能『船橋』番宣
明日、宝生能楽堂にて鐵仙会定期公演
能『船橋』
シテ浅見慈一
能『籠太鼓』
シテ西村高夫
開演午後6時より。
今回前日に番宣ブログという有様。
三文小説まがいの番宣も難産であった。
先日から体調を落とした事もあったが、謡曲『船橋』の真意を『お話に』拾おうとすると、各所に枝分かれした問題を抱えてしまった。
研究論文などにも、詳細が展開されているが、本来の『佐野の船橋』という曲は古い田楽から演じられていたという。
その後、世阿彌の手により改作補筆を得ていると言われており、そこにある種の煩雑さや伏線が伏せられたまま残ってしまったのではないだろうか。
田楽時代は、邪淫の二人が、獄卒に責められる様や山伏の加持祈祷によって救われた…絵解き芝居であったように感じる。
何にせよ、恋愛執心や恋に狂う能の解釈は難しい。
我が身人生に経験値の乏しいゆえだろう。
しかも、もう一つの能『籠太鼓』…これがまた女心との対峙という厄介さ。
私には『妻』はいませんので、三文小説にすら夫婦の問題は解釈できません…では能番宣ぢゃあない。
ふっ…ため息…。
船橋…夜話編参
『客僧…よ』
業火に舌を焼かれた声で、男は先達と若い山伏の背後に立って語りかけてきた。
『のう、客僧。われら、二人に真の橋を掛け給え…』
先達は男の問いかけに、黙して加持を続けている。
念を用いて亡霊に答えているようだ。
我ら二人、死ぬ間際に世を呪い、互いの愛を死の苦しみにより疑った…邪淫の罪を、我と我が身にかけ…ただ今は、真の架け橋を…のう、客僧よ。
先達は、無言のまま念じて加持を続けていた。
やがて、若い山伏も心を取り直して黙して加持に入った。
見我身者発菩提…。
…知我心者即身成仏…。
川面に無言の念が、波を沈めるように響き共鳴する。
波柱が幾重に立ち並び広がりを見せた。
波や水煙が板間となって、此岸より彼岸の彼方、深い闇の彼方へ橋が架かる。
その橋を、あの二人が渡ってゆく。
若い山伏には、そう見えた…と、そうであれと願った。
『そなたの…先ほどの想い、言葉、けっして誤りにあらず…本来は地獄など来世にあらず。現世を救うべし…ゆえに』、と先達が言葉を止めた。
急に語調を変えた。
『若いあんたの言うとおりだよ。
人の喜びや悲しみ、邪淫も菩提も信心なのだ、人々の菩提ある所なんだってな…だが、熊野の偉い方々には、それがわからんのさ…カッ、カカカ』
先達がカラカラと笑い声をあげた。
そして、かって武士だった風貌をのぞかせた。
春は遙かに遠く、また果てない旅の先であった。
船橋…夜話弐
冷えた川風が流れてくる。
その風の中に小さな塊のように熱い吐息が渦を巻く。
若い山伏は身を起こして、先達を探した。
少し先に先達の姿が影のように見えた。
そして、先達の凝視する視線の先に若い二人の男女が絡み合うように抱擁している。
『そうだな。先達も男ならば見るか…』
だが、違う。
先達は目を閉じ不乱に加持を、あの二人にあげているのだ。
『…!』
闇にも明らかに、若い二人の姿が川面に漂うではないか。
あれは亡霊なのだ。
その二人の影が川中の上に飛び上がったと見えた瞬間、重苦しい水しぶきをあげての二人の姿が川波へ沈み込む。
立ち上がる水煙が、突然に真っ赤な業火となり男を焼き尽くす、あるいは水柱が地獄の獄卒の姿となって女を責め始めた。舞い上がる水泡は鉄針と変じて、女の白い肌を切り刻ざみ引き剥がす。
息も絶えかけた二人を焼け付く石の河原に引き上げて、獄卒たちが水を浴びせた。
『戻れ、戻れるのだ汚れものよ…』
再び、静寂が支配する。
蘇った二人が、三度の抱擁を繰り返す。
若い山伏は、日頃から現世と来世に関して周囲に秘めていた見解があった。
私は恋は知らぬ。
恋慕の情けも知らない。
だが、生きて営むかぎり男女の快楽というものは至上の一つであろう。
それゆえに地獄に落とされると言うのなら、生きる人々の現世に救いなどあるはずもない。
互いを愛し、日々の中で信心すれば良いはずなのだ。
本来、地獄などこそが邪な妄想ではないのか。
『客僧よ…』
急に背後から若い山伏に声がかかった。
振り向くと、業火に赤く肌が爛れた男性が彼を見下ろしている。
『!…な』
熊野で修行を重ねた経験もむなしく、若い山伏は男の焼けただれた凄惨な姿に腰を抜かし声を失った。


