船橋…夜話編参
『客僧…よ』
業火に舌を焼かれた声で、男は先達と若い山伏の背後に立って語りかけてきた。
『のう、客僧。われら、二人に真の橋を掛け給え…』
先達は男の問いかけに、黙して加持を続けている。
念を用いて亡霊に答えているようだ。
我ら二人、死ぬ間際に世を呪い、互いの愛を死の苦しみにより疑った…邪淫の罪を、我と我が身にかけ…ただ今は、真の架け橋を…のう、客僧よ。
先達は、無言のまま念じて加持を続けていた。
やがて、若い山伏も心を取り直して黙して加持に入った。
見我身者発菩提…。
…知我心者即身成仏…。
川面に無言の念が、波を沈めるように響き共鳴する。
波柱が幾重に立ち並び広がりを見せた。
波や水煙が板間となって、此岸より彼岸の彼方、深い闇の彼方へ橋が架かる。
その橋を、あの二人が渡ってゆく。
若い山伏には、そう見えた…と、そうであれと願った。
『そなたの…先ほどの想い、言葉、けっして誤りにあらず…本来は地獄など来世にあらず。現世を救うべし…ゆえに』、と先達が言葉を止めた。
急に語調を変えた。
『若いあんたの言うとおりだよ。
人の喜びや悲しみ、邪淫も菩提も信心なのだ、人々の菩提ある所なんだってな…だが、熊野の偉い方々には、それがわからんのさ…カッ、カカカ』
先達がカラカラと笑い声をあげた。
そして、かって武士だった風貌をのぞかせた。
春は遙かに遠く、また果てない旅の先であった。
