HOODのブログ -405ページ目

蟻よさらば

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写メは深夜、道端に集まる蟻の一群。

まだ私が幼い頃だ。その年の六月下旬だったか、ちょっとした大病を患い入院した。
大抵の入院病棟では、ベット横には患者用の小物棚が設けてある。
ある日、お見舞いで戴いたバナナを母が棚に入れて帰宅したのだが…(当時は珍しい果物だった)。
…その翌朝。

私を妙な違和感が体を襲った。全体が痛くてカユい。

病床ベットから何とか起きあがると…真っ黒な蟻が辺りやシーツ一面……。

当時の病棟は木造で趣があると言えば聞こえは良いが、古くて虫などが病室に入り込む環境であった。
大量の蟻は壁と柱を伝い、二階にある私達の病室に侵入し、私のベットや周囲を襲撃。

こうやって書いていても気分が悪くなる。すでに数十年過ぎた今でも、蟻は苦手だ。
幼い脳裏にトラウマが刷り込まれたようで、私はある年齢の時期まで蟻に触れただけで発疹、喘息などパニックを引き起こしていた。

ともかく、身の回りに蟻が大量に集まる状況は耐えがたく、ひいては人が沢山集まる場所や様子までもが『蟻』に見えたり。

アンダルシアの犬

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人には苦手なものが一つくらいはある。
例えば、虫が嫌いとか…。
虫嫌いは、都会育ちの若い男女に限らず、最近は田舎でも多く見受けられる。

ある夜の事だ。都内にて仕事帰りの電車車内、突然に女性の叫び声が上がった。
『何事か…』と声の方を見れば、何やら一匹の黒い羽虫が我が者顔で、車内を飛び回り、その飛ぶ先々で絶叫に近い悲鳴があがる…。

若い女性は云うに及ばず、中年女性や男性まで『うわぁ~』と逃げすくむ。

女性たちの『嫌~ッ!』って金属的な声、そのウルサい事ったらない。

たかが虫一匹だ。

その虫が偶然、私の前に飛んできた。

私は虫の種類を確認すると、すばやく左手で掴みとり近くの窓を開け、虫を逃がした。
一瞬にして、先ほどの騒動も忘れて元の状態に戻る車内。

今となれば、人類さえ破滅しかねない自らが生み出した科学の過ちに、連日悩まされている我々である。
この一件は震災に遭う前の出来事だったが、今でも一匹の虫ぐらいで何事か、ずいぶんと人間は身勝手なものだ、と私は思っている。

だが、私にも苦手な虫がいる。一匹見るだけで寒気がするくらい…それが『蟻』で…幼い頃のトラウマにより、今でも絶えがたい程に苦手なのだ。

トンボの羽音

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秋が近づく。
小さなイナゴが珍しく顔を見せている。稲穂が次第に重くなってきた。
実り始めた水田の上をシオカラトンボのつがいが飛ぶ。

小麦色をした雌が稲の並ぶ水面に卵を産んでゆく。蒼い色の雄が懸命に周囲を回りながら、雌の産卵を愛しげに見守っている。

『…おーい、君たち~。この田んぼは、もうすぐ水を抜いてしまうんだ。そこで産卵しても無駄になるだけなんだよ~』

『おーい…駄目なんだよ』

定められたように産卵をしてゆくトンボの雌。
だが、せっかくの行為も無為に終わる。彼らの子供たちは世に出る事もなかろう。
我々は日々の生活、明日の未来をどう暮らしてゆこうか。様々に手段を考え巡らして、結果を希求した人生の選択していると思っている。

しかし、別の視点から我々を眺める者があれば、人間もトンボと同様に無為な行動を繰り返している、小さな生物に見えるに違いない。

明日を信じる事が、必ずしも生きてゆく証になるとは限らない。
言い換えれば、生命には等しく保証も安泰の約束などもない…しかし、それを知恵として用いるだけ人は聡明である。ゆえに死を認識する苦しみは強い。

そこに持ち合わせた『楽しむ、笑う』…本来は過酷で惨めな生命であるからこそ、人が身に付けた最良の治癒法なのだろう。
そして、生命群の中で一番助かりたいと願望しているのが人類という事になる。