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船橋…夜話編

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『先達よ…』
言いさして、前を急ぐ先達の背を眺めながら、若い山伏は言葉を呑んだ。

春まだ遠い上州路を二人の山伏が奥州平泉を目指しながら一路下ってゆく。

『この辺りで、奥州下りの山伏が村人に捕らえられ、橋の人柱として川底に突き込められたとか…』
若い山伏は不安でならなかった。
学僧として修行を重ねた身であったが、奥州平泉まで勧進をせよと言う…。
伝説に聞く役行者が岩橋を築いた…ゆえに、橋を掛けるのは山伏の仕事、法力だ…と言われても、闇雲に人柱にされるのは恐ろしい。

胸中には不安が増すばかりなのである。

さらに、奥州への守り役に付けられた先達の山伏…いや、元は武士であったそうだ。
幾多の戦陣を切り抜けた証しのように矢傷刀傷を肌に刻み、痩身の身を衣に隠している。
その上、極めて無口で熊野を出てからも無駄な会話は、何一つない。
思わず、件の『人柱』の噂など口にしようものなら…。
…『そのような事、口にすまじ。言霊に因って導かれ、身を失い申すゆえ…戯れにも慎まれよ』と、すげなく叱られる。

闇路に落ち掛けた風景の先に、広い川が見えてきた。

…当地こそ、佐野の地と聞き及ぶ。
彼方には人里もあり。あの川岸近くの堂に、今宵は泊まろうぞ。
歌にも『東路の佐野の船橋…』とは、まさに…当地。

常に無口な先達だが、何故か古歌を突然持ち出しては、その道行にて感慨を語る時がある。

先達の呟く歌の講釈を傍らで耳にしながら、行脚に疲れた若い山伏は急に眠りに落ちていった。

幽かに男女の睦言が聞こえる…。
歓喜と嘆きの吐息が入り交じり、風に舞うように川音と共に流れてくる。

能評が文芸になる日

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能の世界にも、映画や演劇と同様に、評論のジャンルがある。書き手は研究者や芸能文化記者が担当するようだ。
また、一般紙や専門誌記事と異なり、いわゆる業界関係誌に掲載される場合が多い。そして、最近ではアマチュアによるブログによる記事の投稿が続く。

だが、総じて評論記事というものが能楽の振興と発展に寄与しているか…については疑問である。
一つの能を評して、賞賛あるいは酷評を加えたとしても、観客の大半には無関係であり、シテ方や他の競演者においても参考意見にすら満たない。

演劇など評論記事の存在意義とは、新たな観客を招く効果に価値が生まれると思う。
ゆえに、能楽研究者や素人の気まぐれな技術論など、毛頭意味をなさないと私は思っている。

シテの技術や囃子方の優劣など、普通の観客が必ず楽しむために必要としている要因ではない。むしろ、能『井筒』だったら、全体的な『井筒』の仕上がりや能楽堂の空気など…つまり『味わい』を金を出して買っているのだ。

面の銘が洞水であれ
、宝増であろうとなかろうと、観客には遠目で判別など難しい。
また、能の囃子の手組が理解できるなら結構な事だが、しかし、あの囃子は鼓の拍が…寸法が悪い…など、気にして能を見ている訳ではない。
つまり、能評とは一部の熱烈なマニア向けの記事なのだ。
それが、いつしかご意見番になってゆく小賢しさが、近現代の能評には付きまとう。
確かに、つまらない能はある。しかし、その時に見ていたのは、その評論家ばかりではない。言挙げして『この店のラーメンはマズいよ』と店頭で叫ぶような行為など、私は自己満足以外の何者でもない…と考えている。
もし、本気で能評を志す方があるならば、全ての日常で能という存在と対決してほしい。
私は、師匠から能とは『日常である』と学んだ。
その日常と理解し対決して、乗り越えた地平から真の能評家が生まれて欲しい、と願っているのだ。

病上がり

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枕が変わる。
環境の変化に打ち勝つ…これが一番苦手だったりします。

ようやく峠は越えたみたいですが、参りました。

家に帰ったら、一番に医者へ行ってきましょう。