HOODのブログ -51ページ目

止まる時間





北関東某所。都会に比べれば時間の流れが緩い。ただし、車やバイクの運転は粗っぽい。ウインカー出さずに右折、左折、車線変更は当たり前であり、見抜けずに戸惑う奴が阿呆…という空気は相変わらずだった。




写真はテレビドラマや映画でお馴染みの旧茨城県庁。ある時は裁判所、警察署、または旧陸軍省、海軍省…やや薄暗い屋内が、今も時代の空気を止めている…と言うべきか。


私が十才くらいの時、社会科見学で見学に来た時は、まだ県庁時代であり、当時は厳かな雰囲気があった。

川の流れ。小石の夢

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車で少し郊外まで来た。


道の駅で休憩。河原を望む公園があったので川辺まで歩いてみた。
大小様々な石が転がっている。面白い模様の小石があった。
砂岩に方解石の混ざったものと思う。

拾って、匂いを嗅いでみると川の香りがした。どこかで似た匂いの記憶がある。


何の匂いか。

そうだ、『鮎』の香りだ。川の水や様々な水藻の混ざり合った香り、料理で『鮎』をさばいた際の匂いだった。


黒沢作品の『夢』には、川沿いの道を人々が遡ってゆくシーンがある。生から死へ、それは魂が源へ還ってゆく事を連想させる。
普段ならば気に入った石は持ち帰るのだが、珍しく小石を河原に戻した。


まだ小石達も流れて行くだろう。目的地は遥かに遠いのだ。


夢の邪魔してはならない。

愉快な日々とサヨウナラ


金曜日の夕方、ようやく引っ越しを終え、長らく暮らした新座志木の街を去った。

その前夜、夜半の作業中に九州地方で震災速報がラジオから流れた。五年前の東日本震災記憶が脳裏に甦る。


古来、人々は天災を自然現象だけの要因と捉えずに人倫や治世の乱れも含めて、その結果と考えた。

もちろん、今の政治や文化・人倫が乱れていると私は思わない。おそらく、どの政治家や政党が与党であっても大差はないはずだ。


問題は人災、天災が発生した後の処理だ。そこに将来の起点がある。

良き選択を得られるのか。十数年後に振り返ったときに、いかなる感想を我々は持っているのだろうか。