私への追悼
とてつもなく暗くなった。
私は枕が変わると眠れなくなったり、体調を崩す時が多い。
ゆえに、実家への帰省すら躊躇する。
そんな今夜。
訳あって寺に留守居で一泊している。
広大な敷地であるため、謡三昧と期待したのだか…。
どうやら急激な喘息発作を引き起こしてしまった。
誰もいない屋敷に、私一人…まさに咳をしても一人…とは、この状況だろう。
呼吸に苦しみながら…私の幼い頃、一人で数ヶ月入院していた記憶が蘇ってきた。深夜、暗い病棟の空気や物音。呼吸がままならない不自由さ。まんじりと夜明けを待つ頼りなさ。
明日になれば、なんとかなる…だろう。
そういう交錯した迷いが蘇る。
結局、わたくしを阻む業は続くのだ。
一期の夢よ。人生の思いを断ち切って止めにするか。
あるいは、惨めでも今の仕事を頑張るのか…明日も苦しさに耐えてゆく。
天の衣に包まれて、私の身体はは少し軽くなった。
僅かに残る花の移り香は、まだ生きていた証を覚醒させた。
ふと、身体を起こして周囲を見回してみる。
遙かな彼方に、愛しき人が見えたような気がした。
愛しく見えただけなのかも知れない。
ただ、互いにそれかと思う間もなく、視界の外に消え失せて、そのまま紛れて見えなくなった。
追悼
昨夜、ようやく深夜に帰省する。
就寝の用意も済ませて、後は眠るだけだったのだか…どうも気分が重く、風邪なのか喉の調子が悪い。
近所が離れている田舎暮らしの気安さから喉は痛いが、少し謡を発声してみたい気分になった。
仕舞の地謡キリ…松虫、井筒、鵜乃段、鵺、融…を謡う。
気づくと、死者を見送るような謡ばかりだ。
そう思うと、心に何かが引っかかる。
普通なら、高砂、羽衣や猩々を最後に謡って終わりにするのに、昨夜に限り気分が乗らない。
そのまま止めにして床につく。
…猛烈な発熱が始まった朝方、どうにか起床した。
両親に病院に行くから…と、居間へ行くと様子が違う。
『昨夜、叔父さんが亡くなったと朝に連絡がきたよ…』
私が、叔父に会ったのは三年前が最後だった。
従兄弟の挙式にお祝いをしたのだが、恒例で私は祝言と舞を演じた。
とても私の謡を、叔父は気に入ってくれていたので…。
『これが虫の知らせなのかな…』
いや…最後の謡を聞きに来たのか…と感じる。
あの瞬間、叔父に『さようなら…』と言われたような気がした。


