ジャンクカメラ
薄汚れたミノルタSR7初期型がジャンク棚にワンコイン一枚で売られていた。
七月から半月に一台のペースでジャンク修理を開始してミノルタ初期型は、このジャンクを買えばシリーズはほぼ揃う。コレクションには興味ないが、一つの形式を考える意味では悪くない。
『今夜の夕飯は、部屋にあるもので済まそう…』一枚のコインで買った夢、あるいは楽しみ。
以下…作業メモ。
通常、巻き戻しレバー軸に上カバーを締め付けるカニ目ネジや皿があるが、この機種の軸皿は単なる飾り。代わりにストラップ耳の真横にネジ穴がある。
2、シャッター速度&感度設定ノブ。ここが一番のトラップ。バルブ・感度は最大にして外す事。糸を通じて露出計のメーター表示側のテンションと連動しているからだ。
そうしないと組み立て時に大変に難儀な様相を招く。
3、露出計と連動する黒枠がある。この枠、まるで小さなプラカードのように上下するが、支えているのは、二本の小さく細いバネのアーム。そこに枠を嵌め込む。こんな精緻な仕掛け、カメラ設計の発想じゃないな。アームは細く、観察しないと気がつかない。ミノルタの初期型は、確かにNikon・ニコマートのような戦場向きではないと感じる。しかし、それはカメラの優劣を問うより、別の次元で考えた方が良さそう。
4、マイナスネジが全盛時代のカメラだが、オリジナルに拘らないならば扱いやすく丈夫なプラスネジに換えた方が、再び作業する際に容易な場合もある。
軽い、微量の注油は必要である。
まとめ。
私はXEやSRT型が好きだったし、本当に最後まで使いたいカメラなのだが、今回一連のミノルタ初期型一眼レフに接して、日本の工業製品がある意味で工芸美術に近い部品仕上げを行っていた証左を見たように思う。
大量生産時代を迎える前夜、幾多の職人的気質がカメラに込められている。その気質と戦後を支えて行く若い設計者達の前衛な精神が伺えて、修理作業は製造時代までの時間を遡る楽しみがあった。
初期型は、ジャンク棚で見向きもされないカメラだが、興味を持たれた方は一度是非、チャレンジされては?
私が能を習う理由
私の推しメン…能『羽衣』を舞った際に使用した小面。一番、不細工でブスな子を貸して下さい…と頼んで、使わせて頂いた。結構、見る角度では可愛いよ。
能を習って面白い事は何ですか? …と、たまに聞かれる。
能を習って面白い事…ですか。実は、あまり面白くないですよ。ずっと学生時代から師範には叱られる続けだし、たまに頭に来るくらい稽古が嫌になる時もある。
しかも舞台に上がれば試合同然の気合いで臨み(学生時代から続けた場合、この傾向は強い)、素人同士でも、切磋琢磨するライバルは多い。しかも何かと物入り…。面倒なくらい『意識高い系』も生息する。
能を舞うまでに相応の稽古も必要で、まともに演じる気構えがある人ほど求められる壁は高くなる。
まぁ…それでも、学生時代に稽古を初めて三十数年あまり。全然、上達しない。下手の横好きすらも言葉が合わない。
私は他人との競争は苦手で、稽古も嫌い、物覚えは最悪である。それでも能を止めなかった理由は、能が一生続けられる世界と言うことだ。
いずれ老いて舞えなくなって、声も出なくなる。やがて、死の床にいる最中でも、やはり謡の一つくらい欲しい。
稽古とスマホ
昨夜、久しぶりに母校の能サークルへ稽古に行った。学生と一緒に稽古する機会も減ったので、良いトレーニングになった。
自分が、どれだけ理解できているのか。何が解らなくなっているのか…稽古で自覚出来るのは有り難い事だ。
しかし、時代の流れを感じる事が一つだけあった。現役の学生がスマホで師範稽古の様子を録画、録音して稽古に役立てている様子だ。
我々の学生時代、師範稽古の録音や録画は許可されなかった。ま、それは話を別にして…スマホの能力が高すぎて、分かってはいたつもりだが、正直驚いた。
お稽古用ラジカセとカセットテープで地味にやっていた時代ではないんだな。
私の中で、稽古とは、その場で覚えられないならば、そこで終わり…という考え方があったんだけど、少し修正しよう。





