平林寺裏の風景
新座市名刹の一つ、平林寺。その広大な寺林裏の散歩道を歩く。
今秋、当地を離れる私には見納めと思うので、武蔵野を味わうように散策した。
平林寺裏には数百年前から、ここに居住する農家があって畑が広がっている。
この地域は、各自の農地に墓所を持つ。檀家寺ではなくて、自らの土地に個人持ちなのである。
実は…私にちょっとした予知夢があった。以前、この場所に来る前夜に夢を見た。
私は小さな村の代官で妻や子がいたのだが、戦乱で妻は死去。その妻を弔った墓所風景と、この平林寺裏の墓所風景が、気持ちが悪いくらい似ているのだ。
似ている、というより…配置や敷石まで同じであった。
そんな体験もあって、この場所に立つと常に不思議な感覚がある。
それが一枚目の写真。
墓所を後にして、遊歩道を行くとクヌギの実が無数に落ちている。シイやクヌギは、かっては食用であったし、落ち葉は貴重な堆肥である。
染料、家具、養蚕など様々な利用がなされたクヌギ林も、今は子供達が時おり拾うだけである。
実家のある北関東はクヌギよりトチやシイが多い。
クヌギのパンツ…と私は幼い頃に呼んでいた殻斗に入った姿が愛らしい。
木の実拾いって面白いのだけどね…なぜ、木は人間より寿命が長いのだろう。
植物と動物だから?
それは生物学の事実ではあっても、生命としての真実ではないように思われる。
しかし、古来より神々のシンボルとして木々讃えられてきた。同じく日本の古歌にも木々の生命を詠んだ作品は多い。




