賢婦…籠太鼓
僅かな夜灯が牢の中を照らしていた。
その中に関の妻女が入牢している。
髪も僅かに乱れ憔悴の様子も露わだが、豊かな女盛りの美しさに覆われていた。
そして黒い双眸が、強い抗議の意志を燃やしながら、松浦を凝視している。
『このような処置、とうてい受け入れられぬ…であろうな』
松浦の問いかけに、関の妻が答えた。
『…主人は幾たびの合戦では、常に当主様のお前にて戦ってまいりました。それを貴方はお忘れではあるまいか。
もとより我が身、夫に恋われ妻に迎えられたもの。戦には命の明日もなく、また夫とともにあります。
どうか即刻、夫に代わり私を処罰下さい。されば、私に未練なく新しき主の元で存分に活躍できるというもの。
その活躍をご覧下されば幸い…』
臆する事なく言い述べる妻の態度は、すでに覚悟を決めている現れであろう。
松浦は『それが儂は一番困るのだよ…』と胸中に苦笑した。
…夫に似て妻も剛毅だ。
『あたらしき主人か…どこに身を隠したか知っておるようだな』
松浦が問う。
『心、常に夫ともにあれば、どこに行こうと尋ねなどせぬ。私は聞いておりません。』
『では、何某を斬った理由は聞き及ぶか…?』
問いただす松浦を見返す関の妻の目に、さらに激しい感情が走りだした。
その瞳に怒りと絶望に近い感情を悟った松浦は、急に問いを閉じた。
『今宵は休まれよ…』
夏の夜具に身を投げ出して松浦は、軽い眠りに落ちだしていた。
しばらく後、夜の眠りを破るように太鼓の音か聞こえてくる。
…誰ぞ、戯れにも狂気な…。
走り込むように配下の者がやってきた。
あるじ様…関の妻が狂いまして…ござります。牢内で半裸になり太鼓を打ち鳴らし、歌いながら打ち狂っております。
『あの妻…やりおるわ!』
松浦は衣服も改めずに飛び出した。
逃げた家臣…籠太鼓
拙い事になった…。
子飼いの家臣関清次の引き起こした一件は、さらに波紋を広げてしまったようだ。
もうすぐ初夏からと盛夏に入る。
日差しはすでに、かなり高い。
額に汗を浮かべながら報告する配下の報告を聞きながら、主である松浦太郎は、…今後の処理は細心を以て当たらねばならぬ…と、でなければ我が松浦党が崩壊するやも知れぬ。
事の起こりは、我が家臣関清次が同僚である何某と口論になったゆえに、相手を斬り棄てた事から始まった。
関清次は、松浦にとっては大切な子飼いの家臣であり、合戦の際には最も信頼する一人であった。
勇にして冷静、小姓足軽など下人の信頼も高い。
その関が、である。
上役に当たる同僚を斬った。
斬った関は、逐電もせず周囲を促すように自ら牢に入ったが、取り調べに際しては一切の理由を話さぬ。
水しか取らず、差し入れも口にしない。
その関が、昨夜牢を破って逐電し行方を消した。
当然、何某の一族は関の処罰を求めて訴えを出してきている。
このままには放置できない…が、問題は関が身を置いている相手である。
もし、対立する領主の家臣として取り立てられたら…そう思うと、松浦は『ぞっ…』するのだ。
あの男と戦場で合戦するには、とうてい算があわぬ。
しかし、裁かねばならない。
配下の者が口を開いた。
『清次には妻がおります…』
『鄙にはまれに賢く見目も美しいとか…清次が妻を置いて逐電するとは思われませ…』
配下の言葉を遮り、逡巡もなく松浦が立ち上がった。
『その妻、即刻牢に入れ、口堅く謹厳な者にて厳しく監視を付けよ、儂が調べるまで何人も通してはならんぞ。』
さて、噂に聞く関の妻女…賢婦であるらしいが、松浦は一縷望みを妻に託す事に決めた。


