船橋…夜話弐
冷えた川風が流れてくる。
その風の中に小さな塊のように熱い吐息が渦を巻く。
若い山伏は身を起こして、先達を探した。
少し先に先達の姿が影のように見えた。
そして、先達の凝視する視線の先に若い二人の男女が絡み合うように抱擁している。
『そうだな。先達も男ならば見るか…』
だが、違う。
先達は目を閉じ不乱に加持を、あの二人にあげているのだ。
『…!』
闇にも明らかに、若い二人の姿が川面に漂うではないか。
あれは亡霊なのだ。
その二人の影が川中の上に飛び上がったと見えた瞬間、重苦しい水しぶきをあげての二人の姿が川波へ沈み込む。
立ち上がる水煙が、突然に真っ赤な業火となり男を焼き尽くす、あるいは水柱が地獄の獄卒の姿となって女を責め始めた。舞い上がる水泡は鉄針と変じて、女の白い肌を切り刻ざみ引き剥がす。
息も絶えかけた二人を焼け付く石の河原に引き上げて、獄卒たちが水を浴びせた。
『戻れ、戻れるのだ汚れものよ…』
再び、静寂が支配する。
蘇った二人が、三度の抱擁を繰り返す。
若い山伏は、日頃から現世と来世に関して周囲に秘めていた見解があった。
私は恋は知らぬ。
恋慕の情けも知らない。
だが、生きて営むかぎり男女の快楽というものは至上の一つであろう。
それゆえに地獄に落とされると言うのなら、生きる人々の現世に救いなどあるはずもない。
互いを愛し、日々の中で信心すれば良いはずなのだ。
本来、地獄などこそが邪な妄想ではないのか。
『客僧よ…』
急に背後から若い山伏に声がかかった。
振り向くと、業火に赤く肌が爛れた男性が彼を見下ろしている。
『!…な』
熊野で修行を重ねた経験もむなしく、若い山伏は男の焼けただれた凄惨な姿に腰を抜かし声を失った。
