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九十九神



家具やロッカーは使い倒す性格なので学生時代から、数十年世話になった電気スタンドやロッカー、机など、愛用したラジカセ、ワープロも廃棄。手続きを済ませ送り出した。中には友人から貰った電気コタツもあって、いったり製造されて何年経過しているのか不明(四十年以上か…)。

どうでも良い道具達だが、孤独な暮らしを支えてくれた九十九神達に感謝しよう。

いつの日にか、さようなら


東京ともサヨウナラ。
桜散り行く東京。知人に誘われて江戸気分で下町散策をした…曰く、『もう、次に会うのはいつの日になるのか…』という事で別れの杯、名残惜しみのランチである。


私も生き地獄のような引っ越し作業に嫌気がさしてきたところに、ちょうど気晴らしによかった。


写メは全生庵の金ぴか観音様。もっとも、この禅寺には三遊亭円朝、山岡鉄舟の墓、何よりも著名な円朝コレクションの『幽霊画』が収蔵されている。毎夏に公開され、『幽霊が』参拝は夏の下町納涼には最適な地だ。

この界隈を中心に歩くと上野、谷中を堪能出来る。全生庵に来る途中、日暮里の駅を出て下町商店街を出たところに一見食堂に似た『鰻屋』があって、知人も鰻好きなので豪華な昼食となった。運ばれてきた鰻定食の写真を取るの忘れてしまって、それが少しだけ残念。


そう言えば、円朝の墓前に立って、ふと感じた印象がある。まだ、おそらく円朝は死後も高座を勤めている。執念や怨念とか言うのではなく、落語の精霊に近いような存在で、人々に噺、落語とは何かを問いかけているように思えた。

『…まぁ、お二人とも、そこにかけて、一つあたしの噺でも、土産に聞いて行かないかい…。』

隣に山岡鉄舟の墓前があり、向こうは昼間から酒を楽しんでいるような洒落と威厳、そして明るさがある。実際、江戸無血開城は山岡と薩摩藩の西郷による優れた政治感性の賜物である。

また、誰かが円朝を襲名しようにも、あの墓前に拝せば私と同じような感覚を得る人は多いのではあるまいか。まだ大師匠の魂が現役なのだから(落語の精霊)、どうしようもない。

そういう魂も、下町の街中に日常生活を送っている。下町風情とは、古きものから新しきへ流れる血脈のような歴史がある。老いも、若きも、子供だって江戸っ子でぇ…。

最後の撮影


この先は坂道。


撮影依頼を一件頂いて、矢来能楽堂へ。
最寄りの地下鉄で江戸川橋下車。渡辺坂、さらに傾斜の強い地蔵坂を登る。

この二つの坂、その麓に地蔵堂が建っている。安産祈願の母子蔵である。学生時代から矢来能楽堂に行く際は、かならず地蔵さまに欠かさずに参拝した。
撮影や舞台が終わり帰る時にも、一日の安全の礼を申し上げた。思い出深く、長らく通ってきた道だった。この道を私が通うのは、今日が最後であろう。あと数日で私は江戸ならびに、武蔵の地を去る。


穏やかな母子地蔵の尊顔を拝しながら、能楽や愛好する人々が将来も行き交う道であって欲しい。ずっと安穏であって欲しいと願った。