記憶…急/a day in the life
ある日を境にして街に流れる音楽が一色に染まった時期があった。
朝、学校へ続く通学路。途中のガソリンスタンドから聞こえる。下校する時、信号待ちのライトバン運転席ラジオから流れていた曲。
とりわけ、特に私の脳裏に強烈に印象を残した曲があった。
まだ英語を理解しない子供の耳にボーカルの言葉の響きが深く刻まれた。
学校嫌い、勉強嫌いの私に『良いじゃないか、そういう時期が人生には必要だよ…』と慰めてくれているように思った。
疲れて鞄を引きずるように帰る私が、その曲を聞いた時だけ少し体が軽くなったように感じた。
ずっと後になって、街に流れていた音楽がthe Beatlesの作品楽曲群と知った。時代は彼らの解散騒動に沸いた1970年代だった。
Let it be/ Lucy in the sky with Diamonds/a day in the life …
特に…a day in the Life は、どうしようもなく学校生活が不向きで苦痛だった私に、何か違う生き方があるんじゃないか…と諦めを示唆する曲であったように思えた。打楽器のように演奏されるピアノが、古典音楽しか知らなかった耳に新鮮であったし、英語なんて今でも苦手だが、それでも言葉と音楽の響きは私に『何か』を伝えてくれた。
今まで、中年を過ぎても『大人になったら何になろうかな…?』そう思い続けて、ずっと変わらぬまま、時間に穴が空いたように大人になったけど、まだ私は『大人になっていない』…何かになれていない。
そうだな。生まれ変わったら『まずは大人に生まれるよ』
でも、来世なんかないだろう。
『じゃあ、大人になって、何かになれないじゃないか』
そうだ。ただ、さようなら、それだけだ。
記憶…破
郷愁は、両親の実家があった東北地方に強い。だが、先の震災と原発事故で失われた文化や村落を見る度に痛みを覚える。のどかな風景は元には戻らない。
単線の鉄路は時に信号待ちで予定を大幅に越えて停車する。
周囲は田畑しか見えず、田植えを終えた水田に初夏の日差しが映る。動かぬ列車、蒸気機関車のコンプレッサー音がコツンコツンと響く。
進まぬ列車に退屈な私。気だるい車内は大人も子供同じ空気に支配される。
車窓の外には広がる水田風景。どこから現れたのか、畦道に子供達が遊んでいるのが見えた。バットマンの面を被り、首に風呂敷を巻いて走り回る。次第に車内の大人達の注目が、鬼ごっこをして遊ぶ子供に集まり始め、のんびりした笑いが起きた。
ボッ、
汽笛がなった。鈍い振動と衝撃が響き、微速で列車は動き出した。退屈だった車内に再び目的地に向かう旅の空気が甦る。
畦道で鬼ごっこをしていた子供の体が、たちまち遠く点になってゆく。
水田に汽車のシルエットが映る。
ポー、ポポッ、軽快に汽笛が鳴った。
あぁ、もうすぐトンネルだ。
記憶…序
久しぶりにフィルム機を下げて隣町へ行った。隣町は十五年間過ごした場所で、私の原風景と言って良い。家を出たのは夕方近い時間。すでに日はかなり傾いていた。
しかも、駅前からは当時は主だった商店街が姿を消し、残っている店は少ない。
何かに導かれたように、記憶を辿りながら裏通りに入る。そこは、小さなスナックがあった場所で同級生の子が母親と暮らしていた。何か繋がらない記憶がある。だが、無理に結ばない方が良い…ふと、自らに呟いている。
夕暮れの街を視線で切り裂くように眺めた少女が走り去る。黒い髪が風に流れて行く。幼子であったのか。重なった後ろ姿は高校時代の制服姿であったのか。
街に迫った山裾に日が落ちる。独特の風景を思い出した。
手にしたカメラを消えた風景に向けてみた。時間は止まらず乾いたシャッターの音が虚しい。



