勇者の背
このブログは社会時事の話題を意識的に避けている…のではない。だが、触れたところでネットメディアやテレビ、新聞の後追い記事を辿るにすぎない。また自ら発信出来る立場ならば、こうして暇にブログなど書き込む時間的余裕などない…
女子サッカー日本チームがロンドン五輪の権利を獲得した。代表の彼女たちは、今や男子サッカーを凌ぐ人気と話題の中心にある。
選手それぞれが、選手生活と日々の暮らしに追われながらの結果だろう。とても彼女たちは個性的で一徹な表情が良い。そこには、純粋培養されたスポーツ選手とは全く違う逞しさを感じる。
特に澤穂希選手は未婚の現代女性であるのに、さながら戦国武将のような風格すら有している。
優勝で浮かれる周囲に振られることもなく、ピッチを自らの生死の境と定めているかの眼差しだ。
それは戦国時代後期に活躍した立花宗茂や蒲生氏郷など、主君や家来に信頼される勇猛果敢な武将を彷彿とさせる。
『苦しい時は私の背中を見なさい』とは、澤選手がチームメイトに語った言葉らしい。
蒲生氏郷の言い伝えにも似たような言葉がある。
『我が配下には、必ず戦場の最前線を駆ける一人の武将がいる。皆、彼の背に遅れないように振る舞え…』と、その氏郷が家来たちに言った勇敢な武将とは、他ならない氏郷本人であった。
味方の劣勢を鼓舞し必勝の契機を掴みとる姿勢は、日々の積み重ねと本人の気質による。
私は澤選手が『劣勢においても、勇を以て臨む者に必ずや戦場の道は開ける』…この一つのテーゼに辿り着いた希有な人物の一人だと思う。
スポーツで活躍し、結果を出した女性選手は数多い。
しかし、生きる選択と死ぬる選択を常に並列に眺めているような女性選手というのは僅かに数名であろう。
雨上がり。(改訂)
『肩に違和感がある』
そういう話は、例えば野球選手がシーズン中にチーム離脱するとか。あるいは、一日中パソコンに向き合う職種の方々におきる場合と思っていた。
八月下旬に軽い痛みが右肩に発生して、『寝ているときに、ひねったかな…』
放置しながら、九月に入り痛みは増すばかりで、なおも激痛に悩みながら仕事。(しかも理由を付けて酒は飲んでいた)
だが、昨日の夜明け前に肩が抜けるような激痛で目覚めて、慌てて病院にいった。
やはり四十肩か…?
レントゲンで見ると医師が『ほぅ、見事な腫瘍がありますよね、これは珍しい…』
石灰化した腫瘍が潰れたために発生した痛みで、生命を脅かす悪性ではないのは救いらしいが…。
なるほど…激痛なわけだが。
投薬で駄目なら→注射→それが駄目なら手術という手順。
しかし、あんなに大きな腫瘍の塊が肩の基礎に出来ていたとは気が付かず。
しばらくは全く右腕は使えないので、何かと不自由だ。
診察後、気晴らしに近所の陶器茶房に行ってお茶をする。
この店は陶器や漆器も販売している。
ふと、面白い置物が目を引いた。店に『これは、何に使うのか』と尋ねたら、女性が指輪を掛けておく陶器の卓上置物とか。
色々な解釈が可能な形態をしており、見る人によって変わるかも知れないが、面白いので記念に購入した。(腫瘍記念…?)
何か言いたげな動きに、特別な答えというものが存在しないようだ。
下手なストーリーを有さず、飽きを感じさせない好ましさがある。



