妖気…?
先のブログ書き込みに『ぬっぺらぼー』と表記したが、後で気になった事がある。果たして『ぬっぺらぼー』と『のっぺらぼー』は違うのか…?
違う妖怪であったら、その間違いを訂正せねばならない。
結果から言えば同一の妖怪で『の、ぬ』は読み方の差であり、また『ぬ(の)っぺらぼう』とか(ぬっぺりぼう)など読み方は様々だ。
さらに、書き込みの際に小泉八雲の作品を上げる事を失念していた。周知のとおり小泉八雲作『むじな』に登場する妖怪が『ぬっぺらぼぅ』である。
この先品は、いわゆるエンドレスストーリー形式で、主人公は最後まで追い回される展開となる。ミステリーホラーなどに使われる手法だ。だが、そういう恐怖が実生活の中に不安として潜むからこそ、際だつ効果でもある。
病気や災害、不況による不振など。あるいは終わりのない怒りの連鎖は心を悩ませる。
妖怪『ぬっぺらぼう』を少し調べてみると、古くは源氏物語あたりから(ぬっぺらぼう)の原型に関する記述が発生しており、江戸時代では慶長14年(1609)に駿河城に出現して、徳川家康の命で城外に追い出した…ともある。
私は(ぬっぺらぼう)は、江戸近世の黄表紙本に描かれた妖怪だろうと思っていたが、発生は思ったよりも古いらしい。特に源氏物語作者の『紫式部』は学者の家系を継承して、漢学や和歌ばかりでなく陰陽道や妖怪、心霊現象などにも博学であった事が伺われる。彼女が設定した(ぬっぺらぼう)が興味なのだが、記述されているという『手習』は宇治十帖の一つであり、式部の手による作品かは、少し疑問は残る。
しかしながら、顔に口や耳、目鼻もない姿…妖怪側に視点を置いて考察すると、それは絶えがたい絶望であったり、人知れぬ深淵の悲しみの果てではなかっのか、と改めて思う。
妖怪とは、人が人を作り出した自らの裏側を形象化した存在と見なせば、その大半が説明されるはずなのだ。
