猫と人
これはトンデモ学説かも知れないのだが、犬は人間が選んで飼い、猫は人間を選んで自ら飼われている…という解釈があるそうだ。
また何かと犬は吉とされ、猫は凶と見なされる。
昔話には、長らく生きた猫が踊るのを見る、というのがあって江戸時代ワイド記事集である『耳袋』や『甲子夜話』にあるらしい。
他にも、人の話を理解するとか、人の言葉を話したなどの言い伝えもある。
私も以前、猫と暮らしてみた経験から判った事が幾つかある。
①『襖や戸を開ける』…深夜、外から帰ってきた猫が座敷の襖を開けて居間へ入ってくる。ガタッ、バタッ…ゴトリと木戸やガラス戸を開けて、やがて座敷の襖が開く。
猫が枕元を歩き回る気配がする。
このヒタヒタ感が、何とも言えず、なま暖かい息を吐きながら、こちらの布団の中に潜り込もうとする。
昼間に猫が立ち上がり、戸や襖を前足で開ける姿を見ていると、ちょっと『化け物』めいた印象があった。
『人の言葉が判るらしい』家で飼っていた猫の大好物は雀であった。
自分が好きだから、飼い主も食べるに違いない…そう考えた猫は、朝目覚めると私の寝ている枕元に雀を献上してゆく。
古い家だったので、ネズミの被害があり母が『おまえ、雀ではなくネズミは取らないのかい?』と嫌みを言い浴びせると、プイと後ろを向いてしまう。
で、翌朝…母の悲鳴で目が覚める。
その枕元に『ネズミの死骸』がポイッと置いてあるのだ。
その横で、猫は何食わぬ顔をして毛並みを繕っている。明らかな意趣返しなのであった。
江戸っ子の片割れ
あと半月もすれば九月である。震災から落ち着かない日々で、今年は日めくりカレンダーが、秒単位のように飛び去ってゆく。
次に地震が来るのは東京と言われているが…。
そういう不安は別にして、私は秋に入ったら都内江戸巡りをしようと計画している。
と言うのも、私にも多少の江戸っ子の血が流れている事を知ったからだ。
私の先祖の一人に、江戸幕末の南町奉行所で与力を勤めていた(母方の曾祖母実家)佐久間長敬(おさひろ)という人物がいる。
佐久間長敬は、与力として多くの囚人達の管理に当たり、その劣悪な牢獄内の環境改善と囚人達の更正復帰などに奔走した記録が残されている。
当時の幕府役人としては、早くから人権問題に注目していた人物で、維新後は神奈川県内の裁判所所長などを勤めた。
また、作家岡本綺堂が『半七捕物帳』を書く際に、江戸の風俗風景や町民や武士、囚人等などの聞き書きに協力したと云う。
江戸はおろか、明治時代も時の彼方だ。今は、屋敷跡や奉行所も残ってはいない。ビルの谷間に何か碑があれば良い方だ。江戸(東京)の様相も激変している。
それでも、私は長敬が毎朝出勤したであろう有楽町の奉行所や人形町から八丁堀を、江戸という町の片隅で実直に生きた武士の足跡を訪ねて歩こうと思う。
先祖が通った道を歩くことで、そこから何か見いだせるかも知れない…。
妖気…?
先のブログ書き込みに『ぬっぺらぼー』と表記したが、後で気になった事がある。果たして『ぬっぺらぼー』と『のっぺらぼー』は違うのか…?
違う妖怪であったら、その間違いを訂正せねばならない。
結果から言えば同一の妖怪で『の、ぬ』は読み方の差であり、また『ぬ(の)っぺらぼう』とか(ぬっぺりぼう)など読み方は様々だ。
さらに、書き込みの際に小泉八雲の作品を上げる事を失念していた。周知のとおり小泉八雲作『むじな』に登場する妖怪が『ぬっぺらぼぅ』である。
この先品は、いわゆるエンドレスストーリー形式で、主人公は最後まで追い回される展開となる。ミステリーホラーなどに使われる手法だ。だが、そういう恐怖が実生活の中に不安として潜むからこそ、際だつ効果でもある。
病気や災害、不況による不振など。あるいは終わりのない怒りの連鎖は心を悩ませる。
妖怪『ぬっぺらぼう』を少し調べてみると、古くは源氏物語あたりから(ぬっぺらぼう)の原型に関する記述が発生しており、江戸時代では慶長14年(1609)に駿河城に出現して、徳川家康の命で城外に追い出した…ともある。
私は(ぬっぺらぼう)は、江戸近世の黄表紙本に描かれた妖怪だろうと思っていたが、発生は思ったよりも古いらしい。特に源氏物語作者の『紫式部』は学者の家系を継承して、漢学や和歌ばかりでなく陰陽道や妖怪、心霊現象などにも博学であった事が伺われる。彼女が設定した(ぬっぺらぼう)が興味なのだが、記述されているという『手習』は宇治十帖の一つであり、式部の手による作品かは、少し疑問は残る。
しかしながら、顔に口や耳、目鼻もない姿…妖怪側に視点を置いて考察すると、それは絶えがたい絶望であったり、人知れぬ深淵の悲しみの果てではなかっのか、と改めて思う。
妖怪とは、人が人を作り出した自らの裏側を形象化した存在と見なせば、その大半が説明されるはずなのだ。


