔母が私の髪を誉めていた事も理由の一つだ。髪を叔母に贈る気分もあったように思う。

そして髪を伸ばして知った事は多々ある。


一枚目…能『蝉丸』の登場人物皇女逆髪。盲目の皇弟蝉丸を尋ねて姉宮逆髪が現れる。彼女は時に狂気し、髪が天に昇るように逆立つ。彼女において美しい碧の黒髪は幻想であると同時に強い憧憬の姿であった。

この逆髪を演じる際に、演者の舞う型に逆髪が髪を手にして撫でるシーンがある。
十年前くらいに私が『逆髪』を師匠である小早川修師(観世流・芸大卒)に習い舞った時、『…本当に自分の髪を手して眺めたら、逆髪の気持ちは理解できるだろうか…』と考え、阿呆な実践として伸ばし続けた。

髪は女性にとって身体の一部というより、精神象徴の一部に近い。日常を暮らす分身だと見るべき…と思う。皇女逆髪においても、やはり美しい髪が幻想であっても、彼女の生命への主題に近いように感じる。そこに心の襞が繋がっているようにも思う。


蛇足…好きでもない男に頭をポンポンされるなんて、女性を怒らせるだけ。
逆に、意中の女性がいたら、必ず彼女の髪は誉めるべきだな。話は、まず…そこからだ。

えっ、彼女が坊主頭だったら…?
それでも、『また、きれいな髪が生えてくるよ…』と言葉をかけてあげよう。

下北沢





初夏の茹だる季節。私はロゴをブラックテープで覆い隠したEOS850にシグマ28・f2、そこに期限切れ激安フィルムを装填して下北沢に行った。


『すっかりジャンクな街になりましたよ…』と、アトリエで出会った若い女性が呟く。十数年振りの街は様相が変わっていた。


…そう言えば、以前は珍しい輸入小物や洒落た古着を扱っている店もあったが、今は居酒屋、焼き肉屋に変わってしまった。

おまけに奇妙な風俗紛いの店まである。


それでも、美男美女が涼しげな装いで行き交ったりすると、かっての下北の雰囲気を感じたりするものだ。

一枚目…こういう看板が立つというのも時代なんだな。


二枚目…乳母車の主は店の中で涼んでいたよ。


三枚目…やはり下北沢だなぁ、と実感するハーフ系の美男美女。女性はルネサンス絵画から抜け出たような美しさ。


四枚目…下北沢ならではの貸しアトリエがあるギャラリー。ここは手製のウェディングドレスの工房。中で作家がドレスを仕上げている。懸命に縫う後ろ姿…撮り忘れてしまった。



外は、暑かった太陽が少し傾いて、放射されていた熱が穏やかになった。

平林寺裏の風景






新座市名刹の一つ、平林寺。その広大な寺林裏の散歩道を歩く。

今秋、当地を離れる私には見納めと思うので、武蔵野を味わうように散策した。

平林寺裏には数百年前から、ここに居住する農家があって畑が広がっている。
この地域は、各自の農地に墓所を持つ。檀家寺ではなくて、自らの土地に個人持ちなのである。

実は…私にちょっとした予知夢があった。以前、この場所に来る前夜に夢を見た。

私は小さな村の代官で妻や子がいたのだが、戦乱で妻は死去。その妻を弔った墓所風景と、この平林寺裏の墓所風景が、気持ちが悪いくらい似ているのだ。
似ている、というより…配置や敷石まで同じであった。

そんな体験もあって、この場所に立つと常に不思議な感覚がある。

それが一枚目の写真。
墓所を後にして、遊歩道を行くとクヌギの実が無数に落ちている。シイやクヌギは、かっては食用であったし、落ち葉は貴重な堆肥である。

染料、家具、養蚕など様々な利用がなされたクヌギ林も、今は子供達が時おり拾うだけである。

実家のある北関東はクヌギよりトチやシイが多い。

クヌギのパンツ…と私は幼い頃に呼んでいた殻斗に入った姿が愛らしい。
木の実拾いって面白いのだけどね…なぜ、木は人間より寿命が長いのだろう。

植物と動物だから?

それは生物学の事実ではあっても、生命としての真実ではないように思われる。
しかし、古来より神々のシンボルとして木々讃えられてきた。同じく日本の古歌にも木々の生命を詠んだ作品は多い。