年中無休
六月に開店した近所のラーメン屋が水曜日から、店の知らせも掲示されないまま休業中。繁盛していたので、雇用しているスタッフの夏休みだろうか。
今日は土曜日。
本日あたりから、営業しても良さそうなものだ。
東京の神田明神近くに『江戸あられ竹仙』と看板を出している煎餅屋がある。
『竹仙』は、私が小学校時代から訳あって通っている煎餅屋さんで、東京の煎餅らしい味わい深さとご主人の人柄に魅力を感じてきた。
ご主人氏は、昭和二十年代に店を出して以来、休んだ事は肉親の葬式で一日だけ…『お客は、いつ煎餅を買いに来るかわかないのだから店は休めない…』と、箱根と隅田川の向こうへ行ったことがない一徹さだ。
何事にも媚びず奢らず、いつ店に行っても気持ちの良い空気がこの店にはある。たぶん、これが本当の江戸気質の信頼というものだろう。
池波正太郎の作品『鬼平犯科帳』に、加賀藩邸横神田明神近くに住む絵師『中村竹仙』という人物が出てくる。
私は、作家が店の名前を作品の人物へ転用したのだな…と、密かに思っている。
変に誤解されては困るのだが、ご主人は池波作品の時代劇に出てくるような渋い脇役の風貌でもある。
この夏は、まだ店に足を運んでいない。
何しろ、先の大戦では兵役に就かれたご主人だが、猛暑にお変わりはない事を祈る。
石フェチ。
早朝。気ままな散歩の道すがら、今は使われなくなった旧国鉄時代の待避線跡に行ってみた。
たいていの線路はコンクリート製か木製の枕木を使用し、これらを安定させるために小石が敷いてある。これを『バラスト』と云う。
今は岩石からの砕掘石を使用しているのだが、以前は河川から採石した川砂利を使用してように記憶している。線路に敷かれた白く丸い川砂利が、次第に列車の車輪やレールによって赤錆色に染まってゆく。
その色変化が毎日の車両往来を語っているように見えたものだ。
そういえば、私は三歳くらいの時に何処からか気に入った石を拾ってきて、玄関先に置いていた記憶がある。
そのお気に入りの石の形は、確かヒヨコ饅頭の形をした黒い石であった。私は暇があれば、その石を磨いて遊んでいた。
石の汚れを水で落として、手のひらでつるつると撫でてみる…不思議と気持ちが落ち着く。
そういう視点で眺めるとコンクリートブロックは、確かに石のようではあるが人工的な感触にしか過ぎず味気ないものだ。





